下を向いたら、空が見えた。─「レーザーカッターで水たまりの鏡をつくろう」レポート
何かを作る行為には、「できた!」という気持ちには、誰かの気持ちを少し上向きにする力があるように思う。2023年7月22日、快晴の大阪・鶴見緑地公園内に位置する「TSURUMIこどもホスピス」の中庭には、この日、たくさんの水たまりが並んだ。線を引いたら形になる、下を向いたら空が見える。そんな、施設を利用する子どもたちに向けて行われたFabCafe Kyotoによる出張ワークショップの様子をレポート。
「できた!」のためにできること
2016年に開設した日本初のコミュニティ型こどもホスピス「TSURUMIこどもホスピス」。小児がんや循環器疾患など、生命を脅かす病気(Life-threatening conditions=LTC)を抱える子どもたちが利用する。例え辛い治療の最中にあっても、本来享受すべきその子らしい時間を叶えられる環境づくりを推進している。
施設を利用する子どもたちは、治療のため食事や衣服、進学先など生きる上での選択肢が限定されてしまうことがある。「自分で何かを選び取る」そうした経験を持てないことで、主体性や自信が育まれにくい現状があった。
さまざまな事情や制約を抱える子どもたちが、ものづくりを通して自分の可能性に気付けたら。TSURUMIこどもホスピススタッフ・川戸さんのそんなお話から、ものづくりを通して「できた!」という気持ちを育めるようなワークショップを開催する運びとなった。一番に考えたのは、「何かをかたち作る行為」が、どう個人の前向きな気持ちに寄与できるのかということだった
「かたちになる喜び」のための選択肢
FabCafe Kyotoには、人々が自らの創造性、能動性を発揮できる社会の構築に寄与したいという理念がある。具体的な施策として、デジタル工作機器の設置や素材のディスプレイ、多様な人が集う場の運営を通し、個人のものづくりの選択肢を増やすための試みを重ねている。できなかったことができる、新たな表現手法と出会える……FabCafe Kyotoでは、そんな「何かがかたちになる瞬間」が個人をエンパワメントするシーンに、日々立ち会うことができる。
TSURUMIこどもホスピスとの関わりを通して、誰しもがそれらの選択肢にアクセスできるわけではないことに気がついた。療養施設から出ることができない、ハンドツールを持つことが難しい、そんな子どもたちが、例えばFabCafe Kyotoに来店し、これらの選択肢にアクセスすることは容易ではない。そうした様々な制約を抱える子どもたちへ、例えば私たちの提供できる選択肢のひとつ「デジタル工作機器」という手段へのアクセス経路を開くことで、彼ら自身の主体性や自信を育むきっかけが作れるかもしれない。出張する、他者を巻き込む、ワークショップ内容の工夫……そのタッチポイントをどうデザインできるのか、企画の輪郭が少しずつ立ち上がってきた。
題材にしたのは、水たまりだった。デジタル工作機器のひとつ「レーザーカッター」には、プロのデータから落書きまで、自由な図案をさまざまな出力物に変換できる特徴がある。この特徴を活かせば、ペンで書いただけの不定形な形でも、そのまま切り出すことができる。線に潜む震えや個性すらも、造形のエレメントとして機能させることができるかもしれない。巧拙という概念の外側で子どもたちの書いた線の個性を受け止めることで、「できた!」という気持ちを後押しすることができたら。「水たまり」というフォーマットにそんな可能性を感じながら、ワークショップ当日、TSURUMIこどもホスピスには15名前後の子どもたちとその家族が訪れてくれた。
かたちが生まれる瞬間
はじめに、レーザーカッターの仕組みについて簡単なレクチャーを行う。機材内部から射出されたレーザー光がノズル内のレンズで集光され、焦点距離の合うポイントで加工作業が行われる。虫眼鏡で太陽光を集めると紙が焼き切れるのと原理としては同じである。導入を経て、いよいよ水たまり作りに入る。
恐る恐る線を引く子、次から次へ水たまりを書き続ける子、キャラクターの輪郭を模写する子…最初は筆の進まない子の姿も見受けられたが、瞬く間にいろんな線が自由に生まれる瞬間に立ち会うことができた。机の上に散乱したいくつものコピー用紙には、子どもたちの活き活きとした線が踊る。
しっくりくる形が探せたら、レーザーカッターでカットする。今回ワークショップに使用したのは、Laserboxという機種。家庭用電源での稼働が可能なことから、これまでデジタル工作機器へアクセスできていなかった場への出張にはうってつけの存在であり、機材使用にはレーザー加工機スペシャリストの吉留貴弘さん(合同会社バリュープロダクト)に協力を仰いだ。庫内のカメラで図案を認識し、操作用PCでデータを調整すれば3分足らずで実線からカット用データが完成する。ミラーアクリルをセッティングすれば加工開始。子どもたちが描いた軌跡をなぞるようにしてレーザー光線が照射される。どの子も、自分の描いた形がそっくりそのまま取り出せることに感動を覚える様子が見られた。
また、今回はレーザー彫刻が体験できる実演コーナーも用意。あらかじめ小さく切り抜いた水たまりの裏に、自分だけの図案を彫刻加工として施すことができる。京都産業大学情報理工学部の学生であり、合同会社TSUKUMを主宰する徳山さんが中心となり、持ち運び可能なレーザーカッターを操作する。スマホで撮影した図案を専用アプリでデータ化し転送、1分足らずでミラーアクリルが図面の通りに切削されることで、鏡面側から見ると加工部のみが透けて見える。その小さな躯体から彫刻加工が施される様子を皆、興味津々で見つめていた。鏡の外形に沿って水紋を描くアイデアや、将棋好きな子は水たまりの形の「飛車」を象るなど、そこには自由な表現がいくつも生まれていた。
あるべき社会のためのプロトタイピングとして
この日、5名の大学生たちがワークショップの運営に参加してくれていた。それぞれ京都産業大学、京都芸術大学でデジタル工作機器の扱い方を学んできた彼らは、自身の制作手法や研究の対象として機材や機材を取り巻く人との関係性と向き合ってきた経験をもつ。
大学での学びが実装される場として、また、「作ること」が個人の生きがいやウェルネスにどう寄与できるのかをともに探る伴走者として、彼らはとても心強い働きを見せてくれた。子どもたちと対等に接しながら自由な表現の地平へと導く姿勢は、「子どもたちのあんなに楽しそうな姿はなかなか見られない」というTSURUMIこどもホスピススタッフ川戸さんの言葉にも裏打ちされる。切り出した水たまりに絵の具で景色を描き込んだり、二人で鏡を合体させてひとつのモチーフを作ったり、気づけばそこに子どもたちの内気さは見えず、それぞれの能動性が次々と形になる様子が広がっていた。それらは、学生メンバーによる丁寧なコミュニケーションなくしては実現し得なかった景色だろう。
今回協力を仰いだ各者には、それぞれ「あらゆる人がよりよく生きるためにアクセスできる選択肢」としての側面がある。子どもたちの居場所としてのTSURUMIこどもホスピス、デジタル工作機器へのアクセスの可能性を広げる活動・研究を行う吉留さんや学生メンバーたち、そしてFabCafe Kyoto。そんなバックグラウンド豊かなメンバーとの協働があったからこそ、「多様な個人が参画しやすい社会をともにプロトタイピングする」そんな姿勢のもと、一連の企画を推進することができた。一過性のイベントではなく、これからあるべき社会のための初動として今回のワークショップを位置付ける、そんな思いが今回のプロジェクトに関わる総員に通底していたように思う。
難しさを飛び越える脚力
完成した水たまりが芝生広場に並ぶ。雲ひとつない青空が芝生に点々と映り、風で木が揺れるのが水たまり越しに気持ちよく映る。線を引く、形になる、下を向けば空が見える。自由に描いた曲線が鏡の板を切り抜いて、彼らの世界の映し方を物語る。
「つくる」は事情を飛び越える。大学の恩師であるデザイナー・原田祐馬さんが言ってくれた。それに尽きると思った。「一生この鏡使います」と言ってくれた子がいた。「また何か作ってみたい」と大学のパンフレットに興味をもつ子がいた。自分の引いた1本の線が水たまりというひとつの面に生まれ変わって、自分や、隣の誰かや、空や、木が映る。事情があっても、なくても、そのことの嬉しさには差がなくて、等しく祝福すべき喜びがそこにはあった。
ふと下を向いたときの水たまりに空の美しさを知るように。思い思いの線から生まれたかたちを通して、自分だけの世界の写し方と出会えたように。もしかしたら、来年も同じように何かを作ることが難しい子もいるかもしれない。けれどこの日、線を引くことで、「作る」ことで彼らに生まれた脚力が、彼らがこれからいろんな難しさと向き合うとき、それらをうんと飛び越えるものになれたらいいと思う。その力は、きっと自分をどこまでもつれていってくれると思うから。
主催:TSURUMIこどもホスピス
協力:FabCafe Kyoto、合同会社バリュープロダクト、京都産業大学情報理工学部伊藤慎一郎研究室、合同会社TSUKUM
サポートメンバー:徳山倖我、執行亜美、高木祐輝、富久保冴子、伊藤瑞
また、本記事をご覧になった方の中で、FabCafe Kyotoがお力になれそうな方がいらっしゃいましたら、下記のアドレスまでお気軽にご連絡ください。
info_fabcafe-kyoto@loftwork.com