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星降る夜のセレナーデ 第97話 事件!

朝から珍しく兄が来ていた。兄は秩父の信用金庫へ勤めている。そして秩父市内で一人暮らししていた。

「真人、仕事はどうなんだ?大丈夫なのか?」

「大丈夫だけど」

「父さんや母さんはお前が真面目になったと喜んでるが、音楽の仕事ってしっかり稼げるのか?」

「まだ俺が未熟なだけで、しっかり作れるようになったら大丈夫だと思うよ」

「将来を考えると、普通の仕事がいいじゃ無いのか?」

「大丈夫だよ、迷惑はかけないから」

「まあ、そのうちにゆっくり話そうや」そう言って兄は出勤した。

俺もログハウスへ出勤して、スタジオで仕事を始めた。先生の映画用音楽を作り始めている。
サンプラーを巧みに使ったオーケストラは独特の雰囲気で宝石のような煌めきを放っている。俺は必死に先生のサポートをしていた。

『ブルブル…………』携帯が呼んでいる。

「真人くん、休憩しよう」先生はそう言ってスタジオを出ていった。

俺は電話に出る。

「俺だ、賢治だ、大変な事になってしまった!」取り乱した声だ。

「どうしたんだよ」

「実はお客さんから預かったお金が、一瞬車を離れた隙になくなった」

「え〜!!いくら?」

「500万くらいなんだ」

「そんな大金を…………」俺は言葉を無くした。

「家に電話したけど、誰も出ないんだ、父さんや母さんは何処にいるか知らないか?」

「いや、知らない」

「そのお金が無いと俺は………………」

相当困っているようだ。

「近くの畑に行ってみるから待ってろよ」そう言って電話を切る。

「どうしたんだい?」先生が心配そうに聞いた。

「実は…………」俺は兄の状況を話した。

「そうなの」美夜子さんも心配そうに俺を見ている。

「真人くん、印税の通帳を役立てたら?」

「えっ!印税の通帳?」

「そうね、これを持っていったら」美夜子さんが急いで通帳と印鑑を出してくれた。

「えっ???」俺は困惑する。

先生はニッコリすると「これで何とかなると思うよ」ゆっくり頷いた。

「500万程は入ってると思うわ」美夜子さんもニッコリした。

「え〜!!!!」俺は固まる。

「早く行っておいでよ」先生が頷いた。

「ありがとうございます」俺は深く頭を下げると、急いで秩父へ向かう。

途中で兄へ電話して、銀行の前で待ち合わせし、お金を渡した。

「真人…………このお金は…………」兄は固まっている。

「俺の稼いだお金だから安心して使っていいよ」

「いつの間にお前はそんなに稼ぐようになってたんだよ」何度も瞬きした。

とりあえず、兄の事件は何とかなった。

俺はログハウスへ戻ると、先生と美夜子さんへ床に頭がつくほど深々と頭を下げた。

「真人くん、そんなに頭を下げなくてもいいよ、自分のお金なんだから」先生が笑っている。

「そうよ真人くん、あなたが頑張って作った音楽のおかげよ」美夜子さんも微笑んでいる。

「ありがとうございます」俺は涙が出るほど感謝した。

そこへ志音ちゃんが帰ってきた。

「どうしたのモヒくん?」不思議そうな顔をしている。

俺はこれまでの状況を志音ちゃんへ話した。

「そうなんだ、よかったねモヒくん、貯金があって」ニッコリした。

「でも、そのお金があったのは志音ちゃんが手伝ってくれたからだよ、本当にありがとう志音ちゃん」

俺は志音ちゃんにも深々と頭を下げた。

「ふむふむ………志音を大事にした方がいいよ」志音ちゃんは目を泳がせて笑った。

それを見た先生と美夜子さんはクスクスと笑った。

「俺、志音先生を一生大切にします!」思わず言ってしまった。

「「「えっ!」」」一瞬空気がピキッとなった。

「えっ?…………ああ、じゃなくて一生恩に来ます………でした」思わず頭をかきむしった。

空気は緩やかになった。俺は胸を撫で下ろす。

志音ちゃんは先生と美夜子さんが見ていない時に上目遣いで俺を睨んだ。
どうやら志音ちゃんは『志音先生を一生大切にします』のほうが気に入っていたようだ。
俺はそう感じたが、何も無かったような表情で目を逸らす。
志音ちゃんはテーブルの下で俺の足を少しけった。
俺はドキっとしたが、何事もない顔をした。

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