ソチ五輪から10年経った
あの日から10年が経ちました。
その時のことを書き残しておきたくなり、この記事を書いています。
スポーツ好き、加えてフィギュアスケート好きでもあるので、五輪は毎回ワクワクする催しです。しかし、2014年にロシアのソチで開催された五輪は意識下に強くインプットされているものです。
金メダル候補No.1だった浅田真央さん。その期待は日本中で高まっていました。
私もバンクーバー五輪での無念を晴らして欲しいとドキドキしながら、夜中のTV中継を観ていました。
なんかすごく緊張した顔・・・大丈夫かな、と思ったら、まさかのジャンプ失敗。そして、16位。
金メダルは絶望的です。
暗い気持ちになってベッドに入ったことを憶えています。
翌日のNHK朝7時のニュース。
オープニングが暗く、まるでお通夜のよう。
どれだけ皆が期待していたかがわかります。
さて、その日は翌日での福岡での仕事のための移動日でした。
五輪のスケジュールは前もってチェック済み。FSでは真央ちゃんは恐らく最終グループだろうから、日本時間の早朝に登場。早寝早起きで、TVで競技を観戦。それから仕事に出るという算段をしていました。
ところが、SPの順位が思いがけず16位ということで早朝では間に合わなくなりました。タイムスケジュールをチェックしたところ、真央ちゃんの登場は午前1時半頃。
翌日の仕事というのは大事な研修登壇ですので、睡眠不足で臨むわけにはいきません。最低6時間は寝たい・・・ということで、逆算して19時半就寝とすることに。
当時はシステム・コーチングの資格コースという厳しいトレーニングコースを受講中で、その宿題とのやりくりも考えたっけ。
飛行機を少し早め、空港で早めの夕食を済ませ、ホテルにチェックイン。お風呂にさっさと入り、まるで幼児のように19時半に就寝。
予定通り、FSの真央ちゃんの演技直前に起き、ホテルの大画面TVにて観戦。
前日と全く顔つきが違う。これは行けるのでは?と思いました。
そして、伝説のフリー。
https://twitter.com/moozuru/status/1759997602446356633
ベッドの上で号泣。
そして、その日の仕事は晴れやかな気持ちで臨んだものでした。
男子シングルでは、19歳だった羽生結弦さんが一度目の金メダルを取りました。新たな時代が始まったようなワクワク感。
当時は、昨今のような世界中の緊張も感じられず、今思えば平和でした。
あれからもう10年。
早い・・・。
今観ても、やっぱり浅田真央ちゃんは上手い!
その後、様々な素晴らしい選手が出てきて、高難度のジャンプを跳ぶ選手も増えたけれど、こんなにチャレンジングかつノーブルがスケートができる人はいないと思います。
10年前の朝日新聞でこんな記事特集がブックマークに残っていました。音声は聴けなくなっているし、スライドショーも最初の方はもう残っていません。しかし、このブックマーク、消したくない気がしています。
その後の浅田真央さんの活躍は素晴らしいものです。
今年の秋には立川に真央リンクも完成します。
できれば、真央ちゃんが滑る姿も是非観たいのですが、新たなショーはあるのでしょうか?
そして、10年後の2034年。
どんな世界、どんな時代になっているのか・・・・遠い目になっています。
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