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0403:ワクチン不信と疑似科学とエコーチェンバー

■1.陰謀論のエコーチェンバー

 Facebookで繋がっているAさん(実は一度しか直接会話したことがない)が、「ワクチンを打ちたくなかったのに強制的に打たれた結果、副反応で長期にわたり大変つらい症状が発生している」という記事を書いていた。人物を特定されてはいけないので詳しくは書かないが、「起きている現象」と「その原因がワクチンであること」の因果関係を科学的に(=診断結果として)確認したという記述は見あたらず、「そうに違いない」という思い込みレベルの話だ。

 人は、へんな形の雲を見た後で地震が起きると「あれは地震雲だったんだ」とそこに因果関係を直感する。黒猫が横切った後で転んだら、そこに因果関係を直感する。近所の人が玄関に回覧板を届けてくれた後で居間の財布が見あたらなくなったら、アイツが盗んだんだと因果関係を直感する──普通はそう考えなくても、認知症高齢者なら。

 相関関係と因果関係の区別は科学の基本だ。観察と推論と検証によって、ふたつの出来事が偶然同時に起こったのか、一方が他方の原因なのか、別の関係があるのかが確かめられる。でも、それって面倒なんだよね。そんな手間をかけなくても、人間には直感がある。直感は情動だ、理屈なんて知ったことか。逆にいえば、直感は因果関係の存在を保証しない。だから、観察推論検証で確認できたもの以外は、仮説に過ぎない。私たちは仮説を事実とみなして平穏な日常を送ることができている。直感すなわち「速い思考」が私たちの行動の経済効率を高めていること、だから人は直感に頼り往々にして間違いを犯すことは、行動経済学が示している。

 Aさんの記事の結論は「このような危険なものを子供たちに接種してはいけない」というアジテーションだ。Aさんは元公人で、以前から社会問題を意識し、社会に向けて意見を発信していた。交友関係は幅広くFacebook上の友人も多数、私と共通の人だけでも数十人いる。彼らの大半はその記事には無反応だ。

 一方で、複数の人が記事にコメントを付けている。「良く言ってくれた、Aさんにしか言えないことだ」「ワクチンはエリートが大衆を支配する陰謀だから絶対に接種してはいけない」「真実を知っている者はワクチンを打ってないから、やむを得ず打った人の重大な副反応報告は貴重だ」等々、9割方がいわゆる反ワクチンの立場の人たちだ。中には「地元の●●先生がコロナワクチン問題の大家だよ、そんな人が地元にいて良かった」という書き込みがあり、当該医療機関のHPを見てみたら●●療法とか●●●●●ーとか代替医療のオンパレードでそっ閉じ。一人だけ「自分は副反応はほとんどなかったけど、人によるみたいなので、お大事に」という穏当な人がいてホッとした。

■2.「政治家と公務員はワクチンを免除されている」!?

 そのコメント群の中で目に付いたのが、「昨年12月の法改正で政治家や公務員はワクチンを免除されている。自分たちだけ安全を確保してずるい」という書き込みだった。んなあほな。私は今年3月まで公務員だったけど、そんな話は聴いたことがないし、政治家・公務員でワクチン接種した人は直接でも十人以上、間接・仄聞なら大量に知ってる。そもそもそんな法改正なんてあり得ない。

 Twitterで検索すると、同趣旨の書き込みがいろいろと見つかった。今年の8月より前には見つからないので、その頃に発生したデマのようだ。そして、それらの根拠として示されているのが、以下の画像だ。facebookの上記コメントにもこれが貼られていた。逆に言えば、これ以上の根拠は示されていない。

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 さて。まず文中にある予防接種法第8条及び第9条を確認しておこう。

予防接種法
(予防接種の勧奨)
第八条 市町村長又は都道府県知事は、第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項若しくは第三項の規定による予防接種の対象者に対し、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種を受けることを勧奨するものとする。
2 市町村長又は都道府県知事は、前項の対象者が十六歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者に対し、その者に定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種を受けさせることを勧奨するものとする。
(予防接種を受ける努力義務)
第九条 第五条第一項の規定による予防接種であってA類疾病に係るもの又は第六条第一項の規定による予防接種の対象者は、定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(同条第三項に係るものを除く。)を受けるよう努めなければならない。
2 前項の対象者が十六歳未満の者又は成年被後見人であるときは、その保護者は、その者に定期の予防接種であってA類疾病に係るもの又は臨時の予防接種(第六条第三項に係るものを除く。)を受けさせるため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。

 つまり第8条は「行政は住民へ予防接種を勧める」、第9条は「住民は接種するよう努める」という規定だ。これを前提に上記通知を読んでみよう。

 公文書を読み慣れている人なら、分かるだろう。いや、それ以前の国語の問題だ。ここに書かれていることは何か。書かれていないことは何か。この規定は、「政令で指定した人」は法第8、9条の対象としない、という単純なものだ。どこにも政治家とか公務員とは書いていない。仮に書いてあるとすれば政令で、むしろそれを引用して糾弾すべきではないのか。何故それをしないのか。果たして政令はどうなっているのか。調べてみたら、これのようだ。

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 そう、つまりここは「妊娠中の人には接種の努力義務を課さない、勧奨対象にもしない」という至極穏当なことが定められているだけだ。「政治家と公務員のワクチン接種が免除されている」なんて誤解する余地は、かけらも見あたらない。

■3.人は自分の信念を補強する情報を集め、認知的不協和を遠ざける

 そもそも法第9条は単なる努力規定であって、国民の誰もワクチン接種を法的に強制されていないのだから、政治家だろうが公務員だろうがその他の誰だろうが免除も何もない。少し考えれば、少し調べれば、デマだと簡単に分かる筈だ。

 でもそれは、面倒なことだ。「ワクチンは害悪で、支配者層の陰謀だ」と信じている人にとって、わざわざ自分の信念を否定するような証拠なんて見たくもない。認知的不協和を起こす情報は無視。最初の画像の情報だけで権力者が自分たちだけ助かろうとしていることは明白だ。俺はだまされないぞ、奴らの言うことになんて耳を貸すものか──。

 そんな風に考える人たちに、理性的な声は、決して届かない。

 世の中の「多数派」は、もちろん、理性的な判断をする。荒唐無稽な陰謀論を見ても「やれやれ」と思うだけだ。しかし当の陰謀論者は、同じ信念を持つ者同士が集まり、互いの言動を賞賛し、一般社会に敵意をむき出しにする。陰謀論側の人が「世の中の人は誤った考えで凝り固まっている、丁寧に彼らの話を聴いてその気持ちを理解して少しずつ正しい判断をできるように導こう」なんて言ってるところは見たことがない。そりゃあそうだ、情動こそ正義、理性は悪、なのだから。「聴く」「導く」は理性の物言いであって、情動は「聴かない」「従わせる」になる。

 Aさんの今回の書き込みの周りには、そうした陰謀論者が群がっていて、痛々しいスレッドになっている。Aさん自身は公文書を読み慣れているからだろうか、今のところ上記の法改正デマを支持するレスは返していない。ただ、ワクチンの一部にのみ細工がされていると信じているらしい記述もあり、単なるワクチン不信ではなく陰謀論に片足を踏み入れている様子が窺える。

 Aさんが長年公人として地域住民のために働いてきたことを知っているだけに、今回のことは、いたたまれない気持ちになる。

--------(以下noteの平常日記要素)

■本日の司法書士試験勉強ラーニングログ
【累積146h16m/合格目安3,000時間まであと2,854時間】
実績85分。動画2本のみ。

■本日摂取したオタク成分(オタキングログ)
『交響詩篇エウレカセブン』第32~35話、ここまでまったくテンションが下がらないのは凄いなあ。家出とか主役機パワーアップとか(他にもなんかあったような)ガンダムの作劇に近しいものを感じる。悪いことではないよ、もちろん。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』特別編集版、うわああああ、泣くわああああ。旧軍影響下の不穏なエピソードは最小限に切り詰めてヴァイオレットの物語の本筋を追い、ラストを第10話で締めくくる。TVシリーズで内容知ってても泣くわああああああ、家族の前で泣き声が漏れまくったわあああああああ。来週放送の外伝は観たことない。きっとまた家族で観るから、泣かんように心の蛇口をしっかり締めとこう。

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