星降る夜のセレナーデ 第125話 嗚咽
志音ちゃんは病室へ入ると先生の手を握りしめた。
先生はふっと目を開けると、穏やかな表情になりゆっくりと目を閉じる。
メーターに刻まれていた先生の脈のリズムがスーと消えた。
「とーたん…………………とーたん…………………」
「あなた…………………」
俺はただ二人を見守ることしかできない。
長く重たい沈黙の後、美夜子さんはポツリと呟く。「パパは志音の帰りを頑張って待ってたのね……………」
先生の葬儀は身内だけでひっそりと行われた。
アリサちゃんや由美香ちゃん、そして小池さんも来てくれた。
正美さんやマリさん、ショーンさんも来てくれた。
沢山の花が届いた。
先生はきっと天国から美夜子さんや志音ちゃんを優しく見守っていると思った。
やがて時間は少しずつ動き始める。
小池さんから電話があった。
「真人くん、こんな時に申し訳ないんだけど…………………」
「はい、映画の音楽を完成させなくちゃあいけませんよね」
「悪いね………………」
俺は美夜子さんへ事情を話してスタジオへ入った。
先生の曲はメインテーマとして流れるセレナーデが途中になっている。
何度か曲を聞いてみる。先生はこの後をどうしたかったんだろうと考える。
しかし、全くわからない、ただ涙が流れた。
ふと先生が指揮棒を振っていた光景を思い出す。
俺は立ち上がって目を閉じ指揮棒を振ってみる。
しばらくすると先生が指揮棒を振っている姿が見えてきた。
先生は楽しそうに指揮をしている。そして俺をみて微笑んだ。
やがてオーケストラへ向かうと、大きく手を振った。
「あっ……………このメロディは!……………………」
先生が作りかけだったセレナーデのその後のメロディだ!
俺は夢中でその後のメロディを打ち込み曲を完成させる。
出来上がった曲を再生した。とても素晴らしい曲になった。
俺はまた先生が出てきてくれるんではないかと思って目を閉じて指揮棒を振った。
しかし先生は出てきてくれない。涙が止まらない。俺は指揮棒を振り続けた。
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私は部屋からリビングへ出てきた。ママはこれまでに見た事がない寂しそうな表情で私をみている。
「ママ、大丈夫?」
「志音ちゃん、ごめんね、ママはすぐには立ち直れそうに無いの…………………」
「分かってる、志音がついてるから大丈夫よ」私はママを抱きしめた。
「あれ………スタジオから音がする?………」
「真人くんは未完成だったパパの曲を完成させて、納品する為に頑張ってくれてるわ」
「そうなんだ………………」
私は微かに聞こえるメロディを聞いた。
「あっ、とーたんのセレナーデだ、とーたんのセレナーデが聞こえる!」
私はスタジオへ走って行った。
スタジオではモヒくんが指揮棒を振っている。閉じられた目からは涙が溢れ頬を伝わって落ちている。
「モヒくん…………………」
私は駆け寄ってモヒくんを抱きしめた。
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俺は必死に指揮棒を振り続ける。しかしもう先生は出てきてくれなかった。
涙が止まらない。
先生にこのスタジオで教えられた日々が蘇って来る。
「先生!もう一度………もう一度…………」俺は必死に指揮棒を振り続ける。
「モヒくん!」志音ちゃんが俺を抱きしめてくれた。
「志音ちゃん………………」
「大丈夫?」
「先生の曲を完成させなくちゃあと思ったんだけど、先生はどうしたかったのか分からなくて…………それで目を閉じて指揮棒を振ってみたんだ、そしたら先生が出てきてオーケストラに指示してくれた、だから完成したんだ。完成した曲を先生に聞いて欲しくてまた指揮棒を振ったんだけど…………もう……出てきてくれないんだ……………」
「モヒくん…………とーたんはもう出て来ないかもしれないけど、モヒくんの中に生きてるよ」志音ちゃんは優しく微笑んで俺をみている。
「そうなのかい?」
「私には分かるんだ、この曲はとーたんのセレナーデだよ、そしてとーたんの音楽はモヒくんの中に生きてるんだって」
「志音ちゃん……………」
俺は志音ちゃんの胸で嗚咽した。志音ちゃんは優しく、そして強く俺を抱きしめてくれた。