水の生まれる夜に 72 高崎の風
「君は綾乃のことをヘタレだと言ったそうじゃないか」
「すみません……」
「謝る事はないよ、よく見破ったねえ」
「はい、こたつに入ってネットショッピングをやってる姿を見ると……」
「だから私はコタツを買わなかったんだが、この前別荘に置いてあるのを見てやってしまったと思ったんだよ」
「でも、彼女を見ていると必要なもの以外は殆ど買わないし、売れているものは何処が違うのか違いを見てるようです。掃除や洗濯も効率よくやっているし、料理は絶品です」
「ほう……新君は綾乃の事をしっかり見ているんだねえ」
「一生連れ合う人だと思っていますので」
「ありがとう、綾乃は幸せになれそうだよ」将暉社長は微笑んだ。
「ところで新君、君が望めば会社は喜んで迎え入れるんだがなあ。この前の会議室以来君の評価は鰻登りさ、役員たちも是非君に来て欲しいと言っている」
「それはありがたいのですが、私には荷が重すぎます。今の仕事も気に入ってますし、日々をゆっくり過ごしたいと思ってます」
「本当に君は欲がないねえ……でもそんなところが綾乃を幸せにしてくれるんじゃないかと思えるから不思議だねえ」
「ありがとうございます…………ただこれからの綾乃さんの事を考えると逃げてばかりはいられないことも出てくるとは思ってます」
「新くん、君は色んな会社の経営を見て来たんだろう」
「はい、ほとんど数字だけですけど……でも数字って嘘やごまかしはできないんですよ、だから会社の良いところも悪いところも包み隠さず出てきます」
「そうか……」将暉社長は少し考えている。
「新くん、もし君が綾乃のために会社の経営を手伝うことになったらどうするか、参考までに聞かせてくれないか?」
俺はしばらく考えた。
「もし私が綾乃さんを支えるとしたら……私にはブレーンがいないので、まず先輩に営業として来てもらいます、彼はムードメーカーですから何かと助かります。それに先輩の彼女の留美さんはとても優秀なので彼女を迎え入れて女性だけのマーケティング部を作ります、これからは女性の意見が通る会社が伸びると思います。
新規開発課の松本君は優秀なので、協力して更なるヒット商品を作ってくれると思います」
「なるほど……それに君は参加しないのかい?」
「私は欲が少ないので商売には向かないんじゃないかと思います、なので社員が働きやすいように、CSRやSDGsなどの部署を作り、働きやすくて誇りが持てる会社になるように環境作りを考えたいと思います。
これまで見てきた良い会社にはそんな部署が必ずあるんです、そこは売り上げは無いんですが会社全体の価値を上げています」
「なるほどねえ……ますます君に来て欲しくなったよ」
将暉社長は美味しそうにお酒を飲んだ。