鹿の脂について
多くの食材で脂がのっている方がおいしいとされています。寿司ネタのマグロしかり、牛肉もサシの入った霜降り肉こそ最上級と言われます。
ジビエもおおむね脂ののってくる秋のものが旬と言われます。シカもクマもイノシシも(イノシシは北海道にはいませんが)厳しい冬に向けてエネルギーを蓄えますから、その直前の秋が最も脂ののっている時期であることは間違いないです。
ですが、脂がたっぷりついている=おいしいかどうかは食材の種類によっても違い、そして個人の好み、食に対する考え方などによっても様々なとらえ方があると思っています。
シカの脂の融点は他の食肉より高い
脂の融点(溶け出す温度)は食肉によってかなり差があります。
シカ 約55℃
牛 約45℃
豚 約35℃
クマ 約28℃
個体差や畜産の場合は品種などによって差があるため「約」とつけてありますがおおむねこんな感じの温度差になります。人間の体温が平均で36℃ですから、いわゆるくちどけのいい脂は豚脂(ラード)やクマの脂ということになります。ジビエでいうとクマこそ脂の甘みを堪能するお肉というイメージでクマ鍋にすると脂が溶け出して何とも言えぬ旨味があります。豚に近い種類のイノシシについてもやはり脂のうまみがその魅力として語られます。
一方で牛肉は例えば冷めた牛丼なんかは脂が浮いてきて固まってくることもありますし、ちょっとざらざらした感触で食感も良くありません。ただブランド牛などではさすがに脂の品質もいいのか、やはりサシの入ったお肉を焼肉で食べると感動的なおいしさだったりもします。
そして融点でいうと牛脂のさらに上にシカの脂があるわけです。55℃ともなると最早ちょっと冷めただけで脂の玉が浮いてくるような状態で、脂の塊のついたバラ肉を調理して食べると唇にリップクリームを塗ったかのようなベタッとした感触がします。部位によってなめらかさが違うので一概には言えないですが部分によってはろうそくのような硬さの場所もあります。
もちろん熱々のうちに食べれば甘みのあるおいしい脂身ですが、わたしは年齢のせいもあってかシカの脂はくどく感じるのでそんなにたくさんはいらないかなと思ってしまいます。
お肉のうまさ=脂のうまさ、だけではない
そういうわけで当店ではお肉から脂の塊の部分はすべて除去(トリミング)して販売しており、商品ラインナップはほぼエゾシカ肉の赤身ということになります。「肉のうまさは脂のうまさなんだよ!赤身は添え物!」というお客様もきっといらっしゃると思うのですが、ことシカ肉に関しては私は脂身はオススメしません。むしろ、赤身肉の中に含む脂肪分は非常に少ないお肉になるので、脂肪分が気になっている方、脂っこいお肉は胃がもたれるという方、スポーツや健康のために食生活を気にされているお客様にはぜひおすすめしたいと思っています。
そもそも日本ではなぜ霜降り肉が好まれるのか
最近は海外にも進出しているようですが、霜降りのきめ細かいサシの入ったとろけるような牛肉を好むのは日本だけという話があります。真偽のほどはわかりませんが、確かに欧米ではお肉と言えば赤身肉です。
これはなぜか、というのも私の推論になってしますが(何かの本で読んだ記憶もあるのですが思い出せない)、多分骨格というかあごの強さと関係あるような気がしています。稲作文化であった日本人は肉食には向いていないアゴなのだろうと。明治時代以降急速に肉食文化が入ってきたため、赤身のしっかりとした歯ごたえのあるお肉より、サシの入った分だけ柔らかい霜降り肉を好むのだろうなと想像します。
ですが、それはお肉の硬さの部分の話だけでそれで赤身のうまみを敬遠するのはもったいないなとわたしは思います。
そして何よりこのたんぱく質不足が叫ばれる現代において赤身のお肉をチョイスすることも一つの選択肢としてご提案したいなとわたしは思います。(もちろん牛肉でもいいんですよ。シカ肉もおいしいですが!)
シカの脂を批判するような書き方になってしまいましたが、実はレストランのお客様向けには脂や骨のついた状態で販売することが多いです。理由としては熟成も含めてレストランさんでチョイスできるからということが大きいです。この部分の脂ならOKなど自分で目利きのできるプロの皆さんだからあえてまるごとお渡ししているというイメージです。逆にシェフの方々はシカの脂は基本的にはくちどけが悪いということはわかってらっしゃていて、それゆえに最近では筋肉の引き締まった脂をまだ蓄え切っていない夏こそシカの旬、と標榜するレストランさん、プロショップさんも見受けられます。
最終的には人それぞれなんですが、当店ではこのような理解でお肉を販売しております。ぜひおいしい赤身のお肉の第一歩としてシカ肉をお選びいただければ嬉しいなと思います。