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星降る夜のセレナーデ 第87話 破壊力

秩父市内のある場所へ来ると、車を止めてビルを指差す。
「あそこの3階がライブハウスで、最後の解散ライブもあそこだったんだ」俺は思い出していた。

「じゃあ志音が初めてモヒくんを見た日、ここでライブをやったのね」志音ちゃんも懐かしそうに見ている。

「そうだね、あの日トラックに乗ってた少女が志音ちゃんだったね、今はこんなに綺麗になったけど」

「運命的な出会いだったね」志音ちゃんは嬉しそうに俺を見ている。

「そうだね、おかげでこんなに充実した毎日を送ってるよ」俺も嬉しそうに志音ちゃんを見た。

「へへへ…………」志音ちゃんは恥ずかしそうに俺の肩を、指先でつっついた。

俺は最近志音ちゃんが、少しずつ女性に変わって行くように感じている。

「ねえモヒくん、中には入れないの?」

「ライブ以外の昼間は営業してないんだ」

「そうか……残念………」志音ちゃんはライブハウスのあるビルを見上げている。

「志音、お腹すいたよ」俺を見てニッコリした。

「そう、何が食べたい?」

「ローストビーフ!」

「えっ、先輩の店の?」

「うん」大きく頷いた。

「分かった、じゃあまたアイランドに行くよ」

志音ちゃんは何度も頷く。

店に到着して中へ入ると、マスターが志音ちゃんを見て固まった。

「えっ!!!この前の…………お嬢さんだよね……………」

「こんにちは」志音ちゃんはニッコリお辞儀した。

「こんにちは、いらっしゃいませ」マスターはゆっくり頭を下げた。

志音ちゃんと席につくと早速メニューを見ている。

「志音、ローストビーフが食べたいけど、2枚は食べられない」少し眉を寄せる。

「俺が食べてるのはダブルなんだよ、だから2枚だけど、普通はシングルで1枚だから大丈夫だよ」

「そうなんだ、よかった〜」志音ちゃんは安心してゆるい笑顔を見せた。

「マスター、ローストビーフのシングルとダブルをお願いします」

「了解!」マスターは厨房へ入って行った。

お店には3つ程の部屋がある、隣の部屋から聞き覚えのある声が聞こえる。

「真人、彼女同伴なの」奈津美がニヤニヤと現れた。

なんでコイツはいつもタイミングが悪いんだ!と、改めて思う。

奈津美は壁にもたれながら、後ろ姿の志音ちゃんへ話しかける。

「お嬢さん、真人は不良だから気をつけたほうがいいわよ」絡み付くように言葉を投げかける。

それを聞いた志音ちゃんは、椅子を少し下げて立ち上がり、奈津美の前に立つと微笑んだ。志音ちゃんを見た奈津美は驚いて息が止まり、そのまま言葉を無くしている。

「真人さんはいつも父と熱心に仕事をしています、どんな人か私は知ってますよ」視線をきっちり奈津美に合わせ微笑んだ。

「………………」奈津美は会釈をすると自分の席へゆっくりと帰って行った。

明かに格の違いを見せつけられた対戦相手のように、その後目を合わせなくなった。

志音ちゃんは何事もなかったように微笑んで俺をみている。俺は奈津美が可哀想にさえ思えた。志音ちゃんの綺麗さは、もはや破壊力さえ持っているように感じる。

ローストビーフが運ばれてきた。志音ちゃんは可愛い志音ちゃんになって美味しそうに食べている。

マスターは志音ちゃんを見て考え込む。

「誰かに似てるんだよなあ……………う〜ん、思い出せない」眉を寄せた。

「似てる人はきっと沢山いますよ」志音ちゃんは目を泳がせる。

「マスター、また変な女優とか言い出すんじゃないですか」俺はマスターの記憶に蓋をしようと思った。

「いや、そんなんじゃないんだ……………この辺まできてるんだけど……………」天井を見ながら唇に力が入っている。

食べ終わった俺と志音ちゃんは、マスターの記憶が戻らないうちに店を出た。

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