海外HRTechサービスから日本での機会を考える - TheOrg(company org charts)
欧米のHRTechサービスを研究し、日本での可能性についても示唆を得ようという本企画。毎回欧米のHRTechサービスを一つ取り上げ、機能等のリサーチを行い、日本で同様のサービスを展開するには?という視点で私の個人的な考えをまとめております。
ありがたくも今月から日経COMEMOの執筆者として記事を書かせていただくことになったので、毎月HRTech関連の記事を発信していければと思います。
かなり久しぶりの投稿になりましたが、第五回目は企業の組織図データベースである「TheOrg」を見ていきます。TheOrgはLinkedInの企業版であるとも言われており、HRTech領域においても新しいアングルのサービスとして注目されています。2021/9/16にシリーズB調達をTigerGlobalリードで完了したことを発表しています。組織図をフックに人材データベースを作っていくというアイデアはとても新しく、私個人もいつも以上に楽しくリサーチさせていただきました。
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サービス概要
1. どのようなサービスなのか(簡単に)
The Orgは急成長するスタートアップの組織図公開サービスです。アカウントの作成をすると、自社の組織図と、それぞれの役割・求人・公式リリース内容等を公開することができます。また、その組織図と求人を紐づける形で公開し(誰のどのチームのどの募集なのかを表示できる)求人を受け付けることもできるようになっています。求人の管理に関しての機能(ATS的な機能)があるわけではなく、自社のATS上の求人票にリンクさせる形をとっています。候補者は、正確な組織図をみて、そして上司や同僚の情報を確認した上でアプライができるような体験になっています。以下はAppleのページです。トップページから組織図を確認できます。
基本上記の機能は全て無料で使うことができます。コロナ禍において、直接の接点が相対的に少なくなっているからこそ、組織図を透明化し、入社前や入社検討のフェーズで会社の中がより見える状態にする、どんな人たちと働くのかが分かりやすくなることにはニーズがあると思います。そういったコロナ禍の影響にも乗って急成長しています。登録企業(組織図)数も2020年には1.6万だったものが、2021年9月時点で13万以上の組織図が公開されているということで驚きの成長です。彼らもインタビューで、以前にも増して会社と個人のつながりが求められており、そのために透明性の担保が求められている、その手法として組織図の公開は有効だと答えています。
ビジネスモデルとしては、積極採用中である企業としてTheOrgの中で優先的に表示され、候補者獲得の機能も活用できる機能を有料メニューとして提供しているようです。(詳細は公開されておらず不明)また、VC向けにいろいろな企業の組織図およびアップデート情報を提供するVisionという機能も有料で提供しているとのこと。ビジネスモデルについては彼らも模索中のようです。
こちらの記事にもあるように、彼らのサービスは世のビジネスプロフェッショナルの情報プラットフォームとしてLinkedInと比較されることが多く、LinkedInがかなりパーソナルな情報データベースであるのに対し、The Orgは組織図公開というアプローチによって、パーソナルな情報に組織内での関係性情報を付与した形でプロフェッショナルのデータベースを作れるのではと期待されています。LinkedInも同様にカンパニーページがあり、それを機軸に求人公開ができるようになっています。ですが、従業員がそこに所属するインセンティブがとても強いというわけではないことから、所属組織内でのポジションという情報を完璧に付加するのは難しいと考えられており、The Orgはそれができるのではという期待があるようです。LinkedInの創業メンバーも同様の期待をもって投資家として支援をしています。
TheOrgとLinkedInの価値の簡単な比較をしてみると以下のように整理できると思います。
対個人
TheOrg
転職候補者(検討中):転職先の企業の組織図・自分が関与することになるメンバーについて理解を深められる、(企業からのスカウトを受け取ることができる)
転職候補者(入社決定):自分が入社する企業の組織図・関与する人たち・それぞれのミッションや考え方を事前に理解できる
LinkedIn
転職候補者(未検討):SNS的な要素(更新性による刺激)、スカウトを受けられる、(仕事上のつながりがある人たちつながい、メッセージができる)
転職候補者(検討中):求人を探せる、スカウトを受けられる
対企業
TheOrg
採用広報:会社のニュースの更新を通じたコンテンツ配信・組織図の公開を通じた会社のリアルな状況を広報できる
採用:求人票経由のエントリー獲得、スカウト代行サービスの活用による採用リード獲得
LinkedIn
採用広報:会社・個人双方の立場からのコンテンツ配信ができる
採用:求人票経由のエントリー獲得、スカウトサービス活用による採用リード獲得
マーケティング:DM・スカウトを活用した企業のリード獲得
大きな違いは、企業の表現手法の違いに現れており、それを前提として個人として得られるメリット・体験にも違いが生まれています。欧米の感覚は実際のところ正確にはわからないですが、LinkedInをSNS的に多用しているという人はあまりみたことがなく、企業軸でのリリースの場所(日本のFacebookみたいな)になっていると感じられる部分があり、SNS要素があることが大きな差分にはなっていないように感じます。LinkedInはビジネス上のつながりを保存する、スカウトを受けることが大きな価値になっていて、TheOrgはその会社を組織図を通じて理解することが価値になっているのが大きな違いのように感じます。
2. どのようなサービスなのか(機能詳細)
より詳細の機能を見ていきます。今回はこれまでの記事と異なり、自分でアカウントを作成することができたので、Scout機能以外は、実際の画面で記載をしていきます。
①アカウント作成
まず、The Org上に会社のアカウントを作成する必要があります。アカウント作成は、Googleアカウントによる認証か、メールアドレスで作成をします。おそらく会社のドメインに紐づけたアカウント管理をしやすくするためだと思います。(Facebook/Twitter等は個人紐づきが強いので会社アカウント管理に向かない)
②Slackとの連携
アカウントを作成すると、Slack連携を求められます。連携をすると、Slackから社員情報を読み込んでくれます。以下の画面のような表示が出た後に、管理画面に社員のアカウントが出現します。
こんな感じで取り込まれます。まだ組織図がないので、プロットされていない状態になっています。
③組織情報の入力・社員の招待
会社の情報は以下のカテゴリで登録ができます。
- 会社の基本情報
- バリュー(価値観)
- 組織図
- チーム情報
- 求人情報
- リリース
詳細はこちらをみてください。
特に重要な組織図の作り方、求人の出し方については別で記載します。
また、社員の招待はメールまたはSlack連携からインポートされたメンバーに対して1クリックで招待をすることもできます。
リリースの内容については、Wireという機能を使います。こちらの機能は、プロダクトのアップデート、資金調達、新しい入社などの会社のアップデートを簡単に公開できるようになっています。
とってもシンプルです。社員誰でも行えるので全員で会社の新情報を公開していくことができます。公開されていた求人がクローズになったタイミングで、新しく入社した人の情報を公開するという使い方をしている企業も多く、透明性の高い組織図だけでなく新しいタレントの情報公開にも活用できる機能です。以下はThe Org社アカウントのサンプルです。
④組織図の作成
肝心の組織図の作成機能ですが、こちらもとてもシンプルです。ツリー構造で組織を表現する形式になっています。下の画面がイメージです。「+」 ボタンを押して、対象のメンバーの名前を検索し、追加していくだけです。そしてこれ、当該会社のメンバーになっていれば誰でも編集ができます。社員みんなで最新状態を保っていけるようになっています。
作られた組織図は、公開され、誰でも閲覧が可能です。以下はAppleの組織図の一部です。候補者の方、新しく入社する方が、組織の構成とそこで働く人たちの情報を簡単に確認できるようになっています。
上記のツリー構造の組織図とは別にTeamという概念があります。これは組織図とは独立して存在しており、社員や求人を紐づけることができるようになっています。
ツリー構造しか表現できないのは、ホラクラシー型の組織にはアンフィットな感じがあるので、そこはアップデートされていく形なのか、気になるところではありました。
④求人の作成・公開
求人の作成もとてもシンプルです。求人のタイトルと概要、当該職種のマネージャーにあたる人、所属チーム、エントリー方法を登録するだけ。組織図上の人物とチームに紐づく形で求人を公開できるようになっています。
マネージャーを紐づけるとこのような形で表示されます。
エントリー方法の設定もとてもシンプルで、彼らは候補者管理機能を提供しておらず、メールでエントリーを受け付けるか、既存の求人票と紐付けができるようになっています。GreenhouseだけATSとの連携があったので、HERP Hireも連携してほしいなと思いました。w
もちろん、求人は組織図上でも表示ができるようになっていて、マネージャー登録があればその管轄として表示されます。
④ユーザー目線での体験
ユーザーができることとして、上記の組織図の編集・求人への応募に加え、個人の情報登録・気になる会社のフォローができるようになっています。
個人の情報登録は、役割・ワークスタイル・会社で働く上での特徴的な経験を登録できます。個性と会社の魅力を表現する場所になっています。以下がイメージです。もちろんこの情報は誰でも閲覧が可能です。応募を検討する上での要素になっています。
気になる会社のフォローも簡単です。フォローボタンを押すだけ。フォローした会社の最新情報はFollowingの画面(ログイン後のファーストビュー)で確認ができます。
重要なこととして、The Orgには権限の概念がありません。利用ユーザー全員が同じ機能を利用でき、同じ情報を閲覧できるようになっています。彼らの思いである、透明性の担保と魅力的な個人による組織力向上の後押しという考え方に沿ったものであり強く共感を覚えます。基本的に権限というものは見せる見せない、見える見えないをほとんどのケースで生み出しますが、これが恣意性を生みます。ここまでは見せたいがこれはこの人にはあまり見せたくない、これをやることで、完全なるオープン、透明性から少しずつ離れていってしまう。もちろん個人情報として保護すべきものは適切に保護されるべきだと思いますが、TheOrgは自分の意思で公開しているからこそ、その必要もないということです。こちらのページにある彼らの考え方は是非一度、見ていただきたいです。
ページ冒頭のこの考え方は私自身としても非常に共感していて、弊社としても実現を目指したいものでもあります。会社の透明性を上げることは、経営陣、新たな候補者の方々、今から入社する方々、既存の従業員、パートナーやユーザーの方々全員に価値があるものであり、それができるかできないかで今後の採用活動の成果にも大きな差を生み出すと考えています。魅力的な選択肢が豊富に存在するスタートアップ領域だとなおさら、透明な会社を作っていくことが求められるでしょう。
こちらの記事にもあるように、日本においてもスタートアップの数・そしてそこで働く人材両方が絶対的に不足しています。だからこそ、スタートアップでの機会をオープンに伝えていくこと、そしてスタートアップ自体がより透明性をもって広く伝わっていくことは非常に重要なことだと思います。
⑤企業向け有料サービス(Attract Talent)
どのタイミングまでかわかりませんが、彼らはスカウト支援サービスを提供していました。こちらは利用をしていないので詳細はわからないですが、メンバー全員が更新性・透明性を担保しているデータベースから最適な候補者をサーチできるというだけでめちゃくちゃ魅力的な機能であると想像できます。どの会社のどのサービスを担当しているプロダクトマネージャーが誰かがすぐわかると聞くと、みなさんも是非使いたいとなるんじゃないでしょうか。ただこのサービスは終了しているようで、現在は企業向けの有料アップデートプランのようなものを提供しているようです。
LPを見る限り、候補者にスカウトを送ることができたり、候補者から見つかりやすくなる(上位表示される)機能のようです。
TheOrgのトップページにも積極採用中の企業の枠がありますが、ここに掲載されている企業はこのサービスの利用企業みたいです。(利用しているとVerifiedマークがつく)
6.VC向け機能(Vision)
VC向けのサービスがあり、TheOrg内の自社の投資先企業とその他の企業の組織図・ポジション数・社員数等の比較ができる機能が提供されています(おそらく有料)。画面はこのスクリーンショットしかないので深くはわかりませんが、投資先企業のnew hireの情報だったり、ベンチマークしている会社との差分だったりが確認できるようです。
一体どういうニーズなのかこれだけでは深くわかりませんでしたが、競合企業がCFOを採用した、とか、ベンチマークしているこの会社はこのポジションを採用しているみたいな情報に価値があるということなのかもしれません。使っているVCさんがいたら教えてください。
<代表的な利用企業>
彼らは、50~200名のスタートアップをメインターゲットとしています。LPの掲載ロゴもEnterprise系ではなく急成長スタートアップをメインに掲載しているようです。上記のVerifiedに記載のある会社とも共通しているので、認証を取得した企業が載せられている感じです。
上記の2サービスは組織図公開にフォーカスしているというより、PeopleAnalyticsサービスの一機能として組織図作成機能があるイメージです。UGCに大きく寄せているというところもないので少し経路は違いそうです。
3. プライシング
過去に存在していたスカウト支援サービスは以下のプライシングでした。
現状は、アップセルメニューとしてTheOrg内での優先表示とスカウト機能を提供しているようでこのプライシングは外からはわかりませんでしたがサブスクリプション型なのだと思います。従来のスカウト支援サービスとの変化としてはおそらく企業側のリクルーターが自身でスカウトが打てる(管理画面が提供された?)ようになったのかなと思います。
同様にVisionに関してもサブスクリプション型であると想定されます。
上述したようにビジネス戦略については彼らも模索中ということで、これからもいろいろなトライがされそうです。
4. ファイナンス状況
2021年9月にTigerGlobalをリードとしたシリーズBのファイナンスを発表しています。
日本国内の同じセグメントと考えられるサービスの概況
日本国内で全く同じ提供価値のサービスはないと思います。組織図を作成・管理するという意味合いではTMS系のサービス(カオナビ・タレントパレット・HRBrain等)が同様の機能を有していると思いますが、公開する機能はありません。逆に、WantedlyやLinkedInには会社人格で情報公開できる機能が存在していますが、組織図を公開するような形式にはなっていません。また、日本の求人媒体は候補者データベースをいかに作るかという視点から入ることがほとんど(それが効率が良いマーケットとも考えられる)なので、組織図を一般的に見える化することを目的にはしていません。そういった観点でも同様のサービスはないと捉えるのが正しいかと思います。
日本で展開する上でのポイント
日本で展開する上で、見習うべき・大事にすべきポイントは大きく二つあると思います。一つ目は、ユーザーを選ばないフラットなブランドを作ること。2つ目は、信念(ミッション)に沿ったサービス開発だと思います。それぞれ具体的に説明します。
1. ユーザーを選ばないフラットなサービス作り
サービスはToC要素があればあるほど、イメージが重要になります。一部の人たち向けのものだなとか、流行りのものだなとか、自分とは関係ないかなというイメージが生まれた瞬間にマーケットが固定化されます。ユーザーが自分は対象じゃないとイメージを持った瞬間に、そういうユーザーに利用してもらえるようになるのはとても難しいものになってしまいます。求人媒体が業界特化をしがちなのは逆に、意図的にマーケットを規定しているということだと思います。The Orgは、自分たちで50〜200名規模の会社をメインターゲットとしていると言っていながらも、大手のTech系の企業や、日本のTOYOTA・Panasonicのアカウントまでありました。積極的に中途採用をしている企業はかなりの掲載数があるんじゃないかなと思います。これは、彼らのサービスがプレーンでフラットであり、ユーザーを選んでいる印象がないこと、そしてユーザー全員にメリットがある仕組みであることから成り立っていると思います。上でも記載しましたが、このサービスは、ユーザーである会社の経営陣・現場・転職しようとしている人全員に、情報を公開するメリットがあることがものすごく秀逸です。また、組織図として公開するため、組織の重要人材がアカウントを作成することが自然に行われやすい設計なので、プロフェッショナル人材たちがアカウントを作成する(組織図上にデータがある状態になる)ことがまたまた良いポイントです。求人媒体の形式を取ると、企業(経営陣)に採用成果を返すことが大きな目的になりがちで、比較すると現場の従業員だったり、新入社員へのメリットは小さくなってしまうことが往々にしてあります。このバランスを保てたことは、見習うべきポイントだと思います。彼らがLinkedInと比較されがちなのは、LinkedInも一般的な求人媒体とは違い、個人としてのメリット(ビジネスコミュニケーション活用・スカウトを受け取ること)をメインの価値として訴求することで、利用ユーザーに登録インセンティブを作ることで成長し、最終的にリクルーティング機能がキャッシュポイントになりました。彼らもある意味フラットでプレーンであるイメージがあったからこそここまで広がっているのだと思います。ただ、Linkedinは外部とのリレーションを強く持とうとする人たちはアカウントを持つが、そうでない人はユーザーになりにくくなっているという点で、The Orgとの差分があります。フラットさだけの話でもなくなっていますが、サービス設計の妙があるという話です。
2. 信念(ミッション)に沿ったサービス開発
彼らのミッションは、組織の透明性を向上させることです。このページに記載があることは、現代の日本の採用活動においても全く同じことが言えると思います。透明性の担保は企業にとって多角的なメリットがある。それを彼らは信じています。そしてその信念に沿った機能が豊富に存在していることが、信頼を生んでいます。求人事業は、キャッシュを生みやすく、いろいろなサービスの最終的なキャッシュポイントになりがちです。ユーザープールを作ってから求人広告を出せるようにすることで、ビジネスを作るという手法は多く使われています。ただ、こういった元々の目的とは違うモチベーションをサービス内に持ちこむことで、ユーザーの信頼を損なう可能性があります。ユーザーのリテラシーが上がれば上がるほど、サービスのミッションや信念から外れた機能実装はユーザーが離れるきっかけになりやすくなります。現代においては、ユーザーといかに健全な共存ができるか、ユーザーを裏切らないサービス設計ができるかが非常に重要だと思います。The Orgはそういったくもりだったり濁りのようなものが感じられません。少なくとも私からは信念を忠実に再現しようとしているように見える。これは学ぶべき重要なポイントだと思います。
以上、惚れ込んでしまったので個人的な思いが入った記事になってしまいましたが、参考になれば幸いです。The Orgの価値は日本でも同様に受け入れられるものだと思うので、弊社でも検討してみたいと思います。一緒にサービス開発をしたいという方からのご連絡をお待ちしております。
※出典・参考記事一覧
- サービスLP
- シリーズB調達関連記事
- CrunchBase
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