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ギガキャストを語る前に鋳物を知ろう(前編)

 おそらく、この記事を読む人に「ギガキャスト? 何それ」という人はいないだろう。テスラが採用したことで話題になった、クルマのフロアを大型のアルミダイキャストで一体成形して、部品点数を大幅に減らす技術だ。

 世の中では、この技術をコロンブスの卵と受け止めて、自動車生産の画期的進化だと思っている人もいるようだ。けれども、技術に限らず世の中はそんなに簡単なものではない。大抵の場合、メリットとデメリットは混在していて、よっぽどのことがない限り、従来技術に対して「全方位上位互換」にはならない。


技術は「短く、わかりやすく」で誤解される

 けれどもそういうことを理解するためには、色々と細かいことを調べて学ばなければならない。だからいっそ「リヤだけでも70~80点もの部品を溶接して作る複雑な形状のフロアパネルが、ダイキャスト製法によって一瞬でできる」と乱暴に言ってしまった方がわかりやすい。特に多数の読者を対象にしている新聞やテレビは、読む側見る側に高い技術的素養を求めるわけにはいかないし、取材をして記事を書く記者たちには詳細な説明ができるだけの文字数が与えられていない。そもそも技術の知識がない記者も多い。「鋳物とダイキャストの違いを述べよ(※)」と言われて、説明できる記者はどれくらいいるのだろう。

 勢い、正確な技術検証よりも簡単でわかりすいことに話が振れる。「新しい技術には良いところも悪いところもあって……」みたいな、説明したところでわかってもらえるかどうか怪しく、かつ面倒臭い話を長文で説明するより、乱暴だろうが何だろうが手っ取り早く想像しやすいメリットを抜き出して一点突破するのだ。

 実のところ「たくさんの部品が1個になるよ」というのは、単なるアイディアであって、そのアイディアを実現するための細かい技術がどうなっているかのほうが本当の問題なのだ。

 ある程度鋳物に関する知識がある人なら「大きく重量のあるアルミダイキャストパーツ」と聞いた瞬間「それは結構な難物だな」と思う。この話を正しく理解するには、鋳物の性質を理解していないと難しい。

※鋳物(いもの):高温で溶かした金属(湯)を型に流し込み、冷却して成形したもの。この加工方法は鋳造(ちゅうぞう)と呼ばれる。通常は重力で上から流し込む。型には砂(砂型)、金属(金型)、石膏などが使われる。冒頭の写真は巨大な金型に人が入れるほどの大きな容器(取鍋)から、どろどろに溶かした金属を流し込んでいるところ。

※ダイキャスト(ダイカスト、英語ではdie casting):鋳物の1ジャンル。dieとは金型のこと。一般的な鋳物と同じく、溶かした金属を金型に流し込んで加工する方法。流し込む際に圧力をかける製法を特にダイキャスト製法と呼ぶ。圧力をかけて湯を送り込むことで複雑な形状の製品が作れる。湯は粘度が高いので、金型の隙間が小さい薄い部分にしっかり湯を行き渡らせようとすると、より高い圧力で金型を圧着する必要がある。型締め力何千トンというのはこの型の圧着力を言う。

 さてこれから多岐に及ぶ話をどう書き進めるかだ。あまりにも「夢の技術ギガキャスト論」が行き渡ってしまったので、まず現状を正しく認識するためには、何を理解しておかなければならないか、そこのところから始めなくてはならない。

ギガキャストを知るための必読記事

 全部書いていると大変なので、今回はギガキャスト自体の話は、同業者で尊敬する先輩でもある牧野茂雄さんの記事を中心に、リンクを張って要約を付ける形でまとめる。「おいおい人の褌かよ」と言う勿れ、筆者は筆者で牧野さんがあっさり触れるに止まっている、ダイキャストの周辺にある基礎理論の話やものづくりの話をたっぷりと補って書くつもりである。それでも前後編の長さになるのだ。

 最初に参照すべき4本の記事のリンクをここにまとめて貼っておく。まずは2021年に書いた筆者自身の旧note。そしてロイターの記事。それに加えて、牧野茂雄さんが書かれたモーターファンの2本の記事。これは写真も豊富で本当に優れた記事なので、面倒臭がらずに是非とも読んで欲しい。

 なお、若輩者が大変失礼ながら牧野さんの記事にはちょっとだけ筆の走りと思われる書き間違いがある。「アルミの比重は鉄の3分の1だから、同じ強度を得るにはどうしても部材の厚みが増す」の部分は、比重そのものは強度とは関係がないので、本来「アルミの強度(ヤング率)は鉄の3分の1だから、同じ強度を得るにはどうしても部材の厚みが増す」だと思われる。また「強度」と「剛性」という用語の使い分けに関して、牧野さんは既知のこととして扱っておられるが、本稿ではそれもあとで解説せねばならないだろう。

 それとこの「ギガキャスト」という言葉に関しては、ギガプレス、メガキャスト、メガプレスなど各社それぞれに名前が違うが、まあ同じモノだ。厳密に言えばギガプレスだけはイタリアIDRA社の鋳造機の商品名だが「セロテープ」とか「ホチキス」みたいに、一般名詞化しかかっている。一応過去記事のタイトルと、IDRA社の鋳造機を示す場合などを除いてギガキャストで統一する。

ギガプレスについて
池田直渡

テスラの「ギガキャスト」計画後退、事業環境の逆風反映=関係者
by Reuters Norihiko Shirouzu, Giulio Piovaccari

「ギガキャスト」「メガキャスト」のカン違い→アルミ鋳物だから「軽くなる」とは、だれも言っていない
by モーターファン 牧野茂雄

大物一体成形メガキャスト(ギガキャスト)採用の裏事情。テスラは「4枚重ねの溶接」に懲りた。トヨタは?
by モーターファン 牧野茂雄

 さてさて、最初の引用はロイターの記事だ。ただのストレートニュースだが、初読の方にはそれなりに意外な内容だと思う。後で牧野さんの2本目の記事を読むと、この2つの記事が示すものの形がはっきりする。多少乱暴を承知でまとめれば、「テスラには鋼板のスポット溶接技術が無いので、溶接を回避するためにダイキャスト化(鋳造による製造)を図った」ということである。

 面倒かもしれないがリンクはちゃんと踏んで読んで欲しい。ただし、これ以降、説明する内容ごとに頭を整理する役に立てていただくべく、リンク先記事の当該部分の要約はそれぞれに付けておく。

「1つにまとめることが絶対ではない」とテスラも気づく

 ロイターの記事の趣旨は、要するにテスラはギガキャスト計画を後退させているという話である。テスラは「製造工程の簡素化を通じたコストの削減」を長期的目標に据えてきたが、アルミダイキャストによる1パーツ化の取り組みを停止して、3つのバーツに分割するとともに、「既にある程度確立された方法を維持する道」を選んでいる。少なくとも「部品点数を減らすことが常に絶対正義ではない」と、テスラは認識したということだ。この確立された方法が何か、というのは牧野さんの記事を読むとよくわかる。

 余談だが、筆者はいろいろな取材先でロイターの記者と同席して取材過程とその記事を見ているが、個人的な感想としては、正直100%信用するのは危ないと思う。観察した結果としては、少なくともクルマ関係の記事については、予断や思い込みが多く、あまり事実に忠実な記事を発信する通信社ではない。けれどもこうやって信頼できる識者の記事と読み合わせると、ぐっと価値が増すこともあるのである。

 ロイターの記事は「テスラやイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)はこれまで、ギガキャストは長期的にコストを引き下げる効果があると主張してきた。ただ多大な初期投資が必要なほか、技術の完成は難しいだけでなく時間がかかる、と専門家は指摘する。」と結んでいる。

 この記事は考察記事でも解説記事でもなく、理由の部分については独自調査の予測が入っているものの、ジャンルとしてはストレートニュースであり、ギガキャストの後退という部分はファクトそのものである。クルマの製造を一変させる革新的な技術と説明されてきたギガキャストは、これまで言われてきたイメージとは異なることが、テスラ自身の計画後退によって明確になったのだ。

 ではどうして1パーツで革命を起こす話が3パーツ分割に後退したかである。おそらく部品交換による修理が難しくなることを想像する人が多いだろうが、それは理由のひとつに過ぎない。最も根源的な理由は、先に書いた通り、巨大なアルミダイキャストパーツはとても難しい代物だという点だろう。

ガラスのコップはなぜ割れるのか

 普通のガラスのコップに熱湯を注ぐとコップは割れる。なぜか。

 答えは、コップの「内側」と「外側」で熱膨張の差が生じるからだ。熱湯と直接接するコップの内側と、加熱されていない外側で温度の差が生まれる。熱でガラスの内側は膨らもうとするが、熱伝導の遅れによって外側は膨らまない(外側より内側が大きく膨らむ)ので、ガラスに無理な力が掛かって割れるのだ。仮にこの熱に耐えたとしても、今度はそのコップが熱いまま、氷水を入れたら割れる。素材の中で場所によって温度差が大きくなるとヒビが入り割れるのだ。

 これがアルミの鋳物の場合はどうなるか。アルミダイキャストは高圧で締め付けた金型に溶けたアルミの湯を、これまた高圧で急速に流し込む。そうすると流し込み口にあたる「湯口」付近で金型の表面に触れた湯の温度は下がる。大きな金型の隅々まで湯が回る間には、湯は金型の内側を伝って次々に冷まされながら押し込まれていくので温度分布に差ができる。

 そして、一体成形鋳物として作られる床板の形は、もちろんのこと均一な平板ではなく場所によって厚みや形状が異なるわけだから、薄い部分と厚い部分があり、体積対表面積に差が出るので湯が行き渡った後の冷え方の速度が変わる。冷え方の差によって起こる膨張の差はアルミ鋳物の中で引っ張る力や押し広げる力を生み出し、素材に粘りがあるためガラスのように割れないにしても、全体の形状を歪めてしまう。

 この現象は、鋳造を行うメーカーなら当然承知している。だからアルミダイキャストの金型の内側を湯がどう流れていくかをコンピュータで徹底的にシミュレートしつつ、場合によっては湯口を複数設け、必要に応じて冷却水路を仕込み、可能な限り冷え方を均等化するのだ。大型のアルミダイキャストパーツの技術のキモはほとんどがこの温度分布管理だと言ってもよい。

ギガキャストは「分割の知恵」を競う技術になるだろう

 デカいほど難しいし、厚みの差があるほど難しい。肉厚で、場所によって厚みの差がある形状は本当に厳しい。

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