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少子化問題を解決するための産科がない問題
国を挙げて少子化対策を掲げてる昨今ですけれど、この少子化問題解決の成否を左右するはずにもかかわらずあまり注目されてない気がする要素があります。
それは、産科医療が足りてるのかどうかです。
そういえば、少子化を解決するって言った時に今の産科医の数で足りるの? ま っ た く 足りないよね? 今のクオリティの産科医療を維持しながら少子化を解決するには、本当は産科医をドカンと増やし、全国に配置しなければならない。 これも大変だ。
— p_shirokuma(熊代亨) (@twit_shirokuma) June 19, 2024
仮に今後少子化対策が奏功するとしたら、当然ながらそれにはその出生増加分に応じた産科体制が必要となります。
ところが、目下の少子化によって、産科経営が成り立たず、特に地方では産科の撤退が相次いでるんですね。
三重県名張市内で唯一、出産を受け入れてきた診療所「武田産婦人科」(鴻之台1)が、来年1月中に分娩の取り扱いを中止することが分かった。少子化に伴う利用者の減少などが理由で、武田守弘院長(70)は「名張で子どもを産める場所を守ろうと手を尽くしたが、限界がきた。断腸の思い」と語った。
JA病院だけでなく、地方の多くの病院で分娩休止が相次ぐ。厚生労働省によると、分娩を取り扱う医療機関は年々減少し、分娩取り扱い病院・診療所数は20年、全国で2070。1996年は3991あり、25年間で半分になった。出生数の減少以上に施設が減少している。
少子化を解消するには産科が必要なのに、少子化のせいで産科がみるみるうちに減っている。産科がなければ(あるいは体制が十分でなければ)産めないし産もうと思わないので、余計に少子化が進むという悪循環なわけです。
もっとも、「少子化」は実際には「少母化」の問題というのは良く言われるところです。出産可能年齢の女性が少なくともしばらくは減少し続けることが分かってるので、それに伴い絶対出生数もこれからしばらく減少し続けることはほぼ確定です。
だから、多少、少子化対策が奏功したとしても、絶対出生数が見違えて増えるということは当分ありえそうにないので、そういう意味では(少子化対策の成否にかかわらず)絶対出生数の低下(出産ニーズの低下)に伴い、産科医療規模(産科医数、産科医院数等)を全体として縮小させていくのは必ずしも非合理的でもありません。
ところが、産科医療の全体としての規模が縮小するなら、それは自ずと地方からの産科の撤退を意味します。激務と高リスクで知られてる産科では、産科医の業務負担の緩和と、質の担保のために、集約化が求められているからです。無理なく安全に産科医療を施すには、それなりの規模と人員を集める必要があると。
繰り返しますがいかなる理由、いかなる事情があろうとも1人医長の産科は無くすべき。本当は平成のうちに無くして集約化しなければいけなかった。そもそも産科に限らず時間外にも対応をしなくてはならない可能性がある診療科の1人医長はあってはならない。 https://t.co/u5PN2UUxtn
— 北国の玉露@-1.5SD (@kitagunigyokuro) September 8, 2024
これまで地方で一人だけの産科医の先生で頑張ってきたような産科医院では、先に挙げた経営面での問題だけでなく、そうした集約化トレンドによっても、撤退が促されているわけです。
つまり、総合すると、少子化問題が現前するゆえに出産ニーズが減少傾向なので、それに伴って「合理的に」産科医療の規模を縮小しようとすると、地方から産科がなくなると。さすれば、少子化問題を解決するために子どもを産んでもらう場所は、地方では難しいということになります。
これが、今、地方がこぞって進めている(特に若い女性をターゲットとした)地方移住推進キャンペーンとがっつりコンフリクトするわけですね。地方に移住してもそこには産科がないかもしれない。あっても近いうちに撤退するかもしれない。
もちろん、当地の産科医療体制の充実も含めて、各地は移住推進キャンペーンを張っています。「うちには出産や子育てのための環境が充実してるから移住してきてね」とアピールする。
ところが、全体の産科医療の規模が縮小し続けている中にあっては、これは地方同士が産科医を奪い合うゼロサムゲームの死闘に他ならないわけです。仮にどこかの地方が産科争奪戦に勝利したとしても、それは他の地方の敗北の涙が裏にある。
いや、今ゼロサムゲームと言いましたが、違いましたね。どんどん全体のリソースが縮小し続けるならこれはむしろバトルロイヤルです。PUBGやFortnite、Apex Legendsばりに、時とともに生存圏が縮み続ける中で、最後の生存者の座をかけて戦い合う悲劇です(ひょっとすると椅子取りゲームに例えた方が一般的には分かりやすいかもですが)。
これが悲劇なのは、死闘として苛烈であるというだけでなく、全体としては何も解決していないことです。地方同士でリソースを奪い合ってるだけで、全体の少子化問題は何も解決に向かってない。
産科医療の規模が全体として(少子化に合わせて)縮小し続けるのをほったらかしにしたままでは、少子化対策を奏功させようがないジリ貧状態なのです。
この困ったジリ貧状態についての対応はいくつかの立場がありうるでしょう。
ひとつの立場は、地方での少子化対策(出産環境確保)を諦めて、都会で集中的に少子化解消を成り立たせるという案。
このトレンドに対して「当然だ」「けしからん」など個々に賛否はあるかもしれませんが、現在進行形で地方から都会に若い女性が転出し続けているトレンドがあるのは事実です。
そんな彼女たちに何とかして地方に戻ってもらおうと躍起になるよりも、もう都会にいたまま出産してもらえるようにサポートする方が少子化対策として妥当という可能性はあるでしょう。
実際、東京は出生率の優等生という話もあります。
合計特殊出生率は、分母に出産予定のない女性も含むので、たとえば地方から都会に出産予定のない女性が移り住むだけで、地方側の合計特殊出生率が上昇して、都会側の合計特殊出生率が低下します。それで、統計の見かけ上、地方が出生に貢献していて、都会が出生に貢献していないかのように見えるという、統計上のピットフォールがあると。
※このピットフォールについてはこの書籍に丁寧な解説がありました。
この統計の罠は、江草も以前恥ずかしながら勘違いしていたので、気づいた時にはなるほどなーと思いました。
とはいえ、少子化問題については、意外にも東京が相対的に優等生の可能性があるというレベルの話であって(しかも想定されるその理由も皆の耳に心地良い話ではなさそう)、絶対的には東京も含め全国全て劣等生であることには注意ください。そんな中で、相対的に出産ポテンシャルはある東京などの都会に出産環境を集約化させる案も考慮せざるを得ないという話です。
というわけで、このパターンは、産科医療を集約化させるならば、自ずと、東京一極集中までではないにしても地方中核都市レベルぐらいには子どもの出生場所を集約させる覚悟を持たねばならないという立場になります。
これ、要するに地方から若い女性と子どもを引き上げることを積極的に容認するというラディカルな策なので、地方の人からすれば当然耐えがたく、まあかなりの反発は必至でしょう。
もうひとつの立場は、産科医療を積極的に支援拡充する案。
産科医療にかける予算と人員を積極的に増強して、来たるべき少子化問題解消時代に向けてふんだんに待機養成しておく作戦です。がっつりリソースを費やして産科医療全体の縮小トレンドを反転させられるなら、都会にばかり産科体制が集中するような極限的な集約化も避けられて、地方にも出産環境維持の見込みが出てきます。
少子化が反転しないうちは産科現場のアイドル状態が出てくるので、近視眼的には無駄に見えるかもしれませんが、地方での出産環境を維持しながら少子化も解消しようとするなら、この方策は不可欠でしょう。(とはいえ、ある程度は避けられないアイドル状態の中で人員の意欲やスキルを保つのはどうしたらいいかという課題はあります)
しかしまあ、広範に産科医療体制を(健全に)維持するためには、本当に相当な規模の社会経済的リソースを確保しないといけないので、それを社会が許容しうるのかを考えるとかなりハードルが高そうです。
たとえば、「産婦人科開業支援になんと最大1億円支給」との報道タイトルに「全然たりません」とツッコミが入る世界。
残念、全然たりませんね。
— いのうえクリニック (@inoueclnic4152) September 5, 2024
なんと最大1億円を支給、募集開始へ 出産できる医療機関が10年以上ない桶川市、“産婦人科”開業を支援 妊婦検診もできず…上尾、北本などに頼る 埼玉で分娩できる病院・診療所がない自治体は27市町村(埼玉新聞) - Yahoo!ニュース https://t.co/oTMT2ky38d
社会と現場との間に必要リソース感覚の大きな乖離が存在していそうなこの状況で、本当に超巨大規模の産科医療支援の支持が得られるかどうかは大きな課題になりましょう。
(しかも、人はすぐには育たないので、たとえ今から潤沢なリソースを注ぎ込んで産科医やスタッフを増員育成しても、各地に十分な人的体制が均てん的に行き渡るには相当な時間を要するということも注意が必要です)
最後は、先ほど挙げたふたつの案、「地方での出産環境維持の断念」および「産科医療体制の積極的拡充」はどちらもできないと拒否する案です。これらをせずに何とかしろと。
まあ、どちらもかなりラディカルな案なので、簡単に受け入れられない気持ちは分かるのですが、この「どっちも嫌だ」案は、厳しいことを言えば、現状維持しようとしたまま沈む、事実上の敗北宣言ではないかと思います。
これ、要するに、リソース(人員、金銭、設備)を割く気は無いけど、全国の地方での産科医療前線をとにかく何とかして維持しろと言ってる話ですからね。
以前、NHKの『日曜討論』で、医師の偏在問題が取り上げられてたんです。
そこで、地方での勤務や産科のような激務診療科を医師が避けてることについて、ある論者から「医師になったならもうちょっとやりがいをもってやってほしいですね」的なコメントがあったんですね。
つまり、「医師ならば地方で産科をするなど、やりがいがある医療現場に当然従事する志を持つべきだ」と苦言を呈されたわけです。
まず、この発言は典型的な「やりがい搾取」発想であると同時に、都会や他科で働く人間を「やりがいがない仕事のはずだ」と勝手に前提している点で無礼です。
でもって「やりがい」というものの本質も勘違いしている気がします。
「やりがい」って実は「士気」だと思うんですよ。その業務内容そのものに固定的に付随しているのではなくって、その環境であったり、周りからの評価であったりで変動するものです。
「地方の産科」はやりがいがあって、「都会の美容外科」はやりがいがないとかそういうものではなく、本来十分にやりがいが持ちうるはずの「地方の産科」の士気を下げてる負の環境要因があるのではと考えるべきなんですね。
その負の要因のひとつというのが、まさにこの論者の述べた「やりがいを持て」みたいな精神論だと思うんですよ。
「地方の産科医療は(他と違って)やりがいがある尊い仕事なんだから激務でも人員や金銭的リソースの補給がなくても絶対維持しろ」と煽るだけ煽ってきて、実質的な支援はしない世の中。「やれ」とだけ指示はされるけど、全然応援されてる気がしない。これこそが最も現場の士気(やりがい)を削ぐ態度ではないでしょうか。
これはまさしく産科医療の拡充にリソースを割く気が無く(割いたとしても全然不足の程度しか出さない)、それでいて「地方を守れ」とだけ言い続ける態度と重なるものです。
これはもはや、補給もろくに届けないのに「絶対国防圏死守」という精神論だけ言って、前線部隊を惨状に陥れた戦時中の日本のやり方と同じです。本来、そうなったら補給を十分量まで追加するか、前線を縮小するかどちらかしかないはずですが、「皇軍であれば食糧や弾薬などなくとも依然士気高揚して何としてでも前線を死守するであろう」と大和魂に訴え始めちゃう。(まあ、この背景には大本営は「十分補給している」と考えてるけど現場では「全然足りません」となってるという先ほど指摘の齟齬があるわけですが)
あるいは、最近では「地方で産科医になる」という誓約を飲ませて医学部に入学させる手法も出てきてますね。「前線に行く者が足りないなら強制すればいいじゃない」という発想。全く、学徒動員の赤紙を彷彿とさせます。(まあ一応、志願を募る形式なので正確にはアンクル・サムの"I WANT YOU"のポスターの方が意味的には近いですが)
……おっと、ちょっと脱線気味なので、話を本筋に戻しますけれど。
そんなわけで、産科医療をどうするかは少子化対策において切っても切れない重要問題なはずなんですね。
ところが打ち手がどうも精神論的なものしか見えてこない。それで、どんどん産科が撤退していっている。
これ、どうしますの、という話です。
冒頭のシロクマ先生がおっしゃってるように、産科の問題をほったらかしにしたままに「少子化対策!」と言っても、産む環境が足りなくなるのですから、絵に描いた餅です。
にもかかわらず、これをほっておくということは、むしろ少子化対策を訴えてる政府自身が「少子化対策なんてどうせ成功しない(出生ニーズが増えることはないから産科医療の拡充支援はもう不要)」とハナから思っているということになっちゃうんじゃないでしょうか。
すなわち、産科医療の問題は、政府が本気で少子化対策をしよう(できる)と思ってるかどうか自体が露わになる試金石的な事案なのです。
なお、これも言わずもがなですが、「産科さえあればたちまち少子化が解消する」というわけでもないですからね。
その他諸々の課題を乗り越えて、その上でようやく、必要条件のひとつとしての産科医療体制の確保が効力を発揮するという話です。
それだけでは足りないけど、でも、無いと無理。必要条件とはそういうものです。それだけで足りないからといって用意しないわけにはいかないのです。
いやあ、少子化対策ってほんと難題ですね。
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![江草 令](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/159442884/profile_6a38fb1225eabbdb89e8f63612818e5b.png?width=600&crop=1:1,smart)