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「女性の健康」は誰のもの?:イングランドの女性の健康戦略レポートから考える「女性の経験の声」を聞くということ
日本で「女性の健康」を話題にする時、出産などの健康が少子化対策として語られたり、生理や更年期障害をフェムテックの利益のためや労働生産性(仕事のパフォーマンス)の視点で語られたり…、「なんかモヤる」と思ったことはありませんか? こういった視点での「女性の健康」には、主体としての女性、つまり「女性の経験の語り」が不在であることが「モヤる」の原因なのではないかと考えています。
イングランドの女性の健康戦略レポート
女性の健康は女性のことなのに、日本では女性が主体として語られない。このことについて考えていた時に、Women's Health Strategy for England (Updated 30 August 2022(イングランドの女性の健康戦略レポート)、の存在を知りました。この戦略レポートの目次は次の通りです。各章で女性の声のまとめがあり、その女性の声で明らかになった問題を改善する戦略について書かれているという構成です。この女性健康の戦略レポートは、「エビデンス募集」というのを行い、女性の声をエビデンスとした調査を元に書かれています。政府は女性の主体的な参加を促し、彼女たちの経験の声を集め、それをまとめて、女性の健康のための政策に反映させているのです。
目次
大臣あいさつ
女性の健康大使あいさつ
1.はじめに
2.ライフコースにおける女性の健康
3.女性の声
4.情報と認識
5.サービスへのアクセス
6.女性間の健康結果の格差
7.職場における健康
8.医療・介護専門職の教育と訓練
9.研究とエビデンス
10.データとデジタル、優先分野
11.月経の健康と婦人科疾患
12.妊孕性、妊娠、妊娠喪失、産後支援
13.更年期障害
14.メンタルヘルスとウェルビーイング
15.がん
16.女性と女児に対する暴力の健康への影響
17.健康的な加齢と長期的状態
18.実施と進捗状況のモニタリング
用語解説
この女性の健康のための戦略レポートの各章は、What we’ve heard「私たちが聞いたこと」という項目から始まっています。このことからも「女性の声を聞く」ことに重点を置いて女性の健康のための戦略を立てているのがわかります。例えば、3.女性の声、のWhat we’ve heard「私たちが聞いたこと」には以下のように書かれています。
私たちが聞いたこと
エビデンス募集の公開調査では、回答者の84%が、医療従事者から話を聞いてもらえなかったことがあると答えた。私たちは、症状についての最初の話し合いから、その後の診察、治療方法の話し合い、その後のケアに至るまで、あらゆる段階での女性の経験について聞きました。
痛みが主な症状であるにもかかわらず、話を聞いてもらえないこと、例えば、生理痛が重いのは「正常」だと言われたり、「そのうち治る」と言われたりすることについて、女性たちから懸念の声が聞かれた。これは女性の健康問題に限ったことではないが、婦人科系の症状に焦点を当てた回答がかなり多かった。
調査では、妊婦や新米母親が医療従事者としばしば否定的なやり取りをしており、特に出産時などの特定の状況において、自分たちのニーズに常に耳を傾けてもらえていないことも強調された。これは、IMMDSレビュー報告書、パターソン調査報告書、そして最近ではオッケンデン調査最終報告書など、他の独立系報告書や調査を通じて私たちが聞いてきたことを補強するものである。
今回のエビデンス募集では、医療政策やサービスの開発・実施を含む、私たちの仕事のあらゆる側面において、より多様な女性の意見に耳を傾けることの重要性を聞くことができた。
提出された意見書の中には、国やシステムレベルで、女性の健康に対する説明責任やリーダーシップをもっと強化するよう求めるものもあった。
また、医療・ケアシステムのあらゆるレベル、例えば指導的地位や役員会などにおいて、女性やその他の十分に代表されていないグループの、より多様なリーダーシップや代表を求める声や、カリキュラムや研修の開発、研究経路への女性の参画を求める声も聞かれた。
この文章からも、女性の意見を「〇〇に困ったことがある」とてもそう思う〇%、ややそう思う〇%、といった円グラフに落とし込むようなことをせず、女性の経験に光を当てることを意図した調査だというのが分かると思います。このレポートでは、医療制度が歴史的に男性に偏っているせいで、女性の声が軽視されたり、信用されなかったりすることが多く、女性の健康に必要なアクセスが制限されている指摘に対して、それらを改善するための戦略が示されています。
What we’ve heard「私たちが聞いたこと」に重点を置く方法では、社会が今まで気づかずに放置してきた問題点を浮かび上がらせることができます。見えていなかった問題を可視化させることが重要で、それができるからこそ次のステップとしてそれを改善するための戦略をたてることができるのです。これは社会に思い切った変革が必要な時に有効な方法なのですが、日本でもこの方法を採用できる土壌が育って欲しいと思っています。以前の記事にも書いたようにマスキュリンな日本では「経験の声を聞く」ことが軽視されがちで「統計データ」偏重の傾向があります。それではいつまでも元々見えているものを見てその増減や割合などの数字を見ていることになりがちです。それでは思い切った変革のためのヒントが得られないと理解しておくのは大事なことだろうと思います。
そして、イギリス政府によるこのレポートは、政府機関を現在の男性中心文化から、女性の経験による視点が考慮されるものに再構築しようとしているのが大きな特徴でもあります。さらに、女性の中でも民族的マイノリティだったり、貧困といった社会経済的地位、自閉症含む障害など、さらに社会から見落とされやすい女性の声にも耳を傾けています。そして、社会正義的視点からも、女性の中でも様々なグループ間に存在する格差に取り組む必要性を説いています(交差性)。
国務大臣のあいさつ文
ジェンダーギャップ指数ランキングの政治分野で、イギリスは19/146位、日本は125/146位です。この「女性の健康戦略レポート」の冒頭にある大臣あいさつ文だけ見ても、政治分野に女性がいる必要性が分かります。政治による女性の扱われ方が違ってくるのです。
また、これを読むだけでも、日本でよく聞く「もう女性差別はない」という言説だったり、「女性の経験の声を一般化するのはおかしい」という意見は、社会正義の視点がないことによるのが良くわかると思います。機械翻訳を簡単に手直ししてものではありますが、興味深いので、ぜひ読んでみていただけると嬉しいです。
以下、保健担当国務大臣によるあいさつ文です(私が特に強調したいところは太字にしました)
国務大臣あいさつ
この国の医療・介護制度は私たち全員のものであり、私たち全員に奉仕するものでなくてはなりません。ところが、悲しいことに、人口の51%が、必要なケアを受ける際に乗り越えなくてはいけない障壁に直面しています。
英国の女性は平均して男性より長生きですが、女性は男性に比べて、病気や障害で人生の大半を費やしています。流産や更年期障害のような女性特有の問題には十分な焦点が当てられておらず、重要な臨床試験に関しても女性の割合は低いのが現状です。このため、女性のみが罹患する疾患や、男女双方が罹患する疾患でも女性にとってどのような影響を与えるかについては、十分に知られていないのです。
また、全国的に女性の中でも健康状態に格差があることもわかっています。妊娠中の喫煙はその一例です。妊娠中の喫煙率は9.6%まで減少しますが、全体の数字しか見ていなければ、ケンジントンの1.8%からブラックプールの21.4%までの有病率という大きな地域差に気づくことはありません。
また、女性の声に耳を傾けていないケースがあまりにも多いのです。実際、私たちのエビデンス募集への回答では、回答者の84%がそのように感じていることがわかりました。最も悲劇的だったのは、出産ケアにおける衝撃的な失敗を浮き彫りにした悲痛な話を聞いたことです。そして、ある母親は、「風の中の一人の声」のように感じたと語っています。
これは、政府によるイングランド初の女性の健康戦略であり、私たちがどのようにこれまでの過ちを正すかを示しています。医療・ケアシステムの制度や組織が女性の声に耳を傾ける方法を改善する必要性と、声に耳を傾けることによって女性と女児の健康状態を向上させる方法を提示しています。ライフコース的なアプローチをとり、思春期から青年期、晩年に至るまで、生涯にわたって変化する女性と女児の医療とケアのニーズを理解することに重点を置かれています。
私たちは昨年、女性の声によるエビデンス募集を発表し、その声を届けてくださった皆さんに心から感謝しています。全国の女性から約10万通の回答が寄せられ、医療・ケアに携わる団体や専門家から400通を超える意見書が提出されたことは、素晴らしいことです。
私たちは、これらの回答をもとにこの文書を作成し、全国の女性の声を反映したものにしました。これは10年戦略であり、NHS(国民医療サービス)のウェブサイトにおける女性の健康に関するコンテンツを変革する計画、医療部門におけるトラウマに配慮した実践の定義、重要な研究への女性の参加を増やす計画など、あらゆる女性の健康を改善するためのさまざまなコミットメントを定めました。
また、レスリー・リーガン教授がイングランドの女性の健康大使に任命され、まもなく女性の副健康大使が加わる予定である。この2人は、私たちがこの勢いを維持し、国中の女性と女児によりよく届くよう支援してくれるでしょう。
私たちがこのことを正しく理解し、この画期的な戦略を実行に移せば、変革の基礎を築き、あまりにも長い間続いてきた不公正に終止符を打つことができるのです。
スティーブ・バークレイ議員、保健・社会ケア担当国務長官
マリア・コールフィールド議員、保健担当国務大臣
ここまで読んでいただいてどのような感想を持たれたでしょうか? 私はこのあいさつ文を読んで、このような公平に向けたシステムj変革への取り組みは、日本にはないもので「社会」の解釈の根本が違うのを明確に感じました。
日本の厚生労働省「女性の健康づくり」
日本には厚生労働省による「女性の健康づくり」というページがあるので比較のために紹介したいと思います。その内容は多くなく、次の4つの項目が掲載されていました(2023年9月27日現在)。
生理用品のこと、産婦人科医のコメント、健康に関する知識のサイトだったり、経済産業省「健康経営」との連携、といった内容です。「生理の貧困」についての声を尊重したのは評価できると思います。今後「当事者の女性の経験を聞く」という方法を採用することで、今まで知られていない女性の経験や女性の中での格差を可視化して、解決すべき問題を社会全体で共有できるようになることを心から願っています。