
日本の自動車会社の近未来は明るい
さてさて、記念すべき「ぜんぶクルマが教えてくれる」の有料記事第一号に何を書こうか。
決算記事に忙殺されている間に、自動車各社の認証試験の不正問題が発生した。実は管理人M2号からは「池田さんこれは決算の間に割り込んででも書かないとダメでしょ」と言われていた。
まあ言いたいことはわかるし、書く意思ももちろんある。だけど、「FACT, THINK, HOPE」を旨とするこの自分のnoteのメンバーシップ読者に向けた1本目に、不正の話というのはどうにも嫌だ。もっとHOPEの感じられる話を書きたい。
それと筆者の読みでは、6月末にまた追加の発表があると思う。少なくともそれらを網羅してからでいいのではないか。追加発表があるたびに不正の話をちまちまと書き足すのはもっと嫌だ。ことの全貌が見えてから総括する形でやりたい。
実は日本はとてもいい位置にいる
ということで、いま自分が一番書きたいことは何かと言えば、「若干結果論のところはあるにせよ、日本は今とても良いところにつけているじゃん」という話である。
過去に書いた話のつぎはぎになる部分もあるけれど、やっぱりこの話はきちんと一度まとめておきたい。第1回にはふさわしいテーマではないかと思う。
さてさて、まずどうしてそう思うのかの前提を書こう。
一部の人々からは「アンチEV」と言われる筆者だが、まあここを読んでいる人はちゃんとわかっている通り、筆者のスタンスはマルチパスウェイ。だからBEV(バッテリーEV、電池とモーターのみで動くクルマ)も頑張って欲しい。けれど、世のクルマ全部をBEVに置き換えるのは無理。ならば「総力戦で行こうよ」という主張をずっとしてきている。
初回なので、BEV100%が無理だとする理由も改めて書いておく。理由は根本のところで2つだ。
BEV100%が無理な2つの理由
まずは鉱物資源が足りない。IEAの予想によれば、2035年のグローバル新車販売台数は1億1000万台。2022年実績のBEV販売数は1000万台である。1000万台が鉱物採掘量の限界ギリギリまで使った結果かどうかはわからない。けれど、ここ数年で鉱物資源の相場が乱高下するくらいには需給が動いていたことを思うと、この1000万台分というのは現状の鉱物資源生産量の限界量にニアリーイコールだ、と筆者は思っている。
慢性的に鉱物資源が不足しがちであれば、それを使用するバッテリーの価格は下がらない。バッテリーは車両価格の4~5割を占める。よって車両価格が下がらず、普及しない。もちろん高いものを買う消費の喜びというものもあるので、一定数は購入するだろうが、大衆が飛びつくには従来のガソリン車と同等の利便性を持ちながらより低コストにでもならない限り難しい。要するに鉱物資源不足に起因するバッテリーの諸問題が、完全BEV化を否定する理由のひとつ目である。
仮に頑張って、レアアースの採掘量を現在の3倍まで増やしたとしても3000万台分しかない。ちなみにこの3倍を実現するためには、鉱山技師を3倍。採掘用の機材なども3倍にしない限りはできない。人の育成と特殊な機械の増産をそう簡単にできたら苦労はない。「原材料が足りないなら掘れば良い」。そういう言葉を数年前にGMのそれなりの地位の人から言われて正直その認識の低さに驚いた。例えばの話、GMはSDVを担うソフトウエアエンジニアを来年3倍にと言われたらできるのかと問いたい。
とは言え、できない理由探しをしようと言うのではないのだから、可能なペースで着実に採掘量を増やしていくしかないし、その増産量にBEVの未来は強く依存しているのだということだ。
急速充電を事業として採算に乗せられるか
もうひとつの問題は、充電事業の採算化である。世界初の量産BEV「リーフ」が登場して間も無く15年になろうとしているが、今に至るまで「急速充電」の事業化プランがまともにビジネスとして機能したためしがない。
その多くの実態は自治体や国の費用、そうでなければ自動車メーカーの持ち出しである。イニシャルコスト(設備そのものの設置にかかる費用)がかかるだけでなく、そもそもランニングコスト(設備の日々の運営費)だけ考えてもペイしないことが大きな問題だ。
これを解決しようとすれば、おそらくはBEV1台あたり月額2万円くらいをユーザーに負担してもらわねばならない。BEVのオーナーとしては、「充電器の数をもっと増やせ、充電能力を上げろ」と言いたいところだが、そのリクエストを全部聞いていたら簡単に1台4万円とかになってしまうだろう。しかし、現状はメーカーなどの“他人の負担でタダ飯が食べられる”状態なので、その裏にあるコストに気づけない。
採算が合わなくて悲鳴が上がっている状況に目をつぶって「インフラがしょぼい」と文句を言っても何も改善しない。実際、信者の方々が神の充電器と崇めていたテスラのスーパーチャージャーも、開発チームが解散という怪しい動きを見せている。本当にBEVを普及させたいなら、当然、受益者の負担でビジネスが回るようにならなくてはおかしい。これも今のところ出口なし。
当面の上限は新車市場の3割くらいか
ということで、結局BEVは今後、鉱物資源の供給を見ながら徐々に増加させて行くより他はなく、今から見通せるビジネスの範囲で言えばそれはどう跳ねても新車マーケット全体の30%が上限だろうと思う。
さてさきほどIEAが予測する2035年の新車販売は1億1000万台と書いた。ではその30%はと言うと3300万台である。70%の方は7700万台。ここで問題だ。3300万台と7700万台はどちらが多い? 答えるまでもない。
で、ついでに言えば部品不足で生産台数が完全に復調していなかった2022年のグローバル新車販売台数は8163万台。ちょっと贔屓目に言えば、2022年のグローバル新車販売台数は、2035年に予想される非BEVの台数と大差ない。あの頃の規模は2035年になっても維持される、ということだ。
この数字がわかってさえいたら、「内燃機関の部品生産を即刻止めて、EVシフトしないと滅びますよ」といった言説がほぼ嘘と言えることがわかるだろう。
「早くバスに乗れ」と騒ぐ人はたいてい嘘つき
筆者は講演などでサプライヤーに行くとこの数字を出して「二択でどっちかしか取れないのであれば内燃機関を捨てるバカはいない」と説明する。ただし、BEVだって少しずつ増えて行くことは考えられるので、いつまでもひたすら内燃機関系だけをやっていれば安泰とは言わない。
それに内燃機関と言ってもHEV(ハイブリッド車)やPHEV(プラグインハイブリッド車)の比率は上がって行くだろうから、電動系の部品の需要もそれに連れて増えていく。何も変わらなくて良いとは言っていない。
ただ、今このタイミングでEVに全振りするのは危険すぎる。安全策を採るなら圧倒的に内燃機関系だ。なので「慌てる必要はないから、長期的なトレンドの推移をしっかり見定めて動いてください。『ぐだぐだ考えず、思考停止して一刻も早くバスに乗れ』という話は大概嘘なのでむしろ眉に唾をしてかかってください」と言うのだ。
さてさて、ということはだ。なんか勢い込んで、「〇◇〇◇年に、内燃機関の生産を終了」と言っていたメーカーは、どうやらヤバい先物を高値で掴んでしまったようなものなのだ。
EVシフトへの巨額投資と併せて内燃機関系の整理を進めた。これでBEVがバンバン売れてくれれば早くバスに乗り込んだ甲斐があろうというものだ。しかし、いま各社はBEVの在庫が積み上がっている。造っても買い手がいない。選ばれない商品を一生懸命作っても仕方がない。となると工場の稼働率を落とすしかない。
バスに乗り遅れると思って一生懸命BEV生産の投資をしてしまった人たちは、稼働率の低いヤバい設備を抱えてしまった。しかもこれから30年近い減価償却が待っている。
この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?