「主体性と依存性」
自分の人生には何ら責任を持たない誰かが決めたっぽいガードレールを気にしている人には、未来のセンターラインというよりは両側のガードレールらしきものが見えてしまっているだけなのかも知れませんが、真実は自分が歩いてきた道が自分の人生のセンターラインであり、未来に向けたセンターラインなどがあると思わない方がいいんだろうと思います。
ガードレールらしきものの存在に依存して生きている人の主体性らしきものは錯覚のようなものでしょう。
私は主体性と依存性は二律背反の関係にあると考えています。しかし、依存性はそれが依存であると自覚しにくく、前述のガードレールようなものでなくとも、あらゆモノやコトに依存している現実があります。一方、主体性は何かに依存し、拠り所にしたその瞬間に、主体性の本質を失いかねない脆さがあります。
大事なことは、自分を決めつけないことでしょう。主体性の確保は依存との闘いでもあるのです。「自分はこうだ」と決めつけた瞬間にその自分の状態への依存が始まることをしっかり理解しておかないといけないでしょう?
タバコやお酒:本当に自分の意志ですか?
ジンクスやまじない:行動を縛られていませんか?
習慣:縛られていませんか?それに値する行為ですか?
趣味:本当に好きですか?
仕事:価値を発揮し続けていますか?
職場:いつでも辞められますか?
人間関係:その人やその集団、本当に必要ですか?
子供たち:主体的に関わっていますか?
常に問いを持って自己点検しないと危ないですね!
メタ認知の大切さを改めて感じます。