明日ももーっといい日になるよね、ハム太郎!
━━━━返事は、彼の声帯が空気を震わせるものではなかった。足の裏にこびりついた彼の臓物が、饐えた臭いと共に立てた汚物を思わせる音で応えた。ヒロ子は思わず脚を振り回し、足裏の不快感を振り払おうとした。それがつい先刻まで友人だった小さい命の一部であることに気づいた時、ちょうど残骸は足を離れ、白い壁の床近くにしがない花を咲かせていた。元の毛色が微かに窺える毛皮が床に張り付いている。いつもヒロ子をまっすぐに見つめていた大きな目が、頭から飛び出ることでより一層その寸法を大きく見せていた。その球体の中心は壁にこびりついた内臓をまっすぐに見つめているが、その二点の間にもう視線は無かった。視神経が頭の内部に伸びているのが見て取れるが、その臓器は脳と一切の信号のやり取りをしていないことを、ヒロ子は直感的に理解した。
それから10年近くが経った。
「小さい生き物だし仕方がないよ。ちゃんと管理できていなかった私たちが悪かったの。」という、両親からの心を抉る慰めを盲信しながら、ヒロ子は大学生となった。あの日以降どこか以前の快活さを思い出すように演じるようになった彼女は、それに気づかないまま彼女に恋慕の情を寄せる同級生と恋仲になった。恋人関係となって1ヶ月、初めて彼の家に訪れた時、カラカラという音がヒロ子の頭を掻き回した。この前飼い始めたんだけど、と話しながらリビングに進む恋人の背中を脳は処理せず、足裏のぬめりを想起させられた直後に嘔吐中枢へ強い刺激を送った。
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