【4人声劇】信頼してるからね
■タイトル:信頼してるからね
■キャラ
小清水 修介(こしみず しゅうすけ):男
推理小説家
プライドが高いく、傲慢だがビビり
中原 千世(なかはら ちせ):女
修介の同級生、出版社勤務
修介の担当編集をしており、度々問題に巻き込まれたり、巻き込んだりしている
岩瀬 裕子(いわせ ゆうこ):女
篠川家当主専属の弁護士
圭一が社長を務める会社の顧問弁護士も務めている
※中原と兼ね役
篠川 真亜子(しのかわ まあこ):女
中原の同級生、優しくおっとりとした性格
訛っている
篠川 圭一(しのかわ けいいち):男
真亜子の父
AIなどの最新のテクノロジーを研究する会社の社長
太一は双子の兄
篠川 太一(しのかわ たいち)男
真理子の叔父、圭一の兄
芸術家、陶器の制作や絵画を生業としている
無口で経営には疎い、職人気質な男
??
謎の甲冑
※圭一と太一と??は兼ね役
篠川 真理子(しのかわ まりこ)
真理子の叔母、圭一の妹
東京で暮らしており、圭一と競合する会社の社長の愛人
圭一の会社を手に入れられないかと画策している
※真理子と真亜子は兼ね役
――――――――――――――――――――――――――
修介:(NA)
気持ちのいい朝だ…時計の針は13時を指しているが…先ほど起きたので実質朝だと言えるだろう
心が晴れるような日差しを受け、ふるさと納税で届いたシャインマスカットを頬張る
これぞまさに珠玉(しゅぎょく)の喜び
そうだ…飲み物も忘れてはならない
さて、準備を…
※可能なら台詞の途中でインターホンの音を数度鳴らす
千世:小清水君!いるんでしょ!
小清水君!
修介:…はぁ、招かれざる客だ
近所迷惑になる前に出てやるか
千世:(NA)
都内某所(とないぼうしょ)、都心から外れた場所にひっそりと建つ古民家に住む小説家…小清水修介
出版社の編集を生業(なりわい)とするこの私
中原千世の担当作家である
――――――――――――――――――――――――――
修介:嫌だ
千世:まだ何も言ってない
修介:だから断ったんじゃないか
作品だって書き上げて、こないだ君に入稿(にゅうこう)したばかりだぞ?
仕事終わってすぐなのに面倒ごとを持って来るな
千世:そんなこと言わないで、話くらいは聞いてよ
友達が困っててさぁ…
修介:君の友人は僕と何の関係もないだろ
お引き取りを、出口はあちらだ
千世:いつも私を厄介事(やっかいごと)に巻き込んで、鉄砲玉みたいに使ってるくせに!
修介:ちゃんと帰ってくるんだから、
鉄砲玉というよりはブーメランだと思ってるよ
千世:うるさいな!
こないだだって殺人事件に巻き込んで、逆上した犯人の盾にしたでしょうが!
修介:君が勝っただろう
華麗な左ハイキックで
千世:私はいつも命を懸けてんの!お前と違ってな!
修介:父親の遺言で賭け事は禁止されているんだよね
千世:字が違うし!私も賭けたくて賭けてる訳じゃ無い!
いつもわがまま聞いてるんだから、小清水君だって少しは私の頼みを聞いてくれてもいいでしょ!
同級生なんだし!
修介:大して仲良くなかったろ…
やれやれ…しょうがない、話くらいは聞いてやる
何の用で来たんだ?
千世:…私の友達が住んでるとこが呪われてるらしいの
修介:呪い?また実に非科学的な話を持ってきたもんだ
千世:ほんとなんだって!
その子が言うには…このままだと、死んじゃうかもしれないって…!
修介:それはまた…随分と仰々(ぎょうぎょう)しい話だな
――――――――――――――――――――――――――
真亜子:もしもし…あ、千世ちゃん…忙しいのにごめんね
千世:いいのいいの、友達の頼みだし
それで…相談したいことがあるって言ってたけど…どうしたの?
真亜子:それが…家のことでちょっと…ちょっとじゃないな…
結構いざこざっていうか…事件っていうか…怨念っていうか…何かそういうのが起きてて
もう私…どうしたらいいかわからなくて…
千世:うん…何か大変そうなことは分かった
何があったの?
真亜子:びっくりしないで聞いてほしいんだけどね…うちの家で、家督を誰が継ぐか問題になってるの
私もその家督争いに参加することになったんだけど…その…妖刀がね…人を斬り殺すかもしれないの
――――――――――――――――――――――――――
修介:ちょっと待て!
千世:何、中断するには早くない?
修介:…もしや友達は女性か?
千世:え…うん、そうだけど…?
修介:そういうことは早く言え!
直接話を聞きに行こう!君の話なんて移動中に聞ける!
女性が困ってるんだ…ほっとけない!
千世:私も女だろうが!
――――――――――――――――――――――――――
千世:(NA)
東京から交通機関を乗り継ぎ、4時間半ほど…
木々が生い茂る山々に囲まれた田舎町の小さなカフェ
私達はそこで今回の相談者であり、私の小学校時代の同級生、篠川 真亜子と会うことになりました
真亜子:二人とも遠いところから来てもらって、本当にありがとうございます
千世:いいのいいの、そんなにかしこまらなくても…
修介:アホほど遠いし、電波も弱いし、虫も多いし、最悪な場所ですけど、あなたの為ならこの小清水修介、どこでも参上しますよ
真亜子:は、はぁ…どうも…
千世:気にしないで、こういう人なの
真亜子:いやいや、ほんとに来てもらって嬉しいよ
千世ちゃんから小清水さんのことは伺っています
初めまして、篠川真亜子と申します
修介:真亜子さん…事前に聞いていましたがやはり素敵なお名前ですね…
小清水修介です、売れっ子小説家をしています
千世:自分で言うな
真亜子:千世ちゃんから聞きました
小説家の先生に会うことなんてないですから嬉しいです
ほら、早速買わせてもらいました先生の小説
この辺りに本屋が無いので、フリマサイトですけど…
修介:構いませんよ
私の本はこの手を離れた瞬間から、もう読み手のもの
どうするかはその人次第なんですから
どんな形でも私の本が真亜子さんの手に渡った…その事実が嬉しいんです
どうです?せっかくですからサインでも
数年でその本の価値はきっと1000万倍くらいになりますよ
千世:ビットコインか
真亜子:あ、それがもうサイン書いてあったみたいで…
修介:何!?おい、僕のサインって販売記念イベントに来た人にしか書いてないよな!
千世:小清水君が書いてないならそうなんじゃない?
修介:私のサインを貰っておいて売るとは…!
フリマサイトで値段を上げるためにわざわざサイン会に並んでるんだよ!無駄な努力しやがって!
千世:無駄って言っちゃってるじゃん
それに、買い手に渡ったらどうしたっていいんでしょ?
修介:それとこれとは別だ!
不届きな奴がいたもんだよ!…はぁ、落ち着きたいしコーヒーを頼もう
篠川さんも好きなのを飲むといい
彼女の経費で落ちる
千世:えっ!?
真亜子:そんな…!千世ちゃんに悪いし…
修介:田舎くんだりだとわからないかもしれないが、都会の企業は領収書に名前を書けば経費で落ちるんだよ
なぁ、中原くん
真亜子:そうなの?
千世:え?いや…まぁ…その…
修介:まさか僕をここまで呼びつけておいて、経費で落ちないわけは…無いよなぁ?
千世:勝手に来たでしょうが
修介:今回の発端は君だろう?
千世:うぐ…わかったわかりました!
好きなの頼んでいいよ
まぁちゃんも頼んで
すいませ~ん、注文いいですか?
真亜子:そう…?ありがとう
修介:さて、ここは注文してからしっかりコーヒーを入れる店のようだし、少し時間がかかるだろう
先に話してもらってもいいかな?
その呪いってやつについて
真亜子:は、はい…実は…私の家はあそこなんですが…
修介:あそこ?あそこって…あの小さめの城みたいな家か!?
真亜子:は、はい…
千世:篠川家はこの辺りじゃ知らない人はいない大地主なんだよ
修介:だとしてもでかすぎないか?
真亜子:篠川家は元々首切り役人として名をはせた家系でしたが、その源流は友成(ともなり)だと言われていて、近現代では刀鍛冶を始めとした鉄鋼業や陶器などの芸術品で名を挙げた家なんです
修介:友成と言えば、日本三大名匠じゃないか…
それじゃあ篠川って…あの篠川焼(しのかわやき)の篠川か!?
色遣いが他の焼き物とは一線を画していてねぇ…
売りに出される商品以外の情報が全然出ないことで知られているが…こんな場所に総本山があったとは…!
千世:小清水君も一枚お皿を持ってるんじゃなかった?
原稿料で買ってやったんだって言ってたやつ
贋作(がんさく)だったけど
修介:うるさいな!
あれだってね、ちゃんとした古物商(こぶつしょう)で取引したのにあの店主の目利きときたら…!
千世:でも小清水君言ってたじゃない
これはどこからどう見ても本物の篠川の皿!
僕の眼にはわかる!わかるんだ!ってさ
修介:あぁもう!うるさいぞ!
帰っちゃうぞ!もう帰っちゃおうかなぁ!!
真亜子:あ、あのぉ…話を戻してもいいでしょうか…
修介:あ、申し訳ない
千世:ごめんね、続けてちょうだい
真亜子:うん…篠川家の当主だったおじいちゃんが少し前に急に亡くなって…私のお父さんと、お父さんの兄の太一叔父さん、妹の真理子叔母さんで誰が当主になるか話し合うことなったんです
でも…いきなりおじいちゃんの遺言書が出てきて、もう一度親戚一同で集まることになりました
――――――――――――――――――――――――――
岩瀬:皆様…この度はご愁傷様です
ええ、ご存知の方も多いかとは思いますが…私は第42代篠川家当主、篠川源一郎(しのかわげんいちろう)様の専属兼、会社の顧問弁護士をしておりました、岩瀬裕子(いわせゆうこ)と申します…
真理子:自己紹介はそんなもんにしてもらえる?
遺言書が出たっていうのは…本当なの?
岩瀬:はい、間違いなく源一郎様の書かれた遺言書が見つかったのでございます
真理子:それがほんとなら、言ってたこととだいぶ違うわね、圭一兄さん?
圭一:にわかには信じられないな…
親父は亡くなった後のことは俺に任せるっていつも言ってくれていたのに…
真理子:それもどうだか?
圭一兄さんが一番お父さんと話してたし…もしかして、自分に都合がいいようにこの家を乗っ取ろうなんて思ってたんじゃないの?
圭一:乗っ取ろうだなんて…そんなことあるわけないだろ
なんの根拠があって…
真理子:だってぇ、お父さんと圭一兄さんよくケンカしてたでしょ?
実家に戻るたびに言い争ってて、鬱陶(うっとう)しかったのよね
圭一:仕事柄、方向性が食い違った時にぶつかっていただけだ
それに、この家に住んでるのは俺だけじゃない
兄貴だって住んでるだろう
馬鹿なことを言うな
真理子:はっ…どうだか…太一兄さんも何か言ったらどうなの
太一:…早(はよ)う遺言書の中身を聞かせてくれ
真理子:はぁ…つまんない
ほんと兄さんたちって双子のくせに似てるのは顔と声だけよね
圭一:だから何だって言うんだ…はぁ、葬式なんかも全部終わったばかりなのに真理子まで呼びつける必要は無かったんだ
真理子:遺言書の内容を伝えるだけなら電話で十分だろうけど、皆を集めたのは理由があるんでしょ?岩瀬さん、中身教えてくれます?
岩瀬:ええ、はい…遺言書を読み上げます
…まずはじめてに、この遺言書はもう一対(いっつい)の遺言書を見つける手がかりとなるものである
遺言書は篠川家の敷地内に隠されており、手にした者が篠川家第43代目当主となるのである
圭一:…なんだそれ、本気で言ってるんですか?
岩瀬:えぇ、遺言書には間違いなくそう書かれています
真理子:じゃあもしかして…その内容通り、隠されたもう一対の遺言書を見つければ、私が当主になれるってこと!?
圭一:何を馬鹿なことを!ふざけたことを抜かすな!
真理子:あら、失礼ね、私は大真面目よ!
圭一:いいや、ふざけている!
お前こそ、その遺言書を捏造して岩瀬さんに送り付けたんじゃないのか!?
真理子:何よそれ!何の証拠があって言ってんのよ!
圭一:お前がうちのライバル企業の人間といい仲なのは知ってるぞ?
俺の会社の技術力と資金力を流そうとしているのもな…!
そんな奴にこの篠川家の当主など任せられるか!
真理子:はっ!それだって証拠がない妄言だわ!
自分が当主に指名されてないからってだいぶ焦ってるんじゃない?
だいたいあの会社は兄さんのじゃなくて、篠川のものでしょう?
圭一:そんな屁理屈を通すつもりか!
真理子:屁理屈!?どこが屁理屈なのよ!私は事実を言ってるのよ!
会社を私物化してるのはあんたの方でしょ!
私が、正しい方向になおしてやるって言ってんのよ!
圭一:ただでさえ、最近は会社に不正アクセスだなんだと問題が頻発しているんだ!
そんな時にこんなややこしい話で会社に迷惑を…
太一:やかましいっ!!!
真理子:っ…!?た、太一兄さん…
太一:まだ遺言書の中身が全て読まれとらん
そうじゃろう、岩瀬さん
岩瀬:は、はい…
太一:早う座れ、馬鹿共が
岩瀬さん、うちのがちゃちゃ入れて申し訳ない
続きを読んでくれ
岩瀬:いえ、ありがとうございます…
遺言書を見つけるためには篠川に伝わる業を暴かなければならない
しかし、この業を暴こうとすれば、祖先から脈々と受け継がれた呪いに触れることになろう
最後に、篠川家当主となる資格を持つのは、篠川家直系の血を引く者全てとする
以上です
真理子:…業?何よ、篠川の業って…呪いって何よ?
圭一:俺が知るわけないだろ…兄貴は何か知ってるか?
太一:……
真理子:知らないってよ
なんにせよ、その遺言書って奴を見つけたら当主になれるんでしょ?
太一:…呪い
真理子:え?
太一:篠川家ははるか昔から呪われとる
その呪いに触れなけりゃあ投手にはなれんゆうことじゃろう…
お前らも気を付けることじゃ…死にたくなけりゃあな
圭一も気をつけろ…真亜子も当主となる資格があるゆうわけじゃな
真理子:あ~、まぁ…そうなんじゃない?
篠川家の血を引く者なんだもんね?資格があるのは
圭一:あの子は関係ないことだ!巻き込まないでくれ!
真理子:それはあの子次第でしょ?
じゃあ、私は早速探し始めるとするわ~
圭一:…真亜子
――――――――――――――――――――――――――
修介:仲が悪いなぁ
ジェネリック犬神家の一族って感じ…パフェおかわり
千世:ちょっと!何勝手にパフェ食べてんの!
修介:コーヒーに合うだろ?
千世:答えになってない!
修介:そんなことよりさっきの話で行くと、真亜子さんのお父さまの圭一さんは株式会社プログレシブの社長ってことで合ってますか?
真亜子:そ、そうです!
千世:なんで会社がわかったの?
修介:社長にもなれば普通に名前と顔写真がネットに載ってるよ
ほら目元なんて真亜子さんにそっくりだろ
千世:あ、ほんとだ
修介:先代社長はおじいさまの源一郎氏
一線を退き、次男である圭一さんに会社を任せていたってところか…もしや焼き物は叔父さまの方が?
真亜子:はい、篠川焼をはじめ、芸術作品については太一叔父さんが正当な継承者ということになっています
修介:おじいさまは一人で経営と芸術の両分野を担当していたのか
素晴らしい才能の持ち主ですね
叔父さまはいつ頃代替わりされたかわかりますか?
真亜子:…実際に商品として販売を始めたのは25年ほど前らしいですけど…おじいちゃんも制作自体は続けていましたから、正式に代替わりしたのかは…
修介:なるほどな…叔母さんとお父さんの言い争いに出てきた会社のしがらみってご存知ですか?
真亜子:これは家族も家のお手伝いさんも知っていることではあるのですが…
叔母さんはお父さんの会社のライバル企業の重役とお付き合いしているらしくて…お父さんの会社の情報を度々横流ししているんじゃないかって言われているんです…
もし当主にでもなってしまえば、会社の全てを奪われてしまうと…お父さんはおじいちゃんにいつもそう言っていました
修介:なるほどね…それと、重要な話がまだ詳しく聞けてなかった
千世:重要な話?
修介:忘れたのか?
妖刀が人を斬り殺すかもしれないというところだよ
それが心配で我々は来たんだろ?
千世:あ、そうだった
修介:これが僕の担当編集だなんて不安でたまらないよ
千世:悪かったね
真亜子:…うちには何本も刀が保管されています
その中には、首切り役人時代に実際に人を斬った物があるんです
その刀には罪人たちの怨念が宿り、夜な夜な空の甲冑に魂を移して、一族を殺しに来るんだと…そう言い伝えられています
千世:…それが、篠川の祖先から脈々と受け継がれた呪いってことなのかな…
真亜子:…恐らくは
実際に、呪いで人が死んだという書類はいくつも残っています
修介:なるほど…大体わかりました
真亜子:私は…これ以上家族の仲が悪いままなのは嫌なんです!
呪いで命を落とすなんてもっと嫌!
だから、篠川の呪いの謎を解いてほしいんです!
どうか…二人の力を貸してください!
修介:…承りました
この稀代の文豪、小清水修介にお任せください
――――――――――――――――――――――――――
千世:(NA)
私たちは篠川家を訪れましたが、敷地に入るための門で待っていたのは、まぁちゃんの父親である篠川圭一さんでした
修介:うほ~!蔵だ!すぐそこに蔵がありますよ
真亜子:あれは天目蔵(てんもくのくら)と言いまして…
(はしゃぐ修介と真亜子の横で、圭一と千世が名刺を交換する)
圭一:株式会社プログレシブの篠川です
千世:杜戸書房(もりとしょぼう)の中原と申します
圭一:中原…千世?もしかして、真亜子と同じクラスだった千世ちゃんか!
覚えているよ!昔は真亜子とよく遊んでくれていたね
千世:え、覚えていてくださったんですか?
圭一:もちろんだよ
中学進学に合わせて引っ越して行ってしまって…田舎ではそういうの珍しかいから、印象に残っていたよ
それで…そちらの方は?
千世:あ、こちらは私の担当作家でして…
修介:世紀の大文豪で稀代の純文学作家、小清水修介です、お父様
圭一:お、お父様?
修介:この度は娘さんの家族を思う健気な姿に心を打たれ、この非凡なる脳みそをお貸しさせていただこうと馳せ参じました
なんでも当主就任にあたって問題が起きているとか
圭一:普通の家庭であれば起こらないような恥ずかしいものですよ
これは身内の問題ですから…首を突っ込まずとも結構
修介:そうもいかない!
圭一:なに?
修介:わかっていらっしゃらないようですねお父様
私は自分の意志ではではなく、娘さんのご相談でやって来たんです
千世:自分の意志だったでしょうが
修介:なんにせよもう首を突っ込んでしまったので、引っ込めるわけにもいかない
娘さんは篠川の呪いとやらの謎を解くつもり…
僕はそのお手伝いをさせていただくんです
圭一:…そうなのか?真亜子
真亜子:う、うん、お父さん
私…皆が心配で…!
圭一:真亜子が関わる話ではない!
呪いの謎を解くということは、遺言書に近づくってことだ!
兄貴たちが何を言うかわからんし…お前はいつも話をややこしく…
修介:いいえ、彼女も関わる話ですよ、お父様
圭一:な、なに?
修介:なんて言ったって、真亜子さんにも当主就任の権利があるんですから
あなたのご兄妹が真亜子さんをノーマークにしているとは思えません
真亜子さんがあなたを一足飛びで当主になったらこの家のなれ財や会社を手に入れるんです
そして一家の長となった美しい真亜子さんの隣には誰がいるべきなのか…もう、この先は何も言わずともお分かりですね?
そうこの稀代のぶんご…うぐっ!!
千世:あんたは少し黙ってて!!
真亜子:小清水さんは何を言ってるの?
千世:わからなくていい
圭一:…千世ちゃん、君は出版社の人間として立派になったようだが、担当に割り振られる人間が悪かったようだね
千世:はい、それはもう
修介:えぇ、彼女が担当するには荷が重い人材かと
圭一:はぁ…大した自信だ
小清水修介…思い出したよ
私も純文学は多少嗜(たしな)むけど、君の作品も見たことがあるよ
修介:…それはどうも
圭一:突飛な展開を得意とするスタイルで純文学など何も知らないような若い子を中心に人気らしいじゃないか
まさに破天荒…伝統と文化の破壊だ
修介:創造は破壊からしか生まれないのは事実でしょう?
若い年代の子らが文学の世界に足を踏み入れるきっかけになれるなんて、作家冥利(みょうり)に尽きるというものです
圭一:その自尊心で取り返しのつかないものを失わなければいいがね
千世:すいません、うちの作家がご無礼を
あの、こいつにはちゃんと言って聞かせておきますので、ほんと気にしないでください
圭一:…構わないよ、真亜子の客人だ
好きにするといい…ただし、真亜子の許可なく家の中を歩き回らないようご注意願いたい
修介:もちろん、願ったり叶ったりです
圭一:…それはどういう…まあいい
失礼させてもらう
修介:……
千世:小清水君!しばらくお世話になりそうなんだから、あんまり印象が悪くなるようなことしないでくれる!?
修介:自己紹介しただけだろ?
さて、真亜子さん
真亜子:は、はい!
修介:何か、この家の歴史的な書類がまとまってる倉庫とかってあります?
真亜子:歴史的な書類ですか?
修介:遺言書はもう一対の遺言書を探すための手がかりって書かれていた
じゃあ、手がかりってのは一体なんだと思う?
千世:え、う~ん…確かに言われてみれば
遺言書を見つけるためには篠川に伝わる業を暴かなければならないっていうのと、業を暴こうとすれば、祖先から脈々と受け継がれた呪いに触れることになる…くらいしか書いてなかったんだよね?
修介:業を暴けば呪いに触れる…逆に言えば、呪いに近づけば業とやらにも近づけるってわけだ
他の家族も呪いの調査アプローチを進めるだろうし、まずは情報収集から進めましょう
真亜子:それなら、古い文献なんかを保管してる蔵(くら)があります
そこを調べてみましょう
千世:古い文献かぁ…まぁちゃんの家のってなると博物館レベルのものになりそう
真亜子:たまに博物館の人が来ることもあるよ
地元の人からしたら、映画のセットみたいに見える家だし、展示レベルのものもあるんじゃないかって
千世:期待大だね…!
千世:(NA)
篠川家の敷地内には3つの蔵が存在している
刀をはじめとした鉄器を多く保管する天目蔵(てんもくのくら)
文書を保存する思金蔵(おもいかねのくら)
陶器をはじめとした芸術品を多く保管し、工房も兼ねる土公蔵(どくうのくら)
その全てが篠川邸宅の敷地を三角に囲むように作られており、邸宅内を通ることで各蔵(かくくら)に移動ができるようになっている
真亜子:ここです
千世:大きい!ほんとに映画とかのセットみたいだね!
修介:…先客がいるようだな
千世:え?あ、ほんとだ…あれってまぁちゃんのお父さん?
蔵に来てたんだ
修介:いや、さっきより…だいぶワイルドになってないか?
真亜子:あぁ、あの人は…
太一:…なんじゃお前ら
真亜子:邪魔してごめんね、叔父さん
千世:叔父さん?じゃあ、この人が篠川太一さん?
圭一さんにそっくり
太一:当たり前じゃ
俺と圭一は双子の兄弟じゃからな…
…さっき家の中で手伝いが言っとった奴らか
真亜子が連れてきた東京の作家と…その連れ
修介:おい、君は連れらしいぞ
千世:うるさい
真亜子:叔父さんも調べもの?
太一:…お前には関係ない
修介:顔は似てても中身は圭一さんとは似ても似つかないらしいですね
愛想がたりないんじゃないですか?…その本は…塗料の調合についてですか?
太一:なんじゃお前…!勝手に見るな
修介:謎に包まれた篠川焼の秘密がこの蔵の中に!
見ずにはいられんでしょう!
あ、僕、篠川焼のファンなんですよ…昔買ったのは贋作でしたけど
太一:そうか…残念だったな
…真亜子のお遊びに付き合うのは結構じゃが、工房にゃ入るなよ
千世:肝に銘じます
はぁ…小清水君はどうしてすぐ人を怒らせるようなことをするかな
修介:怒らせる気は無かったけどね
さて、文書を見ようじゃないか
どこもかしこも箱だらけ…この中かな?
ぬっ…開かない…鍵がかかってるのか?え~っと…
真亜子:あ、こっちです
その箱は鍵穴とかもなくて…何なのかよくわからない箱なんです
重すぎて動かせないですし…
こっちが伝承系がまとまった箱です
千世:うわぁ、ほんとに古い文献だね
よいしょっと…うわ…達筆すぎて読めない
修介:今更だけど手袋をしよう…かなり重要な文化財だ
ほら
千世:ありがとう
真亜子:私が読みますね…
篠川家はこの地方の罪人の首を斬り、斬った罪人の体を利用していた
千世:利用?利用って…死体なんかをどう利用するの?
修介:昔はよくあったんだよ
切り落とされた罪人の体は試し斬りの道具にされたり、薬の材料にされたりしたんだ
千世:うぇぇ…そんなことが
真亜子:篠川の打った刀は素晴らしく、宙を舞う葉や布切れすら斬り裂いた
自ら打った刀で罪人を斬る篠川一族のことを、人々は恐れた
いずれ、篠川のもとに立会いを求める者も現れ、斬りに斬ったり、その骸(むくろ)は千を超えるほどであった
千世:千…!?千人も斬ったの…!?
修介:当時幕府お抱えで試し斬りを生業としていた武士は6000人を斬ったらしいし
地方大名とはいえ、そのくらいになっても不思議じゃないんじゃないか?
千世:私からしたら不思議だよ…千人も斬るなんて…怖すぎる…
修介:なら耳でも塞いでいるといい
真亜子さん、続きは?
真亜子:は、はい…しかし、骸が増えたのはこれからであった…文字が滲んでて読みづらいな…
えっと…
千世:ほんとだ…なんて書いてあるんだろ…小清水君読める?
修介:いや…僕も専門家じゃないからな…
太一:…骸(むくろ)が増えたのは、海玉丸(かいぎょくまる)のせいじゃ
真亜子:叔父さん…
千世:海玉丸(かいぎょくまる)ってなんですか?
太一:我が家の家宝(かほう)の刀じゃ
目釘(めくぎ)の先は宝玉と見紛(みまご)う程磨き上げられ、その刃は光を受け怪しく波打つよう光る
今なお切れ味が落ちぬ、大業物(おおわざもの)と呼ぶにふさわしい一振りよ
修介:その海玉丸がどうして、死者を増やしたと?
太一:…海玉丸は多くの首を切り離した際に、無数の血を浴び、その怨嗟(えんさ)の念を受け刀身が薄い紅色に変色し…妖刀と化した
触れただけでその力に毒され、頭がイカれ、暴れまわった者もいると聞く…
その惨状たるや…まさに血の海だったそうじゃ
千世:…そ、そんな刀をど、どうしたんですか?
太一:…封印した
山の中に祠を作り、斬った魂たちを祀り、許しを請い…その呪いを鎮めようとした
しかし、刀は血を求め、人を呼び寄せた
篠川に近しい人間が何人もおかしくなり、海玉丸を手に取って人を襲い…自らも命を絶った
千世:そ、それじゃあ…今もその刀は、夜な夜な人を襲うんですか…
太一:…かもな…だが、ただの伝承じゃ
明治以降、人がおかしくなったり、斬り殺してしまった事実はない
真亜子:…でも、あのおじいちゃんがわざわざ持ち出してくる話だよ?
ただの伝承とか、怪談で済ませるには…ちょっと、怖すぎる…かなって…
太一:…鍛冶も陶芸も科学だ化学(ばけがく)の世界
呪いを怖がっていてはいい物は作れん
だが、伝統は大切だ…俺の弟や妹はそのへんが疎いんじゃ
やれ最新のテクノロジーがどうのこうのと…温故知新、古きも知らずに新しさは語れん
修介:僕も同意見です
ところでその…海玉丸を見ることはできますか?
千世:えっ!見るの!?
太一:…できるが…真亜子がいれば大丈夫か
案内してやるといい
真亜子:うん、ありがとう、叔父さん
千世:見れるの~!?
――――――――――――――――――――――――――
千世:ここの蔵も大きいね…!
ここに、その…例の刀が…?
真亜子:うん、刀はこの天目蔵(てんもくのくら)に保管されてるから
海玉丸も名前は聞いたことあったけど…どこだったかな
危ないからあんまり来ないんだよね
修介:ほっほ~!これはすごい!
博物館なんてもんじゃないぞ!
見たまえ!この刀!歴史的な価値は計り知れないぞ…!
一体いくらの値が付くことやら…!!
千世:小清水君、刀だらけなんだからはしゃぐと危ないよ?
修介:男の夢みたいな空間だぞ!これをはしゃがずにいられるかってんだ!
真亜子:ほとんどの刀は刃が潰れていないですから、本当に気をつけてくださいね
修介:わかってますとも!
千世:手を切るまで止まらないでしょ、ほっとこ
真亜子:うん…えっと、この箱の中に入ってるはず
千世:凄い箱…干支がモチーフなのかな
真亜子:中にかなり複雑な機械仕掛けの鍵がついてるらしくて、正しい手順を踏まないと開かないの…
修介:寄木細工(よせぎざいく)か
千世:うわ!びっくりした!
真亜子:もう満足されましたか?
修介:いや、全然
でもこっちの方が面白そうだったので
千世:寄木細工?ってなんなの?
修介:その名の通り、木片(もくへん)を寄せ集めて作った工芸品だ
小物入れくらいのサイズに数十回の仕掛けが施され、それを正しい手順で解かなければ開かない箱をテレビで見たことないか?
千世:見たことあるかも
修介:凄まじい熟練の腕で作られた装飾品にまみれているが…根本的な仕組みは寄木細工の秘密箱
真亜子さんの言う通りなら金属部品が入りさらに複雑化させてあるんだろう…だいたい何個の仕掛けがあるんですか?
真亜子:だいたい300くらいだと
修介:300!?
千世:すごいの?
修介:最高クラスでだいたい50程度、100を超えればそれこそ博物館物だよ
千世:なのに300…!?
そんなのをノーヒントで解くのは不可能なんじゃない?
まぁちゃんはこれの解き方知ってるの?
真亜子:伝えられるのは当主だけだから、私は知らないの
だから…
修介:知っているとしたら、お父様か、叔父さまってことか…
圭一:俺も兄貴も知らないよ
仕掛けが解かれているのを見たことも無い
修介:おや、お父様
こんなところで何を?
圭一:君たちと同じ理由なんじゃないかな
千世:じゃあ、遺言書の手がかりを探しに?
圭一:あぁ、なんとも心もとない手がかりになりそうだけど
この蔵には小さいときから入り浸っているから、大抵のことは知ってるしね
父さんはいつもそうだった…大事なことは言わずに遠回りをさせようとする
そのくせ、答えはいつもすぐ近くの場所に隠すんだ…ほんと性格が悪いよ
真亜子:…私は、おじいちゃんのそういうところが好きだったけどね
千世:家族でさえ開け方を知らない箱…か
じゃあ、開けたい時はどうするんです?
真亜子:仕掛けを解かなくても開く鍵があるんです
必要があればこれで開けます
修介:なるほど
圭一:鍵は一本しかないから、先に真亜子が持って行ったと聞いてここに来たんだ
真亜子:それじゃあ…開けますね?
(真亜子は箱に鍵を差し込み、開ける)
修介:鍵の保管は普段どうしてるんです・
圭一:金庫の中だ
成人した家族だけが番号を知っている
金庫自体もすぐには見つからないような場所に置いてあるから、なかなか箱を開ける時が無くてね…俺もこの刀を見るのは本当に久しぶりだよ
修介:うおお…これが、海玉丸…!!
千世:なんだか…背中がひゅってなる感じ
これが凄い数の人を斬り殺した刀…
圭一:さすがに触らないでくれよ
危ないからね
修介:もちろん…触るなんて恐れ多い…
これほどに綺麗な濤乱刃(とうらんば)の刃文(はもん)は見たことがない
太一さんの言うとおり、目釘や他の部品はもちろん端から端まで美しい…
千世:…でも、伝承とは違って刃は赤くないんだね
修介:さすがに鋼は赤には染まらないからな
血を浴びるうちにそう見えたんだろう
この刃先に血がついて、それが月明りなんかに照らされれば伝承となるほどの恐ろしさとなるだろうからな
圭一:…やっぱり、俺にはこの刀を見てもさっぱりだ
ちょっとこちらに来てくれ、箱から出してしっかり見てみよう
千世:いいんですか?
圭一:俺も調べたいからね
うちの家族は皆、居合を習わされる
刀の取り扱いなら、心配いらないよ
修介:真亜子さんも居合を?
真亜子:小さいときに少しだけ
でもどんなに練習してもさっぱりうまくならなくて
途中で嫌になってやめちゃったんです
圭一:真亜子はあまり剣の才能が無くてね
でも、剣の才能など無くても、他の才能がたくさんあった
やはり同じ血筋でも向き不向きなんだろう
よいしょっと
千世:うわあ…しっかり見るとよりすごいですね
なんだか、目が離せなくなるような感じ…
真亜子:そのままうっかり触らないようにね
ちゃんと斬れちゃうから
千世:う、うん…!
修介:これは…?
真亜子:何かわかりましたか?
修介:…いや、まだなんとも
海玉丸の入っていた箱…外に比べて中は普通なんですね
千世:外はあんなに豪華に見えたのにね
圭一:寄木細工も開けてしまえばただの箱だよ
ただの箱に見えるようにする技術が素晴らしいんだ
修介:…ごもっともです
ちなみにこの刀、手入れなどは誰が?
圭一:プロに依頼するけど…なかなか受けてもらえなくてね
ここまでのものだと国宝級だから、扱える職人を呼ぶのも大変だ
でも、この箱がよくできた保存箱のようで、なかなか劣化しないんだ
千世:太一さんがするんじゃないですか?
こういう鍛冶もするって伺いましたし
真亜子:よほどのことが無いとこの箱は開けてはいけない…まして、篠川の血筋のものならば尚更だとおじいちゃんがよく言っていたんです
叔父さんはそれを律儀に守っていました
修介:なるほど…
真亜子:何か気づくことはありますか?
修介:いいや?今のところは何にもわからないですね
なかなか前には進めなそうだ
千世:どうするの?小清水君
修介:…今日はもう遅いから明日にしよう
真亜子さん、ずっと気になってたんですけど、あのでかい柵がついてるとこはお風呂
ですか?
真亜子:え?あ、はい、そうですよ?
修介:いよっしゃ!やはりあったか!でかい風呂!
風呂に入ってオロナミンC飲めば何かわかるでしょう!きっと!
あ、夕ご飯は肉でお願いします
いやぁ楽しみだなぁ!
圭一:…失礼だけど、ほんとに彼の担当になったのは運が悪かったんじゃないか?
千世:本当にすいません…
――――――――――――――――――――――――――
真理子:…はぁ、一日家中探し回ってもうくたくた
圭一:しらみつぶしか?
真理子:あんなわけのわからないヒントを解読するくらいなら、しらみつぶしに探した方が楽でしょ?
お父さんの性格的にも、どうせ見つかりづらい近いところに隠してるんだからさ
圭一:そうかもな
真理子:そんなことより、真亜子が変な奴らを連れてうろちょろしてるみたいだけど?
何、自分の娘をパシらせてるわけ?
圭一:真亜子は関係ない
あの子が勝手にやってるんだ
真理子:どうだか?
ねえ、太一兄さん
今日、資料を探してたんでしょ?思金蔵(おもいかねのくら)でさ
あの子たち来たの?
太一:…あぁ
真理子:何か見つけたのかしらね?
太一:…さあな、すぐに行った
真理子:何よ!つまんないわね!
岩瀬:…はい、それではこちらにもサインを
圭一:はい…ここですね
真理子:ねぇ、岩瀬さんはいつまでいるの?
岩瀬:本日であらかたの手続き関係は完了しましたので、明日には出発になるかと
真理子:そうなの?ざぁんねん
女の子がいたら空気がむさ苦しくなりすぎなくて良かったのに
まぁ…あなたが男だったら、どうにかして情報を聞き出したかもだけど…
圭一:やめろ真理子
失礼だし、品がないぞ
真理子:下品で結構よ、それで当主になれるならなんだってするわ
岩瀬:申し訳ございませんが、私は皆さまにお渡しできるような情報は何も持っておりませんので…
真理子:ほんとにぃ?なんか聞いたことあるんじゃないの?
同じ女じゃない、こっそり教えてよ
圭一:真理子
真理子:何よもう、うるさいわね
太一:…気ぃ付けたほうがいいぞ
真理子:何がよ?
太一:遺言書を見つけるためには篠川に伝わる業を暴かなけりゃあならん
業に近づきゃあ、祖先からの呪いに触れることになる
わしらはもう、業っちゅうやつに近づき始めた
呪いを受けるかもしれんぞ
真理子:…太一兄さんがそんなこと言うなんて意外ね
ビビッてなんてないのかと思ったけど
太一:古くから伝えられたものを大切にするのは今を生きる者の義務じゃろ
それに、親父の遺言じゃ
真理子:あほくさ
ここで話してたら私まで馬鹿になりそう
私、お風呂入って来る
岩瀬さんも入る?
岩瀬:私はもう少ししてから…
真理子:そう?残念
圭一:…なぁ、兄貴、篠川の業って何だと思う?
太一:……
圭一:呪いは、海玉丸に関わる人斬りの呪いだと思うけど…本当に夜な夜な動く甲冑が人を斬り殺しに来るなんて馬鹿げてる
何か別のことがあるんじゃないかって思うんだ
…何か親父から聞いてないか?
太一:………何も聞いちゃいない
圭一:…………そうか
――――――――――――――――――――――――――
千世:(NA)
謎は謎のまま、進展もなく迎えた二日目の朝、岩瀬さんが消えた
圭一:いたか!?
真理子:こっちはいないけど…勝手に帰ったんじゃないの?
圭一:靴も荷物も残して帰るわけないだろう…
千世:きゃああああああ!!
(遠くから聞こえる叫び声)
真理子:今のって…!
圭一:天目蔵(てんもくのくら)の方だ!
千世:(NA)
私はただの相続争いだとばかり思っていたのです
呪いだどうだと言ってもこういうことは起こらないと思っていました…
しかし、私の眼前に広がっているのは…血に染まった床と…首だけになって箱の上に置かれた岩瀬さんでした
修介:…まさに血の海だ…警察は?
圭一:…まだ来れないらしい
ここまで来る途中の道で落石があったらしいんだ
修介:落石?昨日は雨も地震もなかったのに…
圭一:…しかし、事実だ
修介:そうですか…真亜子さん
真亜子:は、はい
修介:中原君を頼みます
圭一:何をするつもりなんだ
警察のまねごとをするつもりか?
修介:真似事ではありません
僕は僕ですから
千世:待って…私も行く
修介:…無理しなくても構わないが?
千世:大丈夫、私が持ってきた話だもん
小清水君だけに押し付けたりしない
圭一:お、おい!千世ちゃんまで…
千世:ごめんなさい
修介:なんかあの箱違和感があるんだよな…
太一:おっと、これ以上は近づくな
現場を荒らされちゃ警察も困るだろう
修介:…わかりました
ここから見ましょう…しかし、遺体の首から下がどこにもないようですね?
太一:あぁ…探してみたが、見つりゃあせんかった
千世:床のこれ…全部岩瀬さんの血かな
修介:調べられないからなんとも…だが恐らくそうだ
食用の豚や鳥の血とは違う匂いがする
なあ中原君…人を刀で斬るとどうなると思う?
千世:断面から血が落ちるんじゃないの?
修介:美しい断面で斬ることができればな
実際は人の頸椎をあんな風に真横に斬ることは難しい
途中で止まったり、素人が斬れば刃が曲がることだってある
そんな中途半端な腕で動脈を斬れば、自分の方に血が噴き出したりして、こんなふうに綺麗に床一面に血が広がったりはしない
千世:…こんな風にするには…かなりの技術が必要ってこと?
修介:あぁ、例えば…居合とか?
千世:ねえ、それって…!!
修介:あくまで仮説だよ…
太一:どいてくれ…死体に布をかけてくる
誰も近づかんようにな
真理子:あんなの普通は誰も近づかないわよ…
太一:そうだな…たくましい奴らだ
真亜子:…ねぇ、叔父さん…やっぱり呪いなのかな
太一:…呪いでおかしくなった弁護士先生が自ら首を斬ったのか
誰かが斬ったのか…それはわからんが、無関係じゃあるまい
真理子:もう!なんなのよ!
お父さんが死んで!誰が家督継ぐか決めるだけのはずなのに!
なんでこんなことになるのよ!
太一:昨日言ったじゃろ…わしらは、祖先からの呪いに触れ始めとる
そういうことだ…
真理子:…勘弁してよ
――――――――――――――――――――――――――
千世:(NA)
私たちは、外部への道を塞いだという落石現場に足を運びました
修介:うわぁ、見てみろ、本当に道がふさがってるぞ
随分綺麗に塞いだもんだ
千世:…ほ、ほんとだ
小清水君、落ちないように気を付けてね
崖の下に落ちたらコンクリ激突だよ
修介:大丈夫だよ
崖というか超急こう配のとうげって感じだな
千世:こっちが道路、こっちが森に繋がってる
どのみち急こう配だけど…足踏み外したら転がっていっちゃいそう
修介:しかし…なんでこんなことになるんだ?
岩がもろくなってる場所でもあったのか…
真亜子:あ、あの…ふ、二人とも…
おち…落ち着きすぎじゃ…ないですか?
人が…人が死んだんですよ!
呪いです…これは篠川にかけられた呪いでなんですよ!!!
私たちだって…命の保証は…私が、私が…巻き込んだから…!!
ごめんなさい…ごめんなさい…
修介:それはどうでしょう
真亜子:…え?
修介:物事には全て理由がある
呪いが一族への恨みならば、岩瀬さんが殺された理由はなんなのか?
…考えたくはないが、我々を含む誰かが殺したのならば?
一体どうやって殺したのか…動機はなんなのか
なんにせよ、いつ我々が命を狙われるのかわからない以上、我々は当事者として早急な対応をしなければならないんです
千世:私は全然落ち着いてないよ…ドキドキして…動悸が激しいまま…
でも、本当に不本意だけど…こういうのは初めてじゃないんだよね
私はこんなところで死にたくないし…まぁちゃんも絶対殺させない
どんな理由があったって…人の命を奪う奴なんて許せない!
真亜子:千世ちゃん…小清水さん…
修介:真亜子さん、中原君…二人は先に帰ってくれないか?
千世:え、どうして?
修介:ちょっと調べごと
それと、二人にも調べてほしいことがある
詳しいことはそのメモに書いといたから
千世:……わかった
真亜子:いいの?危ないんじゃ…
千世:こうなったら聞かないもん
でも…何か危ないことが起きたら絶対逃げてよ
修介:もちろんだ…自殺願望はないよ
お気をつけて…
…さて、まずはこの不可解な落石の謎を解こうかな
虫よけスプレー持ってくるんだった
――――――――――――――――――――――――――
圭一:…本当に中を見るのか?
凶器かもしれないぞ?
警察が来るまでそっとしておくべきじゃないか?
千世:犯人に盗まれているかもしれないですから…開けるだけですし…
圭一:…呪いだなんだと騒いでるのに、呪いの発生源の刀を出さなきゃいけないとは…
千世:(NA)
私たちは、小清水君に頼まれた海玉丸の調査のため天目蔵(てんもくのくら)に戻ってきた
真亜子:小清水さんに言われた通り調べてみたけど、昨日私たち以外に鍵を開けた人はいなかったみたい
圭一:あの後、鍵を開けた人はいなかったってことだ
やっぱり開ける必要は…
千世:お願いします!
圭一:…はぁ、わかったよ
開けるよ
よっと…うわっ!!
真亜子:うわぁ!!
血、血が…!!血が!!
千世:…刀身が真っ赤になってる
真亜子:やっぱり呪い…呪いなんだ…
私たちも殺されちゃうんだ…!!
千世:小清水君…
――――――――――――――――――――――――――
修介:はぁ…はぁ…都会育ちには辛い道のりだ…
だがやはりそうだ…あの高さから道をふさぐほどの岩が落ちてきたならば、アスファルトに当たってもっと粉々になってしまうだろう
でもこの岩はあまりに綺麗に道をふさいでいる…何だこの跡(あと)?
…どこかにつながっているのか?
うおっ!?危ない…急にぬかるみやがって…なんだよ…ん?
これって…血?
――――――――――――――――――――――――――
真亜子:…小清水さん大丈夫かな…連絡もないし
千世:森の中の方に行っちゃったから電波届かないみたいだし
真亜子:…やっぱり私、探してくる
千世:駄目だよ、もう暗くなり始めてるし
小清水君なら大丈夫…絶対帰ってくるよ
真亜子:そっか……千世ちゃんは小清水さんのこと信頼してるんだね
千世:そんなんじゃないよ
でもね、なんとなく感覚でわかるの……あれ?なんか、音が聞こえる
祭りっぽい感じの
真亜子:あぁ…今日は神社のお祭りなの
屋台とかも出てるんじゃないかな…何も無かったら、私も踊ったりしてたんだけどね
千世:踊り?
真亜子:篠川の家には一族の間で伝わってる舞(まい)があるの
鎮魂(ちんこん)を願い、安寧(あんねい)を望むものなんだって
千世:そうなんだ…ちょっと見せてよ
真亜子:え?恥ずかしいよぉ
千世:ちょっとだけちょっとだけ
真亜子:じゃあ、ちょっとだけね
千世:(NA)
照れながらも行われたその美しい舞は、複雑に動く手足
目まぐるしく変わる立ち位置
しかし、流麗でしなやかで時に力強く、美しかった…
千世:すごい…きれい…
修介:随分楽しそうだな
千世:うわぁ!!小清水君!?
真亜子:小清水さん!!よかった!帰ってきたんですね!
修介:もちろん
真亜子さんを置いて死ぬわけないでしょう?
僕をのけ者にして真亜子さんに躍らせるなんてどういう了見なんだ、中原君
千世:早く帰って来ないからでしょ?
修介:これでも急いだよ
千世:手に持ってるのは何?
修介:たこ焼きとチョコバナナ
あ、真亜子さん何か酸性の洗剤ってあります?
クエン酸系の奴とかそういうの
真亜子:あぁ…多分うちにはないんじゃないかな
叔父さんが塗料とかの調合の時に気にするので、買わないことにしていたはずです
修介:そうなんですか…靴についた血を洗いたかったんですけど…残念、我慢しよう
それよりそっちは何か進捗があったか?
千世:言われた通り、昨日のみんなの行動は調べてみたよ
岩瀬さんは10時頃まで圭一さんと一緒に事務作業をしていて、その部屋には太一さんと真理子さんもいたみたい
その後、真理子さんはお風呂に入って、11時半ごろに夜食を食べたあと自室に戻ってから出てないって
夜食で使った食器が流しに残ってたのも確認できたから、嘘はついてないと思う
11時頃に岩瀬さんは自室に戻っていて、12時頃にお水を取りに行ってるところをお手伝いさんが見てたのを確認できた
圭一さんと太一さんは11時すぎまで話していて、その後圭一さんは自室に、太一さん土公蔵(どくうのくら)に行ったまま、そこで寝たみたい
修介:ふむ…つまり、3人とも岩瀬さんが死ぬ前には各自の部屋に戻って、そこから出ていないってことだ
岩瀬さんが亡くなったのは水を取りに行った12時以降から、我々が死体を見つけた8時半までの間
さらに言うと、血液が乾いていたのを見るに、2時すぎから6時ごろまでだと考えられるね
真亜子:そんなことまでわかるんですか?
修介:紙に染み込ませた血が乾くまでだいたい2~5時間以上かかるという実験結果があるんです
とはいえ血液量や室内の状況に大きく左右されるものですし、あくまで目安ですけどね
真亜子:なるほど…あ、住み込みのお手伝いさんたちが何をしていたかもメモにまとめました
修介:おお!ありがとうございます!
とっても助かります!
へぇ…お手伝いさんって結構夜遅くまで起きてるんですね
さて、家の間取り図がこうだから
千世:なんでそんな写真持ってるの?
修介:思金蔵(おもいかねのくら)で見つけたから写真撮っておいたんだ
…で、この時間帯はここに人がいて、ここに圭一さんの、ここが太一さん…でここが真理子さん…
真亜子:岩瀬さんの部屋から一番近い蔵は土公蔵(どくうのくら)…天目蔵(てんもくのくら)は一番遠いですね
千世:凶器として使ったのかどうかわからないけど…海玉丸に血をつけなきゃだから鍵も回収しなきゃいけないね
金庫って…
真亜子:金庫はここにあるんです
なおさら誰にも見られずに岩瀬さんのところに行って、襲うのは難しそう…
この場所に真理子叔母さんのお部屋があるので、どこを通っても物音でバレちゃいそうです
修介:真理子さんの部屋が本当にいい位置にありますね
蔵と蔵の移動には室内を通らなければならないし…死体を引きずって現場に置くことはできないから…蔵までは生きたまま来てもらわなければならない
誰にも気づかれずに岩瀬さんに蔵まで来てもらって、箱から刀を取り出して殺害
首を斬って、体を隠し、自分の身も隠す…となると
千世:難しくない?
修介:難しいな…犯人はどうやって岩瀬さんを蔵まで連れて行ったのか…
千世:それともう一つ…進捗って言えるかどうかわからないけど…あったよ
修介:…何か深刻なことが起きたみたいだな
千世:うん、実は…
――――――――――――――――――――――――――
太一:何…?死体が…消えた?
真亜子::うん、死体が消えたの…!
お父さんたちが海玉丸を調べてた時に、太一叔父さんがかけてた布が床に落ちてるのに気づいて…
千世:…誰かが死体を持ち去ったってことでしょうか
太一:…誰かぁいうたって、いったい誰が?
真理子:呪いよ…呪いなんだわ…
海玉丸が死体を操ったんだわ…!岩瀬さんと同じ…甲冑に入って私たちを殺しに来るのよ!!
圭一:そんなバカなことがあるか!
岩瀬さんは誰かに殺された!死体も持ち去られたんだ!
真理子:何のためにそんなことするのよ!意味がわからない…!
呪いがやったのよ…私たち知りもしない先祖のせいで殺されるのよ!!
千世:(NA)
…一体どうやって?
朝に死体を見つけて、私とまぁちゃんと小清水君は一度ここを離れてから戻ってきた
その間に、篠川家の3人は一緒にいたという…
――――――――――――――――――――――――――
修介:体が見つからないまま、首も無くなり死体が完全に消えたか
千世:…うん
修介:…これを見てくれ
真亜子:これって…血…ですか?
修介:はい、落石事故があった場所からさらに下(くだ)った場所の岩壁に血で書かれていた文字です
真亜子:皆、殺す…
修介:それに、ここの足跡…スニーカーや革靴でできたものじゃないし、かなり深く足が沈んでる…
かなり重たい物を着て踏み込まないとできないものです
千世:それって…まるで…
真亜子:伝承に出てくる動く甲冑…ですか?
修介:そうですね…でも…仰々しすぎる
真亜子さん、今日は中原君と同じ部屋で寝てください
決して一人にならないように
それと明日は落石の謎から解明しましょう
千世:え、わかるの?
修介:僕の考えが正しければ、たぶんね
――――――――――――――――――――――――――
圭一:…普通の落石現場に見えるけど?
修介:そうですか?僕から見たらおかしいことしかないです
まずはこの岩なんですけど…どこから落ちたんでしょうか?
太一:…そら、あのあたりじゃろうが
修介:ここからあのサイズ感の岩が落ちたら岩だって道路だってもっと砕けてたっておかしくないですよね?
じゃあもっと低い場所から落ちたのか?いいや、そんな様子もない
真理子:何が言いたいのよ
修介:あの岩は落ちたんじゃない…この崖の中腹(ちゅうふく)の道路まで崖の下から登ってきたんです
圭一:…何を言ってるんだい?
岩が崖を登った?そんなことあるわけないだろ?
修介:…実際にやってみましょう
…もしもし、中原君行けそう?
電波悪すぎて聞こえづらいな…あ、いける?
じゃあやるね
圭一:何をするつもりなんだ?
修介:この縄は崖のあっちの岩につながっています
反対は大量の砂袋とつながっていて、ここの部分を切ると袋が森の方に滑り落ちて逆サイドの岩が上に上がってきます
よっと
真理子:…上がってくるって…見て!あそこ!ほんとに岩が上がってきた!
修介:滑車の原理です
犯人はこの方法で道路を塞いだ
真理子:…犯人って、でもどこにそんな証拠が?
修介:よく見れば、道路には何かを引きずったような跡があるのがわかります
しっかりと調べれば岩壁にも同様の擦(す)った跡が見えるでしょう
太一:何のためにそんなことをするんじゃ?
修介:昨日、この崖の下におどろおどろしい血文字で殺人をほのめかす文字を見つけました
甲冑のようなものを着て歩いた跡も
わかりますか?
あまりに呪いすぎるんです
太一:だから、何が言いたいんじゃと聞いておるんじゃ!!
修介:これは、篠川家の呪いに見せかけ殺人事件です
犯人はこの場所に僕たちを閉じ込め…警察を遠ざけ、その間に目標(ターゲット)を殺すつもりだ
圭一:ば、馬鹿な…
真理子:…そうよ、突拍子の無い話過ぎるわ!
修介:突拍子?あるでしょう?
篠川家の敷地からこの落石現場まで…そして岩瀬さんが生きていたことを確認できた一昨日の24時頃から朝までの間
たったその範囲の間で殺人が起きたんだ…!
実際に1人の命が奪われたんだ…!!馬鹿もクソもない!
これは…殺人事件であり、我々は容疑者なんだ!!
真亜子:…お父さん、叔父さん、叔母さん
もう家督争いなんて言ってる場合じゃない…協力しよう
警察が来るまで、みんなで
太一:…そんな与太話を信じろと?
真理子:…それってつまり、ここにいる人たちがみんな殺人犯かもしれないってことでしょ
そんな奴らと協力なんて冗談じゃないわ!
修介:そうですか?
なら、気を付けることですね
殺されないように
真理子:…な、何よ!!もう!!
あんたが死ねばいいのよ!!
修介:…おぉ、怖い怖い
さて、お父様
圭一:…な、なんだい
修介:篠川家には一族に伝わってる舞があるとか?
あれってお父様や、他のご兄妹の方も踊れます?
圭一:…うちの者ならみんな踊れるが?
修介:そりゃあ凄い!あんなに複雑なものを…どうやって覚えるんです?
圭一:指南書があるんだよ…思金蔵だ
修介:なるほど…ありがとうございます
――――――――――――――――――――――――――
圭一:…これだ
真亜子:…懐かしい、私もこれで覚えたんです
千世:これが、舞の指南書?
暗号文にしか見えないけど…
修介:両手足をシンボルにおき替えて説明しているのか…なんだかコマンド表みたいだ
右手が炎、左手が水…右足が風で左足が鋼か
それをこう…複雑に組み合わせているんだろうな…
たしかこういう振りがあって…それは、この振りに対応してるのか
千世:やっぱりあの日、まぁちゃんの踊りちゃんと見てたんじゃん
修介:当たり前だろう?せっかくの舞を見逃せるものかこれは…
真亜子:何かわかったんですか?
修介:いや、でも何かがわかりそうなんですけど…う~ん…
千世:そもそもどうして踊りが気になったの?
修介:僕も真亜子さんから聞いたんだが、この舞の意味は鎮魂と安寧なんだろう?
どう考えても呪いを意識して作ったものじゃないか
何かヒントがあるんじゃないかと思ってね…それに、この踊りってかなり細かいパートに分かれてますけど大体300個くらいの振りで構成されてますよね?
真亜子:え?あ、はい、そうですね…それくらいです
修介:…ほら、あの寄木細工の仕掛けと近い数だから、そこも何か関連性があるんじゃないかって
千世:あぁ…まぁでも確かにあの箱があったら意識いっちゃうよね
修介:…それどういう意味?
千世:え?いやだから、あんなに存在感あるうえに、開かない箱があったら、いろんな謎がそのヒントになってるんじゃないかって思っちゃうよなって…
修介:意識がいく…そうか…それだ!その思い込みだ!
ちょっと思金蔵(おもいかねのくら)に行ってきます!!
(いきなり走り出す修介)
千世:え!?ち、ちょっと!小清水君!!
――――――――――――――――――――――――――
修介:はぁ…はぁ…!失礼します!!
真理子:うわっ!!ちょっと何!?
修介:確か…この箱…!
真理子:それ、開かないわよ
鍵穴とかも見つからないし…
修介:えぇ、以前真亜子さんから聞きました…やっぱりそうか…
圭一:…はぁ…はぁ…なんなんだ一体…!
千世:小清水君…どうしたの?
修介:……あった!!
これだ!!
千世:何?これって…?装飾が動いてる
真亜子:え、開いた…!!もしかしてこの箱も秘密箱ですか?
修介:この箱だけじゃない…多分蔵の中のいくつかの箱はこういうものなんですよ
絶対に開けられない秘密箱が一つあれば他にもあるなんて思わない
ちょっとしばらく蔵の中を調べさせてください!土公蔵(どくうのくら)は控えますので!!
圭一:…わ、わかったわかった…好きにするといい…
――――――――――――――――――――――――――
真理子:…はぁ…なんなのよあいつ…いきなり現れてずけずけと…このままだと呪いの謎を解かれるかも…
そうなるくらいなら…さっさと私が知ってること言っちゃった方がいいかなぁ?
はぁ…どうにかしなきゃ…ん?足音…誰?
私に何か用なの?…何とか言いなさいよ!
??:…死んでもらおう
真理子:…え?
――――――――――――――――――――――――――
千世:どうだった?
修介:何時間も調べて手ごたえなしだ…
秘密箱らしきものも何個か見つかったけど…そもそも蔵の中に箱が多すぎる…
見つけても開けるまでに時間がかかるし
今のところただただ珍しい箱を探してるだけだ
でも…秘密箱の中に面白い物は見つけた
真亜子:なんですか?
修介:篠川焼の売上まとめ
源一郎氏が書類でまとめてたみたい
千世:そんなの勝手に持ってきちゃダメでしょ!
修介:気になったんだよ仕方ないだろ!
真亜子さんもどうかご内密にね
真亜子:は、はい…
修介:さてどれどれ?
うは~目が飛び出るような金額だ…材料費とかがわからないけど…
ん?ここを見てくれ
千世:50年前位の売上かな
なんだか目に見えて低いね
修介:あぁ…だが50年前の辺りに出たものならば値段は上がってるはずなんだが…
真亜子:価値はあるのに、売上が低いってことですか?
修介:えぇ、そこからは右肩下がりですね…確かに30年前くらいの篠川焼は評判が悪いんだ…発色が悪くてねぇ…
でも、真亜子さんほらここ、25年前くらいでまた盛り返して、そこから右肩上がりだ
25年前っていうと?
真亜子:叔父さんが販売を始めたあたりですね
千世:太一さんがクオリティを上げたってことなのかな
修介:…確かにそうだ…25年前の篠川焼っていうと色彩が良くなったものと、色彩が悪くて出来が悪い者とにはっきりと分かれてる時期なんだよ
質が低い篠川焼は真似しやすかったから贋作も出回って、本物の篠川焼の価値が上がったんだ
千世:へぇ…じゃあ小清水君はきっとそういうのを買っちゃったんだね
真亜子:…色彩…といえば、私が小さいときの叔父さんは随分おじいちゃんと言い争っていたのを覚えています
この塗料じゃなきゃダメなんだ、親父の塗料じゃいい作品はできない、売り上げが示してるって…でもおじいちゃんは新しい塗料を作るって言っていました
修介:つまり、古いやり方を踏襲した太一さんは落ち目だった篠川焼の息を吹き返させ…おじいさまは新しい篠川焼を作ろうとしてブランド価値を下げたってことなのか?
塗料…塗料か…これはちょっと調べてみる価値があるのかもな!
千世:小清水君…人が死んでるのにそんな寄り道してる暇あるの?
修介:寄り道かどうかわからないだろ?調べてみたらつながるかもしれない
(焦って走ってきた圭一が部屋の外から3人に声をかける)
圭一:真亜子!千世ちゃん、小清水くん!いるか!
修介:ひぃ!います!すいません!何も取ってません!
圭一:…何を言ってるんだ?それより早く来てくれ!!
千世:何かあったんですか?
圭一:…真理子が殺された
真亜子:えっ!?
――――――――――――――――――――――――――
修介:壁を背負ってる…部屋の外の方を見ながら後ずさったのか
真亜子:叔母さん…叔母さぁん!!
うわぁぁぁあああん
千世:まぁちゃん…
太一:鋭い刃物で首を斬られとる…両手首も…斬りおとされとるな
修介:首に向けた横振りを防ごうとしてこう手を上げたんじゃないでしょうか?
両手首を両断して、そのまま首を斬られた
…誰か目撃した人はいないんでしょうか?
太一:手伝いさんが言うには…動く甲冑を見たと…
修介:動く甲冑?
真亜子:呪いが…呪いが叔母さんを殺したんだ…!
私たちも殺される…ごめんなさい…ごめんさいごめんなさい…!!
修介:(NA)
なぜこのタイミングで真理子さんが殺されたんだ?
これじゃあまるで…
千世:小清水君…これってどういうことなのかな
修介:…犯人は恐らく呪いを強く意識づけてこっちの動きをけん制したいんじゃないかな
千世:ごめん…まだわかんない
修介:真理子さんは犯人にとっては殺さなきゃいけない理由があったから殺された
千世:理由?理由って?
修介:それはわからない
でもこの一連の殺人は非合理的すぎるんだよ
岩瀬さんを秘密裏に殺して死体を消せるなら、普通に殺した方がいいじゃないか
バレるリスクが少なくて済む
真理子さんだってそうだ…わざわざ甲冑姿を見られてまでこんな殺し方をする必要はない
つまり真理子さんは、これが呪いの仕業だっていう意識づけをしつつ、これ以上調べるなら殺してやるとけん制するために殺されたんじゃないかな
千世:私たちをけん制するためにそこまで?
…なんで?調べてるから?
修介:なら最初から僕たちを殺してしまった方が早い…殺す必要がないから、あくまでけん制したいんじゃないかな…だとしたら、それはなぜだ?
僕が新しく見つけた情報は…秘密箱?
(修介は過去のやり取りを思い出す)
真亜子:(NA)
この塗料じゃなきゃダメなんだ、親父の塗料じゃいい作品はできない、売り上げが示してるって…でもおじいちゃんは新しい塗料を作るって言っていました
修介:(NA)
…その本は…塗料の調合についてですか?
太一:(NA)
なんじゃお前…!勝手に見るな
修介:あの本…か
千世:へ?
修介:思金蔵(おもいかねのくら)に行ってくる!
――――――――――――――――――――――――――
修介:真亜子さんは無理せずでも大丈夫なんですよ?
真亜子:大丈夫…です…むしろ、二人と一緒にいられれば…心強いです
修介:そうですか…中原君
千世:うん…まぁちゃん、はい、手ぇつなご
真亜子:うん、ありがとう
修介:さて、篠川焼が初めて作られ始めたのは…
真亜子:本当に古いものだと、1600年から1700年ごろの間だと言われています…
修介:ありがとうございます
表舞台に出たのは近現代…だいたい1800年代末とか900年代からだ…ここだ、見てくれ
千世:首切り役人時代の話だよね…
修介:陶器に色を付けるのに必要な塗料のことを釉薬(うわぐすり)というんだ
長石(ちょうせき)などのガラス系の物質をドロドロにしたものに、コバルトやクロムといった金属成分を混ぜて作られる
真亜子:その釉薬(うわぐすり)が篠川焼の特徴ってことですか?
発色が評価されてるんですよね?うちの焼き物って
修介:その通り、どのような調合で作られているのかは工房の関係者しかわからず、詳細は謎…それが篠川焼に関する通説です
千世:塗料の調合方法が書いてあるページは…どこだろう…
この本にはなさそう
修介:…こっちにも…無いな…ん?この箱…秘密箱だ
開けてみよう
千世:私もこっち探してみるね…えっと…
真亜子:…あ、これかな?…たぶん、違うみたい
修介:ん?これは…どれどれ
…嘘だろ…なんてことだ
千世:何が書いてあるの?
修介:これはあまりにショッキングだ…そして、僕らが狙われなかった理由か…?
だとしたら一番怪しいのは…!
…だとしてもそれじゃあ犯行が行えない…蔵まで行く方法がない…
千世:ち、ちょっと!ずっとぶつぶつ言ってないで説明してよ
修介:ちょっと待ってくれ!
家の間取りは…真亜子さん!その箱に家の間取り図と配管図があったはずなんです!出してもらえますか!
真亜子:は、はい!
えっと…どうぞ!
修介:ありがとうございます…!
これとこれを重ねる…やっぱりこれがおかしい…これだ、これが答えだ!
わかったぞ…一連の事件の真相が!
千世:えっ!うそ!
修介:これで行くと…開けなきゃいけない箱は…これだ!
(修介が秘密箱の仕掛けを解き始める)
真亜子:な、何がわかったんでしょうか…?
修介:昔の人はいいことを言ったもんだ…木を隠すなら森!
箱を隠すなら…箱の中だ…!
真亜子:え?な、なんですか…これ…!!
千世:箱の中に…梯子(はしご)がかかってる…?
修介:…地下道だよ
犯人はここを使って移動をしていたんだ
行こう説明はその後だ
――――――――――――――――――――――――――
真亜子:い、家の下にこんな空間があったなんて…
修介:…丁寧に隠されてきたんでしょう
恐らくは当主だけが知ることが出来る道なんだ
これは蔵と蔵をつないでいて、誰にも見られずに移動ができる
千世:それが各蔵の開かずの秘密箱の中に隠されてた…
そういえば、小清水君どうやってあの秘密箱解いたの?
結構サクサク解いていたけど
修介:それは…ここの上で説明するよ
間違ってなきゃこの上は天目蔵(てんもくのくら)だ
――――――――――――――――――――――――――
圭一:…はぁ、やはり海玉丸など捨ててしまった方が良かったんだ…こんなことになるなんて…
修介:失礼!お父様!!
圭一:…うわああああ!!ど、どっから入ってきたんだ!
修介:地下からですよ
実はわかったことがありまして…
――――――――――――――――――――――――――
圭一:…そ、そんな道があったなんて…全く知らなかった
修介:次期当主候補だったお父様にも教えていないとは…恐らく知らせる必要がなかったんですね
さて、まずは…岩瀬さんの事件から解決していきましょうか
中原君あの事件のネックは?
千世:自室に戻った岩瀬さんをこの天目蔵(てんもくのくら)に連れ込むのがそもそも難しいだったよね
修介:その通り
事件現場に行くためにはどのルートでも真理子さんの部屋の前を通らざるを得ない
だが、今はこの地下道がある
これがあれば、岩瀬さんは部屋から最も近い土公蔵(どくうのくら)に行き、地下道を通って天目蔵(てんもくのくら)まで行くことができる
圭一:仮にそれが本当だとして、犯人はどうするんだ?
犯人も他の蔵から地下道を通ったのか?
修介:いいえ?岩瀬さんさえ、蔵に行ければ良かったんです
岩瀬さんの首が乗ってたのはこの箱でしたよね?
圭一:あぁ…
修介:ずっと違和感があったんですよね…この箱に
この箱も秘密箱になっていますが…なんか新しいなって思ってたんです
圭一:新しい?
修介:木の感じとかが塗装でうまく隠れてますけど新しいなぁって
…お、開いた
よいしょ…はい!どうです?
真亜子:箱から首だけ出せる穴が開いてる!
修介:秘密箱の仕掛けを解くと、箱の中に入って首が出せます
僕だと首のとこが少しきついな…多分これは岩瀬さんの首に合わせたオーダーメイド
つまり…僕が思うに…我々があの死体を見つけた瞬間…岩瀬さんはまだ死んでいなかったんじゃないでしょうか?
圭一:首だけ見せて死体のふりをしてたってことかい?
そんな…手品みたいな子供だましで誤魔化されたって言うのか?
修介:あんなに血がばら撒かれていたのは、容易にこの箱まで近づかせないためです
しかも死体にはすぐに布がかけられてしまった…しっかりとした確認はできていない
真亜子:じゃ、じゃあ…岩瀬さんは自分で殺人現場を作ったふりをしたってことですか…!?
なら、あの岩で道路を塞いだのは誰なんですか!
修介:それは恐らく…真理子さんです
千世:真理子さんが…?
修介:間取りを考えても可能性が高いでしょう
事前に準備さえしておけば後は縄を切るだけでいい
岩瀬さんの死体を見つけた前日、真理子さんは家中を探し回っていたと言っていたそうですが…実際に何をしていたかわかる人はいますか?
圭一:…それは、俺にはなんとも
あ…じゃあ死体が消えたのは!?
修介:僕たちが蔵を出た後、岩瀬さんが隙を見て逃げたんだと思います
地下道を通れば人に見られることも無いですから
そして、僕らより先回りして、落石現場の近くに血文字を書いた
より呪いによる出来事であることを強調するために
真亜子:海玉丸…海玉丸はどうなるんですか!?
海玉丸にも血がついていました…鍵が無ければ、海玉丸を取り出して血をつけることはできません!
修介:それは今から解決してみます
圭一:何をするつもりなんだ
修介:お父様、海玉丸の箱の鍵は持ってますね?
圭一:え、あぁ、ここにある
修介:じゃあ大事に持っていてください
今からこの海玉丸の箱の仕掛けを解きます
真亜子:そ、そんなことが出来るんですか!
無理ですよ…歴代当主以外に開けられた人はいないんです
修介:それはどうでしょうか
僕にはこれがあります
圭一:…それって、舞の指南書かい?
修介:はい、踊り方を示すものだとしたら、このコマンド表にしか見えないわかりづらい指南書ですが、この紙は舞の指南書なんかじゃない…この箱の開け方の説明書だったんです
真亜子:指南書が…説明書?
修介:両手足をシンボル…いわゆる絵文字に置き換えたうえ、矢印を使って説明がされている
このシンボルと同じものが、海玉丸の箱にも描かれているんです
他の秘密箱にも同じシンボルと一緒に番号がわかるものが書かれていました
千世:…ほんとだ、干支の彫刻と一緒に書いてある
修介:シンボルと一緒に描かれた干支の12匹の動物たち…
これは順番を表してるんじゃないでしょうか
ネズミなら1番、牛なら2番…
ここはネズミだけが彫られてるから1番、その隣は…牛と猪が書かれてるから…212番かな
仕掛けの動かし方はシンボルと矢印が教えてくれる…
これがここ…これは…こっち…それからここは…これだな
圭一:…本当に仕掛けが動いてる…まさか、俺たちが教わってきた舞が箱の解き方だったなんて
修介:…おじいさまは大事なことは言わずに遠回りをさせるのに、答えはいつもすぐ近くの場所に隠すと言っていましたね
もしかしたらそれは、おじいさまではなく篠川家の特徴なのかもしれないですね
千世:(NA)
紙とにらめっこをしながらあっという間にどんどん仕掛けを解いていく
時間にして5分くらいだろうか
小清水君は息を吐いた
修介:ふぅ~これで最後の仕掛けだ
箱の説明書だと思うとなんてわかりやすいんだろう…先達(せんだつ)の偉人には感服だね
よっと!
圭一:…ほ、ほんとに開いた
真亜子:開いちゃい…ましたね…
修介:…犯人はこの箱の開け方も知っていた
そうすれば、鍵が無くても海玉丸をトリックに組み込むことができます
真亜子:犯人って…真理子叔母さんを殺した犯人ですか?
それって…一体…
??:恨めしい…恨めしい…
真亜子:何!?誰の声ですか…!?
??:篠川に関わる者が…恨めしい…
千世:は、犯人…の声ですか…?
圭一:…一体何だって言うんだ!こっちはもう混乱しているのに!!
修介:…怖がらなくていいですよ
こ、こんんなののの、人間のしし、ししわ、しわざ、仕業…でっすすすから
千世:ビビりすぎでしょ!
下がってて!
??:滅びよ!
真亜子:で…出たああああああ!!動く甲冑!
修介:な、中に人が入ってるに決まってる…!!
真亜子:入ってるって…一体誰が入ってるんです!!
修介:それは…!
千世:誰でもいい!!それ以上近づくなら…容赦はしない!
??:滅びよ…滅びよ…!!
修介:なんだか…違和感がある声だな…!?
千世:日本刀を持ってることに変わりはない!
皆、私の後ろに!!
修介:いいや…こうなったら…見ろ!手りゅう弾だ!!
真亜子:えぇ!?し、手りゅう弾!?
圭一:なんでそんなものを持ってるんだ…!!
??:恨めしい…恨めしい…!
修介:なんでこんなもの持っているのか…?
実は手りゅう弾だの爆弾だのなんてのは簡単に自力で作れるんですよ!!
敬愛する有川浩(ありかわひろし)氏の小説の中にだってガシャポンのカプセルで作った爆弾が登場する!!
??:殺してやる…殺してやる…
修介:くたばれ化け物め!おらあ!
??:っ…!…?
(何も起こらず一瞬沈黙する)
圭一:お化けのくせにビビるな…!!
おらあ!!
(圭一が甲冑を蹴り飛ばす)
修介:はっはっ~!…馬鹿め、化け物!爆弾なんて作って爆発させたら捕まるわ!
ふははははははは!アディオス!二度と僕の前にツラを出すなよ怖いから!!
圭一:今のうちに地下道に行きなさい!!
ここは俺が食い止める
真亜子:お父さん!駄目だよ!!
圭一:早く行くんだ!!後から追いかける!
修介:行こう!別の蔵から出て、挟み撃ちにするんだ!
――――――――――――――――――――――――――
修介:…はぁ…はぁ…!くそ…無駄に長い梯子にしやがって!!
千世:早く思金蔵(おもいかねのくら)に戻ろう!
太一:そりゃあ無理じゃな…
真亜子:うそ…なんでここに…!?
修介:やはり…あなたしかいないですよね
あの晩、岩瀬さんを土公蔵(どくうのくら)に招き入れることができるのも…一族に伝わる舞に詳しいのも…この地下道の存在に気づけるのもあなたしかいない
ねぇ…篠川太一さん!
真亜子:太一…叔父さん…!?
太一:…はぁ、やっぱり、こういう腹芸は俺の仕事じゃねえってことか
昔からこういうのは他の兄妹の方がうまかった
真亜子:叔父さん…どうしてここにいるの!
修介:太一さん…もうここまでです…自分で罪を話してみますか?
篠川家が脈々と受け継いで来た、業というものを!
太一:業?わしには何のことかわかりゃあせんわ
わしはただ…いい篠川焼が作りたかっただけじゃ
修介:そうですか…この本には篠川焼の釉薬(うわぐすり)の作り方が記載されています
入っているものは普通の釉薬と大して変わりません…
長石(ちょうせき)などのガラス成分に粘土類…そして鉄や銅、コバルトやクロムなどの金属成分
太一:そうじゃろうよ…それの何がおかしいんじゃ
修介:金属成分の入手経路です…!
はからずも、ここに記載されている金属元素は人体に必要な必須微量元素だ
それにこの後に続く材料は全て人体から抽出されるものです…!
真亜子:まさか…!
修介:篠川焼の塗料に使われているのは人間だ…!
千世:噓…でしょ…?
太一:いいや、噓じゃあねえ…首切り役人として、人体を使った薬剤を精製していた我ら篠川家は、その技術を芸術品に活かせないかと考えた
絵画、木像(もくぞう)、建築物…果てにたどり着いたのが陶芸じゃった
材料として、とうの立った人間を使うと、それはそれは鮮やかで定着のいい釉薬(うわぐすり)となったんじゃ
わしはこの製法が書かれた書を蔵で見つけた…!これこそがわしが求める究極の焼き物を作るための最後のピースだったんじゃ!
秘伝の釉薬(うわぐすり)の細かな製法は、篠川の業として当主に伝わってきた…当然詳しい作り方を親父は知っている…
じゃが、親父は何をとち狂ったか…そんな釉薬(うわぐすり)は使わんとほざきおった
過去に作られた釉薬(うわぐすり)は劣化もするし、量もない
じゃからわしが新たに作ることしたんじゃ
千世:噓…人を殺したってこと!?
修介:そうか…50年前くらいから徐々に売上が落ちたのは、源一郎氏が当主になり人を使った釉薬(うわぐすり)をやめて、新しい釉薬(うわぐすり)を模索していたからだったのか…
太一:わしは長年の研究で、祖先が創りあげた釉薬(うわぐすり)と同じものを作り出した!
なんなら、さらに改良を加え、より良いものを作り出した!
じゃが、親父は反対した…
人を殺すわしを…わしの作った釉薬(うわぐすり)を…わしの作った焼き物を否定した!!
挙句、警察に言うともな…
困ったことになった…これを後世に伝えるためには、わしが当主になるしかない…じゃから…わしは親父を毒殺した
真亜子:おじいちゃんを…!!
太一:あぁ、わしと岩瀬はお互いの利害のために協力することにした
そして、そこに馬鹿な真理子を誘いこむことにしたんじゃ
――――――――――――――――――――――――――
真理子:何?家督を圭一兄さんから奪う?
何を言い出すかと思えば…
太一:わしは本気じゃあ…親父はわしらに
家督を継がせるかは無ぇからのう
なぁ、岩瀬
岩瀬:はい…こちらをご覧ください
真理子:何これ?…遺言書!?
お父さんがこんなの残してたの!?
太一:いいや?残してなんぞおらん
言ったろ、親父はもう圭一に家督を継がすと決めとった
真理子:じゃあこれは何?
お父さんが書いたものでしょ?筆跡同じだし
岩瀬:これは圭一さんの会社のシステムを遣い、源一郎様の文字を学習させたAIに書かせたものです
真理子:こんなに似るんだ…凄いのね、AIって
太一:他にも俺の声を使って作ったデジタルの音源もある…
こういうのを使って、わしが当主になるようにするんじゃ
圭一には篠川の呪いにビビッてもらって、家から逃げてくれりゃあ嬉しいんだが…
真理子:その話を私にしたってことは何かメリットがあるんでしょ?
太一:おぉ…わしは篠川焼が作れりゃあいい
会社をお前にやる…願ったり叶ったりじゃろう
真理子:ほんとに!!やるやる!絶対やるわ!
これがあれば、私はついに正妻の座をゲットできる!!
太一:………岩瀬
岩瀬:はい
太一:あいつは危うくなったら裏切る
そんときゃあ…あいつを釉薬(うわぐすり)にしてやろう
岩瀬:わかりました
――――――――――――――――――――――――――
太一:遅かったな、岩瀬
岩瀬:お手伝いの方がなかなか寝られなかったので
太一:夜更かしどもめ
よし…準備はいいな…ほれここが地下道の入り口じゃ
岩瀬:実際に見るとイメージと違いますね
太一:そうじゃろう…わしも初めて見つけたときは身震いした
…ここはな、かつての祖先達が釉薬を作る材料のために、作ったんじゃ
バレんように人を殺すためにな
圭一も真理子も資料なぞまるで読まん馬鹿どもよ…ちゃんと調べれば、わかるじゃろうに
岩瀬:あの量の文献から見つけ出すのは難しいですよ…では行ってきます…
――――――――――――――――――――――――――
太一:もしもし…岩瀬か
岩瀬:はい…
太一:真理子はもう駄目そうじゃ
岩瀬:では…始末を…?
太一:あぁ、殺した後はタイミングを見て地下に入れておいてくれ
岩瀬:わかりました
――――――――――――――――――――――――――
修介:あなたは岩瀬さんと2人で呪いを再現していた…全ては、圭一さんを当主にさせないために…
太一:お前らや圭一も真理子のようにさっさと殺せたら良かったんじゃがなぁ…若いもんや男は、焼き物にした時に発色が悪くなる
修介:いかれてますね
あんたみたいな人のために、協力する奴がいるとは
ねぇ、岩瀬さん
岩瀬:言ったでしょう?
利害の一致です
千世:岩瀬さん!!ほんとにあの甲冑の中身が岩瀬さんだったんだ…!?
圭一:…うぐ…すまん
(岩瀬が圭一を捕まえ、喉元に刀を這わせている)
真亜子:お父さん!!
岩瀬:動かないで!
…私も剣術は収めています
お父さんの首が胴から離れるのを見たくはないでしょう?
修介:すっかり悪者じゃないですか…一体いくらもらう予定なんです?
岩瀬:一生困らない程度には…顔を変えて海外に高飛びです
修介:そうですか…そんな邪悪な人間の顔が変わるだなんて勿体無い
今のうちにちゃんと拝んどいていいですか?
よく見ときたいんで…あ、僕懐中電灯持ってるんですよ
付けていいですか?
岩瀬:勝手につけたらいいじゃないですか?
修介:おっ、ありがとうございます
太一:…待て!貴様!やめろ!!
修介:嫌です、えい!
岩瀬:なっ!うわああああああああ!
修介:今だ!
千世:わかってる!!
うおりゃああ!!
岩瀬:ぐはっ!!
修介:う~ん、いつ見ても見事な左ハイキック
千世:んなこと言ってる場合じゃないでしょ!
まぁちゃん!圭一さんをお願い!
真亜子:わかったけど…目がちかちかして…
修介:そうでしょう!気をつけてくださいね!
一般人が買える最強レベルの懐中電灯です!
こんな地下の薄暗い場所で、直視したら目が眩むくらいじゃすまないですよ
千世:なんでそんなの持ってるの?
修介:こないだのお化け屋敷が怖すぎたから照らしてやろうと思って
千世:クソ迷惑じゃん
太一:ぐっ…岩瀬の馬鹿め!!
もうこうなったらわしが全員始末してやる!!
修介:お、そうはいきますかねぇ?
僕の担当編集は…強いですよ?
千世:今回も身を切ることになるなぁ…
修介:ほんとに斬られないように気をつけろよ
千世:わかってるよ!!
うりゃあああ!!
――――――――――――――――――――――――――
修介:(NA)
これは後ほど警察から聞いた話だが、土公蔵(どくうのくら)に保管されていた釉薬からは人間の成分が検出されたらしい
さらに、地下道の一角には大量の白骨死体が埋められていたのだという
篠川太一はわけのわからないことをぼやき続けているが、岩瀬が事件の詳細は白状しており、じきに解決に向かうのだろう
圭一:最近続いていた会社への不正アクセスは岩瀬が犯人だったと会社側でも確認取れたよ
篠川焼の事実が知られたら…うちはどうなるのやら
修介:何言ってるんですか!闇の陶芸品なんてマニアの間で絶対取引されますよ
もう篠川焼から新作は出ないわけですし、返品とか倍賞は思いのほか少ないんじゃないですか?
千世:うぇ!人間が使われてる陶芸品飾りたいの…!?
それこそ呪われそうじゃない?
修介:篠川に限らず…人間の業は深いってことだろ
まぁ、うちのは贋作でよかったけど
…いや、もしかしたらおじいさまが作られた新しい篠川焼だったのかもな
あの目利きはいい仕事をしたよ
それよりも…気になるのは真亜子さんだ
千世:そうだね…
修介:…彼女を慰める役目は君に譲ろう
今の僕じゃあ…うまくはやれない
千世:かもね…任せてよ、名探偵
修介:そこは大文豪だろ?
(真亜子のもとに歩み寄る千世)
千世:………まぁちゃん
真亜子:千世ちゃん…
千世:えっと…そのぉ…
真亜子:ごめんね
千世:え?
真亜子:私のせいでこんなことに巻き込んで…後で小清水さんにも謝らなきゃ
千世:あいつはいいよ
まぁちゃんにいいとこ見せたくて来ただけだから
真亜子:ほんとにかっこよかったと思うよ
でも…千世ちゃんは、なんでそんなに強いの?
千世:あ~実は…引っ越したあと寂しくてさ…
友達にも会えない、新しい友達はできないで…ぐれちゃって
地域の不良という不良をボコボコにしてたんだよね
なんか喧嘩の才能があったみたいで
真亜子:千世ちゃんが不良と喧嘩?全然想像つかないよ
千世:はは、私もちゃんと不良だったんだよ?
そしたら色んな学校から色んな人が私と喧嘩しに来ちゃってさ
ずっとそんなことしてたら嫌になって進学校に行ったんだよ?
それでも襲撃が終わらなくてさ…気づいたら関東の不良を制圧してた
真亜子:え…それほんと?
千世:ほんとほんと
いろんな格闘技のジムから勧誘来て大変だったなぁ…普通に就職したいのにそういうとこからしか連絡来なくて
真亜子:そっか…千世ちゃんは凄いな…強くてなんでも自分の力でできる
千世:………違うよ
私は弱かったから…そうなっちゃったの
友達に会いたい、寂しい苦しいって…道を踏み外し続けたら一周回って戻ってこれたけど…いろんな人に助けてもらえて…運が良かっただけ…
ねえ、まぁちゃん
真亜子:なに?
千世:今ならいつでも会えるし…いつでも連絡が取れる
頼ってね、私のこと
真亜子:うん…ありがとう
次は私も彼氏作って来るね
千世:私も?
真亜子:え?付き合ってるんでしょ?2人って
千世:そ、そそ、そんなわけないでしょ!!
あり得ないってあんな奴!!
真亜子:ほんとに?凄くお似合いだし…やっぱりあるんだなって思ったより?信頼が
千世:勘弁してよ…どこで思ったんだか…
真亜子:私は大丈夫…小清水さんのところ行ってあげて?
待たせてるの申し訳ないし、まだ警察の事情聴取すんでないんでしょ?
千世:優しいなぁ…ずっと待たせとけばいいのにあんなやつ
真亜子:ふふ…ほんとに助けてくれてありがとう…千世ちゃん
小清水さんにもあとでちゃんとお礼言いに行くって伝えて
千世:うんっ、わかった!
(千世は、修介の元に歩み寄る)
修介:もういいのか?じゃあ、行こう
警察がご立腹だ
いつまで待てばいいですかだってよ
気の利かないやつだよ…あとでクレーム入れてやる
千世:お願いだから事情聴取中に変なこと言わないでよ?
修介:変なことなんて言ったことあったかな?
さて、さっさと事件の片付けをして、シャインマスカットを食べるとしよう
千世:え!シャインマスカット!いいじゃん!
修介:君の分はないよ!
千世:なんでよ!いいじゃんケチ!
あ、それじゃあ…いい紅茶献上するよ?
修介:ほう?君の選ぶ紅茶は美味いからな
妥協点としてはいいんじゃないか?
千世:OK契約成立!
修介:…そういえば、よくわかったな
千世:何が?
修介:懐中電灯だよ
あの時あぁなることわかってて目をつぶってたんだろ?
すぐに飛び出して圭一さんも助けたし
千世:そりゃあ信頼してるからね…
小清水修介は絶対何かをやらかす…ってさ!
修介:…ははっ、ならば応えなきゃな
その信頼ってやつにさ
――――――――――――――――――――――――――