1047 人工知能に乗っ取られるのは全仕事のたった5%?MIT経済学者アセモグルが思い描く「AI物語の展開、3通りの筋書き」
ノーベル経済学賞を受賞されたアセモグルのインタビューが面白かった。
4min2024.10.11
人工知能に乗っ取られるのは全仕事のたった5%?
MIT経済学者アセモグルが思い描く「AI物語の展開、3通りの筋書き」
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Text by Jeran Wittenstein
人工知能(AI)は、喧伝されているほどの期待には応えられないとMIT経済学教授のダロン・アセモグルは主張する。だから、AIに闇雲に投資するのはリスキーだと──。AIをめぐる物語は今後どう展開していくのか。アセモグルが3通りの筋書きを提示する。
人工知能には何の反感も持っていない──ダロン・アセモグルは、真っ先にそのことをはっきりさせようとした。AIのポテンシャルを理解するアセモグルは、インタビューに入ってから数秒でこう断言した。
「私はAI悲観論者ではありません」
では、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)の有名なアセモグル教授を、この先高まる経済・金融の危機を見据える予言者然とさせているものは何なのか。
それは、AI技術をめぐる執拗な誇大宣伝があり、その煽りをうけて投資ブームが生まれ、テック株式市場が激しく上昇していることにある。
AIはたしかに有望かもしれないが、誇大宣伝どおりになるチャンスはほぼないとアセモグルは言う。
アセモグルの計算によれば、今後の10年でAIに乗っ取られるか、少なくとも大幅に助けられることになるのは、あらゆる仕事のたった5%というわずかな割合しかない。
これが労働者にとって朗報であるのは間違いないが、AI技術に何十億ドルもつぎ込んで、それで生産性が急上昇するだろうと見込んでいる企業にとってはひどい凶報だ。アセモグルは言う。
「大金が無駄になるでしょう。その5%から経済革命は生まれないわけですから」
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AI熱は行き過ぎとの見方も出てきてはいるが…
米国の金融市場や企業経営陣のAI熱は行き過ぎていると警告する声は大きくなり、著名人からもますます上がるようになっている。アセモグルもそのひとりだ。
「インスティテュート・プロフェッサー」というMITの教授としては最高位にあるアセモグルは、共著『国家はなぜ衰退するのか』が10年前にベストセラーとなり、学界の外でも有名になった。
AIなど新しい技術の出現は、アセモグルの長年にわたる経済学の研究に深く関係してきた。
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AIによって仕事タスクの大部分が自動化され、この技術が向上するにつれ、医療・科学分野が飛躍的に進歩する新時代の幕が開けるだろうと強気筋は主張する。
AIブームの代名詞的存在ともいえる「エヌビディア」CEOのジェンスン・フアンは、同社データセンター設備のアップグレードがこの先数年で必要になり、それには1兆ドル(150兆円弱)もかかると見積もっている。この技術サービスの需要が、企業から政府まで幅広く高まっているからだという。
こうした主張について懐疑的な見方をする向きも増えはじめている。それはAIへの投資が、「マイクロソフト」や「アマゾン」などの企業で、収益よりもはるかに速いペースでコストをつり上げているからでもある。
だが、大半の投資家たちは、高い打歩を払ってでも株を買い、AIの波に乗ろうという構えを崩さずにいる。
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アセモグルが想定する「AI物語」3通りの筋書き
このAI物語はこの先数年でどう展開するのか──アセモグルは3通りの筋書きを思い描いている。
・第一の、そしてまちがいなく最も無害な筋書きでは、誇大宣伝がゆっくり落ち着いていき、AI技術の「適度な」使用への投資が定着する。
・第二の筋書きでは、AI熱がもう1年かそこら高まっていき、そこからテック株の暴落に至り、投資家や会社幹部、学生たちはこの技術に幻滅させられる。「AIの春に続くAIの冬」とアセモグルは表現する。
・第三の、そして最も恐ろしい筋書きでは、AI熱が何年も野放しにされ、企業はたくさんの仕事を削減し、「使い道もわからない」AIに何十億、何百億ドルとつぎ込んだ挙げ句、上手く行かずに、慌てて労働者を雇い直す。「となると、経済全体にとって大規模なマイナスの結果が表れる」とアセモグルは言う。
最もありうるのは? 第二と第三の筋書きを組み合わせたものになるとアセモグルは想像する。
企業の経営陣内部では、AIブームを逃すことへの恐れがありすぎて、この誇大宣伝されたマシーンがほどなく減速するとは想像できずにいるとアセモグルは言う。そして、「この誇大広告が激しくなれば、その転落が穏やかなものになる可能性は低い」。
なぜAIは多くの仕事で人間に取って代われないのか
2024年の第2四半期の数字が、AI投資の巨額さを説明している。「マイクロソフト」「アルファベット」「アマゾン」「メタ・プラットフォームズ」の4社だけでこの四半期、設備投資に500億ドル以上(7兆円超)もつぎ込んでおり、その大半がAIに充てられているのだ。
「オープンAI」のChatGPTのような大規模言語モデルは多くの点で優れている、とアセモグルは言う。ではなぜそれらは多くの仕事で、人間に取って代われないのか? あるいは、せめて人間を大いに助けられないのか?
アセモグルが指摘するのは、信頼性の問題と、人間レベルの分別や判断力の欠如だ。このために、人が事務作業の多くをAIに外注する可能性は当分のあいだ低いというわけだ。
AIは工事や掃除などの肉体労働を自動化できるようにもならないとアセモグルは言う。
「これまで労働者たちがやっていた特定の段取りを忠実に遂行するには、信頼性の高い情報やこれらのモデルの能力が必要です。それができるにしても、コーディングなど数少ない分野で、しかも人間の監督のもとでであり、ほとんどの分野では無理です。それがいまわれわれがいるところの実態把握です」