短編小説|祖母の小指
母の実家にある大きな和箪笥が、私は大好きでした。祖母が生まれた時からすでにあったという、とても年季の入ったそれ。幼い頃の私は遊びに行くたび、まるで祖母の顔に刻まれた皴のように深く、色濃い木目を指でなぞり、意味もなく引き出しを開け閉めして遊んでいました。
一番真ん中の引き出しに入っていたのは、何本もの祖母の小指。開け閉めするたびにころころと転がる様が楽しくて、私は夢中になりました。ある日、引き出しに小指がたくさん入っている理由を祖母に尋ねると、煩わしいから包丁で切り落とすのだと、何度切り落としても元通りに生えてしまうのだと、にがい表情で答えてくれました。
その話を聞いた後、私はこっそりと小指を1本持ち帰ってしまいました。どうしてそんなことをしたのか、今となってはよく覚えていません。
それから10年以上が経って、先日、祖母は自殺しました。あの和箪笥の置かれた部屋で首を吊っていたそう。直前まで母に何度も電話をして、うるさいとか、泣き止んでくれないと訴えていたそうなのですが、祖母が何に苦しんでいるのか、母には理解できませんでした。
やがてお葬式を終えて、久々に訪れた母の実家を家族で整理していた時のこと。あの懐かしい和箪笥の中から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます。それも何人もの泣き声。私が昔のように真ん中の引き出しを開けると、以前よりずっと数の増えた小指たちは引き出しにみっちりと詰め込まれ、もうころころと転がることはありません。さらにはそれぞれの切断面からへその緒のようなものが生え、その先には豆粒ほどの赤ちゃんが繋がっています。何十人、何百人もの赤ちゃんはみんな泣いていました。
それを見て気味が悪いと言う母。すぐに小指と赤ちゃんを全て庭で燃やしてしまいました。煙と共にひと際大きくなった泣き声があたりにひびき渡り、私は近所の目が心配になります。
その夜、帰宅した後のこと。私が部屋で着替えていると、先ほどと同じ赤ちゃんの泣き声が机から聞こえました。そっと引き出しを開けると、奥の方に祖母の小指があります。昔、こっそりと持ち帰ったものです。取り出してみると、やはり小さな赤ちゃんが繋がっていました。
母とは違い、私は燃やす気にはなれません。かといって、育てる気にもなれません。少し悩んでから、小指と赤ちゃんはトイレに流してしまいました。
その頃からです。どこにいても、何をしていても、右手の小指があの赤ちゃんのように泣くのです。いつまでも、いつまでも。その泣き声は私にしか聞こえません。やがて煩わしくなって切り落としましたが、すぐに断面から新しい小指が生え、泣き始めてしまいます。
切り落とした小指を捨てると、次に生えてくるそれの泣き声はよりいっそう大きくなります。私の机の引き出しは、すぐに小指でいっぱいになってしまいました。
今になって、私は祖母の苦しみがよくわかるのです。
こちらは1年以上前に投稿した短編小説を大幅に加筆修正したものです。
春ピリカの審査を進めていく中で思い出し、引っ張り出してみました。
私の指はこんな感じです。
応募してくださった皆様、本当にありがとうございました。
ただいま鋭意審査中でございます。今しばらくお待ちください。