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水の生まれる夜に 63 大きな一歩

春になったが、里山はまだ肌寒い。
昼間の暖かい時間は出来るだけ仕事をする。綾乃さんも食事の支度や掃除洗濯などをテキパキとこなしている。

「ヘタレのはずだけどやる事はしっかりやるんだよなあ……」心の声が漏れる。

先輩からメールが来てリモート回線を開く。

「先輩どうしたんですか?」

「なあ、高崎のマサキグループという会社から、会社の診断をして欲しいという依頼が来てるんだけど、新、知ってるか?」

「マサキグループ?……もしかして……綾乃さん、パパの会社って何という名前?」

「えっ、マサキだけど」

「ゲッ、やっぱり綾乃ちゃんのパパの会社なんだ、だから新を名指しで来たんだな」

「えっ、僕を名指しでですか?……無理ですよ営業でもないのに」

「資料を見てびっくりなんだけど、全国や海外にも支店がある大きい会社だぞ」

「そうなんですか?綾乃さん???」

「えっ、詳しくは分かんない」

「なんとのん気な……新!超優良企業だぞ」

「そうなんですか……どうしたら良いんでしょうね……」

「パパからのお願いだったら聞いてあげて」綾乃さんは軽く言った。

しばらく考えた、そしてゆっくりとうなずく。

「先輩、僕は営業ではないので先輩が代表でなら受けられると伝えてもらえませんか?」

「新がそれで良いなら先方にそう伝えるぞ」

「じゃあ私もそう伝えておくよ」綾乃さんは後ろで手をふっている。

僕はアゴに手を当てて考えた。

「やっぱり綾乃さんにふさわしいかテストしてきたな」

「えっ、そんな事ないわよ、きっと新さんの会社に興味が湧いただけじゃない?」

「それは同じ事だよ」

「そうなんだ……」

『おへそ事変』から少しづつ自信をつけてきた僕は大きな一歩を踏み出そうと決心した。

「遅かれ早かれだな……綾乃さん、少し忙しくなるかもしれないよ」

「うん、パパの会社のためだったらしょうがないよねえ」

結局その仕事を引き受けることになった先輩と僕は特別念入りに仕事を進めた。

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