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「Meursault」を「ムルソー」と訳すのも翻訳であるとすれば・・・?

翻訳とは「ある言語で書かれた単語やテキストの “意味” を別の言語で表現すること」・・・とりあえずはそう理解しておく。

ではもし、固有名詞「Meursault」を、「ムルソー」と訳す場合、一体どんな “意味” が交換されているのか? これが今回の話。

まず感じるのは、固有名詞の翻訳の場合、翻訳している側は「意味を交換している」という気にならないケースが多いということである。

翻訳作業といっても、ただ「音」を移し替えているだけであって、あえて「Meursault」の意味は考えていないからであろう(ただし、後で述べるように Meursault の意味を考えることができないと言うのではない)。

これがたとえば、「Apple Computer」であれば、音を移しかえて「アップルコンピュータ」と訳すこともできれば、意味を考えて「リンゴ計算機」と訳すことも可能だ。

翻訳者のほうで「Apple Computer」が固有名詞であるとわかっていれば、いちいち意味は考えずに、音の移し替えによる翻訳を選ぶだろう。

ただ、もしこれが固有名詞かどうかわからない場合であれば、「リンゴ計算機」と翻訳するかもしれない。機械翻訳機ならやりそうな失敗だが、「Apple Computer」という社名をもし「リンゴ 計算機」とした場合、よほどの理由がない限り、この翻訳はNGだ。

さて「Meursault」を「ムルソー」と翻訳するのは、「Apple Computer」を「アップルコンピュータ」と翻訳するのと同様、音の移し替えで、固有名詞の翻訳としてはよく採用されるやり方だ。

それに対して、「Apple Computer」を「リンゴ計算機」と訳す場合のように、「Meursault」を日本語に置き換えることは可能だろうか?

そう考えてみると、いくつかの疑問が浮かび上がってくる。

① Meursault には、「 apple:リンゴ」または「computer:計算機」に見られるような意味の対応関係があると言えるか?

② 「 apple:リンゴ」「computer:計算機」のような意味対応関係がない場合、固有名詞の翻訳作業には、音の移し替え以外に、どんな選択可能性があるのか?

③ そもそも固有名詞の “意味” とは何か?

④ それは普通名詞の “意味” とどこが同じでどこが違うのか?

・・・etc

これらの疑問には簡単に答えられそうにはないが、できる範囲で答えを試みてみよう。

① Meursault は普通名詞としては辞書に登録がない。これは、フランス、コート・ドール県にある地域の名前、またはワインの銘柄を表す名前、そしてカミュの小説『異邦人』の主人公の名前・・・ どれもみな、固有名詞である。その点では単純に「Apple」と同様には扱えない。たしかに「Apple」は固有名詞(コンピューター会社、レコード会社・・・)であるが、それだけでなく普通名詞としても通用しているからである。

② Meursault に対応する普通名詞の意味が見つからないとしても、逆に、あえてこれに普通名詞に通じる意味を見いだそうとする解釈は可能である。実際、これを「mer (メール):海」と「soleil(ソレーユ):太陽」の合成語だとする解釈や、「mort(モール):死」と「soleil(ソレーユ):太陽」、または「 sot(ソ):愚か者」の合成語だと解釈するなど、いくつかの解釈が知られている。

「翻訳」といえどもそれは一種の「解釈」だから、その場合には「Meursault」を「海男/海陽:umio」、あるいは、なんと読むかは別として、また訳としては完全にNGだろうが、たとえば「死陽」とか「死愚」と「訳す」ことさえ論理的には可能である。

もし翻訳小説の主人公の場合であれば、キャラクターを彷彿とさせる名前を、当該の言語の翻訳名として採用すると言うことは充分考えられる手法だ。

③ 固有名詞の音は、個々の存在(個物)を区別するためにある。その意味では『小坂夏男』という固有名詞にはどんな意味があるかと問われれても、それには『小坂夏男』という人を特定するという意味があると答えるしかない。

ただしその時、小坂はたとえば「小さな坂」、夏男はたとえば「夏に生まれた男の子」を意味すると答えることができるように、固有名詞にも、一般化される「意味」の領域がないとは言えない。②の場合のように、たとえ固有名詞の音が普通名詞として流通していない場合でも、それを普通名詞の側から「意味づける」余地があると言うことだ。

④ 固有名詞は、あくまでも「個物を区別するため」に使われる名前にすぎない。しかしそれが言葉である以上は、その音を聞いたり、その文字を見てイメージされる「何か」がある。とくに普通名詞との連携が強ければ、普通名詞のもつ意味の世界、つまり単に「個物を区別する」という役割から離れた、一般化されたイメージ=意味の世界が広がる。


 さて、こうしてみると固有名詞の翻訳には、単に「音を移し替える」というにとどまらないいくつかの可能性があることに気づく。また、たとえ「音を移し替える」場合でも、その音は、翻訳された言語の体系の中でもつ「イメージ」に影響を受けると言うことだろう。

印象に残った例をかきとめておく。

◎主人公の性格を翻訳言語で意味的に表現する例

黒岩涙香(翻案)『ああ無情』
(ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』)

・コゼット → 小雪(こゆき):主人公のひとり、幼少時代ある居酒屋に預けられる、薄幸の可憐なる少女の名。
・エポニーヌ → 疣子(いぼこ):コゼットをいじめる居酒屋の夫妻のこども(姉妹)の名。
・アゼルマ → 痣子(あざこ):同じくコゼットをいじめる居酒屋の姉妹の名。

◎主人公の名(音)を踏襲しながら、翻訳言語内で一定のイメージができあがるように置き換える例

黒澤明『白痴』
(フョードル・ドストエフスキー『白痴』)
ナスターシャ・フィリポーヴナ → 那須妙子

黒岩涙香『ああ無情』(レ・ミゼラブル)
テナルディエ → 手鳴田(てなるだ):上記居酒屋の主人の名。

カタカナ書きによる「音の移し替え」が主流となった、現代の翻訳文化の中にあって、黒岩涙香や黒澤明の固有名詞の扱い方に、なんとなく情緒を感じる。(KN)

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