時代小説(失敗)

あなた「暇だなぁ、誰かに、身に余る理不尽をぶちかましてやりたいな、ウフフ。」

あなたの心中「突然に袈裟懸けの太刀筋で逆袈裟の斬撃を放とう。それも1度や2度、1人や2人相手でなくだ。居ても立ってもいられないぞ。」

こうして街に繰り出し、人と出会うあなた。

撃剣に於いて肝要なのは初太刀。あなたの目的も相まって、この重要度は更に重みを増している。

老紳士「やぁ、どうも。朝から稽古かな。精が出るね。」

あなた「イヤァーーーーーッ」

あなたが一般人と会話を成立させるつもりがないのは今に始まったことではない。

放たれる袈裟懸け、しかしその実、斬撃は逆袈裟である。

老紳士、これを三寸程退いた身で躱して見せた。

老紳士「何も特別なことはない。いくら太刀筋と斬撃がちぐはぐでも、その間合いが変わらないのは道理。」

歳にしては軽やかな、いや熟練を思わせる、流麗な足取りである。

達人めいた足さばきで、離れた間合いを瞬く間に縮める老紳士。

見事に太刀の間合いを潰し、それでいて頭に乗せたハンチング帽を乱さない。

あなたは迂闊であった。脇差を軒下に忘れている。

詰まった間合いで太刀より無手が有利であることは、あなたは体で理解している。

瞬間、あなたの視界が閃いた。

ぱん、と乾いた音を弾けさせたあなたの頭蓋が肩の上で踊る。

夕刻になって降り始めた雨の冷たさで、あなたは敗北を知った。

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