ウルトラマンオクセズ 第一話「復活の神話」

 遥かなる太古の時代。人類が今よりも更に幼く、文明が発展途上だった時代の話。私達の青き故郷・地球は異常気象に見舞われていた。人類が進化の過程で地球を汚し、聖なる大地を穢した。それが八百万の神々の逆鱗に触れたのだ。
 人間達は自らの手で生み出した兵器で応戦した。しかし、その当時の技術では到底敵うはずもない。ひとつ、またひとつと街は崩れ去り、文明は消失の一途を辿っていった。

 極東の孤島・大和の国もそれは例外ではなく、僅か3日で列島は火の海へと堕ちた。
 よもやこのまま沈みゆくかと思われた、その時だった。天空より舞い降りし『銀色の巨人』、その巨体と剛腕から発せられる謎の光の力で神々に反抗の意志を示し、4日のうちに神の災厄を払いのけたのだった。
 人々は後に、彼を『カミウチイサミオノミコト』と呼び、この出来事は『滅びと光の七日間』と呼ばれる事となった……。


 時は経ち、現代。そんな言い伝えの残る街・神内(ジンナイ)町の風に吹かれ、護神 唯人(モリカミ ユイト)は自転車で坂を下っていた。ブレザーの制服のネクタイをきちっと締める丁寧さもありつつ、ジャケットのボタンを外し風になびかせる適当さを併せ持つ16歳の少年だ。
 朝の眠気に手元の覚束ないハンドル捌きだが、ギリギリの所で障害物を避けつつ坂を下っていく。傍から見ればそれは危なっかしくて仕方のない姿だが、唯人はそれを物ともせずにかわしていく。

 坂を下りきったところで横断歩道が現れる。唯人は早々にブレーキで勢いを殺し、横断歩道のギリギリ手前の白線の上にタイヤを乗せた。

唯人「ふぅ……生きてるぅ」

 赤信号の横の赤いバーが少しずつ減っていき、もうすぐ青信号に変わる事を唯人は認識し、握りしめた両手のブレーキを片方緩め、ペダルを足の甲で回して右足を乗せる。
 と、唯人の横をひとりの少女が走り抜けていく。赤信号にも関わらず見えていないのか、それとも親がちゃんと教えていないのか……と唯人が呆れていられたのも束の間。右からトラックが走って来るのが見えた。速さは法定速度60キロを軽々超えているのが見ているだけで分かった。

唯人「あの子……まずい!」

 唯人は迷いなく自転車を乗り捨て、少女の方へと駆け出した。トラックは猛スピードで少女へと迫り、しかし少女にはそれが見えていないのか止まることなく走り続けている。ぶつかるまで、あと3秒も掛からないだろう。

唯人「危ない!」


 少女は声に振り返りかける。が、振り返る前に少女の体は前方にドン、と飛んでいく。急に突き飛ばされた少女は僅かに宙を舞い、そのまま横断歩道の端までゴロゴロと転がっていった。

少女「うっ……痛い……う˝え˝ぇ˝~ん˝ッ!!」

 少女はそのまま泣き出してしまった。

女性「ちょっと! 大丈夫?!」
少女「あっママ? ママぁー!!」

 横断歩道の向こう側から走って追いかけてくる女性、少女の母親は娘を心配してすっかり青信号に変わった横断歩道を渡ろうとする。が、その中程で何かにつまづき危うくコケそうになる。母親は足元に目をやり、息を呑んだ。

唯人「あっ……あの子のお母さんですか? 無事でよかった……目、離しちゃダメですよ……ちっちゃい子って好奇心旺盛ですぐ走り出しちゃうじゃないですか……可愛いですけど……へへへ……」

 そう話す唯人の体は鮮血で真っ赤に染まり、両足はあらぬ方向に曲がっていた。

母親「キャッ……キャアァァァァッ!!」
唯人「あっ……あとあの子の事突き飛ばしちゃってすいません……間に合わなくて……あの子早く病院で診てもらった方が良いかもしれないですよ……傷口からバイキンとか入ってるかもしれないし骨にヒビとか……」
母親「救急車……救急車……あと警察……」
唯人「えっそこまでします……? だってあの子たぶん歩けるんであんま軽率に救急車呼んだら病院に迷惑が……」
母親「あなたの方が重傷でしょうッ?! あの子よりもまずあなたの方をどうにかしなきゃダメじゃない!」

 母親の言葉に唯人は眉をピクッと動かし、両手を地面に突きたてる。

唯人「あんた……自分の子供のこと全然見てやんないのかよ……あんたそれでも親かよ……!」
母親「今はそういう次元の話をしてる場合じゃ……!」

 唯人は立ち上がろうとするが、使い物にならない足は言う事を聞くはずもなく再び倒れ伏してしまう。
 青信号は点滅を始める。母親は急いで渡り切り、娘の事を抱きしめる。それを見届けた唯人は笑顔だった。


 それからどれだけ時間が経ったのだろう。唯人は病院のベッドの中で目を覚ました。

唯人「ここは……」

 不思議に思う唯人は記憶が朧気なまま起き上がろうとするが両足に力が入らず、ベッドから落ちてしまう。

唯人「あぁ……そっか」

 唯人は自分の両足に自分の両足に目をやってようやく思い出した。使い物になるはずがない。力が入るはずがない。
 手術で切り落としてしまったのだから。

唯人「あぁ困ったなぁ……明日から移動どうしよう。これじゃ自転車も漕げないや」

 唯人は膝から下が短くなってしまった太ももを優しく撫でた。


 唯人が神内大学附属病院に入院してから2週間が経った。病院食にもトマト以外は舌が慣れ、枕が変わった事による寝心地の変化にもようやく馴染んで眠れるようになった。しかしリハビリには依然、気持ちが向いていなかった。
 唯人はベッドの上の机にパソコンを広げて何かを見ていた。それは15年はゆうに経っているであろう古い番組。それも、今の彼の年齢にはもう似つかわしくないヒーローものだった。
 病室のドアが静かに開く。唯人の母・愛衣(メイ)が果物の詰め合わせを持って入ってきた。

愛衣「調子はどう?」
唯人「うん、絶好調」

 唯人はイヤホンを片方外しながら母親に笑顔を向ける。

愛衣「リハビリは?」
唯人「……いいんだよそんなの後で。それよか母さんは? 新しい恋人と最近どうなの?」
愛衣「いや~それがね? 昨日もデートしてきたんだけどさぁ、あいつ『割り勘でいいか?』って言ってきたわけ。こういうのって男が払うのが常識でしょー? マジありえないあいつ!」
唯人「ま~た振り出しの予感……いい加減ちょうど良い人見つけて幸せになってよー」
愛衣「簡ッ単に言うんじゃないよそんな事! あんた一生童貞よ?」
唯人「あんたもっとこう……ッ! 言い方ってもんが無いわけ……?」

 談笑する親子。ふと愛衣の視線がパソコンの画面に向く。

愛衣「あんたまだこんなん見てんの? 何レンジャーだっけ」
唯人「これ戦隊じゃなくて『夢幻剣士∞アムール』ね。こいつ相棒いるけど基本的に一人で頑張ってる奴だから戦隊じゃない。そもそも社が違うんよ社が。ちなみに40年近い『剣士』シリーズの最後の作品で最近はスピンオフたまにネットでやってたりする。ここ15年近くがそんな体制だから……これも2006年のやつか、結構前ではあるけどクオリティーは今見ても衰えがないよ」
愛衣「……ふーん」

 愛衣は早口で饒舌に語り上げる唯人を乾いた目で唯人を見る。

唯人「聞いといてその反応……?」
愛衣「あんた学校で嫌われてるでしょ」
唯人「んな事……?! ……いやわかんねぇけど。興味ねぇし」
 愛衣は唯人の肩にポンっと手を置く。
愛衣「ドンマイ」
唯人「憐れむな……」


 遥か地底深く。『それ』は突然のように目を覚ました。いや、人々からすれば突然であっても、『それ』の出現は必然的に訪れるべくして訪れた災厄であるのだろう。 
 人間とは常に痛い目を見るまで事の重大さには気付かない。身構えている時ほど死神はやって来ない……まさに言いえて妙、死神は突然現れた。

 神内町のメインロードである紙谷大通り。なんの変哲もないその大通りがひび割れた。人々がその異変に驚くが早いか、亀裂は次第に拡がり地面が盛り上がり、大穴から闇が覗く。
 突如開いたその亀裂に人々は足を取られケガをする者、地面の盛り上がりに押し上げられ体が宙を舞う者、大穴に吸い込まれる者で溢れ返る。

 そこから数キロ離れた神内大学附属病院からもその惨状は見えていた。遥か遠くからでも人が宙を舞うのを視認できるという事は、それ相当の高さ人間の体がぶっ飛んでいるという事は言うまでもない。メートル単位で一桁で収まるだろうか?
 唯人は動揺した。あの人達が地面に叩きつけられたら、一体どんな死に方をするのか。その恐ろしさは彼自身よく知っているから。

唯人「あぁダメだダメだダメだ……死んじゃダメだ死んじゃダメだ死んじゃダメだ死んじゃダメだ」

 唯人は考えるより先に素早くベッドから起きようとするが、今の彼の体がその意志を阻むように許さない。足が無い事を忘れて起き上がろうにもどこに立てば良いと言うのだろう、ベッドから這い出た唯人はたちまち体勢を崩して床に倒れ込んでしまう。

唯人「ダメ……ダメだから……死んじゃダメだから……!」

 尚も床を這い外に出ようとする唯人。その血走った眼をして息を荒げる唯人の異常な行動を、同室の入院患者は死んだ魚のような目で眺め、蔑んでいた。しかし唯人にそれは見えていない。そんな目など気にも留めずに匍匐前進を続けた。

看護師「ちょっと護神さん?! 何してるんですか早く病室に戻ってください!」

 廊下に出たところで看護師に呼び止められる唯人。だがしかし歩みは止めない。そもそも今の唯人には他人の言葉に耳を傾けられる余裕が無い。

唯人「すいません……車椅子借りれますか?」
看護師「どうして……?」
唯人「紙谷大通りに行かないといけないんです! 助けないとあの人達が死ぬから!」

 看護師は一瞬息を呑む。が、ひと呼吸置き直して口を開く。

看護師「……ここにも避難勧告が出ました。車椅子は至急用意するので、指示に従って避難してください」

 静かに諭す看護師の言葉に唯人は愕然とし、床に拳を叩きつける。

唯人「なんでだよ……っ!」


 紙谷大通りの亀裂はさらに天に向かって盛り上がり、レンガの瓦礫を吹き飛ばして『何か』が地面から姿を現す。60メートル近い巨体は舞い上がる噴煙と瓦礫の破片に遮られ目視できない。が、やがてその死神のような姿を少しずつ露わにしてゆく。
 その全身は熱せられた木炭のように内側から赤く発光している。そう、全身が燃える骨なのだ。まるで化石がそのまま蘇ったかのようなそいつの体形は4足歩行を基調とする発達した後ろ足をしており、前足は本体がティラノサウルスよろしく短いながら、爪が鎌のように伸びて地面に突き刺さり前傾姿勢の体を支えている。頭は骸骨だが、目の部分は空洞の奥に青い鬼火が妖しく揺らめいている。そして頭頂部には黒い長岩が真っ直ぐ上に突き出し、玉虫色の輝きを光の反射で見せる。


 神内大学附属病院内にもその『何か』の出現により地響きが伝わる。点滴の袋を釣るスタンドやその他諸々が揺られ、カチャカチャと不穏に鳴り響く。看護師は慄きながら、されど紙一重に冷静さを保ち患者達に車椅子を用意し避難誘導する。

看護師「護神さんもちゃんと指示に従って逃げてくださいね。間違ってもくれぐれも逃げる方向間違えたとか言わないでくださいね!」
 看護師はそうとだけ言い残して車椅子を置いて他の患者の肩を担いで避難経路の方へと向かってしまった。

唯人「……言いつけ守れなくてごめんなさい。俺、悪い子なんで」

 独り取り残された唯人は車椅子に乗り込み、避難経路とは別の方へと車椅子のタイヤの向きを変えた。


 紙谷大通りは地中から出でた怪物の巨体の猛威に崩れ去りつつあった。道路だった瓦礫の下には、逃げ遅れた人々の千切れた死体で溢れ返っていた。そんな惨状を、一人の無傷な男が見つめていた。

???「これは酷い……この時代の人類の対応力はこんなもんか。文明は進歩してるはずなのに、事情を付けては行動力の乏しさ……落ちたもんだ」

 男は被っていたポークパイハットから覗き上げるように怪物の巨体を観察する。身に着けたボロボロの白いコートを翻す。

???「あいつは『死を司るヤヲヨロ獣』……俺が最後に倒した奴だ。名前は確か、恐竜と死神を掛け合わせて『ダイノリーパー』だったな」

 巨体を揺らし前進するダイノリーパー。
 男は溜息を吐いて懐から日本刀に似た形の短刀を取り出す。柄頭から切っ先までの全長は30センチ程。金色のマーブル模様の混じる白い柄と鞘、そこに二本の赤い線が表裏一対に血脈のように伸びている。

???「待ってても来なさそうだ。気は進まないし体も恐らく……まぁ、せめて時間稼ぎにはなるかな」

 男が刀身を水平に引き抜くと、薄く青い反射光を輝かせる銀色の刃が見える。男は鍔を鞘にあてがい、マッチを擦るように刀を前へ振って鞘に滑らせる。鍔がシリンダーのように回転し、白い火花が散った。

 病院を抜け出し紙谷大通りへと向かう唯人。だが彼が着いた頃には後の祭り。そこは瓦礫に圧殺された肉塊、地面に強く叩きつけられ四散した肉片など死体が辺り一面に転がっていた。
 唯人は息を荒げて車椅子を飛び降り、死体に駆け寄る。慌てて震える手で死体の手を握る。その手はひどく冷たく、まるで常温に戻した調理前の鶏もも肉を素手で触っているようだった。

唯人「嫌だ……嫌だ……なんで……?」

 唯人の頭上にダイノリーパーが姿を現す。一歩一歩前進する度に地面は揺れ、風が唯人の髪をなびかせる。

唯人「うわ……でっけぇ……」

 唯人は自身の状況を察した。驚く余裕もなかった。ただ目の前の出来事を視認し、把握し、受け入れる。それしか唯人の中にはなかった。
 唯人はその場に座り込み、両手を広げた。その顔は不気味な程に屈託のない笑顔だった。

唯人「楽しい余生だったよ、ありがとう」

 目を閉じる唯人。ダイノリーパーの前足の爪が唯人の頭上に振り下ろされる。ブォン!という轟音が唯人の右耳をつんざいた。

 何秒経っただろう。唯人は依然、両手を広げている。不審に思いゆっくり目を開く唯人。彼が目にしたのは、巨大な化け物を後ろから抱きかかえ、今にも後ろへ投げ捨てようと踏ん張っている銀色の巨人の姿だった。
 その巨人は力任せに化け物を後方へと投げ飛ばす。疲れているのか、彼は肩で息をしながら化け物の方を睨むように見ている。
 一瞬、巨人は左肩を触る仕草を見せる。怪我をしたのか痛めたのか、唯人にはその仕草がひどく人間くさい弱さを感じられた。

 唯人は巨人を見上げて唖然としていた。ただただ、現実離れした出来事の連続に驚く暇すら無く、ひたすらに受け入れがたい目の前の景色を追う事で精一杯だった。

唯人「巨大な化け物、銀色の巨人……言語数理運用科の地域の歴史の授業で習った『八百万の神』と『カミウチイサミオノミコト』か……? 本当に居たんだ……」

 巨人は唯人の方へ振り返り、50メートル下で腰を抜かす唯人を見下ろす。
 銀色の肉体は細身ながら筋肉質であり、全身に赤い線状の模様が毛細血管のように細く張り巡らされている。また肩から両足に掛けて光沢のないグレーの太い線の模様が伸びる。頭部は陶器のようにツルっとした質感で美しいカーブを描き、また耳が相当する部分から横から後ろにかけて伸びている。目は猫のようにやや吊り上がり、白く光っているように見えた。また胸に台形を縦にして横に二つ並べたような形の空洞があり、その奥で赤い光が点滅している。

 巨人はダイノリーパーの方へと向き直り、左腕を指先までピンと伸ばし、胸の前で水平に構える。そうすると左腕がぼんやりと朱く光り、金色の稲妻がビリビリと滾り左腕を包み込む。
 エネルギーが溜まった事を確認したように巨人は左腕を後ろに引き、今度は右の拳を真っ直ぐ上向きに突き立てる。すると右腕も青白く発光し、熱したアルミニウムのような強い光を放つ。

唯人「あれって『剛腕から発せられる謎の光』ってやつ……か? てことはあの巨人、神を殺す気か……」

 唯人は知識と目の前の事実を照らし合わせながらその光景を眺めている。といっても、その光は近くで目の当たりにするにはとても強く、目を細めながらチラチラと見ているのがやっとであったが。
 巨人はその両腕を胸の前で十字に組み直し、同時に腰を落として踏ん張る体勢になる。と、その十字に組まれた両腕から、両腕に蓄積したエネルギーが混ざり合った光の線が飛び出し、ダイノリーパーの方へと伸びてゆく。
 ダイノリーパーは上体を仰け反らせ、それを落とすと同時に両前足に爪をクロスさせるように勢いよく地面に突き刺す。体を守る盾としているのだ。光線はその爪のバッテンの中心に着弾、ダイノリーパーの全身が僅かに地面を擦って後退する。
 巨人は組んだ両手を前へ押し出し、光線をさらに押し付けるようにしている。それによるエネルギーの消費を示すように、胸の空洞の奥の光の点滅が早まっていく。

 巨人は最後の死力を振り絞るように光線を更に太く押し出して威力を上げる。唯人の耳には遠くから地鳴りのような低い音が聞こえる。彼にはそれがまるで巨人が必死に叫んでいるように聞こえた。
 ダイノリーパーの爪にヒビが入る。巨人の奮闘が神に届いたか。もっともその神を殺すのが巨人の奮闘であり、物理的に届いたわけだが。
 巨人は一歩、ダイノリーパーに向かった歩みを進める。ヒビは爪全体に広がっていき、これ良しと巨人は更に距離を詰めていく。
 ダイノリーパーは爪を地面から引き剥がそうとするが、深く刺さって抜けない。前足は短く力もそう強くはない。人間も爪が剝がれれば指先に力が入らなくなるように、ダイノリーパーも爪を盾とする為に自ら生贄に捧げたばかりに命取りとなったのだ。

 爪の亀裂は次第に拡がる。巨人が最後の一滴と言わんばかりに光線を絞り出し、それを受けた爪はついにバラバラに砕け散ったのだった。
 しかし巨人はついに限界を迎え、地面に向かって縮小するように消えていった。ダイノリーパーは爪を失い、上半身の体勢の崩して顎を激しく地面に打ち付ける。目の奥の青い鬼火が消え、そのまま活動を停止したのだった。


 どれだけの時間が経っただろう。巨人が姿を現してから3分も経っていない。しかし唯人にとっては、それがまるで永遠の時間を見つめているような感覚だった。

 唯人が腰を抜かしてその場にへたれ込んでいると、さっきまで巨人が居た方から一人の男が歩いてくる。男は左肩を押さえながら足元が覚束ない様子でふらついている。
 唯人の脳内に先程の巨人の姿がフラッシュバックする。左肩を一瞬触る仕草。それはケガした部分を庇うような仕草。そしてこの男もまた左肩を痛めている。

唯人「あの、あなたがもしかしてさっきの巨人……?」
男「え? あぁ……まぁな。ってか、ここ危ないから早く逃げた方がいい」
唯人「えっ、なんで僕が逃げるんですか?」
男「……え? いや……まぁいい。だったらあんた、ひとつ頼まれてくれるか」

 男は懐から短刀を取り出す。先程、巨人に姿を変える時に使った短刀だ。

男「こいつはオクセズブレード。通称『勇者の剣』とも呼ばれる短刀でな、こいつの力を解放できるのは、如何なる者を前にしても臆する事無く自身の感情を解放できる者のみだ」

 唯人はオクセズブレードを受け取り、360度その模様を観察する。

唯人「これを使って俺は何を?」
男「あのデカブツ……ダイノリーパーはまだ死んじゃいない。俺の力が弱まったせいで、一時的に再起不能まで押し込めるのが精一杯だった。ほっとけばすぐにでも目を覚ます」

 唯人の眉がピクッと動く。唯人は焦ってオクセズブレードの柄に手を掛け引き抜こうとするが男がその右手首を掴んで諫める。

男「焦んな今すぐって話じゃねぇ」
唯人「これ以上誰かが死ぬって聞いて焦らずにいられますか」

 睨み合う両者。一瞬の激情をクールダウンさせた唯人は右手を離し、短刀を脇に下げる。

唯人「要するに、俺がこの剣で八百万の神のアイツを倒せば良いんですね」
男「神……か。そうだよな、お前の中の認識は。そう伝わってんだから」
唯人「どういう事です?」
男「まぁ大した違いはないがな、後世に伝わってる歴史が必ずしも正しい伝わり方をしてるとは限らないって事だ」

 首を傾げる唯人。唯人は度重なる謎に興味を抱き始めていた。

唯人「まぁ……いいや。ってか、そういやあなたの名前まだ聞いてなかったっけ。あ、俺は護神 唯人(モリカミ ユイト)って言います」
男「あぁ名乗ってなかったっけ、次野 阿絆(ツギノ アバン)だ」
唯人「変わった名前ですね……アバンさん、で良いのかな」
阿絆「まぁ呼びやすいように呼んでくれればいいよ」


 呑気に話す時間も束の間、静かに地響きが鳴り始める。二人の顔色が瞬時に真剣なものに切り変わる。

阿絆「唯人、まずはそいつ引き抜け!……るか?」
唯人「言われなくても……!」

 唯人は阿絆に言われるが早いか躊躇なくオクセズブレードを抜刀。事も無げに、いとも簡単に刀身が飛び出す。

阿絆「えっ?! マジかよ簡単に引き抜けた……?!」
唯人「阿絆さん何も起きないけど?! 次どうすればいいんですか?!」
阿絆「えっとな……鍔ってわかるか、そいつを回転させてスパークさせろ! そうすればお前の体にエネルギーが……」

 聞き終わる前に唯人はジッポーライターのフリント・ホイールを回す要領で親指をグッと鍔に押し当て、一気に回転させる。鍔から白い火花が弾け飛び、光が唯人の体を包み込む。

阿絆「上手くいったな……恐ろしい程に」

 光に包まれた唯人の体は細胞レベルで変質・巨大化していく。金色の光の渦に包まれた唯人は上空を見上げる。キラリと星が光るのが目に映る。唯人はそれを掴もうと大きく手を伸ばした。

 目の奥の青い輝きを取り戻すダイノリーパー。鬼火をくゆらせながらのっそりと体勢を立て直し、前足の鋭く長い鎌のような爪を再生させる。
 その前に立ちはだかるは、右の掌を高々と掲げる銀色の巨人。毛細血管のように全身に渡る細い模様は金色に変化し、肩から両足に掛けてのグレーだった線の上に一回り細い赤い線が重なるように加わっている。また、胸のふたつの台形状の空洞の奥の光は、エネルギー充電を示すように青色に点灯し、煌々と輝いている。

 巨人へと姿を変えた唯人は、その肉体変化を確かめるように両手を眺め、感触を確かめるように両手を握ったり開いたりを繰り返す。

唯人「すげぇ……どうなってんだこれ」

 巨人の胸の奥に輝く『ライターコア』の内部にて唯人は外界の様子を巨人の視点で見ていた。
 唯人が何よりも驚いているのは、自らの両足についてだ。巨人と化した彼の両足は巨大な体躯を支え、大地に堂々と立ち上がる。元の人間の姿の時には事故で切断して機能を失っていた両足が、この巨人の姿では確かな感覚が有る。
 そしてライターコア内部の唯人の本体の足もまた、再生していた。

唯人「これならアイツを倒せる……これ以上、誰も死なせねぇ……!」

 唯人はダイノリーパーの方へと走り出す。ダイノリーパーの振り下ろす爪を真っ向から受け止め、両肩で担いだ爪を力任せにへし折ろうと腕に力を込める。しかし強固な爪は簡単には折れず、ただ痛々しく肩へと食い込んでいく。

阿絆「その爪は簡単には折れねぇ! 一旦距離を取って立て直せ!」

 阿絆の声に頷き、唯人は爪を上へと跳ね除けて一旦後退する。体勢を落とし、構え直す唯人。開いた左手を牽制するように前に出し、右拳はいつでも攻撃に反転できるように、という意識から右肺の前へと引いている。

阿絆「奴の弱点はその強固な爪で守られてる部分……つまり人間で言えばみぞおちに当たる部分! そこに隠れてるコアを破壊すれば奴は倒せる!」

 そう言う阿絆だったが、内心では焦っている。ダイノリーパーを攻略するには、まずあの強固な爪を破壊しなければならない。しかしその為には彼ですら、弱体化しているとはいえ目一杯の光線を浴びせ続けてようやく破壊できる程の硬さを誇る。その上、爪は短時間で再生してしまうのでキリがない。阿絆にはこれ以上、アドバイスを送る事ができないのだ。

 阿絆の声を聴いた唯人は隙を見つけるべく右から回り込むように走り出す。なるほど、彼の言うように体の真ん中の辺りに赤く光る球体が骨組みの間から透けて見えた。しかしそれを守るように肋骨や肩甲骨を始めとする全身の骨が幾何学模様のように複雑に絡み合っている。
 やるとしたら、真正面から真っ直ぐにぶち抜くしかない。それこそ、さっきの光線技をぶつけるか……。しかし、その為にはまたあの爪と向き合わなければいけない。

 唯人「つまり……方法はひとつだな」

 唯人は阿絆に見える位置に中腰になり両腕を十字に組んで見せるジェスチャーを向ける。

阿絆「十……十字……? セゴリュームシュートの事か……?」

 阿絆の微かな呟き声を聞き取れたように頷く唯人。少し驚きつつも阿絆は頷き返す。

阿絆「あれを撃つには、自身に内在するプラスとマイナスの相対する感情をスパークさせる必要がある! できるか!?」

 唯人は一瞬考え込むように顔を逸らすが、何か思いついたようにすぐに顔を上げて阿絆に頷きかける。

唯人「プラスとマイナス……か。それが人間だもの、普段から自覚してりゃ存外簡単な事よ」

 ライターコア内部で呟く唯人。その姿と重なるように巨人の目が光る。唯人は再びダイノリーパーの真正面に回り込み、そのまま真っ直ぐ走りながら左腕を横向きに構える。朱き輝きと共に金色の電撃が走る。それを確認し、今度は右拳を前に突き出し、青白く強く発光させる。

阿絆「おい唯人、お前まさか特攻でもする気か……?! 無茶は止せ!」

 唯人は忠告を無視しそのまま突っ込む。ダイノリーパーは邪魔者を排除すべく爪を振り上げ、唯人の頭上へと振り下ろされる。

阿絆「危ない逃げろ! 唯人ォーーーー!!」

 ガシンッ!!と重たい音が響く。阿絆は思わず目を逸らしてしまう。ゆっくりと目を開くと、そこに見えたのは……

巨人「スィーェアァ……!!」

 低い唸り声と共に、エネルギーを纏った両腕でダイノリーパーの爪を受け止める唯人の姿だった。

唯人「やっぱ思った通り、こうすりゃ多少は痛くねぇ……!」

 だが、唯人の腕は決して平気とは言えない。あの大鎌の威力を殺しきれておらず、痛々しげにカーブの内側の刃が唯人の両腕に食い込み、今にも斬り落とされそうなところを寸手の所で繋ぎ止めているような状態であった。

阿絆「バカじゃねぇの……なんて無茶苦茶な戦い方だ……力の使い方を嫌な形で学びやがって……」

 唯人は両腕をクロスさせて食い込んだ爪を腕から外し、同時にダイノリーパーの懐へと一気に詰め寄る。そして奴の胸の前で両腕を十字に組んで構えた。

唯人「爪が邪魔ってんなら、そいつが邪魔にならない部分に入り込めばいい。さぁデカブツ……お前は自分の体を貫いてでも俺を刺せるか……? いいや無理だよなぁ!!」

 唯人は十字に組んだ腕から光線を勢いよく発射する。グジュグジュ……という肉を引き裂くような音が響いたかと思うと次の瞬間、ダイノリーパーの背中を突き破り光線が飛び出す。獣のような断末魔が響き渡り、ダイノリーパーの赤いコアがパリンと割れる。目の奥の青白い鬼火が消え失せ、同時に体全体がブクブクと膨張、大爆発を起こした。
 爆風を建物の残骸の陰で身を守る阿絆。なんとか視界を確保しようと顔を出すが、簡単に吹き飛ばされてしまった。

 頭を打ったのだろう。一瞬、阿絆は気を失っていた。目を覚ました阿絆は急いで巨人とダイノリーパーの居た方へと走って向かった。
 しかし杞憂に終わった。阿絆が間も無く目にしたのは、威風堂々と立ち尽くす巨人の背中であった。夕陽の逆光で輪郭は朱色に染まり、その神秘に満ちた肉体の美しさを物語っているようだった。

阿絆「ったく……心配させやがって」

 振り返る巨人。さすがにあの爆風を耐えたとはいえ、胸のライターコアは赤く点滅し、エネルギー残量が少ない事を示していた。
 巨人は見下ろして阿絆の姿を見つけると、無事と勝利を伝えるように右手でVサインをして見せる。安堵の表情を見せる阿絆はそれに応えるように小さく二本の指を立て、小さく振って返した。
 安否確認を終えて気が済んだかのように、巨人は空へ飛び立った。雲間に消えゆく巨人の姿を見送る阿絆は、新たな光の巨人の勇士の誕生を目の当たりにし、複雑な胸中であった。


 数日後。唯人はしれっと退院……というより車椅子を無断で持ち出したせいで追い出されていた。もっとも、彼の両足は巨人との融合によって再生していた。なのでどのみち、お互いお役御免だったのだが。

 唯人は学校の休憩時間、SNSを目で追っていた。親指でスマホをスワイプしながら屋上で独り黄昏る唯人。そんな彼の目に一本の記事が目に入る。

「謎の巨大生物を倒した銀色の巨人 巷では『ウルトラマン』と愛称」

唯人「ウルトラマン、か。まぁなんつーか……シンプルだけど耳当たり良い響きだな」

 唯人は独り静かにほくそ笑む。そんな彼の日常を、遠くのビルから阿絆は静かに見つめ微笑んでいた。



〇オクセズ・ナビゲート

・ウルトラマンオクセズ(シルブレイブ・ウィークン)
 身長 45メートル
 体重 3万トン
 年齢 不明
 活動時間 2分
 必殺技 セゴリュームシュート
 備考 次野 阿絆が変身した銀色の巨人。しかし阿絆本人の力がとある理由によって弱体化している為、巨人の能力を引き出しきれていない状態。全身に渡る毛細血管のような細く赤い線模様と両肩から両足に掛けて伸びる二本のグレーの太い線模様が特徴的。顔は猫っぽい。

・ウルトラマンオクセズ(シルブレイブ)
 身長 47メートル
 体重 3万2000トン
 年齢 不明(変身者・護神 唯人の年齢は16歳)
 活動時間 3分 
 必殺技 セゴリュームシュート
 備考 阿絆から力を託された護神 唯人が変身した銀色の巨人。光との適応が想定されていたよりも強く、本来ならば赤いはずの毛細血管模様が金色に変化している。また、本来の力が十分に開放された事を示すように両肩から両足に掛けてのグレーの線に赤い線が重なっている。胸の縦にした台形が二つ並んだ形の台形の奥には変身者の体を包み込むライターコアが備わり、エネルギー残量によって色が変化する。

・死を司るヤヲヨロ獣 ダイノリーパー
 体長 60メートル
 体重 4万9000トン
 必殺技 死ヲ齎ス鎌
 備考 全身が赤く熱せられた骨の模型のような姿をしており、四足歩行の短い前足に備わる鎌のように鋭く長い爪を武器とする死神のような怪獣。『死』の概念を司る八百万の怪獣であり、地球に長年募り続けた死への恐怖がマイナスエネルギーに変換されて姿を顕現させた。爪で守られたその奥の胸部にコアを有する。

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