水の生まれる夜に 88 美人薄命
マーケティング課では美由紀ちゃんと留美さんが世間話をしている。
私はドアに手をかけると中の話が聞こえた。
「私、新さんの愛人でも良いからなりたいなあ、だって綾乃さん美人だから美人薄命って言うじゃないですか、そしたら新さんの奥さんになれるかも」両手で口を押さえプルプルしている。
「美由紀ちゃん、今日は火曜日よ」そう言ってドアの方に留美さんは目配せした。
私は「ふーん……」うなずきながら中へ入る。
美由紀ちゃんは慌てて立つとビビりながら「おはようございます……すみません」深々と頭を下げた。
「美由紀ちゃん!許す!」
「えっ、愛人になる事をですか?」
「違う!そっちじゃない……私が死んだら新さんの事をお願いするわ」
「えっ、いいんですかあ?」音が出るくらい瞬きしている。
「でも、そんなに私簡単には死なないわよ」
「そうね、綾乃ちゃんは美人だけど簡単に行きそうにはないわね」留美さんが笑っている。
「それに新さんが、私が死んだら後を追っちゃうかもって言ってたし」私は勝ち誇ったように口角をあげる。
「うーん……ポンカンさん」美由紀ちゃんは両手を握りしめ悔しそうにプルプル震えた。
留美さんは二人のやりとりを見てケラケラと笑っている。
「そう言えば綾乃ちゃん前に”たかじょ”で笑ってたでしょう?」留美さんが思い出したように聞いてくる。
「あっ、あれは………………………………」
「そうだったの!」留美さんと美由紀ちゃんは吹き出して笑った。
「このまま新君には教えないの?」
「ええ、彼がちっとも高崎ファンにならないから当分教えないつもり、美由紀ちゃんも教えたらだめよ」釘を刺され美由紀ちゃんは無言で顔を縦に何度も振る。
「松本君にも言っといてね」私はさらにダメ押しする。
その話は社内に内密に広がった。
火曜の夜の料理講習会に女子が集まると、それにハイエナのように集まる男4人に私は呆れて「みんなで飲みに行ってくれば」とパパに言った。
「えっ、いいの」パパは目を見開いて喜んでいる。
「今日は私のおごりだ!良い店を知ってるから行こう!」
「「「はーい」」」全員一致で男たちはパパの後をカルガモのようについて行った。
「男達はゲンキンねえ」私が呆れると。
「キャバクラだったりして」留美さんがクスクスと笑う。
「えっ、リアルなキャバクラですか?」美由紀ちゃんが不安そうな顔になる。
「多分違う所だと思いますよ」ミホさんが何気なくフォローした。