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再観測:星を継ぐもの:Episode7-2

Episode7-2:エース同士の戦い

果てしなく続く星海の宙域。その闇は、まるで深海の底にも似た静寂をまとっていたが、静かだと思えばこそ、ささやかな異変に敏感になる。
そんな暗黒を見下ろすかのように要塞がそびえ立ち、その外周では無数のドローンや砲台が渦を巻くように配備されている。先日、重力反転領域をかいくぐった円卓騎士団が戻ってきたころ、彼らはあの混沌にも似た宙域で感じる“ただならぬ気配”の正体を、はっきり捉えられずにいた。しかし、その曖昧な不安は、今まさに形になって姿を現そうとしている。

王国艦隊の旗艦ブリッジ。
艦橋の窓からは要塞の輪郭が遠目に映り、その棘だらけの外壁や、観測光を帯びた砲台群が不気味にきらめいていた。そこに、オペレーターの声が鳴り響く。

「新たな大規模反応! 要塞の外層ドックに整備されていた大型機が離陸しました。推定サイズ三十メートル級、通常のドローンとは比較にならない運動性能を示しています……これは――!」

急報にアーサーやカインたちが反応する。ガウェインが盾を肩に抱えながら、焦った声を漏らした。
「三十メートル級って……まさかドローンじゃなく、敵の“エース機”か何かか? そんな大きな単独機が動き出すなんて聞いてねえぞ!」

「どうやらこれまで温存していた戦力のようだね。要塞が本気を出し始めたかもしれない」
トリスタンがスコープ画面を睨む。モニターには、要塞外壁から飛び立った巨大な機体のシルエットが映し出されている。生体と金属が融合したようなフォルムで、まるで獣の翼をもつ戦闘機にも見えるし、あるいは半ば人型にも思える奇妙な姿だ。観測光をまとってオーラのように揺らめいているのがはっきり分かる。

カインは銀の小手の操縦桿を握りしめながら、アリスへ声をかけた。
「どう思う? あれ、只者じゃないよな……。普通のドローンじゃ動きが鈍いのに、あいつはまるで生き物みたいに滑らかに飛んでる」

アリスは端末を操作して解析を試みる。観測光の反応を読み取ろうとするが、ノイズがやけに強いらしい。
「明らかに違う感じがする。これまでの生体融合兵やドローンより波長が安定してるし、パイロットが乗っているかもしれない。しかも……“上位干渉”を扱う気配があるわ。もしかするとThe Orderにもエースと呼べる存在がいるのかも」

「エース……やっぱりな。俺たちのような存在が、向こうにも……」
カインの声が低く響く。アーサーは隣で頷いた。

「つまり、あの機体は我々と同等か、あるいはそれ以上の技量を持ったパイロットが搭乗していると考えていい。……エース同士の戦いになるぞ」

王国艦隊のモルガンから通信が入る。
「みんな、あの大型機がこちらへ向けて進路を取ったわ。どうやら奇襲をかけるつもりかもしれない。艦隊全体で迎え撃つことも可能だけど、相手の運動性能を考えると、機動戦が主体になるでしょう。ここは……円卓騎士団に頼むしかないと思うの」

遠方で既に爆光が幾つか上がっている。敵機体がドローン群を率いているのか、それとも単独で突っ込んでくるのか。いずれにせよ、艦隊を丸ごと翻弄するほどの強敵なら、こちらも高い機動力を誇る戦闘機で応じるしかない。
アーサーが落ち着いてマイクを握り、艦橋へ返答した。

「わかった、我々が出る。皆、エース機とおぼしき敵を叩き、艦隊への被害を最小化させるんだ。気をつけろ、どんな手を使ってくるか読めない。観測光の力を最大限に使ってくる可能性が高い」

「おう、望むところだぜ」
ガウェインが豪快に盾を構え、トリスタンは黙ってライフルを抱きしめる。カインは銀の小手のエンジンを唸らせ、アリスの存在を確認しつつ横目でモニターを睨む。「アリス、調子はどう?」

「うん……大丈夫。大規模な干渉は無理だけど、ちょっとずつの支援なら可能だよ。何とかあの敵の動きを見切りたい」
「よし、行こう」
カインはスロットルを押し込む。アーサー、ガウェイン、トリスタンの各機がそれぞれフォーメーションを組み、艦隊を背にして前方へ滑り出す。目指すは要塞から飛来するエース機との激突地点。まさしく“エース同士の戦い”がここで始まろうとしていた。


要塞の方向から真っ直ぐ飛来する大型機。普通の戦闘機ならあり得ないほどの巡航速度だ。宙を裂く観測光の尾を引き、揺らめきながら迫ってくる。それを遠巻きに護衛ドローンが数十機ほど並走しているように見えた。
「まずは護衛ドローンを減らさないと、あいつの相手をしてる間に邪魔される」
トリスタンが射撃モードを起動しながら言うと、ガウェインが「俺が盾で前衛を張る。お前らはドローンを落としてくれ」と軽く笑う。アーサーが後ろから「そちらが危険だが……頼むぞ、ガウェイン」と応じる。

やがて視界の先でエース機が一瞬減速した。ちょうどこちらの隊列を見極めたかのように、距離を保ちつつ、ドローンに何か命令しているらしい。次の瞬間、ドローンが一斉に散開し、包囲網を敷く動きが見えた。
「アリス、分析を頼む。どんな陣形だ?」
カインが問うと、彼女は計器を操作してすぐに答える。「散開しながらも、中央を空けてる。たぶんエース機がそこを突っ込んでくる形。ドローンは左右から射撃を浴びせるつもりよ」

「要するに、“エース”は正面で俺たちとやり合う気なんだな」
カインが唇を引き結ぶ。アーサーが「そうみたいだ。では正面を受け止めつつ、ドローンを端から削っていくぞ」と指示を出し、ガウェインが盾を展開して前に出る。

すぐに射撃戦が始まる。ドローンがビームを雨のように放ち、円卓騎士団の4機はそれを回避しながら反撃ミサイルを撃ち込む。トリスタンが1機ずつ狙撃し、ガウェインは盾で防ぎつつ近づいて砲撃する。アーサーが剣ビームでなぎ払うようにドローンを削り、カインもアリスの干渉で弾道をずらしながらキャノンを連射していく。
爆発と閃光が立て続けに起こるが、エース機は依然として一線を越えず、ドローンが削られるのを見届けているかのようだ。まるでこちらの能力を確かめているような静けさをまとっている。

ドローンを半数ほど撃墜すると、唐突にエース機が動いた。一瞬の加速でこちらの横合いへ飛び込み、ガウェインの盾をすり抜けるかのように高速旋回をかける。その挙動は他のドローンとは比べ物にならず、まるで生き物のように曲線を描いて刺し違える姿勢を取ってきた。
「こいつ……!」

ガウェインは反応が遅れ、盾が空を切る。「なんて加速だ!」と舌打ちするうちに、エース機はビームを放ち、ガウェインの機体脇をかすめる形で誘爆を起こす。盾が火花を散らし、装甲が一部焼け焦げた。ガウェインの顔が苦痛にゆがむ。

「くそ……なんだこれ……あっという間に背後を取られた……!」
トリスタンがカバー射撃を行うが、エース機はまた驚くほどの機動で跳ね上がり、射線を外へ逃れる。アーサーが剣ビームを振るって近づこうとするが、すれ違いざまに猛烈な観測光スパークを受けてしまい、機体が激しく揺れる。
「ぐっ……なんという反応速度……!」アーサーが歯噛みする。

カインは銀の小手でエース機を捕捉しようとスラスターを全開にするが、重心を捉えたと思った瞬間には既に相手が縦横無尽にスライドしている。まるで自分たちの攻撃を先読みするかのような回避能力だ。
「アリス、干渉で動きを封じられないか?」と焦燥を滲ませつつ問うと、アリスは苦い声で返す。

「試してみてるけど、相手の観測光がこちらの干渉を打ち消すように振動してる……まるで同じか、それ以上のレベルで干渉力を使えるみたいだわ!」

「なんだと……! 俺ら以外にもそんな奴が……!」
カインが舌を巻く。過去に融合兵などとも戦ったが、ここまで精妙に観測光の位相を制御し、攻撃と回避を同時にこなす相手は初めてかもしれない。ドローンが多数いても戦況が変わるわけではなく、このエース機だけで圧倒されそうな勢いだ。

エース機は鋭いカーブで上に舞い上がり、宙から円卓騎士団を見下ろす形でビームを一斉発射する。カインたちはそれを必死に回避するが、いくつもの破片や閃光に飲まれて計器が短くノイズを起こす。
ガウェインの悲鳴が通信に乗る。「ぐあっ……装甲がもたねえ!」盾が既に深く焼かれ、ライフルもいま一部が損傷しているらしい。トリスタンがフォーメーションを乱されたまま「一旦距離を取る!」と叫ぶが、エース機が寸断するように切り込んでくる。

「まずい、押し負ける……!」
アーサーは剣ビームを振るい、かろうじて相手のビームを相殺する形に持ち込む。だが、その連撃速度は驚異的で、何度も弧を描きながら射撃を加えるエース機に圧倒される形だ。ドローンもまた隙を見て狙撃を加えてくる。

「このままじゃ全滅だ……アリス、もう少し干渉を強められないか!」
カインが荒い息を吐きつつ祈るように問う。アリスは青ざめた顔で「やる……やってみる……!」と意を決して演算を高める。もしこれで敵の動きを少しでも止められれば好機が生まれるはずだ。

すると、干渉波が集中してエース機を包み込むように散布される。波紋が空間を震わせ、相手の観測光システムがわずかに揺らいだのが見えた。その一瞬、エース機が硬直したかに思われたが――

「なっ……!」
カインは目を見開く。相手は少し姿勢を乱しながらも、こちらの干渉波を逆手に取るように別の位相をぶつけてくる。キィンという高周波が機体に衝撃を与え、銀の小手の操縦桿がブレる。「ぐっ……あ、相手が干渉を跳ね返してきた!?」と叫ぶ。

アリスが悲鳴を上げる。「ごめん、打ち消されてる……それどころか、私に直接干渉してこようとしてる……!」
観測光の衝突で青い電流がコクピットに走り、カインはすぐにアリスのバイタル(というか意識状態)を確認する。「くそ……無理すんなよ、アリス!」

その間もエース機はビームを連射し、ガウェインの盾を完全に砕いてしまう。破片が散り、ガウェインが「うおおっ……! このっ……!」と咆哮するが、装甲が穿たれ、激しい火花が機体脇から上がった。
「ガウェイン!」
トリスタンが慌ててカバーするように狙撃を放つが、エース機は平然とそれをかわし、代わりにトリスタンへ向けてまた一閃のビームを撃ち返す。トリスタンが辛うじてスラスターを噴いて回避するが、その弾道は後ろに控える神官隊の小型艇を掠める形になり、艇が大ダメージを受けて轟音を立てる。

「……なにこの化け物じみた動き……!」
カインは頭がクラクラするほどの衝撃と焦りを感じる。アーサーさえもが攻撃を当てられず苦しんでいるのが通信越しに伝わってきた。『対等かそれ以上』なんてレベルではないかもしれない。ドローンまでもがエース機の動きに合わせてフォローに入るから、連携が完璧すぎる。

「くそっ……なんとか連携して一斉に叩けないか?」
ガウェインが血の滲む声で提案し、アーサーが薄くうなずく。「そうだな……みんな、次の瞬間に集中射撃するぞ。囮は……私が引き受ける」

「でも、アーサー卿、その機体じゃ危険すぎ――!」
カインが言いかけた瞬間、アーサーが全速力でエース機へ突撃し、剣ビームを振りかざす。相手はひらりとかわすが、そこをチャンスと見てガウェインやトリスタン、カインが一斉射撃を重ねる。
閃光が炸裂し、空を切るようにビームが交差する。エース機が微妙に回避したが、数発がかすったようで、相手の外装に火花が散る。ドローンが割り込んできて盾になるが、何機かが連鎖爆破して消し飛んだ。

「当たった……?」
トリスタンが息を殺してスコープを覗き込む。だが、煙が晴れた先にはエース機が佇んでいるのが見え、装甲にはかすり傷程度の焦げ跡しか残っていない。先ほどまでより若干動きが荒い気もするが、それでもなお健在だ。

(こいつ、本当に倒せるのか……?)
カインは手汗で操縦桿が滑るのを感じつつ、相手を凝視する。するとエース機がゆっくり動き出し、通信が断片的に混線して聞こえてきた。人の声かどうかも怪しいが、確かに何かの言語でこちらに語りかけているようだ。
それは低く歪んだ声で、「……干渉……なるほど……ユグドラシル……」とでも言ったか。アリスが耳を疑いながら「あれ、私の名を……? 違う、ユグドラシルって」と困惑を漏らす。相手はどうやら、こちらに伝えたい情報があるようだが、明確には通じない。

一瞬の停滞のあと、エース機が再度スラスターを噴かし、勢いを増してくる。アーサーが「構えろ! まだやる気だ!」と叫び、皆が構えるが、相手の突撃は思いのほか素早い。一閃でアーサーの機体をかすめ、ビーム剣とビーム剣が激突してバチバチと火花が散る。衝撃が円卓騎士団の通信にも混線を走らせ、画面がかすかに揺れる。
「ぐっ……!」
アーサーが苦痛の声を上げ、機体が弾き飛ばされる。相手はそのままガウェインへ続けざまに狙いをつけるかに見えたが、何故かそこで急旋回し、さらに別方向へダッシュした。カインは何とか合わせて追おうとするが、機体速度の差にまるで追いつけない。

「アリス、加速ブーストを……!」
「うん!」
銀の小手が青いスラスターを限界まで噴かし、エース機の背後を取りにかかるが、相手はあっという間に逆旋回し、カインの側面へ誘導弾を撃ってきた。「ちっ!」と反射で回避するが、翼端が焦げて警告音が鳴り始める。

戦場は完全に混沌としている。ドローンの数は減ったが、エース機一機だけでこちら4機を翻弄する形だ。アリスが息を切らせながら「まるでどこを狙えばいいのか、先読みされてる気がする……」と叫ぶ。カインも「ああ、干渉力同士がぶつかり合ってるからか……」と言葉に震えが混じる。
ガウェインはボロボロの盾を抱えながら「みんな、いったん距離を置くしかねぇ。こいつは一旦撤退するしかないか?」と叫ぶが、アーサーが少し間を置いて否定する。

「撤退すれば艦隊がやられるかもしれない。あいつが艦隊本体を狙っていったらどうする? ここで押し返さなきゃ……!」

カインも苦い顔でうなずく。逃げれば大艦隊が丸裸だ。要塞のエースが艦隊へ突撃すれば、取り返しのつかない被害が出るだろう。ここで歯止めをかけなければならない。
再び4機が陣形を整え、エース機を囲むように散開する。トリスタンが狙撃位置をとり、アーサーが正面、カインが横合い、ガウェインが後ろで牽制しながら集中攻撃を掛ける作戦だ。小さな干渉を繰り返し、相手の軌道をわずかでも狂わせる隙を狙う。その一瞬で仕留めるしかない。

通信でアーサーが「ここが正念場だ、皆、合わせろ!」と声を張る。カインは操縦桿を握りしめ、心臓が早鐘を打つのを感じながら深呼吸する。「よし、いける……アリス、頼むな」

「うん……最後の力を振り絞るよ。もう限界だけど、みんながいるなら……乗り越えられるもの……!」
アリスが強くそう言い、青白い干渉光を放射する。エース機が微かに動揺した瞬間、ガウェインが後方からビーム弾を連射。トリスタンが遠距離から狙撃、カインがキャノンを同時に叩き込む。
逃げ場を削るように火線を張ると、エース機もさすがに密度の高い弾幕に対処しきれず、どこかへ回避しようとしたその刹那、アーサーが正面から剣ビームを限界出力で振り下ろす。

轟音と閃光が宙を埋め、エース機が体勢を崩したかに見える。機体側面が大きく抉れ、観測光らしき火花が散った。
「当たった……!」
ガウェインが叫ぶ。しかし、そのまま仕留めるまでには至らず、エース機は痛みを押して急制動をかけ、近距離からアーサーに撃ち返すビームを放った。ドゴォという衝撃がエクスカリバーの機体を揺さぶり、アーサーが「ぐあっ!」と悲鳴を上げる。

「アーサー卿!」
カインが必死に駆け寄ると、アーサーの機体は一部が焦げ、コクピットに警告音が鳴り響いているようだが、まだ動けそうだ。アーサーが喘ぎながら「大丈夫だ……まだ落ちてない……あいつは……?」と訊く。
煙が晴れると、エース機は苦しげに低空(宇宙だが)を漂っていた。先ほどの一撃が相当効いたらしく、機体の左側装甲がはがれて中の配線や生体組織までむき出しになっている。それでも、なお逃走の意思を見せず、こちらを睨むように宙に静止している。ドローンの残りも10機足らずで、こちらの弾幕で大半が片づいていた。

アリスが恐る恐る計器を見つめ、「相手の干渉波が乱れてる。観測光システムが故障したのかも……」と伝える。トリスタンがスコープを向け、「今なら倒せるかもしれない」と引き金に指をかけた。
しかし、その瞬間、エース機が不規則な動きで後退を始めた。まるで撤退するかのように、要塞方向へ向かって回避機動を取り続ける。カインは追撃を悩んだが、アーサーが「ここまで追う余力はない。味方艦隊も無事だし、追撃はやめよう」と引き留める。

エース機が最後に一瞬だけ振り返るように姿勢を変え、また低い雑音で何事か発した――「……ユグドラシル……」という言葉がかすかに聞こえたような気がするが、定かではない。
次の瞬間、機体が猛烈な加速で消えていく。ドローンの残党も散り散りになり、要塞へ帰還するようだ。円卓騎士団は勝利とも言えず、敗北とも言えないまま戦場に取り残されていたが、少なくとも艦隊への被害は最小限に抑えられたのが救いかもしれない。


帰投した後、ブリーフィングでは“エース機”との遭遇報告がまとめられた。あの化け物じみた動きと、観測光への上位干渉。カインたち4機がかりでかろうじて一太刀を浴びせたものの、仕留めるには至らなかった。
アーサーはコクピットで被弾し、いま医療スタッフに応急処置を受けながら報告書を作っている。機体も深刻な損傷を負ったが、命に別条はないのが不幸中の幸いだ。
ガウェインは盾が再度破壊され、修理どころか新造しなければならない。トリスタンは細かい弾薬消費と内部ストラクチャーの歪み、カインは機体翼が焦げて警告音が鳴りっぱなしだったため、整備班が大わらわになっている。

「何という敵だ……これまでのどんな融合兵とも段違いだな」
ガウェインが痛む肩をさすりながらぼやく。トリスタンは頷き、「干渉力を使うだけじゃなく、こちらの行動を先読みしているようにも感じた。あれは、どんな思考で戦っているんだろう」と腕を組む。
カインは疲労困憊なまま、アリスを気遣う。「大丈夫か? あいつとの干渉合戦、相当きつかったんじゃないか?」

「うん……ごめん、あの時は打ち消されそうになった。あんなに強い干渉力を持つ相手がいるなんて……ユグドラシル、って言葉も聞こえたけど……」
アリスは複雑な表情で視線を落とす。自分が“ユグドラシル”と深く関わっていることを疑わないが、それがなぜ敵の口から出てくるのか、そして何を示しているのか定かではない。

アーサーが上半身にバンテージを巻いたまま姿を見せ、「皆、お疲れさま。何とか艦隊を守れたのは君たちのおかげだ。あれほどの敵が出てくるとは想像もしていなかったが……次はどうなるか分からないな」と苦い笑みをこぼす。
「けがは……大丈夫ですか?」とアリスが心配すると、アーサーは淡々と「心配無用だ。軽傷だ」と返す。その瞳には燃えるような闘志が宿っている。あのエース機にもう一度出会うことを覚悟しているのかもしれない。


そうして、“エース同士の戦い”とも呼ぶべき空戦がひとつの決着を見た。互いに大きなダメージを与え合ったが、決着はつかなかった。向こうは要塞へ撤退し、こちらは艦隊を守り切ったものの大きく損耗した状態だ。
モルガンがまとめた報告書には「強敵機体、仮称“アザトリア”との交戦記録」と名付けられている。誰もが、その名前を聞くだけで身震いするほどの脅威を感じ取っている。

だが、カインたちは怖がっているだけではない。相手が確かに「ユグドラシル……」と呟いたように、何かを知っているという確証が得られた以上、アリスをめぐる謎の核心へ近づいたともいえるからだ。
もし今後、再びエース同士の戦いが繰り広げられれば、アリスとあのエースが直接“会話”をする瞬間が訪れるのかもしれない――そんな予感がしないでもない。

艦内の仮設ラウンジで、カインは冷たい飲み物をすすりながら思いを巡らせる。アリスは隣で申し訳なさそうに「私の干渉がもっと強ければ、あの人(?)を止められたかもしれないのに」とつぶやくが、カインは首を振る。

「お前がいたから俺たちはまだ生きてる。それに、あの相手……強大すぎるよ。いまの俺らじゃまだ倒せない。だけど、いつか絶対に越えないといけない壁だ」

「うん……私もそう思う。きっと、あの相手が持つ“観測光”の力はThe Orderの本体に近いものなのかな。もし私たちがユグドラシルをちゃんと扱えるようになったら、対抗できるのかな……」
「きっとそれが鍵だろう。焦らずやっていこうぜ」
カインがアリスの頭をなでようとして(実際には身体があるので、そっと肩を叩くでもいいが)、彼女は少し照れたように微笑む。二人の間にはあの激戦をくぐり抜けた絆と、謎に対する強い探究心が混ざり合っていた。

一方で、ガウェインは修理ハンガーで盾の残骸を眺めつつ「何度壊れんだよ、こいつは」と嘆くが、同時に不敵な笑みを漏らしている。「ま、今度作り直すときは、もっと頑丈にしてもらうさ。あんな連中にも負けない盾をな」と整備士に注文をつけ、早く次の戦いを迎え撃ちたいようだ。
トリスタンは弾薬の再調達をしながら「奴の動き、ただ速いだけじゃなかった。こちらの行動を読むような間合いだった。次は別の戦法を考えないとね」と冷静に作戦を立案し始めている。まさにエース同士のプライドが刺激されたかのようだ。

艦橋に戻ったアーサーは腕を一度振りほどき、簡易的な治療を拒みながら指令画面を見つめ、「もし再び奴が来たら……。今度こそ落とす準備をする」と静かに誓う。彼は騎士団の長として、その責任を強く感じているのだろう。


こうして、一時的に“エース同士の戦い”は幕引きとなったが、円卓騎士団や艦隊の面々は大きな衝撃を胸に刻んでいる。要塞のドローンや砲台も脅威だが、それらを凌駕するような敵パイロットがいる事実は、今後の戦いに大きなプレッシャーをもたらす。
しかし、同時に敵の口から出た「ユグドラシル」という言葉が、アリスと仲間たちに一筋の光も与えていた。あのエースを倒し、あるいは交渉することで大きな真実を掴めるかもしれない――。

宙に浮かぶ艦隊のシルエットと、遠く要塞の闇に溶けたエース機の残像が対峙したまま、戦いは小休止を迎える。だが、これはあくまで前哨戦。激烈な本番はまだ先にあり、エース機との再戦も避けられない。
カインはコクピットでアリスとだけの会話をしている最中、ふと問いかけた。

「なあ、あいつは“ユグドラシル”って、何かしら知ってるんだろ? お前の中枢にある情報に近いものを……」
アリスは難しそうな顔で首を横に振る。「わからない。私も記憶が曖昧で……でも確かにあの敵は、私に似た干渉を使えて、なおかつ“ユグドラシル”という言葉を理解している……。一体どんな存在なんだろう」

「それを確かめるには、も一度やつとぶつかるしかないか。次こそ落として、要塞やThe Orderの奥へ行かなきゃいけない」
カインの瞳に宿るのは不安と闘志がないまぜになった光だ。アリスはその横顔を見つめ、ぎこちなく微笑む。
「うん……苦しいけど、乗り越えるためには戦わないと、先へ進めないんだよね。でも私たちなら、きっと――」

「そう。みんながいる。負けるわけにはいかない」
二人の思いが重なり合い、通信が切れたあとも、その熱は冷めることなくコクピットに残る。アーサー、ガウェイン、トリスタンもそれぞれの胸に悔しさと希望を抱いている。自分たちがエースと呼ばれるなら、あの敵こそが“エースの中のエース”だろう。ならば、その高みを越えてみせるしかない。

渦巻く星海の深い闇が、再度静けさを取り戻す。次の死闘がいつ起きるかはわからない。要塞が沈黙している間に、こちらも戦力を補修し、作戦を練り直す以外に手はないのだ。
いずれ再び宙を焼くようなビームと爆発が繰り広げられ、カインたちはあの強敵と対峙するだろう。そのとき、エース同士の戦いは本当に決着を見るのか、それともさらに複雑な様相を呈するのか――それは誰にもわからなかった。
だが、彼らの意志がぶつかり合った一戦が、これからの運命を大きく動かすことだけは間違いない。アリスが、カインが、そして円卓騎士団が、もっと深い謎へと入り込むためにも、あのエースを越える日は必ず来るはずだから。

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