株式会社COTENが示すパトロン型投資の新時代
江草の推し番組でもある有名Podcast番組「COTEN RADIO」を運営されている株式会社COTENが、先日、同社の資金調達の考え方についての長文記事をアップされていました。
とにかく丁寧に言葉を尽くして意図を説明しようという誠意が詰まった長文です(約20000字らしい)。だから、ここで一言で要約してしまうのは大変非礼な行為と言え、極めて心苦しいのですが、話を進めるために便宜上まとめてしまうと、「パトロン型投資」の具体例を世に示す非常に良いテキストだなと感じました。(これは江草の大雑把すぎるまとめではあるので、ぜひ同社自身のテキストを読んでくださいね)
分かりやすく計算されたリターンが投資家側になくとも、しかも、短期あるいは中期でリターンが返ってくる保証がなくても、社会にとって良い事業だろうからと投資してくれることを望む。株の上場益や値上がり益、あるいは配当といった、投資家自身への直接的かつ計算可能な利益を約束せずに、それでもなお実際に資金調達に成功するという、今までの一般的な市場経済慣習から逸脱した新時代的なやり方です。
(なお、株式会社COTENの実績とは全く比べ物にならない矮小な存在ですが、江草もここnoteで開始したメンバーシップも、この「パトロン型投資」を意識した資金調達哲学となっています。)
「ゼロ不確実性思考」への挑戦
こうした、本当に自分にリターンが直接的に返ってくるかもわからない、いつになるかもわからない、そうした投資を投資家に促す資金調達は、すなわち計算可能な「リスク」から、計算不可能な「不確実性」へ飛び込むことを投資家に求めてると言えます。
今や何でもかんでも「不確実性をリスクに変換しようとする」世の中です。そうした「ゼロ不確実性思考」が私たちの社会の真の宿敵であることは過去記事で紹介しました。
株式会社COTENがやっていることは、まさにこの「ゼロ不確実性思考」に対する挑戦と言えます。しかもそれがビジョンやロジックを提示するだけの抽象的な議論をしているだけというわけでなく、「歴史データベース事業」という、(世間の常識的には)海のものとも山のものともなるかわからない斬新すぎる代物が、現実に多額の資金調達に成功しているという具体的な実践例として登場していること。これは実にエポックメイキングな「歴史的事件」となりうるところでしょう。
そして、実際の資金調達の実績を引っ提げて、このようにした意図をこれだけ具体的に丁寧に長文で説明してくれている。これは非常に貴重なテキストであると言わざるを得ません。
寄付との違い
同社自身も「寄付と何が違うんですか?」という疑問に回答されていますが、これがあくまで投資であって寄付ではないということは重要です。
(※なお、ここから述べることは同社の意見ではなく、江草の勝手な補足意見であることにご注意ください)
寄付はどうしても一方通行で一時的な贈与のイメージがあります。恵まれてる者が恵まれてない者に与える施し。寄付の見返りを期待していないという性質は確かに善であるものの、少し他人行儀なところがあるのは否めません。見返りを求めず、単回であることは、相手との今後の交流を想定していないという意味で実は「恵まれてる自分」と「恵まれてない相手」を分けてしまう効果が発生しています。
一方の投資は見返りを意識しますし、株主として事業に関わる一員であることを表明することでもあります。つまり、今後も交流するし関わっていくことが意識されています。投資とは、他人行儀な行為ではなく、あくまで自分ゴトとして行われる営みなのです。この点が、寄付と一線を画すものです。
もちろん、この「投資の見返り」というのが、世の中での素朴な市場主義的交換論理の優勢によって、計算可能で直接的で短期的な金銭的リターンを求めがちになったことが、最近の(金融)資本主義社会での大きな反省点となっています。
でも、だからこそ、株式会社COTENが新しい社会資本主義的な投資の形を提言してることに意義があるわけです。同社はそうした「計算可能で直接的で短期的な金銭的リターン」に依らない「社会全体への間接的な見返り」を期待するものとして投資をするという「新しい儀式」の採用を訴えているわけですから。
投資家だって社会の一員です。社会に広く見返りがあるならばそれはやはり自身にとっての見返りでもある。そういう自分ゴトの意識でソーシャルグッド投資をしよう。だから、これはあくまで寄付ではなくて投資と言えるのです。
寄付とは一線を画した投資行為の特長を活かしながらも、これまでの素朴な市場原理的投資の暴走の反省もしている。だから新しいやり方なんですね。そしてこれを机上の空論ではなく、本当に実践したのが、同社の素晴らしい仕事と言えましょう。
情けは人の為ならず
なお、こうした社会的な投資の提言は同社に限らず他でも言われるようになってきています。
たとえば山口周氏が「今年一番の良書」と推していた『GROW THE PIE』。(2023年の話ですが)
本書は計算可能で直接的で短期的な金銭的リターンを求めるようなこれまでの素朴な金融資本主義のやり方を改めて、社会的な価値を大きくすることに投資や経営は注力すべきであるという「パイコノミクス」を提言しています。
前者のやり方が限られたパイを取り合おうとするゼロサムゲームの想定が背景にあるのに対し、後者のようにパイを広げるプラスサムゲームを意識しようということで「"パイ"コノミクス; "pie"conomics」です。
この書籍の特筆すべきところは「社会的価値を大きくする意識の投資こそが善いことだよ」などのように、道徳心や倫理観に訴えているのではなく、むしろ「社会的価値を大きくする投資の方が実のところ投資家にとってのリターンも大きくなるのである」ということを具体的なエビデンスで示していることです。
ともすると「ソーシャルグッド投資への誘い」というのは利他心にばかり訴えてる感覚のように思われそうですが、本書はなんと「社会的価値に投資する方が投資家の利益(儲け)にもなるのだ」と、利己心にも訴えている点が非常に興味深いのです。
これは別に今まで一般的に求められてきている「ある程度予測可能で計上された期待値として利益が出る」という意味でのリターンではなく、あくまで不確実性を伴うリターンではあるし、株主への還元を差し置いて社会的価値拡大の追求こそが第一義であるにもかかわらず、よくよく見てみるとそれでもなおその方が結果的には儲かっているんだよという見解を示しているわけです。言わば「情けは人の為ならず」の感覚です。
この見解の妥当性自体はもちろん十分に議論がなされるべきところではありましょうが、株式会社COTENが提示している「社会的価値への投資の拡大」を後押しする見解ではあると言えます。
このように、社会的投資の促進は何も株式会社COTENだけが孤軍奮闘しているわけではなく、社会的な機運として高まってるところがあります。だから、同社が変に世の中に逆張りをして奇をてらっているわけでもなく、本当に新時代の先駆けとして実践の足跡を残していっていると期待ができるわけです。
想定される課題
と、ベタ褒め一辺倒だとそれはそれでどうかと思うので、今後想定される課題となるであろう事項にもコメントを残しておきます。江草のような経営ド素人のコメントなど、代表の深井龍之介氏を始めとした株式会社COTENの方々には釈迦に説法と思いますが、「意見募集中」とのことでしたので、ちょこっとだけ。
明確なリターンを約束せず、社会的・長期的視座に立つ「パトロン型投資」はもちろん有望な方向性と思いつつも、どうしても乗り越えなければならない課題もあると考えます。
それは属人性の問題です。
たとえ、事業内容そのものにに社会的意義を感じたとしても、その事業に投資家が投資する判断をなす為には、本当にその事業が社会的意義のために長期的に行われることへの信頼が必要です。直接的な金銭的リターンが約束されないわけですし、本気で社会的意義が大事だと思うからこそ投資をしてくれるわけですから、その信頼は非常に重要な要素となります。
つまり、経営者が口先だけで「社会的意義がある事業をやりますよー」というポーズがなされてる疑いがあったならば、投資家はいかにその内容が素晴らしくても投資を控えてしまうでしょう。すなわち、パトロン型投資は経営者に対する(非計量的な)信頼感が一般的な投資以上に強く要求されることになります。
だから、株式会社COTENが大規模な資金調達に成功するのは、代表の深井氏に対する信頼感が大きいことが重大な要因として作用した可能性が推測されます。変な言い方をすれば、深井氏にカリスマ性があるからこそ成功したのではという邪推が成立するわけです。
実際、Podcast番組の「COTEN RADIO」が多大な人気を集めてることを考えると、深井氏のもはや執念とも言える「歴史」に対する熱量にあてられて、人心が集い、ひいては資金も集まっていると見ることができます。(何を隠そう、江草もその熱意に惚れてファンとなってしまったからこそ、有料会員のCOTEN CREWになってるところは否めません)
これ自体は別に悪いことではないんですよ。スタートアップというのはどうしても代表者のリーダーシップやカリスマ性が大きなエンジンになるところがありますし、もっと言えば、すでに十分に成功した大企業であってさえも、時に経営者のカリスマ性が大きな作用を有するのは周知の事実でしょう(スティーブ・ジョブスとかイーロン・マスクとか孫正義とか、いっぱい思い当たりますでしょ)。
ただ、こと長期目線を投資家に求める社会的投資においては、これは厄介な問題となります。
長期目線、しかも社会的価値というビッグな視野からすると、人というのはか弱く短い存在でしかないからです。まさに「大河の一滴」です。
つまり、縁起でもないことですけれど、万一、代表の深井氏が倒れでもしたら株式会社COTENの歴史データベース事業はどうなってしまうのか、本当に継続されるのか、実現できるのか、という不安材料があるわけです。
もちろん、同社には深井氏以外にも優秀なメンバーがそろっているとは思われるものの、深井氏ほどに目立って率先して信頼を集めてるメンバーは少ないのは現実でしょう(広く知られてるのはCOTEN RADIOに出演しているヤンヤンさんぐらいでしょうか)。だから、もし現時点で深井氏を失ってしまうと、事業の先行きがどうなるのか急に危ぶまれる可能性は高い。
こうした属人的リスクはカリスマ性のある経営者が率いてる企業では多かれ少なかれある伝統的な問題ではあります。人間が急に不慮のことで倒れうることも、投資において受け入れるべき「不確実性」の一種であると考えることも可能でしょう。
ただ、これまでの通常の企業では、だからこそあくまで短期中期的な金銭的リターンを約束してたわけです。人間が倒れるまでに実現が期待できるリターンがある程度保証されてるから、投資のハードルが低かった。
でも、株式会社COTENが打ち出している長期的社会的目線の事業では、短期的中期的リターンを排しているために、どうしてもその長期的社会的事業の継続が成るか否かが唯一重要な関心ポイントとなってしまいます。その壮大な長期的ビジョンにおいて、人間の活動期間はあまりに短くか弱い。事業の視野が長いからこそ、その中で人が倒れる懸念はより強くなる。そうした人間の脆さが、長期的投資では最大の課題に躍り出るわけです。
しかしながら一方で、先述の通り、そもそも計量できない人間的信頼感が経営者にないとハナから投資のモチベーションも湧きません。どこの馬の骨とも分からない人たちに「良いことを言ってるから」というだけでいきなり投資するVCはあり得ないでしょう。通常のようにマネタイズを期待させるビジネスモデルに頼れないからこそ、結局は経営者の人間的信頼感に大きく依存するのが、こうした「パトロン型投資」です。
すなわち、人間の信頼感に依存する投資でありながら、その投資の壮大な長期的ビジョンの実現に対して、人は小さく短く弱すぎる。こうしたジレンマがあるわけですね。
だから、資金調達の初期はさておき、事業継続においてはどこかで属人性を脱して、法人としてこの企業は長期的に意欲を持って社会的価値の拡大を継続するだろうなという信頼感を得る必要があります。すなわち、万一、深井龍之介氏がいなくなっても株式会社COTENは歴史データベースの完成と保守を必ずや成し遂げるだろう、という信頼です。
理屈としては簡単なんですが、これは「言うは易し行うは難し」の典型例みたいなもので、ほんと大変なんですよね。
およそどんな企業も後継問題には苦労しています。創業者の人間力で築き上げて、ほとんど創業者自身と一体のようにみなされてる企業を、うまく属人性に依らない「仕組み(システム)としての企業」に切り替えないといけない。
歴史を見ても、カリスマ性のある初代リーダーが国家を確立した上で長期的に政体を維持できる形で後代にバトンを渡すのがいかに難しいか。まさに現在COTEN RADIOで放送中のシリーズ「ケマル・アタテュルク編」は、その成功事例であるわけですが、こうした歴史的学びを踏まえて、株式会社COTENも長期的に事業をバトンパスしていくことの信頼を得るという大きな課題を乗り越えていく必要があると言えるでしょう。
……うん、我ながらほんと恐ろしいほどに釈迦に説法なコメントをしてしまってるなと思いますが、「COTENさんならこんな大きな課題もきっと乗り越えてくれるはず!」とめちゃめちゃに期待感があるが故に書いたという感じなので、何卒ご容赦いただければ。
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