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住宅ローンは保守化の礎

社会には世を保守的にさせる(前向きなワードで言い換えれば「安定化させる」)ための装置が色々と組み込まれています。

その一つに「住宅ローン」というものもあるよなあと思うんですね。

住宅ローンとは皆様もご存じの通り、家を買ったり建てたりするための借金なわけですけれど、「フラット35」にも象徴されるように、往々にして数十年レベルの長期にわたって設定されます。

そして、多くの人が生涯中にローンを組んでマイホームを持つというのが現代社会の有り様になっています。

ちゃんと調べてる社会研究があるかどうかは分からないのですが、これは実に社会を保守化する効果があるだろうなと推測しています。

住宅ローンを組むに当たっては、これまた皆様ご存じの通りと思いますが、安定収入が見込めることが重要ですよね。定職についていて、それも大企業であればあるほど望ましい。収入が不安定なフリーランスや自営業者では渋い顔をされます。聞くところによれば、超高収入で知られる売れっ子YouTuberでさえ、ローンが下りなかったりするんだとか(あくまで噂なので真偽不明ですが)。

となると、自分の家が欲しいなと思ったら、伝統的に定評がある大企業なりなんなりに就職して安定的な収入が長期的に確保されてるという信用を得るのが王道の戦略になります。

まず、こうして、人々が「もともと定評がある仕事に就こうとする」というトレンドを生むのが住宅ローンの保守化効果の一つ目です。


そして、実際に住宅ローンを組んで夢のマイホームをゲットしたとします。そうすると、大変な長期間にわたって支払うべきローンの予定が定まるわけですが、ここで借り手にとっての一番の恐ろしい事態は、ローンがまだまだ残ってる時期に安定収入を失ってローンを支払えなくなることでしょう。

極論、ローンを払えなくなったら抵当に入れてる家を引き渡して、より安い家(賃貸を含め)に住み替えるという手がないわけではありません。

ただ、人というものは「一度所有したものには強い執着を持つ」というサガがあることが知られています。

他者にとって価値がないものでも、人は自分が所有している物に対して高い価値があるとする現象のことを保有効果、または、授かり効果と言います。手放したくない理由の一つは、その物が最初から交換目的ではなく、使用目的であることも関わっているとされています。

住宅なんて生涯一の高い買い物ですから、なおさら人がせっかく手に入れたマイホームを手放すことに対して強烈な心理的抵抗を感じることはさほど不思議なことではないでしょう。(ほんというと多大な残債が残っている時に「所有」と言えるかは微妙な気もしますが、それでも本人に「所有感」がもたらされるなら同じ心理的効果は発揮されるのでしょう)

なので、ローンを組んでしまった以上は、自分の収入が下がったり、ましてや失われるなんてことはあってはならないと考えるようになります。

それはすなわち、自分が所属している企業であったり業界であったり、あるいは地域であったり、といった、自己の収入を保障してくれる存在は保護されるべきという目線で社会や政治を見つめるようになるということです。

先ほど言ったように、住宅ローンが下りやすいのは従来から定評(信用)がある立場の場合です。そうした「もともと定評があるものを保護しろ」という態度はすなわち保守的な態度に他なりません。

「これまで稼げた分はこれからも稼がせろ、なんならもっともっといっぱい稼がせろ」と、政治をひっついて、経済を刺激させてと、そういう態度を促す効果が住宅ローンにはあるわけです。一度長期で組んでしまったローンそのものは(借り換えなどのテクニックは多少あるものの)ほとんどいじれないので、それをより安定化させるのに政治や経済に矛先が向くということになります。

もちろん、これは全員がそうというわけではありません。

日本有数の大企業に勤めてる人がその高い信用力を利用して住宅ローンを組んだ途端に退職して独立して打って出るとか、長期ローンを組んでるにもかかわらず自分が不利になってもかまわないという態度で現状批判をする人もいます。

ただ、住宅ローンが長期的な安定収入を拠り所に成立してる仕組みである以上、その長期的安定収入を保とうとする人々の気持ちを促すものではやはりあるでしょう。

なので、例外的な人も一部にいるし、絶対的に強力というわけではなくとも、基本的にはそれは人々に対して広く保守化効果を持つと考えられるのです。


さらに言えば、これはローンを組ませる銀行や保証会社の立場からしてもそうでしょう。

貸し手としてももちろんローンが不良債権化するのは避けたいところです。避けたいからこそ、個人の長期信用力を確認するだけでなく、抵当を入れさせたり生命保険も入らせたりするわけですし。とにかく抜け目なく万全の安定性の確保を志向しています。

だから当然、ローンが不良債権化しうるような政治や経済の動乱も、貸してる側からすると嫌うわけです。信用があると考えていた大企業の立場が揺らがれても困るし、単純に全体的な景気が悪くなられても困るし、ローンを組んだ計算予測の範囲内で収まらないような社会変動はやめてくれと望む。

「社会の変動が予想の範囲内で収まってくれ」と願うことは、それは要するにこれまでの社会トレンドの持続を願ってるわけですから、保守に他なりません。

すなわち、借り手にとっても貸し手にとっても、長期のローンを組んだ以上は「これまでの社会の持続(あるいは多少社会が変動するにしても予測の範囲内のマイルドな内容であること)」を願うようになりがちということです。

これが、数十年単位のスパンの内容でかなり多数の人間によって組まれてる。これは総合するとすさまじい社会の保守化効果を生んでるのではないかと思われるわけです。


もちろん、この保守化をどう捉えるかは人によるところでしょう。冒頭でもちらっと触れたように、「保守化」とは「安定化」とも見ることはできるわけですから。そう見ると、これを必ずしも「悪」とも決めつけがたいところがあります。

実際、「ローン減税」などと、国も住宅ローンを組んで家を買うことを奨励してたりします。これは社会の安定化効果を見込んでのことではないかと考えてもおかしくはないでしょう。国の立場からしても社会の不安定化を嫌って何かしらスタビライザーを効かせたいというのは、それはありえそうな話と思います。

とはいえ、あまりにも多数の長期住宅ローンが張り巡らされて保守的に硬直化した社会も、それはそれで危険があると言うべきでしょう。

それは、本当に何かを変えるべき時に変えられなくなるということにつながるわけですから。

これはCOTEN RADIOで深井氏もどこかで言ってたことなんですけれど、たとえば株式会社というのは本来は創業時の目的を十分に果たしたらどこかで解散するべき存在なんですよね。

単発のプロジェクトベースとまでは行かなくとも、ある程度その時の社会に必要な事業を為して、役割を終えたら消えるべき存在。「死んでいい」というのが実在の「生身の人間」ならぬ架空の存在にすぎない「法人」の本来の最大のメリットなわけですから。

ところが、そうした企業の存続がローンの拠り所になってると困るわけです。次々と企業の信用を頼りに長期ローンが組まれるというのは、企業の永続的存続を前提しているとさえ言えるでしょう。

すなわち、企業は永遠に「死ねなくなった」。少なくとも「死のうとしてはいけなくなった」ということになります。

当初の事業目的も果たしたし、もはややるべきこともないから解散しようとはいかずに、「何か他に収益を上げて存続する道はないか」と無理矢理にでも「経営努力」をしなきゃいけない。熱い情熱をもって何かやりたい事業があったからこそ創業したはずの企業が、月日が経って「何でもいいから何かできることはないか」と右往左往している。これは非常に寂しい話だと思います。

……と、ちょっと脱線しつつありますので、話を戻しますと。

このように、長期ローンの網が張り巡らされてると、事実上、企業も永続的な存続を前提にしないといけなくなるわけです。もう役割を終えていても無理矢理「延命治療」をすることになる。

これは、企業に限りません。業界単位にも当てはまります。(どこの業界がとかは言いませんけれど)もうその業界が果たすべき役割がもはや社会にないにもかかわらず、無理矢理にでもアピールして存続しようとする。あるいは自分たちの立場を脅かそうとする新業態や新技術、革新思想は徹底的に潰しにかかる。まさしく保守的です。

でも、実際、人々が長期のローンを抱えてたとしたらそうなるのは仕方ないと思うんですよ。悪意があるとか、決してそういうわけではなく、ただそう必死にならざるをえない状態に無意識的に追いこまれてしまう。そういう罠がローンにはあるように思うのです。

人が安定を担保に入れる時、逆にその安定に人は縛られるようになるのです。


というわけで、なんとなく一段落ついた気がするので、締めに入ります。

先ほども言ったように、功罪ありうるところなので、これで一概に住宅ローンの善悪を断じることもできないのですが、その社会的副作用を考えておくことは社会の各員にとって必要なことではないでしょうか。

少なくとも、ただ無邪気に推進されていいような制度でもないように江草は思います。あまりに強力すぎる存在は、それこそ慎重にとり扱われるべきでしょう。

江草の発信を応援してくださる方、よろしければサポートをお願いします。なんなら江草以外の人に対してでもいいです。今後の社会は直接的な見返り抜きに個々の活動を支援するパトロン型投資が重要になる時代になると思っています。皆で活動をサポートし合う文化を築いていきましょう。