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モルモット

日本はスキンシップをほとんど取らない文化と聞いたことがあります。
そう言われてみると確かに私も、これまで出会った人たちの95%とは触れ合ってない。
握手すらもしたことがない。

だからでしょうか、相手の手や背中に不意に触れると、ドキリと心臓が跳ねる瞬間が多くありました。
「触ってしまった!」という慄きです。
何だかわからないが、圧倒される感覚があるのです。

思えば、生まれて初めてモルモットと触れ合った時も同じように圧倒されてました。

まだ小さなころ、親に連れられて動物園に行ったとき、子どもだからということでふれあいコーナーを勧められました。私は言われるがままそこへ赴き、仕切りの柵をまたいで少し下に目をやると、たくさんのモルモット達が飛び込んできました。
まずその時点で戸惑いました。ペットは飼ってなかったし、モルモットを見たのも初めてだった。
だから、何だかよく分からない大きなネズミがひしめき合ってるように見えたのです。

そこからどうしたかは覚えてないですが、その後私は1匹のモルモットと一緒に椅子に腰かけていました。一緒にいたのは、「モルカー」という作品の、ポテトというキャラに似た毛並みの子だったと思います。
その子を脚の上に置いてみたのです。
するとどうでしょうか、体重がずっしりかかってきました。重い。小さな手足、尖った爪の感覚まで一緒に伝わってくる。
背中に手を置いてみると手足よりもずっと暖かくて、呼吸の上下も伝わってくる。毛はつやつや、さらさらしてて、人間の皮膚とは全く違う。

彼は生きていました。
生きている生命は暖かくて、しかも重いんです。
そんなものに出会ったのは生まれて初めてでした。
私はどうすればいいのかわからなくなりました。
なまの生命に対して、どう付き合えばいいのかが分かりませんでした。

彼はその間にも鼻をヒクヒクさせながら辺りを見渡したり、不意に姿勢を変えたりしました。
他の生命は自分の混乱とは無関係にあるものです。
それで私は、彼が不意に逃げ出したり噛みついたりしてこないかしらと撫でながら心配になりました。

今でも不意に人に触れると慄くのはそのためです。
人も、かなり暖かいのです…。
触れなければ目と耳越しの交流だから、ある意味映画を見てるのと変わらない。けど、触れた瞬間にあの時のモルモットと同じ「いま、生きてる他の生命」だと思い出すんです。
そうすると、「逃げ出さないかな?噛まれないかな?」っていう不安もたちどころに復活する。
だから触らないようにしてきたのです。
自分の意思と無関係に生きてるものがとにかく怖かった。生きてるものからの攻撃や排除に怯えながら暮らしていました。

でも、もう少し思い返すと…あのモルモットは少しも逃げも噛みつきもしなかったのです。
5〜6分くらいは私に撫でられてたのです。
暖かかった。いい時間だった。
けどよんどころなさや不安に耐えきれなくなった私の方が、先に去りました。

どうやら私はひたすら独り相撲をしていたようです。


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