水の生まれる夜に 109 果樹園の風

数日後、橋口家の前に白い車が停車した、そして二人の紳士が降りて来る。

「すみません、橋口さんのお宅はこちらでしょうか?」

「はい、そうですが」真澄は不思議そうに二人を見ている。

「新さんのご両親はご在宅でしょうか?」

「はい、いますけどどちら様でしょうか?」

「株式会社マサキ九州支社長の鈴田と申します」

「副支社長の岳野です」

二人は名刺を差し出した。真澄は中に入って弘を呼んだ。

「お父さん、なんか……マサキって会社の人が来てるんだけど、新さんの事みたい?」

弘は不思議そうに出てきた。

「はい、新の父ですが、どんな御用件でしょうか?」

玄関であまりに恐縮している二人を見て、弘は中へ通した。
正子がお茶を出すと、兄夫婦も何か揉め事かと思い同席する。

「私はマサキの九州支社長、鈴田と申します、本社の社長から至急ご挨拶をするように申しつかりお伺いしました。この度は御子息の新さんを養子にとの話にご承諾いただき、ありがとうございます。本来なら社長自らお伺いするべきところですが、多忙なためすぐにお伺いできません。ですから私が代理としてお伺いいたしました。本当にありがとうございます。これは手土産ですがどうぞお受け取りください。そしてこれがマサキの商品の詰め合わせです、ぜひご賞味ください。それから、これは誠に不躾だと思いますが、社長のお嬢様から新さんが大学に行くために大変ご苦労をかけたと言うことで、その一部に当てていただきたいとのことです、どうぞお納めください」

賑々しく渡され困惑していると、二人は嬉しそうに「この地元からマサキの社長候補が出るなんて私たちも本当に喜んでるんですよ」そう言って何度も頭を下げて帰って行った。

残された4人はポカンとした顔で言葉も出ない。
改めて名刺を見た孝は「マサキってあのテレビで宣伝してるゼリーや蒟蒻の会社じゃないのか?」驚いた。

「えっ……見せて見せて!」真澄は名刺やマサキの商品などを見て震えた。

「新さん……とんでもない所に養子に行くのね」

弘は封筒を見て少し苦い顔をした。

「真澄さん、あんたが新にお金がかかったってやたら言うから……これを見てごらん」そう言って差し出した封筒には四百万の小切手が入っている。

「私はただ大学に行くのにお金がかかったって言っただけですし……」

弘はその封筒を孝に渡して「もう、新の大学の費用の話はしないように!」そう言って正子と果樹園へ向かった。

「お前が新に、ぐちぐち言うからだぞ」そう言って孝は釣りに出かけた。

「何よみんなして……やりくりは大変なのよ」そういうと小切手をバッグに収めた。

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