藤井聡太の眼に光速を見た
6/20に行われた王座戦、藤井聡太竜王・名人ー村田顕弘六段戦はなんという将棋だったのだろう。。。!!!
感嘆符をいくら付けても足りない、それどころかそんな陳腐な言葉が霞むほどの輝きを、あの時我々は盤上で体感していた。
それを放ったのはあの76手目の△64銀から始まる、あのまるで創ったかのように奇跡的で繊細な一連の手順だが、それを振り返るには、まずはそこに至るまで両対局者が積み重ねてきた一日の経緯を辿るのが正しい作法というものだろう。
本局の序盤は、自らが局後のインタビューで語った通りの「新村田システム」が奏功し、先手がリードを掴む。若き王者に対しての大一番で彼が見せた、恐らくは一世一代のパンチは確実に藤井のボディにヒットした。
更にAIによる評価値が示したように、先手は作戦勝ちを有利、優勢、更には勝勢にまで高める事に成功する。もちろん藤井が何の策もなくそれを見過ごしていた訳ではなく、本来は守りの金を繰り出して先手の飛車を圧迫、更にはわざと飛金両取りをかけさせて、金を見捨てる代わりに攻め合いに持ち込む勝負手を放つ。だが村田はそれに臆する事無く攻め合いを選び、一見危険とも思える一直線の順に飛び込んで有利を拡大していった。
だが、順調に優勢を築いた先手に決断の瞬間が訪れたのが66手目、△45桂と角取りに桂を打たれた局面である。村田の手が止まる事67分、彼の頭には様々な事が浮かんだに違いないー恐らくは盤上以外の事も。棋士である以上、村田も藤井にかかっている大きな期待と重圧は理解していたはずだが、ここで初めて「自分が藤井に勝つ事」がどんな意味を持つのか、真に気付いたのではないか。
だが、村田はここで自分の運命に逃げる事なく、正着を指す。一見攻撃を一方的に受けて危険なようでも、自らの玉は僅かに寄らず逆にカウンターの一発で藤井を追い詰める事ができる本譜の順が、勝つためには必要だった。
しかし、この手を編み出す為に費やした時間が、皮肉にも逆転の布石となってしまう。あくまでも外野からの結果論でしかないが、30分の考慮でこの手を指していれば、村田には藤井が繰り出す最後の勝負手を見極める時間が残っており、ドラマは生まれなかった可能性が高いだろう。
野暮としか言いようのない指摘だが、藤井に勝つ為には何と多くの山を越えなければいけないのか、そのとてつもない困難さを示しているとも言えるだろう。
ともあれ、村田は正解を見つけた。藤井に残された手段はもうほんの僅か、それも風前の灯に見えた。たとえ持ち時間が無くても、プロ同士の戦いであれば既に勝負はついたも同然だった。
そこに突如飛び込んできた△64銀、、、何だこれは??
とりあえず、取ると先手玉が詰んでしまう事は分かる。「落ち着け、悪手を指さない限りはこっちに勝ちがあるはずだ」、そんな村田の心の声が聞こえてくるような局面で、まずは間違いの無い手ー自玉を安全にする受けの手ーを指す。
▲68銀、そして▲79玉、村田は時間を稼ぎながら必死に自分の勝ち筋を探す。しかし、藤井の金捨てを▲59同銀と取った瞬間、恐ろしい事に一瞬でそれまでの優位は吹き飛び、逆に後手勝ちの局面が訪れたのだった。
自玉への詰めろを解消しながら先手玉に詰めろをかける△75銀が逆転の一手、そして次に放った△88龍が、恐ろしい事にぴったりの詰みに至る、最善にして唯一の決め手であった。
もっとも、藤井がどこまで相手玉の詰みを読み切っていたかは分からない。なにせAIですら、ここ数手は混乱して画面上に正しい応手を出せないでいたのだから。それでも藤井は自らの読みを信じて飛び込んでいった。そこに我々は、彼の底知れない強さを見出さずにはいられない。いや、藤井の事だから、本当は勝ちを確信していたのでは?(※感想戦によると、藤井は詰みを読み切っていたらしい)
そこに彼を連れていったのが彼の勇気によるものなのか、または彼の人間離れした読みの力なのか、もしかしたらそんな問いはどうでも良いのかも知れない。後に残るのは美しいとしか言いようのない棋譜のみである。
94手目△57金まで、村田は頭を下げた。あの63にいた銀が、最後は88で先手玉を討ち取るのか。。
終わってみて鮮明に焼き付いているのは、ただただ藤井の光速の如き終盤の手順である。実際の時間は数分間はあっただろうが、何が何だか分からないままに駆け抜けていくF1のマシンのように、1人だけ別次元にいるようなスピード感を感じた。
藤井にそれを生み出す力がある事は、今や誰でも知っている。それでも、それを現実に突きつけられた時、我々には改めて畏怖としか言えない感情が生まれてしまう。敢えて言おう、本局は神局であったと。
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