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「執剣者」と「内部告発」の違い(『三体』読了者向け)

骨しゃぶりさんの最新ブログエントリが面白かったのです。

先日の大阪王将炎上事件の経緯が「執剣者ソードホルダー」と呼ぶべき新たなスタイルであることをSF小説『三体』の世界観を下敷きに解説されてます。

事実上、『三体』を読了済の人のためのエントリですが、江草は読み終えてるので数々のオマージュを楽しませていただきました。


そんな秀逸なエントリですが、はてなブックマークのトップコメントには「執剣者などと言わず内部告発型でいいだろ」的なニュアンスのものが並んでます。

これはいけません。

月とスッポンほど違うとは言わないですが、「執剣者」と「内部告発」は、新型コロナウイルスと旧来のコロナウイルスぐらいには違うわけですから。

その細かなニュアンスの違いを『三体』のオマージュをあつらえながら伝えてくれてる力作のエントリなのに、それをいきなり全否定するなんて骨しゃぶりさんの苦労が報われません。


骨しゃぶりさんのいちフォロワーとして不憫に感じますので、勝手に「執剣者」と「内部告発」の違いを整理してみます。


※なお、以下『三体』のネタバレになりうる部分が含まれると思います。未読の方はこんな場末のnoteを読んでる場合じゃありませんので、SF小説の一大傑作を早く読むことをおすすめします。






旧来の「内部告発」と異なる今回の「執剣者」の特徴は、まずその圧倒的カジュアルさにあります。

「内部告発」は当局やマスコミに内容を伝えてきっちり調べをつけてもらうことになります。
警察や税務署、労基署、保健所などの公的機関は当然ながらそれなりに動けるだけの理由や根拠がないと動きにくいところがあります。告発者側の下準備もかなり綿密さが必要でしょう。

週刊誌も「文春砲」などと言われカジュアルなイメージがありますが、そんなミーハーそうな週刊誌でさえ持ち込みネタには一応はそれなりの裏を取るものだと聞きます。
それに週刊誌もわりと巨悪とかセンセーショナルな内容でないと取りあげてくれないでしょうから、世間的に小粒な組織を告発しようとしても突き返されるだけということも十分ありうるでしょう。


しかし、「執剣」すなわち「SNSでの投稿」はほとんど準備が要りません。極端に言えば、証拠の存在も匂わせるだけにしておいて、とにかくここに火種があるよと「発信重力波送信」をすればいいだけです。

そして、皆様が重々承知の通りSNSの炎上は裏を取ることはありません。少なくとも最初は。

気になったから、気に触ったから、燃やしておこう。

そんな「虫を見かけたから何の虫かはわからないけどとりあえず潰しておく」的なカジュアルさがあります。


だから、「執剣」とは、査読を経ないでいきなり公開されるオープンアクセスみたいなものと言えるでしょう。
事実無根でないことの証明として強い根拠が求められるのは広く拡散してから初めてである点が、事前に証拠が求められる「告発」とは大きく異なります。

公開に手間がかかってない分、期待通りに炎上しなかったとしても損はありません。

しかも、炎上しなかったなら報復対象者にも「執剣」が行われたことを知られない可能性が高いのですから、身の安全も図れて一石二鳥です。

SNSも週刊誌と同じく、それなりに面白かったりセンセーショナルな内容でないと拡散しないのは同じではありますが、事前審査や準備がないというハードルの低さは特筆すべきでしょう。


思えば、『三体』の「暗黒森林」も、「相手が何者かわからない段階、相手が良いやつかどうかにかかわらず、相手のことを調べたりコミュニケーションを取るだけ面倒だし危険だから見かけたらとりあえず滅ぼしておけ」という発想だったわけで。

一つの星系を消すときの「歌い手」の気軽な仕事っぷりも読者なら知ってるはずです。

根拠も証拠もなくとりあえず燃やしてから考える。

今までの「内部告発型」とは異なる、この「執剣者」のカジュアルさを無視してはなりません。


そして、報復の実際の実行者を「執剣者」自身さえも知らないというのも特徴的です。

旧来の「内部告発」が警察に頼むとか労基署に頼むとか名のある明確な機関に頼るのと違い、「執剣」はどこかにいるはずの無名の誰か達に報復を託しているのです。


会ったことも見たこともない人たちに対して「多分存在してるから」「多分やってくれるから」という期待だけで報復行為を委託できる。

「執剣」できる。

これが「執剣者」のユニークなところなのです。


もっとも、SNSでのリアル「執剣」は「折り紙攻撃」ほど強力な攻撃でないことも多く、報復対象が完全に撃滅されるとも限りません。
企業側も「人の噂も75日」という「掩体バンカー」に身を潜めて耐えているかもしれません。(しかもSNSでは人の噂は75時間ぐらいしかもたないという説が有力です)



いずれにせよ、そんなわけで「内部告発」と「執剣者」は似て非なるものなのです。これを同じだと思うのは、ダンゴムシとワラジムシを同じと呼ぶようなものでしょう。


また、小説の設定と異なり、現実世界では「執剣者」が明確に分かってない点も「執剣」の威力を高めています。

これは骨しゃぶりさんも指摘されてるところですが、どこの誰が「執剣者」か事前には分からないのです。

このことが企業側において事前に「執剣者」を排除することの難しさを生んでいます。


この「執剣者がどこに潜んでいるかわからない」という特徴については元ネタ『三体』の「執剣者」像とも異なるけれど、『沈黙の艦隊』の「SSSS」構想に近いのではないかと江草は感じてます。




なんにせよ、この「執剣者」システムの登場により、企業は内部の誰かにいきなり内情を暴露されかねなくなりました。

いわば「企業がプライバシーを喪失した時代」と言えるでしょうか。


この暗黒森林に怯えるブラック企業が「執剣者」に対策をするとすれば、被雇用者に対して守秘義務契約を結ばせたり、SNS全面禁止をすることになるでしょうか。

とはいえ、たしか守秘義務があろうとも公益に資する内容であれば「告発」は法的にも正当化されたように思いますし、なんとなく「SNS全面禁止」の方が有力そうです。

「SNS禁止」は職員の「愚かな発信」を防ぐためという名目なのかもしれませんが、今や「バイトテロ型」よりも「執剣者型」がメジャーになりつつあるのだとすると、実のところ「ブラック企業の内実を暴かれたくない」というのが本音なのかもしれません。



そういえば、こびナビの峰宗太郎先生は就職先にSNSを禁止されてTwitterを引退されたという話だったような。


ということは、峰先生の職場とはつまr(ここで二次元化される)

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