「経営戦略」のビジネス名著5冊 読書のプロ・荒木博行が厳選、解説

2024.6.28

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「経営戦略」が分かると、もっとヘルシーに働ける

 経営者ではないミドルマネジャーや社員は、経営とはやや距離があるかもしれません。だからこそ、会社で働く上では「経営戦略」は欠かせない思考なのです。

 なぜなら、会社がどこへ向かって動こうとしているのか、その意思決定に納得できるかどうかは、視野が狭いとなかなか見えてこないからです。

 上層部から下りてきた指示を右から左にこなすだけではフラストレーションもたまりますし、「なぜこんなことを?」「ウチの社長はバカなのか?」という愚痴にもつながるでしょう。

 当然のように「社長には社長の視座」があるわけですが、たとえそこに合理性が伴っていたとしても、社員に見えないことも多いもの。会社で働くどんな立場の人でも心身共に「ヘルシーに働く」ことは難しいかもしれませんが、下りてくる断片的な情報の意図や真意は、実は本で学ぶことでくみ取ることができるのです。

 断片的な情報の点と点をつなぐ、戦略論の補助線があることで、今取り組んでいること、これからやろうとしていることの意義も自分で見いだすことができるようになります。フラストレーションをためずに「ヘルシーに働く」ためのツールとして、まずはぜひ、この5冊を読んでみてください。おすすめの読む順番もあります。

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「バカなる」で経営戦略が物語に変わる

1. ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』楠木 建著、東洋経済新報社

 経営戦略の定番とされる名著はいくつかありますが、もしまだ著名な本を一度も読んだことがないという人がいたら、この『 ストーリーとしての競争戦略 』から読むことをおすすめします。そのほうが、経営戦略を語ることが楽しくなるからです。

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 経営戦略について論じるときというのは、つい小難しい話になったり、聞き手としても「なるほど……」とうなずくだけで終わったりしてしまいがちです。この『 ストーリーとしての競争戦略 』では、戦略を語るときこそ「面白いストーリー」で語ろう、と提案しています。

 中でも印象的だったのが「バカなる」というキーワード。「バカなる」のバカは、「そんなバカな!」という意味。なるは「なるほど」の意味で、その二つが組み合わさることで、経営戦略はより強くなるというのがこの本の骨子なのです。

 面白いストーリーというのは、大体「バカな!」から入って、最後は「なるほど」で終わります。ですが、真面目な人ほど合理性が勝ってしまい、「なるなる」(なるほどしかない)戦略になってしまう。「なるほど」しか出てこない場合はたいていの人が考えつく戦略なので、レッド・オーシャンから抜け出すことが難しくなります。

 もちろん、「バカバカ」でもいけません。要は、聞き手がワクワクする、誰かに伝えたくなる物語が、経営戦略にも必要だということです。「すごいこと思いついちゃったんだけど!」というワクワク感を、語り手も聞き手も感じられるかどうか。そして、異端的な要素をどのように回収して、戦略として着地させられるかも重要です。

 僕の解釈としては、この「バカな!」を生み出せるかどうかには、組織が外に開かれているかどうかが大きく影響していると思います。生え抜きでずっと同じ業界で生きてきた人は、どうしても「バカな!」が生まれにくい。内部発生的に面白い物語を生むことが難しいのなら、異業種から人材を採るのもいいですし、新人の意見を聞くのもいいでしょう。

 新人は業界の常識や作法をまだ知りませんから、ベテラン社員からしてみれば「しょうもない意見」を言ったりもするわけです。ただ、「おまえ、100年早いぞ」という意見にこそ、「バカな!」のヒントがある。そうしたユニークな発想を潰さずに「なるほど」にまとめ上げるのが、ベテラン社員の腕の見せどころともいえるでしょう。

「顧客の声」を聞きすぎる企業は失敗する

2. 『イノベーションのジレンマ 増補改訂版』 クレイトン・クリステンセン著、翔泳社
玉田俊平太監修、伊豆原弓訳

 企業であれば「正しい意思決定」をしようとするのは至極まっとうなことであり、「正しい意思決定」に至るプロセスとして、「顧客の声」を取り入れる企業は少なくありません。カスタマーからの苦情や要望を、自社サービスにフィードバックする。そうすることで成功した企業は世界中に数え切れないほどあり、そこには成功の理由と構造があります。

 しかし、この『 イノベーションのジレンマ 』では、企業が顧客の声を無批判に受け入れることで、「競争に負ける」「失敗する」リスクにこそ着目しています。

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 どれだけ改良しようとも、「もっと高いクオリティーのものがほしい」と望む顧客は必ずいます。顧客の望みに応えることは企業努力として正しくもありますが、ハイエンド、ハイクオリティーが進めば顧客基盤は小さくなり、マスをとらえ切れないジレンマも生まれてしまう。しかも、一度品質競争の土俵に上がると、そこから降りることはとても難しい。この本が伝えているのは、そうした企業の「過剰品質」が成長を鈍化させるリスクについてです。

 名著とされるこの本には、二つの読み方があると思います。一つは、大企業で働いている人の視点で読むこと。自社のサービスがある種の過剰品質になっていないか。単価の高いビジネスばかりを狙っていないか。この本を元に自分の会社を客観視することで、「顧客の声を無批判に受け入れる」ことに危機感を持てるでしょう。

 もう一つは、スタートアップや起業家の視点で読むことです。この本を読むと、どれだけ手ごわそうに見える大企業でも、ジレンマ構造に陥っている可能性があることが分かる。ローエンド(低性能・低価格)なサービスからディスラプト(破壊による変革)を狙っていくなど、大企業にはもはやまねできない、思い切った戦法にも舵(かじ)を切りやすくなるはずです。

「新規事業がうまくいかない」のはなぜか?

3. 『両利きの経営(増補改訂版)』チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著、東洋経済新報社
入山章栄監訳・解説、冨山和彦解説、渡部典子訳

 この『 両利きの経営 』は、先ほど紹介した『イノベーションのジレンマ』の続編として読むと面白いと思います。

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 大企業の成長がなぜ鈍化するかというと、既存事業ばかり見て、既存事業のブラッシュアップばかり続けているから。実のところ、品質を向上させるためといって無批判に受け入れてきた「顧客の声」こそが、足をすくっていたという構図が『イノベーションのジレンマ』では分かりました。

 そこで『 両利きの経営 』では、企業の成長戦略として「深化と探索」をテーマに据えます。企業にとって「深化」とは、既存事業を磨き上げること。「探索」とは、新しいビジネス機会を探っていくことです。この本のサブタイトルに「『二兎を追う』戦略が未来を切り拓く」とありますが、まさに既存事業と新規事業をバランスしていこう、「深化と探索」という相反するベクトルを両立させよう、というのがこの本が伝えたいことです。

 そもそも企業には、「新規事業はうまくいかない」というムードがまん延しているケースも少なくありません。ですが、「深化と探索」という両利きのアーキテクチャーを組み立てることによって、既存事業と新規事業は両立させることができるといいます。

 ときに新規事業は、人員もカルチャーも、既存事業から完全に分離されることがあります。既存事業の影響はなくなりますが、じゃあ同じ会社でやる意味ないよね? という結論にもなりかねない。そうではなく、この『両利きの経営』では、分離に加えて「統合」もしましょう、ということを言っている。既存事業のリソースはしっかり使い「いいとこ取り」をしながら、双方に影響がない形にするのです。

 ただし、「深化と探索」「分離と統合」という両利き経営を行うのは、今までのマネジメントでは難しいのも事実。既存事業からスピンアウトして新たなマネジメントシステムをつくり、新規事業を育ててスケールするにはどうしたらいいか。本書ではその方法論についても、いろいろな企業事例を基に教えてくれます。

 『イノベーションのジレンマ』で投げかけられた問いに解決の糸口が見いだせなかった人は、この本がその答えを見つけるきっかけになるでしょう。

「シルク・ドゥ・ソレイユ」になれる方法論

4. 『[新版]ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、ダイヤモンド社
入山章栄監訳、有賀裕子訳

 経営戦略を学ぶ人にとって、マイケル E. ポーター氏の『 新版 競争戦略論 』(ダイヤモンド社)‎は、必ず一度は通るであろう「超ど定番」の一冊です。ただ、今から読むのであれば、僕は、この『 [新版]ブルー・オーシャン戦略 』を読むことを提案します。

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 ポーター氏が『競争戦略論』で伝えていたポイントの一つは何かというと、「差別化戦略とコストリーダーシップ戦略は両立しない」ということでした。つまり、高いクオリティーを目指そうとすると、それなりの企業カルチャーが必要になる。逆にコストを低減していく戦略を取ると、「それなり」の企業カルチャーになってしまう。ポーター氏が提唱する基本戦略では、この二つは両立し得ない、だから「どちらかを選べ」と説いています。

 僕らも、日常の会話で「安かろう悪かろう」という言葉を使います。安いものは安いなりの価値しかない、粗悪品でも仕方がない、そうした意味で使うわけですが、『[新版]ブルー・オーシャン戦略 』は、たとえ安くてもいいサービスは作れるということを理論で提⽰してくれます。

 そのためには、今まで顧客が価値を見いだしていなかったところに、価値があることを定義しなければならない。同時に、コストのわりに価値を与えられていなかったものは、大胆に削減する。これが、ブルー・オーシャン戦略の鍵です。

 例えば、サーカスの「シルク・ドゥ・ソレイユ」は、サーカスの主流だった「動物による曲芸」を、思い切って排除しました。動物をメンテナンスし、移送する費用がもっともコスト要因だったからです。人間のパフォーマンスを徹底的に追求する方向に舵(かじ)を切った。そうしてシルク・ドゥ・ソレイユは、従来のサーカスという枠を超えた、新しい価値を提供することに成功したのです。

 僕の解釈では、この本が伝えたいポイントは二つあると思っています。一つは、「業界意識を捨てろ」ということ。もう一つは「戦闘意識を捨てろ」ということです。

 狭い箱の中で隣人同士が戦っても、新たな価値を生み出すのは難しい。そうではなく、ブルー・オーシャン戦略が提案する「戦略キャンバス」で市場を広く分析し、顧客が価値としてまだ見つけられていないものをキャンバスに描きながら探索する。そうすることで、新たな価値のあるサービスは生み出せる。

 ポーターの「二兎を追うことはできない」という戦略論にいまだとらわれている企業は多いと思います。第三の価値を生み出したシルク・ドゥ・ソレイユを目指したいなら、まず開くべきはむしろこの本だと僕は思っています。

「現象」ではなく「理論」を語れ

5. 『世界標準の経営理論』入山章栄著、ダイヤモンド社

 最後に紹介するのは、これまでの経営戦略本を否定してしまいかねない一冊です。この『 世界標準の経営理論 』の最大のメッセージは何かというと、「現象ではなく理論を語れ」ということ。

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 経営戦略本では、その大半が現象ドリブンで思考しています。野球に例えるなら、ツーアウト満塁のときにどうするか? といった、その時々の対処方法を考えるのが現象ドリブン。一方、理論ドリブンでは、もっと根本的な部分で野球にアプローチをします。球の握り方、走り方、体幹の使い方など、人体の仕組みの基礎の基礎に立ち返ることで野球はうまくなると考える。ビジネスも同じように、検証済みの理論をベースに思考するほうが、ビジネスの応用が効き、強い戦略がつくれるのだと、この本では伝えます。

 現象ドリブンの課題は、ビジネスの現象が無限にある、ということです。だから、現象を追いかけてしまうと、キリがなくなります。それに対して、本書で紹介されている検証済みの理論は32個しかありません。もちろん、その数は決して少なくはありませんが、これらの理論を理解することができれば、どのような複雑な現象にも対応することが可能になるのです。

 目の前にある現象に、この本の理論をどう適用するか。そこには膨大な思考が必要になりますが、現象ドリブンだけで限界を感じているなら、考える方向を変える一つのタイミングかもしれません。

 この本は、ビジネス書の現象ドリブンという「当たり前」に一石を投じる、異色の一冊だといえます。

取材・文/金澤英恵 編集協力/山崎綾 構成/長野洋子(日経BOOKプラス編集

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