短編小説|恋のターヘルアナトミア
目を覚ますと、俺は保健室にいた。
身体を縄でベッドに縛り付けられ、首から下が動かせない。そして顎がズキズキと痛む。どうしてこの状況に至ったのだろう。何も思い出せない。
さてどうしたものかと思案していると、ウィーンウィーンと機械音が室内に鳴り響いた。
「目を覚ましたか、この変態野郎」
電動ドリルを手にすっと視界に現れたのは、クラスメイトの杉田さん。
そうだ、思い出した。あれは今朝、ホームルームが始まる前のこと。意を決し、LINEを教えてくれと彼女に声を掛けたらグーで顔を殴られた。それから現在まで気を失っていたらしい。
身動きのできない俺の頭に杉田さんは手をやり、何かを確認するように撫で回す。ふと目が合うと、その大きく美しい瞳に吸い込まれそうになる。
「愛してるぜ」
思わず発してしまった俺の一言に、彼女の瞳はみるみる憤怒の色に染まっていく。
「うるせえボケ、今すぐバラすぞ」
隣の席で、いつも解体新書を読み耽る彼女が言うとシャレにならない。
最初に彼女の存在に気づいた時は、クラスに不審な子がいるな、と思う程度だった。ただ、周りに人を寄せ付けず、ひたすら人体の神秘に夢中なその姿に興味をそそられ、ついつい目で追ってしまった。
病的なまでに細く長い手足に、腰までありそうな程に伸びた黒髪。ときおり飛び出す暴言。そして大きな瞳。そう、俺はいつしか恋に落ちていた。
「俺をどうするんだい」
「今からお前の頭蓋骨にドリルで穴を開ける。脳をいじり、私の記憶を取り除く」
「どうして?」
「ウザいから。私の10代に色恋など要らん」
どうやら本気らしい。いつの間にか手にしたバリカンで、俺の頭髪を刈り落としていく。
「わかった、かまわん。だが、そんなことをしても俺は杉田さんを忘れないよ」
「ああ?」
「全身で杉田さんを愛している。だから脳をいじられたところで、身体はこの愛を忘れやしない。決して」
「あっそ。ほざいてな」
再び彼女に顔をグーで殴られると、目の前が真っ暗になった。
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「お前どこ行ってたんだよ。杉田さんに引きずられているところを見たぞ」
「その頭、どうした。坊主になってるし、でかいガーゼが貼られてるし」
「めっちゃ血が滴ってるぞ……」
いつからだろう。クラスで席に着く俺は級友たちに囲まれ、質問攻めにあっている。今朝からの記憶が曖昧で何も答えられないし、思い出そうにも頭がうまく回らない。
「俺、何かもっと大事なことを忘れちまってる気がするんだ」
「なんだ? 小テストのことか?」
級友たちの喧騒をよそに、ふと隣の席に目をやる。そこには、渦中の人である俺には目もくれず読書に勤しむ女子がいた。読んでいるのは解体新書。歴史の授業で教わるあれ。このご時世に何というハイセンス。
「何見てんだハゲ、バラすぞ」
俺の視線に気付き、ドスの効いた暴言を吐く彼女。面食らうも、俺の口は勝手に開いて言葉を発した。
「愛してるぜ」
瞬間、席から立ち上がった彼女は俺の机の上に本を叩きつける。
「上出来じゃん、この変態ハゲ野郎」
そう言って教室を飛び出すと、どこかへ消えてしまった。叩きつけられ、置いて行かれた解体新書。表紙を開くと、見開きのページにメモが挟まれていた。
『taheruanatomia 私のLINEのIDだボケ』
おしまい
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