水の生まれる夜に 31 天空のカフェ
「新さん、この集落の上にカフェがあるらしいですよ、みつ子さんや集落のおばちゃんたちが名物の『ちまき』を作ってるんだって」
「へえ〜、ちまきが名物のカフェねえ」
「元は小学校の分校だったらしいけど、東京から移り住んだ千草《ちぐさ》さんっていう若い女の人が改装してカフェにしてるらしいの、そこでアルバイトを募集してるんだって、データの入力が半分になっちゃうなら空いた時間でバイトに行ってもいいですか?」
「別にいいですけど……でも綾乃さんいつまでここにいるつもりですか?」
「だから帰りたくなるまでですよ」
「本当に一生いる気だったりして?」
「そうなるかもしれませんねえ」
「うう…………」僕は頬杖をついて唸っている。
「明日カフェに行ってみませんか?」
「いいけど」
「やったあ!」子供のように無邪気な笑顔を振りまいている。
「なんか世の中が僕の思わぬ方向へどんどん進んで行く気がする……」
「もしかして嫌ですか?」
「いやじゃないけど……」テーブルにうつ伏せた。
翌日二人は散歩がてらカフェへと訪れた。
里山の道路の頂上にあり、校庭にはたくさんのテーブルが配置してある。
景色は絶景だ。こんな山の奥にカフェがあることに僕はびっくりした。
看板には天空の楽校と書いてある。
「あらっ、もしかしてみつ子さんが言ってた綾乃ちゃん?それと婚約者さん?」
「はい神崎綾乃です、アルバイト募集だと聞いてきたんですけど」
「そうなのよ、もし来てくれるならありがたいだけどなあ」
「どんなことをすればいいんですか?」
「普通にお客様からオーダーを聞いて、レジを打って、できたメニューをもっていくだけ」
「私にもできますか?」
「簡単よ、何も心配いらないわ」
「じゃあアルバイトに来ちゃおうかな」
「とりあえず週に3日くらい来てくれると助かるなあ、できれば金・土・日がいいけど大丈夫?」千草さんは心配そうに伺っている。
「新さん、行ってもいいですか?」綾乃さんは可愛く首を横にした。
「僕に決める権利はないんですけど」眉をよせる。
「ちゃんと食事も困らないようにするから」手を合わせて僕を見ている。
「好きにしてください」気持ちが割り切れないままうなずく。
「じゃあアルバイトよろしくお願いします、いつから来ればいいですか?」
「そうね、来週からお願いできるかしら」千草さんは安心したように微笑んだ。
「分かりました、来週からお伺いします」綾乃さんは丁寧におじぎをしている。
「よかったら食べて行って」千草さんはちまきとコーヒーを用意してくれた。
二人は景色の良い場所でちまきを食べた。
「新さん、ちまきって美味しいね」
「うん、僕の田舎だと中には何も入ってないんだけど、このちまきには大きな角煮やシイタケとかいろいろ入っていてとっても美味しいね」
「だからこんな山の奥でもお客さんが来てくれるんだね」
ちまきを食べるとお礼を言って別荘へ帰ってきた。