趣味が仕事に、仕事が社会貢献に。画像処理のプロ・Eye Navi顧問研究員が語った、生涯現役エンジニアの情熱
スマートフォンひとつで、道案内と障害物検出、歩行レコーダー機能を備えた歩行支援アプリ「Eye Navi」。
これまで、Eye Naviは視覚障がい者の方を中心に、「誰もがどこへでも、自由に楽しく移動できる社会の実現」を目指して、サービスを提供してきました。
そんなEye Naviを開発するメンバーに、サービスにかける想いを聞く「Eye Naviインタビュー」!
今回登場するのは、Eye Naviを開発する株式会社コンピュータサイエンス研究所(以下、CSI)で顧問研究員を務める有田秀昶(ありた・ひでのぶ)さん。
40年以上にわたり画像処理技術の研究に携わってきた有田さんに、Eye Naviの技術的な進化や開発の苦労、そして今後の展望についてお聞きしました。
40年以上の画像処理研究経験を活かし、新たな挑戦へ
ーーまず、有田さんがCSIに入社されたきっかけを教えてください。
有田さん:
CSIの代表である林と前職のゼンリン時代に一緒に仕事をしていたことがきっかけでした。
私がゼンリンの研究部長だったころ、彼は副社長として在籍していたんです。
当時、林と一緒に盲導犬ロボットの研究を2年ほど行っていましたが、予算の問題で一度そのプロジェクトは中断してしまって。その後、私はゼンリンを定年退職し、しばらく研究から離れていました。
ところが、林さんがCSIを立ち上げた際、「盲導犬ロボットのプロジェクトを再開したい」と声をかけてくれたんですよ。
すでに68歳という年齢でしたが、長年携わってきた画像処理技術を活かせる場所だと思い、喜んで参加することにしました。
ーー有田さんは前職での経験も含め、40年以上も画像処理技術の研究に携わってきたそうですね。この分野の魅力や面白さはどこにあるのでしょうか?
有田さん:
画像処理技術の魅力は、人間の視覚を機械で再現し、さらに拡張できる点にあります。「見る」という行為を、数学的にモデル化し、コンピュータで実現するのは非常に奥が深いんです。
例えば、人間は一瞬で物体を認識できますが、それをコンピュータで実現するには複雑なアルゴリズムが必要です。その過程で、人間の視覚や脳の仕組みについても深く考えることができるんです。
ーー画像処理技術と聞くと難しそうですが、そんな面白さがあるんですね…!
有田さん:
また、技術の進歩とともに、人間の目では見えないものを「見る」ことができるようになったり、大量の画像データから有用な情報を抽出したりすることも可能になってきました。
こうした技術の発展が、医療や宇宙開発、そして今回のEye Naviのような福祉分野にも応用できるのが、この研究の面白さだと思います。
深層学習の進歩にショックを受けながらも、AIを中心とした開発に舵を切った
ーーEye Naviプロジェクトに参加されてから、どのように開発を進めていったのでしょうか?
有田さん:
CSIに入社してから約1年後の2016年6月頃、林社長から顧問研究員として、Eye Navi用の歩道周囲物体認識の研究開発を依頼されました。これは私の専門分野そのものだったので、すぐに取り組み始めることに。
最初は、従来の画像処理技術を使って物体認識システムの開発を行っていましたが、開発を進めるうちに、従来の方法では限界があることがわかってきたんですよ。
ーー限界?
有田さん:
そうなんです。従来の画像処理技術では、光の条件によって同じ物体でも全く異なって見えてしまったり、複雑な背景の中から目的の物体を正確に抽出することが難しかったりしたんですよ。特に、屋外環境での物体認識は非常に難易度が高かった。
さらに処理速度の問題もありました。リアルタイムで歩行者に情報を提供するためには、高速な処理が必要です。
しかし、精度を上げようとすると処理時間が長くなってしまう。このトレードオフの解決には、かなり苦心しました。
ーーその問題はどのように解決されたのでしょうか?
有田さん:
転機となったのは、AIの導入です。特に深層学習(ディープラーニング)の技術を取り入れたことで、認識精度と処理速度の双方が大幅に向上しました。
ただ、この過程で私自身が大きなショックを受けることになったんです。自分で開発したシステムとAIによる物体認識システムの性能を比較したところ、自分のシステムが完敗してしまったんですよ。40年以上研究してきた自負があっただけに、このときは本当に衝撃的でした。
しかし、これを機に開発のアプローチを大きく変更し、AIを中心とした開発に舵を切りました。結果的に、この決断がEye Naviの性能を飛躍的に向上させることになったんです。
ーーすごい!AI技術をうまく活かすことができたんですね。
有田さん:
とはいえ、まだまだ課題はたくさんあります。次に解決しなければならないと考えているのが、歩行中のユーザーにどのタイミングにどの程度の情報を流すかという「情報の取捨選択と調整」です。
深層学習による画像認識で性能は上がりましたが、認識した情報をすべてユーザーに伝えても意味がありません。
より安全で便利なアプリにするためには、ユーザーに合わせて、どんな情報がどんなときに必要なのか、もっと研究する必要がありますね。
Eye Naviの開発自体が、人生の楽しみになっている
ーー有田さんはなぜ定年退職した現在も、Eye Naviの開発に携わりつづけているのですか?
有田さん:
私にとって、Eye Naviの開発は仕事であると同時に趣味でもあるんですよ。物体認識モデルの研究やデータ解析は、私の大好きな分野。毎日新しい課題に取り組み、それを解決していく過程がとても楽しいですね。
ーー開発自体が楽しみの1つなんですね!
有田さん:
そうなんです。特に、AIの進化によって日々新しい可能性が生まれている今、その最先端の技術をEye Naviに適用し、視覚障がい者の方々の生活をより豊かにできる可能性があるというのは、研究者冥利に尽きます。
また、実際にEye Naviを使用しているユーザーの方々からフィードバックをいただくのも大きな喜びです。
自分たちの研究が直接人々の役に立っているという実感は、何物にも代えがたいものがあります。
ーーそんな有田さんの今後の展望について教えてください。
有田さん:
現在、私が最も力を入れているのは、Eye Naviの精度をさらに高め、より自然な対話ができるシステムの開発です。
例えば、ChatGPTのような大規模言語モデルをEye Naviに組み込むことで、ユーザーの質問や不安により柔軟に対応できるようになるかもしれない。
また、AR(拡張現実)技術との統合も検討しています。将来的には、視覚以外の感覚を通じて周囲の状況を把握できるような、全く新しい形の支援システムが実現できる可能性もあります。
こうした技術の進歩により、いずれは「視覚障害」という概念自体がなくなる日が来るかもしれない。
視覚障がい者の方々が、晴眼者と同じように、あるいはそれ以上に世界を「見る」ことができるようになる。そんな未来を目指して、これからも研究開発を続けていきたいと思います。
ーーありがとうございます!最後に、Eye Naviを使っている方々へメッセージをお願いします。
有田さん:
Eye Naviは、ユーザーの皆さんと共に成長していくシステムです。「こんな機能があったら便利」「ここをもっと改善してほしい」など、どんな小さなことでも構いません。皆さんのお声を聞かせてください。
私たち開発チームは、その一つひとつの声を大切に受け止め、より良いシステムづくりに活かしていきます。
皆さんと共に、より自由で豊かな社会の実現を目指して、これからも努力を重ねてまいります。今後とも、Eye Naviへのご支援とご協力をよろしくお願いいたします!
(取材・執筆・撮影 目次ほたる (@kosyo0821))
視覚障がい者歩行支援アプリ「Eye Navi」について
Eye Naviは、スマートフォンひとつで、道案内と障害物検出、歩行レコーダー機能を備えた歩行支援アプリです。
2023年4月にリリースされ、リリース開始から4ヶ月ほどで1万ダウンロードを突破しました。
Eye Naviの特徴は、AIを活用した「障害物・目標物検出」と、視覚障がい者に寄り添った「道案内」が組み合わさっていること。
この2つを実現することで、目的地までの方向や経路、周辺施設、進路上の障害物、歩行者信号の色、点字ブロック等を音声でお知らせできるアプリになっています。
Eye Navi公式ページ
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