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NHKスペシャル「中流危機を越えて」ツッコミ感想② 〜被害者でなく加害者になろう?〜

先日のNHKスペシャル「中流危機を越えて」へのツッコミの続き。

前回はグラフへのツッコミでしたけれど、今回は内容にツッコんでいっちゃいますよ。
主に第一回の放送の内容についてです。



さて、番組の第一回で話題になったのが、「中流家庭」とされるサラリーマン家庭が念願のマイホームのローンを払えなくなり家を売ることになったシーンです。

ご主人の仕事がコロナ禍の影響で「現場手当」がほとんどつかなくなり、当てにしていた収入が激減。
その結果としてのローン破綻のようでした。

視ていて切ない気持ちを呼び起こす演出で、「中流危機」の危機感を視聴者に与えるものでした。


子どもも3人いらっしゃって、この少子化の社会においてとても頑張ってらっしゃる貴重なご家族でしょう。
彼らのようなご家族が生活に困り家を追われるハメになったのはなぜなのか。
番組中、その社会的原因をどんどん深堀りしていくのだなと江草は期待していました。


ところが、番組はその後、投資の副業の勉強に勤しむサラリーマンや、保険会社へのカーナビデータを売る事業を始めたケンウッドの紹介をした程度のまま、あろうことか「中流危機」の処方箋として「稼げる産業への転換」を提示したのです。

これには江草はズッコケてしまいました。

今の金融資本主義社会で「稼げる産業」が何を指してるか分かってて言ってるのかと。


そもそも皮肉なことに、先のローン破綻家族のドキュメンタリーに当の「稼げる産業」の姿が映りこんでいます。

購入額より大幅に安い価格で家の売却が決まり、仲介の不動産業者が家に訪れて契約書にハンコを押すシーンです。

そう、不動産屋です。

不動産業者はお金に困った家主の不動産の売却を右から左に仲介することで利益を得て「稼いで」います。
「稼げず」お金に困って家の売買で大きな損を出している人の真横に「それで稼いでいる人」が映っているわけです。

なかなかに皮肉な話ですよね。


さらに言えば、番組に直接映っていないものの他の「稼げる産業」の影もシーンの背後に感じ取れるでしょう。

たとえば、破綻するようなリスクの高いローンを組ませておいてそしらぬ顔の銀行。

たとえば、マイホームの夢を煽って限界まで高い戸建てを買わせた住宅会社。

彼らはまさにローン破綻の惨状の背後で「稼いでいる産業」なのです。


もっとも、江草は別に不動産業者や銀行や住宅会社を責めているわけではありません。
今の金融資本主義というレギュレーションの中では、夢を煽って、身の丈を超える借金をさせ、身の丈を超える不動産を買わせるのは、彼らにとって有力な定番戦術なわけです。

しかも、そんなアコギなことをしても「借りたものは返さないと」という人類史上最強のモラル的呪いに守られているので、負債者が責められることがあっても、彼らが責められることはほとんどありません。

今回も粛々と家を手放すご主人の姿は同情的に描かれてはいましたが、かといって「そんなローンを返す必要はない、踏み倒せ」という意見はもちろん番組には出てきませんでした。「どんなにかわいそうな境遇だとしても彼は借金を耳を揃えて返すべきだ」というのが暗黙の前提になっているのです。

(なお、人類と常にともにある「借りたものは返さないと」の呪いがいかに強力で残酷かはグレーバーの『負債論』が詳しく記しています。高額な大著ですがオススメの一冊です)


そんなわけで、「ローンを組ませてリスクを負わせて搾り取れるだけ搾り取る」のは、実のところほとんど初心者狩りのハメ技に近いわけですが、それが許されるレギュレーションであれば「勝利を目指すプレイヤー」は当然それを使います。
よって、銀行や不動産業の人たちはプレイヤーとしての彼らの本分を果たしているだけであり、それによって責められるいわれはないとも言えるでしょう。


問題は、NHKです。

同じ番組の中で、中流家庭のローン破綻を同情的に描いておいて、その流れで「稼げる産業へ転換しましょう」と言うのは、「被害者になりたくなければ加害者になれ」と言ってるようなものです。

言い換えると、ハメ技を使った初心者狩りの被害の惨状を悲しげに紹介しておきながら、「ハメ技を抑制しましょう」と言うのではなく「ハメ技を使う側になりましょう」と言い出してしまったのです。

分かって言っているなら相当に悪趣味としか言いようがありません。


先も言ったように、銀行や不動産業の方々はプレイヤーとしての各自の本分を果たしているだけなので仕方ないところではあります。
ただ、資本主義ゲームの参加プレイヤーでないはずの、公的メディアたるNHKの仕事はこういった社会問題の構造をきちんと俯瞰することでしょう。

しかし今回のNHKの番組はその俯瞰ができてない上、ただ無邪気にハメ技を推奨してしまってるのですから、ハメ技を使うプレイヤーよりもよほど悪質です。

(あまりにもハメ技に好意的な番組構成だったので第二回に出てきた「リスキリング」という用語が「リスキル(リスポーンキルというFPSゲームで定番のハメ技)をしよう」という意味かと最初誤解してしまったぐらいです)



また、先のローン破綻家庭のご主人は「コロナ禍で現場手当が出なくなった」という説明があったことから、現場労働者的な立ち位置のお仕事をされていたものと考えられます。

ということはもしかすると「エッセンシャルワーカー」もしくはそれに近しい立場の方なんじゃないでしょうか。

もちろん、これは推測ですし、実のところご主人はエッセンシャルワーカー的な職種ではないかもしれません。(番組のどこかに細かい情報があったかもしれませんが)

でも、番組のメッセージをそのまま素直に受け取ると「稼げなくて住宅ローンも返せなくなるような現場労働なんてやめて稼げる産業に移りましょう」となるわけで、どっちにせよこれは「稼げないエッセンシャルワーカーなんてやめて稼げる産業に移りましょう」という意味が含まれてしまいます。
なにせ、エッセンシャルワーカーはたいてい「稼げない」し「現場労働者」なのですから。


つまり、「稼げる産業に転換しよう」という戦略は、必然的に「エッセンシャルワーカーのなり手がいなくなる」とか「取り残されたエッセンシャルワーカーが見捨てられる」という問題をはらむわけですが、そこに関しても番組では全く触れる様子がありませんでした。(「中流危機」の番組だから「下流」はどうなってもいいということでしょうか?)

もっとも、エッセンシャルワーカーの問題があるから「稼げる産業に転換しよう」という戦略はダメだ、と断じてるわけではありません。
そうではなく、エッセンシャルワーカーの問題に触れることなくその戦略を無邪気に勧めるのは丁寧でも誠実でもないだろう、と言いたいのです。

先程も申し上げたようにNHKはメディアとして問題を俯瞰するのが責務なのですから、問題をきちんと深堀りできないなら、期待外れであると批判せざるを得ません。



……というわけで、ローン破綻のシーンを中心に長々とツッコミを入れたのですが、まだ他にもツッコミどころを記したメモがいっぱいあります😅

今後も「中流危機」ツッコミをシリーズ的に続けるかもしれないし続けないかもしれないですが、こうして見ると、社会の問題構造を考える上ではけっこう良い題材(サンドバッグ)になる番組ではありますね。

そういう意味ではいい番組だったのかも?

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江草 令
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