隠れ家の不良美少女 192 唐津出張の奏太くん
「こんにちは、無理を言ってすみません」
「奏太くん先日はどうも、それにこんな遠い所まで来ていただき恐縮です」和也さんはゆっくりと頭を下げた。
ロブスターズでギターを弾きながら歌う彼と、今前にいる和也さんのギャップを強く感じる。
「早速お話を聞いてよろしいですか?」
「じゃあテラスの方に行きましょうか、眺めもいいですから」
「はい、よろしくお願いします」
テラス席にカメラをセットし手持ちカメラも用意して撮影を始める。
和也さんはごくりと唾を飲み込んで、決心したようにぽつぽつと言葉を紡ぎ始めた。
「あれはもう随分昔の話ですが、ロブスターズと言うバンドでデビューしました。当時所属した事務所の社長は同じ福岡出身だったので話も通じやすくとても良い人だと思いました。しかしまだお金にはそれ程なっていなかったのでとても生活は苦しかったんです。でも社長は一緒に頑張ろうと言ってくれたので信頼して借金の保証人になりました、しかしそれが大きな間違いだった事はやがてわかりました。
彼は浪費家で賭け事が好きだったんです、ですから事務所は直ぐに経営不審となりました。
社長はSONEレコードから出たバンドの育成費用やCDの売上などを持って何処かへ逃げてしまったんです。
何とかバンドを続けられるようにと、当時担当だった長谷川さんが動いてくれたのですが、私が保証人になっていたのは怖い闇金融でどうにもならなかったんです。
私は当時衣装を作ってくれていた相沢希美子さんと交際していました。彼女は同じくアーティストを目指した時期もあってとても話が会う人でした。
やがて借金の取り立てが始まり私は東京に居られなくなったんです、そして東京を離れる時、希美子さんから妊娠した事を知らされました。でも私にはどうする事もできなかった。
私はかき集めたお金を彼女に渡して『すまない』そう言って東京を離れました。
実家にも催促が来て両親は母の実家である沖縄へ引っ越しました。
私はドラムの山崎くんの遠い親戚であるこの唐津のホテルで人前に出ない仕事をして何とか暮らしていました」
和也さんは立ち上がって海を見ると何処か懐かしそうで何処か寂しそうな表情を見せる。
改めて椅子に座るとまた徐に話し始めた。
「5・6年ほど経過すると法律が変わって無理な借金回収が出来なくなりました。メンバーからまたバンドを再結成したいと申し出があったのですが、あんなに迷惑をかけてしまったのにどんな顔をし皆んなに会えば良いのかわかりません、沢山の人に迷惑をかけたのでもう出て行くことは許されないと思いました。
それに音楽を聞いても心が躍ることはありませんでした、それどころか音楽を、いやバンドをやったことに後悔しかありませんでした」
和也さんは前屈みになると両手で顔を抑えている。
俺は何も言えずただ待った。
それを見た和也さんの奥さんが深く頭を下げると近寄ってきて和也さんの背中をさすった。
「その後の話は私からさせて頂いてもよろしいですか?」奥さんの美波さんが俺を見る。
「はい、お願いします」俺は深く頭を下げた。
「私の父はこのホテルを経営していました、和也さんの話を聞いて厨房や温泉の管理など様々な人前に出ない仕事を和也さんに任せました。和也さんは真面目で優しく働く人達にも評判が良かったんです、私は子供の頃から体が弱くて学校も休みがちでした、ですから結婚や出産などは諦めてました。でも両親は私以外に子供はなくてホテルを任せるには不安だったんです。そして母が病気で亡くなると父は和也さんに私と結婚して養子になってほしいと頼んだんです。和也さんは私に事件の事を話して『自分はずっと日陰で生きていく人間だけどそれでも良いですか』と私に尋ねました。和也さんは父に恩を感じていたようで、こんな病弱な私でも結婚してくれました。
またバンドの誘いがあっても『私は終わった人だから』と言ってギターを持つことはありませんでした」
美波さんはハンカチを出すと少し涙を拭いた。
「私は優しい和也さんがそばにいてくれる事で気持ちが少しづつ晴れて行きました、そして奇跡的に娘を授かったんです」
美波さんは少しだけ嬉しそうな優しい目をした。
「娘は成長すると少しずつ音楽に興味を持ち始めました、そしてピアノを習い始めたんです。やがて父親の事を友達から聞いて私に『父さんはロックスターだったの?』そう尋ねてきました。私は残っていた映像を娘に見せました。娘は改めて父親の事を誇りに思ったようで何度もまたギターを持ってほしいと頼んだんです、でも和也さんは、『もう俺は終わった人だから』そう言ってギターを持つ事はありませんでした。
和也さんは「すみません」そう言って顔を上げ、大きく深呼吸するとまたポツポツと話し始めた。
「ある日ロブスターズのベースだった愛美さんから電話がありました、『福岡のライブハウス時代に揉め事から助けてくれた達也くんの息子さんが希美子さんの娘を連れて来てるけど会ってみる?』そう言われました。心のどこかで希美子さんは子供を産んだかもしれない、そう思ったこともありましたが確かめる事は私には許されない事だと思っていました。そして私が希美子さんを思って作った歌をその娘が歌ってYouTubeに出てることを聞きました。私は動画を見ました、声や表情で希美子さんの娘であることは直ぐに解りました。私はどうしたら良いか悩みました、そして妻に打ち明けて相談しました。妻はニッコリ微笑んで『会ってらっしゃいよ』そう言ってくれました。私は希美子さんの娘に会いに行きました。そしてキナコちゃんと話しました。とても素直で優しい子でした、そして長い間何も出来なかった私を責める事もなく『私は今幸せです、だからお父さんも幸せでいてください』そう言ってくれたんです。私の中にあったすべての忌まわしい過去から彼女は一瞬で私を救い出してくれたんです。そして彼女は私に曲を作って欲しいと言いました。私は何か彼女の力になりたいと純粋に思いました。私はもう一度ギターを持つ事にしました。押入れのギターケースを引っ張り出して開けてみると弦は錆びて酷い状態でした。まるで私の今を表しているように思いました。私はギターを磨いて弦を張り替え始めました、そしたら何か力が湧いて来たように感じたんです。私は久々にギターをかき鳴らしました。それを見た娘は駆け寄ってきて私に抱きついて『ギターを弾いてるお父さんが好き!』そう言ってくれたんです。妻も嬉しそうに私を見ていました」
和也さんは少し嬉しそうに奥さんを見た。美波さんも嬉しそうに和也さんを見ている。
「私はもう一度音楽に向かい合う決心をしました。やがてキナコちゃんはSONEレコードと契約しました、そしてその担当者はロブスターズの担当だった長谷川さんでした。私は運命を感じました、そしてメンバー達の要望もあり、もう一度ロブスターズを再結成することにしました」
「私はキナコちゃんに心から感謝しています、色が消えていた私の人生に鮮やかな色彩を取り戻してくれました。キナコちゃんは娘とも仲良くしてくれています、ココアちゃんと名前もつけてくれました。これからも私は二人の娘を見守っていきたいと思います」そう締めくくった。
奥さんの美波さんが寄り添うと「私たちは、でしょう?」そう言って和也さんを見た。
和也さんは美波さんをニッコリと見てもう一度言った。
「私たちは二人の娘をこれからも見守っていきます」そう言ってカメラを見た。
「ありがとうございました」俺は録画を終了した。
美波さんはカメラが撮影していないことを確認すると「本当は少し希美子さんに嫉妬したんですけどね」そう言って微笑んだ。
俺は最後に楽しそうにピアノを弾くココアちゃんを撮影して唐津を後にした。