スバルの未来を開くクロストレックS:HEV
SUBARU(以下スバル)の事業戦略については、実はずっとじれったく思っていた。なぜそう思っていたのかは、昨今のEVを巡る環境と、スバルとの相対的な位置関係にある。
国内で「EV旋風」が本格的に吹き荒れ始めたのは、テスラのモデル3が上陸した2019年。あるいは菅義偉政権が誕生した2020年頃だろう。
ぐいぐい厳しくなる環境規制
それに先駆け、2017年頃には各国のCAFE( Corporate Average Fuel Efficiency:企業別平均燃費基準)規制やZEV(Zero Emission Vehicle、米カリフォルニア州など)などの規制でかなり厳しい概要が固まりつつあった。例えば当時発表されていたZEV規制のロードマップの数値を改めて見直してみるとよくわかる。
2018年 4.5%(2.0%・2.5%)
2019年 7.0%(4.0%・3.0%)
2020年 9.5%(6.0%・3.5%)
2021年 12.0%(8.0%・4.0%)
2022年 14.5%(10.0%・4.5%)
2023年 17.0%(12.0%・5.0%)
2024年 19.5%(14.0%・5.5%)
2025年 22.0%(16.0%・6.0%)
パーセンテージが示すのは規制各州(カリフォルニア州と17州、アラバマ、アーカンソー、ジョージア、インディアナ、カンザス、ケンタッキー、ルイジアナ、ミシシッピ、ミズーリ、モンタナ、ネブラスカ、オハイオ、オクラホマ、テキサス、サウスカロライナ、ユタ、ウェストバージニア)のメーカー別の全販売台数における環境対策車のトータル比率だ。カッコ内は左がZEV(バッテリー電気自動車=BEVと、燃料電池車=FCEV)、右が準ZEV(プラグインハイブリッド=PHEV)となる。
例えば2024年には、19.5%のゼロエミッションビークルを売らなくてはならない。全てがBEVかFCEVであればより望ましいが、5.5%まではPHEVをカウントできる。ただし、5.5%を超えた分はカウントされない。足りない分は高額の罰金である。
ちなみにこの数値は都度見直されている。例えば引き続き厳しい規制を求める前述の各州のルールが「連邦規制を逸脱している」との理由で、トランプ前大統領により、2019年に適用除外が取り決められた。が、バイデン政権の2022年に再び適用となるなど一進一退を繰り返している。ちなみに下のグラフは今後規制が進められた場合のロードマップである。
それ以前の2010年代終盤がどうだったのかと言えば、規制の厳格化が始まった時期だった。2018年から、それまで上限比率付きでZEVにカウントされ、準ZEV扱いだったハイブリッド車=HEVや天然ガス(CNG)車は準ZEVとみなされなくなり、純ICE(内燃機関)車と同じ扱いでカウントから完全に除外された。さらに全数ZEV扱いだったPHEVは、上限付きの準ZEVに落とされた。環境問題の解決を進めるという美しき理想のために、実現可能性を無視した規制強化の流れが加速し始めた時期だ。
つまり、2017年頃には環境問題に関する政治的駆け引きの一度目のピークが訪れて、すでにバチバチに火花を散らしていたのである。
フラット4でこの先どうするつもり?
という社会背景をベースにしながら、スバルの事業戦略は、ずっと水平対向4気筒エンジンと共にあった。水平対向エンジンは表面積が大きいが故に熱損失も多くなる。機械特性的に燃費の改善代(しろ)が少ないフラット4で、一体どうやってこの先の規制をクリアしていくつもりなのかが、筆者の中では大いに疑問だったのだ(※ガソリンを燃やす=CO2の発生なので、燃費と環境性能はほぼ一致する)。
2016年にスバルはプラットフォームを刷新して、フラット4に完全適合することが前提のスバルグローバルプラットフォーム(Subaru Global Platform:SGP)をデビューさせた。さらにフラット4への傾斜を強め、直3や直4ユニットの搭載への道を絶ったわけで、この時には「規制への逆行じゃないか」と、ちょっと眩暈を感じるくらい意味がわからなかった。以来、一向にすっきりと理解できる説明がなされない状況にもやもやし続けてきたのである。
そんなスバルの戦略がようやく見えたのは2024年5月。スバル、トヨタ、マツダの3社が合同で開催した「マルチパスウェイワークショップ」である。
このワークショップが何だったのかと言えば、マルチパスウェイの方向性を示すものであった。BEVが大きな選択肢であることは否定しないが、2050年までにカーボンニュートラルを実現するためには、BEVだけではどうやっても世界中の全てのニーズをカバーできない。価格や利便性に問題を抱えていて、市場の受け入れが限定的、平たく言えば内燃機関を規制をしようが、BEVに補助金をつけようが、世界のニーズ全てをBEVにするほどは売れないからだ。
となれば、BEVがカバーできない台数、それは多分過半を大きく超えるものになるのだが、そこに価格的にも調達の容易さにおいてもリーズナブルな技術を何か導入しないとどうにもならない。「そのための解決策はカーボンニュートラル燃料(CNF)だ」という3社からの提案がこのワークショップであった。
3社はそれぞれのアイデンティティとなる3つのエンジンを並べた。スバルが出展したのは、トヨタのTHSII(ハイブリッドシステム)をベースとし、最新のフラット4と合わせたストロングハイブリッドだった。
CNFと組み合わせればサバイブできる!
少し解説しよう。環境問題とはすなわちCO2問題である。もちろん前提条件として一酸化炭素や窒素酸化物、煤などのエミッションを基準値に収めることは当然だが、日本のメーカーで現状の規制に対し、その辺りで技術的に克服できないメーカーは存在しない。
そして、CNFになれば、燃料そのものがカーボンニュートラルなので、CO2排出はゼロと見做せる。例え燃費が悪かろうが、環境モラル的には何ら恥じる点はないということになるのだ。もちろんCNFは当面価格が高いはずなので、ユーザーの懐事情には響くかもしれないが、遠い昔から6リッターV12とか、5リッターV8とか、懐に厳しいエンジンは色々あった。当時は環境問題がなかったから、懐さえ豊かであれば、そういうクルマに乗る自由があったのだ。
CNFになってカーボンニュートラル問題が解決されるということは、再び「贅沢なエンジンを選択する自由」が我々の手に戻って来るということでもある。燃料単価の高さについては、当面ガソリンとCNFを混合して使うことでデメリットを概ね回避できるだろう。10%混入あたりから始めて、2050年までに段階的にCNF100%に持って行けばよい。そうやって時間をかけてCNFを増産していけば、需要増を睨みながら量産効果によるコストダウンが進むことで、ある程度価格差を相殺できる可能性が高い。
エンジンフィールが付加価値に
ガソリンとの価格差がゼロになるかどうかはわからないが、元より環境とは金がかかるもの。持ち出しゼロでカーボンニュートラルを実現というのは虫が良すぎる。全てを自動車メーカーに押し付けるわけにはいかない。世界の全ての人が受容できる範囲で何かを受け入れるのがカーボンニュートラルである。
となると、スバルにも出口ができる。燃費で多少引けを取ったとしても、スバルらしい走りの価値を高めれば、小規模メーカーであるスバルとしては、ほとんど問題にならない。それどころが世界的にも稀なフラット4のフィールを売り物に高付加価値商品へとシフトすることすら視野に入ってくるのである。
CNFの時代のエンジンは多分2種類になる。例えば発電専用エンジンのような、フィールだの付加価値だのではなく、十分な発電能力だけあればいい、機能だけを提供するベーシックエンジン。そして反対側に位置するのは、その設計思想やフィールの独特さを備えた高付加価値エンジン。
スバルはすでに2008年に、スバル360以来伝統を築いてきた軽自動車の自社生産から撤退している。軽自動車はどうやっても価格の要素が大きく、付加価値余地が少ない。この世界で小規模メーカーのスバルが戦っていくのは厳しい。つまりスバルは軽自動車の製造から撤退した時点で、小規模高付加価値路線へのシフトを決めていたとも言える。
環境規制の中でCNFに活路を見出したスバル。それが「全て計画通りだった」とは思わない、実際、スバルの幹部も「ずっと迷っていた」と心情を吐露している。迷いながら試行錯誤を続けた結果、運命の女神が微笑んだ結果と見るべきだろう。もちろんそれが棚ぼたとは言わない。生き残るためにトヨタとのアライアンスを構築していなければ出口は開けなかったし、軽の撤退も振り返れば英断であったと言える。
で、クロストレックのストロングHVはなかなかいい
という長い長い前振りに続いて、スバルのクロストレックに追加されたストロングハイブリッドの話にようやく入る。
去る9月5日、筆者は富士山の二合目にあるスノーパークイエティの特設試乗コースで、クロストレックS:HEVのプロトタイプに試乗した。
2.5L水平対向4気筒にスバル得意のAWDを加えたシンメトリカルAWD。そのトランスミッションケースにトヨタのハイブリッドシステムであるTHS2をフラット4に合わせてチューンして搭載する。言わばシンメトリカルハイブリッドAWDである。
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