大雪山・原始ヶ原ママさんダンプ事件 ファイル1
『探検家、36歳の憂鬱』
合宿の計画自体は野心的なもので、まず北海道の中心部である富良野から原始ヶ原と呼ばれる広大な針葉樹林の森を抜け、十勝岳連峰を越え、トムラウシ温泉へと向かう。トムラウシ温泉で一度休息した後、そこからは二月の凍える大雪山の主脈に移り、北海道の最高峰旭岳を目指そうとういうものだった。総距離百キロ。厳冬期の北海道の山の中を一カ月近くかけてスキーで踏破する計画は、もはや合宿というより国内遠征に近かった。(『探検家、36歳の憂鬱』p32)
ノンフィクション作家・探検家の角幡唯介さんのエッセイ『探検家、36歳の憂鬱』に出てくるエピソードの一つです。角幡さんが早稲田大学探検部だった頃、冬の大雪山を縦走するという合宿が行われたそうです。さすがは、早稲田大学の探検部といった大掛かりな合宿です。文脈から推測すると、合宿が行われたのは1997年2月14日のことだと思われます。
厳冬の富良野岳
合宿のメンバーは総勢6名。リーダーのIさん(大学に7年間通った末退学)、サブリーダーのNさん(大学8年生)、6年生、5年生、加賀さん(3年生)、そして角幡さん(2年生)という、なかなか尖った顔ぶれです。
今回注目すべきはこの合宿における、とある一つの装備です。1ヶ月に及ぶ計画なので食料や装備は膨大なものになります。その一部はトムラウシ温泉に郵送したそうですが、それでもかなりの装備になります。そこで考えられたのが「ソリ」を使用するという方法です。しかし、その「ソリ」が問題です。リーダーのIさんが発案したのは、ソリとして「ママさんダンプ」を使用するというものでした。
ママさんダンプ事件
雪国で暮らす人なら分かると思いますが、「ママさんダンプ」(スノーダンプとも呼ばれる)とは除雪で使う道具です。普通に考えるとソリとして使用するに適切な形状をしているとは思えません。なにも、極地探検などで使う高性能のソリでないとしても、ホームセンターで売っている普通のソリの方がまだ良いと思うのですが、なぜIさんはママさんダンプを使おうと考えたのでしょうか?
Iさん発案のソリは、残念ながら使い物にならなかった。荷物が重く森の中の深雪に埋まってしまい、一向に進まないのである。ソリがない方が確実に楽であることは出発してからすぐに全員が気づいたが、リーダーであるIさんの発案でもある手前、みんな中々そのことを口に出せなかった。(『探検家、36歳の憂鬱』p33)
案の定「ママさんダンプ」は使いものにならなかったようです。実はこの合宿の前、1月に北海道に入り、ニセコでスキーの訓練をし、”札幌のIさん宅”で合宿の準備をしています。なぜその時に、計画の根幹を担うであろうママさんダンプを試さなかなったのでしょうか。札幌に住むIさんであれば、ママさんダンプがソリとしては適切ではないということは想像できたはずではないでしょうか?
疑問はありますがそれはさておき、結局Iさん自身がママさんダンプは「ない方が楽」ということに気づき、ママさんダンプに積んでいた荷物はザックに詰め込み、入りきらない分はザックの外に括り付けて運ぶことにしたそうです。問題はここからです。不必要となったママさんダンプはその後どうなったのか?という点です。
不必要になったママさんダンプは後から拾いに来るという言い訳のもと、原始ヶ原の木にぶらて下げおいた。道も何もない原生林の真ん中での話である。きっと今でも同じ場所にぶら下がっているだろう。(『探検家、36歳の憂鬱』p34)
自然公園法
第三十七条 国立公園又は国定公園の特別地域、海域公園地区又は集団施設地区内においては、何人も、みだりに次の各号に掲げる行為をしてはならない。
一 当該国立公園又は国定公園の利用者に著しく不快の念を起こさせるような方法で、ごみその他の汚物又は廃物を捨て、又は放置すること。
第八十六条 次の各号のいずれかに該当する者は、三十万円以下の罰金に処する。
九 国立公園又は国定公園の特別地域、海域公園地区又は集団施設地区内において、みだりに第三十七条第一項第一号に掲げる行為をした者
大雪山は国立公園です。国立公園は「自然公園法」という法律で定められていて、様々な規制があります。さらに原始ヶ原と言われるこの一帯は国立公園の中でも最も厳しい規制が課される特別保護区でもあります。これが事実だとすれば、とんでもない自然公園法違反です。なんと、違反した場合は罰金30万円(意外と安い)。
特別保護区の原始ヶ原
残雪の原始ヶ原へ
もし本当にママさんダンプが特別保護区に放置されたのなら、このような違法行為を放っておくわけにはいきません。合宿からすでに24年の歳月が経っていますが、ママさんダンプは主に鉄とポリエチレンから出来ていて、時間が経っても土に還ることはことはありません。そして何よりも、見てみたい。原生林の真ん中で、持ち主を帰りを待ちながら木の枝にぶら下がり続けるママさんダンプのそのシュールな光景を見てみたい。
というわけで、放置されたママさんダンプを探すべく残雪期の原始ヶ原へ向かうのでした。(続く)
残雪の原始ヶ原へ
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