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うつ治療記(2):音楽について(後編)

きのうはクラシック音楽、とくにショパンのノクターンの、うつに対する効用について紹介した。「うつの第1波」では辻井伸行のノクターンやマーラーの交響曲第5番が良かったのだが、「うつの第2波」ではクラシック音楽はきっかり聴かなくなった。そのかわりに聴いたのが、蓮沼執太や蓮沼執太フィルの音楽だ。蓮沼執太という人を知らない人も多いのだろうが、私は彼がつくる音楽に興味があって、彼の音楽の批評まで書いた(「「洗練」されていない、気だるさの昇華:蓮沼執太フィル「Imr (In my room)」」)。蓮沼はもともと環境音楽をやっていて、そこから電子音楽へとシフトしていく。彼の最初のアルバム『Shuta Hasunuma』や初期のアルバム群(『OK Bamboo』や『Pop Ooga』)はいわゆる実験的なエレクトロニカだ。しかし、『Pop Ooga』というタイトルだったり、そのなかのいくつかの曲にもポップ音楽の萌芽が見え始めてきた。結局、「うつの第2波」で聴いていたのはそういう「ポップ」な曲だ。例えば、『Pop Ooga』に収録されている「Soul Osci」や『OK Bamboo』の「Discover Tokyo」と「Sunny Day In Saginomiya」はのちに私が「うつの第2波」で聴くことになる蓮沼執太フィルの『時が奏でる』の「wannapunch! - Discover Tokyo - Sunny Day In Saginomiya」や「Soul Osci」に結実する。

「うつの第2波」のあいだに聴いていたのは蓮沼執太の電子音楽というよりは蓮沼執太フィルの音楽だった。蓮沼執太フィルとは「指揮者」の蓮沼執太が主宰しているフィルハーモニック・オーケストラ。メンバーは音楽通なら唸るほどの豪華メンバーで、数名を挙げると、サックスの大谷能生、ユーフォニウムのゴンドウトモヒコ、スティールパンの小林うてな、ラップの環ROY、そしてPAには葛西敏彦を迎えている。全部で16人。小さなオーケストラだ。蓮沼執太フィルの音楽の多くは「ポップ」だ。メロディーラインがはっきりしていて、歌詞もついている。例えば、アルバム『アントロポセン』に入っている、私の好きな「Juxtaposition with Tokyo」を聴いてみよう。曲調は非常に明るい。サックスの伸びやかな演奏とコーラスの重なり合いが美しい。蓮沼執太フィルの音楽は美しい。そんなことを知っていた私にとってそれがうつに効かないと思う理由がなかった。『時が奏でる』の「wannapunch! - Discover Tokyo - Sunny Day In Saginomiya」は蓮沼執太名義の初期アルバムに入っている曲をつなぎ合わせて、それを蓮沼執太フィルのためにアレンジされた、12分を超える大作だ。やはりうつのときは一曲が長い方が良い。というのは、音楽を聴いているのと同時に私はベッドで寝込んでいる。だから、なるべく同じ曲に留まりたいし、他の曲に切り替えたくない。それだけが理由で、ということではないが、「wannapunch! …」は精神的に癒される。聴いてほっとする。なぜだがわからないが、そうなのである。

蓮沼執太フィルの音楽(『時が奏でる』、『アントロポセン』、ライブを収録した『Phil Plays Phil (Live)』)だけでなく、蓮沼執太個人名義のアルバム『メロディーズ』も聴いた。これもそれこそポップなアルバムだが、世間で言われる「J-Pop」とは一線も二線をも画している。例えば、「起点」という曲はラップがあいだに挟まっていて、それをイルリメと大原大次郎(この人はなんとグラフィックデザイナー!)が歌っている TypogRAPy バージョンもある。

まとめ:うつに効く音楽とは?
- ゆっくりなテンポが常にうつに効くわけではない。辻井伸行のバランスの取れたダイナミクスの方が良い。
- うつのときは明るい曲も悲しい曲も結局悲しくなってしまうので、そこまで曲の明るさは関係ない気がする。
- 歌詞の有無はうつの状態によって関係がありそう。
- 曲は長い方が色々な意味でめんどくさくない。
- 通常時に好きな音楽をうつの状態で聴いても問題があるものとないものがあるから、そこは聴き分けてみなくてはならない。
- 音楽でうつは治らない。うつが緩和されたり、少しだけ気持ちが楽になったりするだけだ。音楽にそこまで期待することもよくないだろう。
- 日頃から新たな音楽を探求していくことはバリエーションを持つという意味でも重要である。

P.S. ここまで客観的に自分を見れるようになってきたのはやはり結構回復している証拠なのでは?あと、カバー写真は駅の写真と全く関係ないように思われるが、「東京」というイメージにおいて今していた話と関係がある。

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