星降る夜のセレナーデ 第60話 携帯電話
里山にも光ケーブルが引かれ、携帯電話用のアンテナも立った。
I Tの波は里山に到達する。
ログハウスのリビングにもノートパソコンが置かれネットに繋がる。
出版社への連絡もメールが増えていった。
出勤すると先生は携帯電話をいじっている。
「やっぱり長いこと置いてたからバッテリーがダメになっちゃったなあ」眉を寄せている。
「そう、私のもダメみたいねえ」美夜子さんも携帯電話を見ている。
「お二人とも携帯電話を持っていらっしゃったんですか?」俺は驚く。
「まあ東京の生活だったら普通に使ってたからねえ」
俺はただ頷いた。
「真人くんは携帯電話を持たないのかい?」
「俺は別に使う事も無いんで……………」
「でも、夜にDTMの事で聞きたくなったら、持っていてくれると助かるんだけどなあ」
「家の電話にかけて良いですよ」
「いや、ご両親が出られたら何となく気まずいからなあ………」
「そうですか………」俺は少しだけ考える。
結局携帯電話を持つことにした。
皆んなで秩父の携帯電話ショップへ行き、それぞれに機種を選んで買った。
俺は折りたたみのシンプルな物を買う事にする。
美夜子さんは志音ちゃんの分も買っている。もし何処かで喘息が出たら困ると言う事だ。確かに心配だから持っていた方が安心だと思った。
夕方になって志音ちゃんが帰ってきた。
「やったあ!私の分もあるのね、モヒくん番号を教えて?」
「はい、これ」そう言って番号を表示して見せた。
「これでメールが出来るね」志音ちゃんはニッコリしている。
俺の携帯には白河家の3名が記録された。しかし電話がかかってくる事はほとんど無い。なので忘れて家にある事が多かった。
ある日スタジオで仕事をしていると、先生の携帯が振動する。
「はい、そうなんだ、待ってね」先生は俺に携帯を渡した。不思議に思って出てみる。
「モヒくん!何で携帯を持ってないの?」
「えっ!家に忘れて来ちゃった」
「そんなの携帯の意味無いじゃん!」志音ちゃんは怒っている。
「学校近くの本屋さんまで迎えに来てほしくて、何度も電話したんだよ!」
「ごめんね」俺は申し訳なさそうに頭をかいた。
「真人くん、そんな顔をしても志音には見えないよ」笑っている。
家に帰り携帯電話を持って志音ちゃんを迎えに行く。
帰りの車で志音ちゃんは頬を膨らせて足をバタバタさせた。
その夜、志音ちゃんからメールが来た。
『おやすみなさい』
俺も『おやすみ』と返した。
翌朝『おはよう、携帯忘れないでね』とメールが来た。
『はい』と返した。
俺は何となく志音ちゃんに管理されてるような気がした。