新手一瞬の時代ー棋聖戦第3局

藤井ー佐々木のダブルタイトル戦、第一ラウンドは1ー1で第3局を迎えた。どちらも先手番を「キープ」しての第3局で、今度は藤井の先手。佐々木としては後手番で「ブレーク」するチャンスで、藤井にプレッシャーをかけるとともに、自身初タイトルに王手をかけたい所だ。

戦型は藤井の角換わりを佐々木が受けて立つ展開となり、後手は右玉で待機策を見せ、藤井の作戦を伺う事になった。
ここで、いきなり藤井の新手が炸裂する。▲97桂!と跳ねて相手の飛車先から逆襲を見せたのがそれで、この手に13分しか考えてない事から、予め研究していた手だと想像できる。対して佐々木は予想していなかったか、次の手に56分の長考。
ただ、この▲97桂という手自体はAIも予想手に挙げており、その意味ではこの新手の真意を知るにはちょっと複雑な気持ちになってしまった。かつては新手一生と升田幸三先生が言っていたが、今や新手一勝ならぬ「新手一瞬」の時代である。我々令和の将棋ファンは、その意味では損な時代にいるのである。

さて、局面は進み、先手は玉を四段目に進出させて、押さえ込みを図るのに対し、後手はやや劣勢ながらも間合いを測りながら攻め味を見せて気が抜けない展開となった。
そして73手目にまたしても藤井が驚愕の一手を放つ。▲86玉!と玉を一つ寄るのが、とんでもなくのんびりしていると見せて、実は相手の手が無いことを見切った一手。
こう指されてしまうと後手としては暴れていくしかなく、以下は藤井の得意とする、丁寧に受けながら徐々にリードを拡大していく展開に持ち込んだ。
107手目に藤井が▲86銀と打ちつけたところで佐々木が投了、シリーズ2ー1と防衛に王手をかける事になった。

本局では後手に上手い順が見つからず、▲97桂から▲89飛〜▲86歩と逆襲する順が上手くいったように見えた。この新構想の成否はまたプロ棋士間でAIによる探索が行われ、すぐに明らかになる事だろう。これで後手が参っているのであれば、右玉で待機する作戦自体が駄目になる可能性があり、その意味ではまた一つ将棋の歴史に残る一局になるかもしれない。

ここで新手とAIの関係性について考えてみたい。将棋の序盤研究が盛んになった近代以降、研究で良い手を誰かが発見するとそれがプロ棋士間で広まってその形で相手を持つ棋士がいなくなり、いつの間にか誰も指さなくなる形というのが増えてきた。それは一局の戦いに命をかけるプロ棋士では当然の事だが、我々アマチュアとしては不都合極まりない。そういった知識は数ヶ月あるいは数年かけて棋書などで明らかにされ、次第に「世間の常識」となっていくのだが、そのタイムラグはなかなか理解するのが難しいものである。
そういえば、そんな中で最新の序盤の知識を詰め込んで大ヒットしたのが、名著「島ノート」だった。あれは当時のプロアマ問わず話題の書となり、まだインターネットが限られていた時代に画期的な情報伝播を果たしたのである。今となっては、もうあの頃の興奮を再現するのは難しいだろう。。。

我々の日常生活にもインターネットやAIが入りこんできた現代では、新構想がその人間によるものなのか、あるいは背後に何らかの援助があってのものなのか判別するのは非常に難しくなっている。現に、このnoteでさえ、AIによるサポートがあって書くことが出来るのだから。今の所はそういうツールに頼って書く気は無いが、それは単に自分が全部書いた方が面白いと思っているからで、もしクオリティがAIのサポートによって上がるなら、迷わず使うと思う。
そんな時代に人間オリジナルというのは差別化要因となるのだろうか?
個人的には、もはや人間のみが創造性を発揮できるというのは終わっており、チェスや将棋がAIの助けを借りて隆盛しているのと同様、人間はより高い所に到達するための貴重な機会を与えられたと考えるべきだと思う。
「新手一瞬」の時代に、人間がすべき事はその一瞬の輝きを見逃さない事である。機械は感動する事はできないのだから(今の所は、、、)。

いいなと思ったら応援しよう!