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君と見たはずの公園の星は見えなかった第9話「桜谷の思い通り」



「先生!俺も様子見にいって来ていいですか!2人の様子が気になるんです!」

堀田はもう限界だったのか、そう立ち上がって
チャイムが鳴っても戻ってこない
桜谷と君野の行方を追いかけたいと立候補した。

しかし国語の四角い眼鏡のでっぷり太った先生は今回は桜谷がいると聞いて、
堀田の行動に無言で首を横に振り、そのまま授業を続行する。

桜谷への先生達の信頼度はそれほど厚いのだ。
堀田は無念そうにゆっくり椅子に座る。

君野は4月の事故で入院から帰ってきた後
頭を強く打ってたからか、こうやって戻ってこない日々があった。
最近になって、そんなことも少なくなってきたが
桜谷がそれを介護をするように懸命に支えていたんだっけ…

なので、今回も先生もクラスメイトもそうなんだろうと何も気にせず授業をうけている。

しかし、堀田だけは授業に集中できずヤキモキしていた。

 

しばらくして桜谷と君野が前のドアから入ってきた。
2人は先生に軽くこそこそと伝え、先生は頷くと二人の席がある窓側の1番後ろを指差した。

一見、普通の人にはなにもないように見える2人の様子だが
堀田だけには、君野の調子が下がっていることがすぐにわかった。

この短時間で、桜谷にとんでもないことをされたのではないか?
と、我が子を思うように、不安に感じながら2時間目の休憩に入った。

「君野!」

堀田は国語の教科書を片付ける事も忘れ、
すかさず後ろの席の君野に話しかける。

すると、1時間前まであんなに元気だった君野は
うなだれて俯いている。
まるで腹話術師の腕が入っていない人形のようだ。

堀田はキッと桜谷を睨みつけた。

「桜谷!お前なにかしたのか?なんでこいつこんなに元気ないんだよ!」

「元気がないわけじゃないわ。今ゆっくり真実を受け入れているだけよ。」

桜谷はそうクールに答えた。視線も合わせず、次の英語の授業のために教科書の準備をしている。

「真実ってなんだよ!!」

「やめてよ大きな声出すの。君野くんの前でみっともないわ。」

桜谷はそうため息まじりに答えたが、堀田にだけに言うその顔はよく見ると笑っている。

「こいつ…。」

何だこの女!
何度言っても足りない。

しかし、その桜谷の強者の風格が堀田をさらに追い詰める。
むしろいじめっ子のように単細胞のほうが解決がしやすかったと思うくらい

なにか、ただならぬものを彼女から感じるのだ。

「ごめんね…堀田くん…。」

君野はそう泣き声で答える。
その可哀想な声に、堀田は自分の子供かのように過保護に目を潤ませる。

「どうした?なんで泣いてるんだ?」

「僕のせいで波田さんと別れちゃって…僕が堀田くんのコミュティを破壊していたのを、忘れてた。幸せを感じてる場合じゃない。僕のせいで、泣いている人もいるのに…。」

「美咲とは完全に別れたんだぞ?俺は未練ないんだ!お前が大事なんだよ…!」

と、君野の手を握る。

「でも…でも…。」

「君野くんはあなたといると劣等感を感じるのよ。あなたのその周囲の人間にもね。」

桜谷がそう冷静に答えた。

いや、そんなわけない!
だって、弁当に誘った時の君野はあんなに嬉しそうだった!

「わかるのよ。私、あなたより君野くんと一緒にいるから。なんでもね。」

「お前は現場を見ていないくせに何を知ってるんだ!美咲と別れたこともお前は何も知らないだろ!」

キーンコーンカーンコーン…

無常にもチャイムが鳴る。

「戻りなさいよ。」

桜谷はそう冷たく突っぱねた。

「くそ…。」

自分の席に戻ってきた堀田。急いで出しっぱなしの教科書を整理している。

「何熱くなってんだよ。桜谷さんが怒るのも無理はないだろ。付き合ってるのに、そこに突然部外者がやってきておせっかいかけようだなんて…。」

藤井はそう冷静に答える。

「…けど、何かがおかしいんだよ。」

「何かって?」

「なにかだよ!」

堀田はそうムキになって、先生がドアを開けるとともに前に向いた。

確かにあれから美咲とは話していない。
君野からみたら、確かに自分のせいだと思うような別れ方だった。
なら、ちゃんと説明しておけばよかった。

あれからもう、美咲とは有耶無耶になった。
きっと美咲には気持ちもないし、未練もないから何も応答がないのだろう。

それに安堵するずるい自分が嫌になる。

しかし、君野がその間にも桜谷にさらに掌握されていることに気づいたのは昼休みのことだった。

「君野。こっちで食べないか?」

堀田は君野の席の前に立ち、当たり前のように昼に自分のグループに誘い込む。
人数は美咲がいなくなり、男だらけの藤井と鈴木と俺3人だ。

「え…僕も?」

すると、君野はすかさず右を向く。
君野の意思はいつの間にか桜谷の決定が必要になっていた。

「ここで2人で食べるわ。」

「桜谷、お前も入ればいいだろ。」

堀田はそうぶっきらぼうに返す。
もちろん、彼も不服だ。

平和的な君野奪還のために授業中に彼なりに作戦を考えたが
思いついたのが「桜谷も仲間に引き込み作戦」だった。
彼女も入れてしまえば君野がなにも気にすることはなくなるはずだ。

「嫌。あなたと私たちは違う。」

「なんでだよ!」

「あなたはライオン。わたしたちはシマウマ。食べ物も住処も、同じ環境では生きてはいけないのよ。」

「どう考えたってお前が肉食獣だろ!牙を隠してるの俺は知ってんだ!!どうしても食べないなら俺はここで食べる!」

と、無理矢理にでも居座ろうとしたその時だった。

「ゆうじゅ!」

「!」

堀田が驚いて振り返ると、真後ろに美咲がいた。

「美咲!?」

「よかったわね。これで私達、元に戻れる!」

「は?」

美咲はそう言って堀田に抱きついた。
先週、派手な喧嘩があったカップルのエチュード第二幕がスタートし、
教室は再びそれに夢中になった。

「なんだよ!今になって…。」

「だって!もう君野くんには桜谷さんがいるじゃない!相手しなくて済むじゃん!私とやり直してよ!この瞬間を待っていたんだから…!」

と、堀田に抱きついた。
そう、美咲は諦めていなかった。
桜谷が帰ってきて再び君野を介護すれば、堀田は目を覚ましてくれると思い
この瞬間を待っていただけだった。

「…。」

その光景に君野はますます俯く。
桜谷の言った言葉が、全て魔法のように叶っていく。

「堀田くん。波田さんと【心置きなく】あっちで食べたらいいわ。私達に気を使わないで。」

桜谷がムカつくほど上品にニコっと笑う。

「美咲!俺もうお前とは別れたんだよ!頼むから受け入れてくれ…!」

「私納得してないもん!私ともっといたら絶対に好きになるから!お願いお願いお願い!」

美咲はそう、堀田にすがりつく。

その状況に、クラスの観衆達は新作のドラマを見ているように
こんなに美人な彼女をないがしろにして
君野にかまけようとする主人公の堀田をよく見ていない。

なにかそんな気配も感じた堀田は
結局美咲の駄々こねに折れてしまう。
藤井、鈴木のいる方に堀田は移動し、いつものメンバーにおさまった。

君野はその目の前の光景にうつむき、お弁当の小さなコーンを箸で挟んで一粒食べる。

「ほらね。彼には彼の居場所があるのよ。」

桜谷がそう言うと一瞬君野の顔が上げる。
目の前には見た目が華やかなクラスメイト達とイケメンの堀田、そしてスラッとした美人の美咲が他のグループ席にはない光を放っている。

自分の存在がこのコーンのようにちっぽけにみえるほど
彼と過ごした日々は自分にとっておこがましいことだったのだと
君野は思ってしまっている。

「足手まといの僕はもう、関わらないほうがいいのかな…。」

君野がそうポツリと呟く。
と、いつまでも掴めないコーンを箸でつまみ続けた。

「私が君野くんを幸せにしてあげる。だからこれ、もういらないわよね。」

彼女の手にはいつの間にか、君野の「弟」キーホルダーがあった。
彼女はそれをつまらなそうな顔で見、こう考える。

どうやったらこれを彼が自主的に壊してくれるだろうか。

「でも…でも…大切なものだから…。」

君野は泣きそうな顔で、キーホルダーをまだ取り返したがる。
その泣きそうな顔に可愛くて心がうずうずする。

いや、そんなことより
思った以上に堀田くんの存在が強いことに絶句する。

彼から堀田くんとどう仲良くなったのかを聞いたが

2人はアイス屋でアイスを食べ「兄弟」の契りを交わしたという。
堀田くんには亡くなった幼い弟がいて、君野くんがその子に似ていてるためにこんなにも私に突っかかってくるのだ。

さあどうする?
私は普通に考えたら「不利」だ。

堀田くんと君野くんの関係はどうあがいても消すことはできず、兄弟のような親友になっていく未来しか見えない。
一方、私はどうあがいても君野くんの記憶に残り続けるのは難しい。
君野くんに「一生キスしないで」と言ったら、彼はどう思うか?

そんなめんどくさい彼女にうんざりするだろうし、すぐにでもきらびやかな堀田くんのもとへ行きたがるだろう。

さらに私達は中学生になってから全く持って関係を築けていない。
なんとしても、彼を過去に戻して繋ぎ止めなければ堀田くんに取られ

またあのサッカーをする君野くんに戻ってしまう…

桜谷は唾を飲み込む。そして一呼吸するとその目をカッと開きニタリと目を見開いて笑う。

画期的な作戦を思いついたのだ。
そして君野の記憶から自分の存在が消える「呪いのキス」

君野くんを死守するには
さらなる残酷な悪魔になって呪いのキスを有効的に活用する必要があるとわかってしまったのだ。

 

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