元ゼンリン副社長が挑む「視覚障がい者の歩行支援」。Eye Naviで描く、誰もが自由に楽しく移動できる未来
スマートフォンひとつで、道案内と障害物検出、歩行レコーダー機能を備えた歩行支援アプリ「Eye Navi」。
これまで、Eye Naviは視覚障がい者の方を中心に、「誰もがどこへでも、自由に楽しく移動できる社会の実現」を目指して、サービスを提供してきました。
今回からそんなEye Naviを開発するメンバーに、サービスにかける想いを聞く「Eye Naviインタビュー」をスタートします!
初回は、Eye Naviを開発する株式会社コンピュータサイエンス研究所の代表である林 秀美さんに、サービス開発の背景やその想いを伺いました。
もともとは地図のゼンリンに勤めていたという林さんが視覚障がい者向けのサービスを立ち上げた理由や、その開発過程、そしてこれから描く未来のビジョンについて話を聞きました。
地図のデジタル化やカーナビの開発に邁進したゼンリン時代
ーー林さんは、もともとゼンリンに勤めていたそうですね。
林さん:
40年近く前からゼンリンで紙の地図をコンピュータに登録して、地図をデジタル化するシステムの開発に取り組んでいました。1982年には研究開発室長を勤め、日立製作所さんと一緒に電子地図の開発に着手。その後、世界に先駆けてカーナビの開発にも取り組んでいたんです。
ーーそんなに早くからカーナビの開発に携わっていたとは。
林さん:
最初は、モビリティを開発する会社から連絡をもらい、「カーナビ用の地図データを提供してほしい」と依頼されたことがきっかけでしたね。
当時はGPSを使ったカーナビなんてまだ珍しい時代でしたが、面白そうだったので社長に相談して、研究開発としてやることになりました。
そうしてカーナビ用の地図データを作ったのですが、次は別の自動車会社から「データだけだと情報が古くなってしまうから、リアルタイムに地図を更新できる仕組みを作ってほしい」と要望を受けたんです。
さらに研究開発を進め、2000年には株式会社ゼンリンデータコムを設立。携帯電話の地図サービス事業を立ち上げ、カーナビの通信情報サービス事業も展開していました。
盲導犬ロボットを開発したい。視覚障がい者向けのプロダクトを作り始めたわけとは
ーーカーナビの開発をしていた林さんが、なぜ視覚障がい者の歩行支援に関心を持つようになったのでしょうか?
林さん:
携帯電話の地図やカーナビの開発をしていた際に、「これを視覚障がい者向けに応用できないだろうか」と考えるようになったんですよ。画像認識を使って、目が見えなくて道案内をしてくれるようなロボットが作れるかもしれない、と。
もともとスターウォーズのR2-D2のように、生活をサポートするようなロボットを1人1台持つ日が来るのではないかと考えていて、ちょうど当時飼っていた犬が盲導犬に使われる犬種だったこともあり、盲導犬の代わりになるようなロボットを作りたいというイメージを持っていました。
きっと人々の役に立つようなロボットになるだろうと考えて、そこから実際に視覚障がい者の団体を紹介してもらい、10人以上の視覚障害当事者の方にヒアリングをスタートしたんです。
ーー実際にヒアリングしてみて、いかがでしたか?
林さん:
話を聞いてみると、やはり道案内や障害物の検知、信号の検出などが重要なニーズだとわかりました。そこで、早速視覚障がい者に同行できるロボットの開発を始めたんです。
車椅子にカメラやパソコンを積んで走らせるなど、試行錯誤を重ねながら開発を進めていたのですが、ロボットを歩道で自律走行させるのは技術的にもまだ難しく、法律の面でも一般的な使用は認められていませんでした。
しかも、当時は画像解析の技術が進んでいなかったため、カメラで道路を認識しても、木の影があるだけで、ロボットが停止してしまっていたんです。
その後も諦めずに研究開発を進めていたのですが、社内の別のプロジェクトとの兼ね合いで、開発を断念せざるを得なくなってしまい…。盲導犬ロボットのプロジェクトは中断されてしまったんですよ。
ーーえ…!プロジェクト自体がなくなってしまったんですか。
林さん:
そうです。でも、ゼンリンを引退したあともやはり盲導犬ロボットの開発を諦めきれずにいました。
時代は流れ、画像認識の技術も発展していたため、「今ならやりたかったロボットを実現できるかもしれない」と思い立ち、2015年に株式会社コンピュータサイエンス研究所を立ち上げたんです。
いよいよEye Naviの開発がスタート!しかし、起業してからも苦労の連続だった
ーー株式会社コンピュータサイエンス研究所を立ち上げてから、ロボットの開発は順調に進みましたか?
林さん:
起業してからも大変でしたね。盲導犬ロボットのプロトタイプを何度も作ったり、ウェアラブル端末に挑戦したり、ネックスピーカーやスマートグラスを活用したこともあります。
ただどれも、法規制の問題や通信のトラブルなどで、理想としている歩行支援は実現できなかった。失敗の連続の末、たどり着いたのが現在の「スマホアプリ」の形です。
全国50名以上の視覚障がい者の方にモニター協力を依頼して、実証実験とフィードバックの収集を繰り返しました。
さらに「深層学習(AI)」の仕組みを活用したことで、アプリの完成度を一気に上げることができ、現在のEye Naviができたわけです。
▼Eye Naviの開発秘話はこちら
ーー2023年4月にリリースされたEye Naviは、サービス開始から4ヶ月ほどで、1万ダウンロードを突破していますよね。実際にEye Naviを利用しているユーザーからの声は届いていますか?
林さん:
展示会やイベントなどを通じて、嬉しいエピソードがたくさん届きました。例えば、外出を控えていた視覚障がい者の方が、Eye Naviを使って一人で行動できるようになったという声は、今でもたくさん届いています。
ある方は、「歩いている最中に、Eye Naviが『スターバックスがあります』って教えてくれた。スターバックスがあるなんて知らなかった」と喜んでいましたね。晴眼者が街の中で当たり前に目にするものでも、視覚障がい者の方にとっては新しい発見なんです。
ーーたしかに、周囲の情報がわかるだけで、歩くことが楽しくなりますよね。
林さん:
また、お子さんを持つお母さんから「うちの息子は全盲なのですが、Eye Naviを使うようになって、自分から外へ出るようになりました」と教えてもらったんです。
しかも、「この間は、今まで行けなかったライブハウスに行くことができたんです。今度は私を連れて行ってくれるって言ってくれたんですよ」と涙ながらに伝えてもらったこともあります。このときは、思わず私も一緒に泣いて喜びました。
こうした話を聞くたびに、視覚障害があっても、もっと自由に行きたい場所へ行けるような世の中にしたいという想いがさらに強まります。
ナビゲーションのその先へ。林が描く新たな歩行支援の未来
ーーサービス開発を続ける上で、大切にしていることは何ですか。
林さん:
Eye Naviは現在無償で提供していますが、この方針は変えずに続けていきたいと考えています。
協賛スポンサーを募ったりプレミアム機能で収益を得たりする仕組みは作りつつ、基本機能は無償で提供しつづける。できるだけ多くの人に使ってもらえるサービスでありたいですね。
また、利用者の声に耳を傾けることも大切にしています。特に外出が難しく、家に閉じこもりがちな方々にもっと使ってもらえるよう、スマートフォンが不慣れな方でも使いやすいUIをこれから開発していきます。
ーー今後、Eye Naviをどのように発展させていきたいですか。
林さん:
理想を言えば、スマートフォンを手に持たなくても使える、ウェアラブルなデバイスを実現したいんです。例えばサングラスタイプのカメラがあって、イヤホンから音声だけで情報が伝わるようなもの。
音声だけでも操作できて、困ったときには「駅に連れて行って」と指示すれば、適切なナビゲーションが得られるようにしたいと思っています。
また、将来的には、交通機関の乗り継ぎから店舗内の商品案内まで、シームレスな歩行支援を提供できたら。例えばコンビニに入って「おにぎりが欲しい」と言えば、商品棚まで案内してくれる。そんなサービスの実現を目指しています。
また、Eye Naviの海外展開も進めていきたいです。世界中の視覚障がい者の方が自由に歩けるサービスにすることが目標ですね。
ーーありがとうございます。最後に、Eye Naviを使っている方へのメッセージをお願いします!
林さん:
Eye Naviは、視覚障がい者の方々の意見を取り入れながら、みんなで作り上げてきたサービスです。これからも皆さんの声を聞きながら、もっと便利で使いやすいアプリにしていきます。
外出が難しくて、家に閉じこもりがちな方にもぜひ使っていただきたい。少しでも皆さんの行動範囲が広がり、活躍の場が増えてくれたら、こんなに嬉しいことはありません。
Eye Naviを通じて、一人でも多くの方が新しい世界へ一歩を踏み出せますように。これからもEye Naviをよろしくお願いします。
(取材・執筆・撮影 目次ほたる (@kosyo0821))
視覚障がい者歩行支援アプリ「Eye Navi」について
Eye Naviは、スマートフォンひとつで、道案内と障害物検出、歩行レコーダー機能を備えた歩行支援アプリです。
2023年4月にリリースされ、リリース開始から4ヶ月ほどで1万ダウンロードを突破しました。
Eye Naviの特徴は、AIを活用した「障害物・目標物検出」と、視覚障がい者に寄り添った「道案内」が組み合わさっていること。
この2つを実現することで、目的地までの方向や経路、周辺施設、進路上の障害物、歩行者信号の色、点字ブロック等を音声でお知らせできるアプリになっています。
Eye Navi公式ページ
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