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再観測:星を継ぐもの:Episode7-1

Episode7-1:重力反転領域

星海に築かれた仮拠点の気配は、すっかり落ち着いた雰囲気をまとっている。とはいえ、その落ち着きは一種の静けさにすぎない。外の宙域では、いまだ要塞から生まれたドローンや、観測光をまとう異形の機体が散発的にうろついており、艦隊の警戒態勢は解かれていない。
それでも、あの巨大要塞への大規模攻撃が一度仕掛けられ、そして外壁にわずかながらヒビを入れた功績は大きいといえる。円卓騎士団をはじめ、王国艦隊のメンバーは一様に手応えを感じつつ、しかし容易には崩せぬ壁の前で歯噛みしていた。

そこへ、新たな報告が舞い込む。要塞のさらに奥に広がる宙域――いまだ偵察の届かぬ区域に、“重力が反転する”異常領域が存在すると観測隊が伝えてきたのだ。
重力が反転する。それは通常の物理法則では考えづらい事象だが、小宇宙という異次元の中では不思議なことでもない。円卓騎士団の面々は、その領域が要塞内部または近傍に連結している可能性を疑わずにはいられなかった。

宙を見下ろす指令室で、アーサーが腕を組んだまま、ホログラムに示された地図をじっと見ている。横には神官隊の一人がいて、深い声で解説した。
「先ほどの偵察機が不調を訴えて戻ってきました。どうやら重力が“上下逆転する”エリアらしく、思うように操縦がきかず、機体が混乱したと。ドローンも同様に姿勢を崩しやすいようですが、要塞がそこを利用して防衛ラインを敷いている可能性があります」

アーサーは静かに息を吸う。そして、ガウェインやトリスタン、カイン、アリスらが集うブリーフィングテーブルへ視線を巡らせる。
「なるほど。その“重力反転領域”が要塞の外延か、あるいは内部の一部分に存在するんだな。もしあちらが意図的に使っているなら、近づけば我々の機体操縦は乱されるだろう」

カインは苦い顔をして画面を見つめる。
「単に上下が逆転するとかじゃなく、俺たちの感覚まで狂うんじゃないか? そんなところでドローンと戦ったら、まともに動き回れるかわからない」

アリスがホログラム越しにうっすらと微笑んでみせる。
「確かに危険だよ。でも、観測光や干渉力を上手く応用すれば、重力の乱れに対抗できるかもしれない。私もよく調べてみる。重力制御と干渉の相性は悪くないはずだから」

「お前が無理しない程度にな」とカインが軽く肩をすくめる。最近、アリスの干渉には負担が大きいことが判明しているが、彼女自身は使命感を抱き、少しでも助けになりたいと思っているようだ。
ガウェインが腕を伸ばして伸びをし、「どっちにしろ、その領域を避けては要塞に近づけないってわけだな。だったら俺たち円卓騎士団が先に行くしかねぇ」と声を張る。

アーサーが頷く。「大艦隊であの領域に突っ込んで混乱し、要塞から砲撃を浴びれば再び大損害を出すことになる。ここは精鋭の少数で下見をし、地形……いや、空間特性を把握してから再度、全軍で進撃する形がいいだろう」

トリスタンは淡い声で「偵察機が帰還できただけでも僥倖だね。あそこにドローンが配備されていれば、もっと危険だったかもしれない。慎重にいこう」と付け加える。
四人は顔を見合わせ、静かな決意を交わす。「なら、また俺たちか」とカインが笑う。アリスも「そうみたい……」と呟き、軽く苦笑した。モルガンがそれを見届け、指令台から言葉を投げかける。

「彼らに任せるしかないわね。カイン、アリス、ガウェイン、トリスタン、そして……アーサー。あなたたちで重力反転領域へ踏み込み、どういう空間か調べてきて。艦隊はその情報を基に行動を決める。どうか無理はしないで」

「了解だ。必ず戻る」とアーサーは短く返事をした。こうして、作戦があっさり固まり、円卓騎士団の5機は再度出撃する運びとなる。星海の仮設拠点から整然と発艦した戦闘機群が、要塞とは別方向へ進むコースをとり、その先にある重力反転領域を目指していく。


宙を飛ぶ機体が連なる編隊の先頭には、銀の小手を操るカインとアリスの姿がある。アーサーのエクスカリバーが横についてフォローし、ガウェインとトリスタンは少し後方を固めている。背後には軽巡洋艦が一隻ついてきたが、大掛かりな護衛部隊は用意されていない。大艦隊をむやみに分散すると要塞防衛が手薄になるという考えのもと、最低限の随伴艦のみが同行する形だ。

「重力がひっくり返るって、実際どうなるんだろうな。上下ってどう決まるんだ? 俺らが地球で慣れた方向が逆さになるのか?」
ガウェインが疑問を口にすると、トリスタンが冷静に推測する。「単純に上下が逆というより、一定のポイントを境にベクトルが変化するらしい。機体が真っ逆さまに落ちる場合もあれば、ぐるぐる回転する場合もあるとか。あまり考えたくないね」

「空間そのものが歪んでる感じか。そいつは厄介だ」
カインがため息まじりに言い、アリスがホログラム越しに再度説明を加える。「観測光による重力制御というのは、理論上ありえるの。The Orderがそこを要塞周辺の防御に使ってるかもしれないけど、まだ詳しい仕組みは不明。私たちの干渉力で乗り切れるといいんだけど……」

「なんとかなるさ、きっと」
カインの口調は軽快だが、その目つきは真剣。アーサーは少し遠くから会話を聞き、微かに笑ってから通信を開いた。

「重力が乱れる宙域まであと数分だ。気を引き締めろ。ドローンや敵部隊が潜んでいる可能性もある。観測光の波形がどんな風に変化するか、アリスは細かくスキャンしてくれ」

「任せて。頑張るわ」
アリスの声が力強く響く。銀の小手が先頭を行き、続いて4機が二列のフォーメーションを組む。そのまま速度を維持しながら、暗闇に包まれた宙域の奥へ滑り込んでいく。


やがて視界が揺れ始めた。まるで波を打つように、星の光が上下に弧を描いてずれているように感じる。コクピットの計器が微妙に乱れ、重力センサーの数字が振り切れている。
カインは思わず「うわっ」と声を上げる。機体がフワリと浮き上がり、まるで下へ落ちるはずの自分が逆に上へ引っ張られる感覚を味わった。

「こいつが重力反転……たしかに妙だ。俺の感覚がずらされてるような……」
すぐ隣を飛ぶアーサーのエクスカリバーも、姿勢を保つためスラスターを巧みに噴射しているのが見えた。動きがぎこちなく、どこか迷いを感じさせる。

ガウェインは盾を構えながら、「くそ、どっちが上かわからねぇ。こんなんで戦うのかよ」と叫ぶ。トリスタンは冷静さを保ちつつも「射撃角度の調整が狂う。しばらく慣れるしかないか……」と呟いていた。

アリスが控えめな声で提案する。「観測光の位相を合わせれば、多少は安定するはず。私が局所的な干渉をかけてみるね」
銀の小手が青い干渉波を散布すると、機体周辺の重力ベクトルが微妙に整い、いくぶん姿勢が取りやすくなる。4機もそれを感じ取り、軌道が落ち着いてきた。

「助かるぜ、アリス」とカインが礼を言うが、その直後に警戒音が響く。レーダーが捉えたのは、やはり複数のドローンシグナル――しかも重力反転領域の奥から近づいているらしい。
「どうする? こんな不安定な場所で戦うのかよ」とガウェインが焦るが、アーサーは「様子を見るしかない。ここで下がっても情報は得られない」と静かに答える。

トリスタンがスコープを調整しながら「射撃ラインがズレる……くそ」と舌打ちする。狙いを定めても相対的な上下がわからず、ビームがまともに飛ぶか不安定なのだ。
カインは観測光キャノンを起動しつつ、アリスに声をかける。「いいか、干渉波を局所的に使うのはOKだが、また無理をするなよ」

「わかってる。なるべく小刻みにサポートするね。……来たわ、数十機いるみたい」
彼女の声と同時に、視界の先にドローンの編隊がふわりと浮かんで見えた。通常なら一直線に押し寄せてくるが、重力反転の影響か、あちらも挙動がぎこちない。ただ、お互いに“まともに動けない”のは同じ状況だ。

「狙いを乱すなら今がチャンスかもしれないな。あいつらも操作に苦労してるみたいだ」
アーサーの言葉に皆が同意する。カインはニヤリと笑い、ミサイルを装填。トリスタンはスナイパーモードを再調整し、ガウェインが盾を前面に構える。ここでもやはり連携を取りながらドローンを減らす作戦だ。

ビームが放たれた。だが重力ベクトルの乱れにより、敵弾が変な角度で逸れる場面が目立つ。そのおかげで回避が容易な反面、こちらの射撃も同様にズレてしまい、なかなか当たらない。まるで水中戦のように、弾道がふにゃりと曲がっているかの錯覚を覚える。

カインは感覚を研ぎ澄ませ、「アリス、ここで微量の干渉を……そう、それだ!」と叫ぶ。ドローンがまとめてビームを撃ち込んでくる瞬間に、アリスが位相をずらし、その軌道を歪める。いくつかの弾道が敵同士を誤爆し、ドローン数機を巻き込んで爆散させる。

「でかした!」
ガウェインが歓声を上げ、盾を片手に前進。重力反転で上下がめちゃくちゃな中、姿勢をゼロG射撃に切り替えてドローンを叩き落とす。トリスタンも独自に射線を見出し、慎重に狙って一体ずつ沈める。アーサーは側面を広く回り込もうとするが、予想外の重力流に引っ張られ、コクピットがひやりと揺れる。すかさずバーニアを吹かして姿勢を取り戻すが、やはり難易度が高い。

「気をつけろ、アーサー卿。そっちにもドローンが行ったぞ!」
トリスタンの指摘で、アーサーは剣ビームを一閃し、迫り来るドローンを真っ二つにする。火花と破片が四散し、観測光のノイズが白い閃光を残す。

「助かった、トリスタン。……この領域、慣れないと辛いな」とアーサーは苦笑する。
一方カインは銀の小手の機体をくるりと回転させ、背後から追ってくるドローン数機をミサイルでまとめて爆発に巻き込む。重力が上下逆であろうと、機体自体は大きくは問題ないらしいが、パイロットの感覚が狂うと一瞬で衝突しかねないから気が抜けない。

アリスが安堵の息をつく。「数が多いね。だけど、彼らも重力反転で動きにくそう……。私たちが優位に立てるかも」

「焦らず確実に減らそう。ここで被弾したら厄介だからな」
カインはビームガンを単発で続けて撃ち、ドローンを一隻ずつ仕留める。ガウェインは盾を器用に操り、敵のビームを受け流しながら接近戦用砲撃で敵を粉砕する。トリスタンが中距離からカバーし、アーサーは華麗に回避して切り刻む。
それでも相当な時間がかかる戦闘だ。重力が反転するせいで位置関係が把握しづらく、弾道も安定しない。まるで悪夢のように混乱した空間の中を、4機は何度も繰り返し攻防を続ける。

やっとの思いでドローンを大方片づけると、皆ゼイゼイと肩で息をしていた。ガウェインが盾を下ろし、荒い声で笑う。「ふう……ほんと勘弁してほしいぜ。この重力反転ってのは予想以上にやりづらいな」
トリスタンも呼吸を整えながら「まあ、敵のほうも同じく苦しんでるから、戦術的には五分五分かもしれないけど……早くここを抜けたい」

アーサーは周囲を見渡す。「この先にどんなエリアがあるか分からないが、先へ行けば要塞に繋がるかもしれない。今は一歩でも奥を調べたい」

カインはアリスを見やる。「無理はしなくていい。でも、もう少し進むぞ」

「うん……大丈夫だよ。私ももうちょっとぐらいなら……」
彼女は笑みを返す。こうして、4機は再びフォーメーションを整えて、重力反転領域のさらに奥へ滑り込んでいく。宙域は不思議な光粒子が漂い、一筋のラインが渦を巻いているのが見えた。まるで滝のように、星屑が上下逆に流れ落ちている。“星の流れ”というよりは、確かに“重力の流れ”に見えるかもしれない。

「綺麗なようでいて、気を抜けばその渦に巻き込まれそうだ」
トリスタンが低く呟く。ガウェインは「なあ、あそこにドローン以外の船影が……」と言いかけて黙り込む。遠くに何か建造物のようなものが浮いているらしい。ここで新たに探索すべき対象か。

機体がそちらへ近づくにつれ、外観はどうやら古めかしい廃棄施設のように見える。壁にThe Orderの紋章めいたものが彫られているが、半壊状態だ。
「廃墟……か?」
カインが疑いの目を向けながら宙を飛ぶ。アリスがセンサーを動かしている。

「ううん、たぶん放置された施設だけど、観測光が一部稼働している気配がある。注意してね、敵が潜んでいるかもしれないから」

全員が速度を落とし、様子を伺う。室内があるとすれば、まるで浮遊するビルや倉庫のような構造だ。しかし、重力反転領域に漂っているせいで、上から見ると逆さまに建っているようにも思える。
慎重に接近してみると、内部へ通じるゲートが半開状態になっていた。砲台の残骸らしきものがあり、そこにドローンの死骸が転がっている。

「なんだこりゃ。前に何か戦闘があったのか?」
ガウェインが首をかしげる。トリスタンは警戒しながら狙撃モードをキープ。「まさか、ここでThe Order同士が争ったのか、あるいは別の勢力か……分からないね」

カインはアリスと顔を見合わせ、「この建物……気になるけど、深入りすべきか?」と問う。アリスは眉をひそめ、「うーん、ここで時間を食うと要塞への調査が遅れるけど、何か手がかりがあるなら見逃せない」と迷いを浮かべる。
結局、アーサーが「短時間の調査だけにしよう。中をちらっと確認して、すぐ引き返す」とまとめ、皆で廃墟施設に足(というより機体)を踏み入れることにする。機体の大きさの都合で全員が中へは入らず、ガウェインとトリスタンが外で警戒し、アーサーとカインがフォーメーションを組んで小型の入口へ近づいた。

重力反転が作用しているせいで、ドアや通路が壁と天井を逆に走っているように見える。宙を漂う瓦礫も方向感覚を狂わせる。アーサーはエクスカリバーの先端に微弱な照明を灯し、暗い内部を照らしながらゆっくりと進む。カインの銀の小手も後に続き、アリスが簡易スキャンを行っているが、壊れた機材が散らばるばかりで特に動きは感じない。

「やっぱり廃墟みたいだな。敵の反応もないや」
カインがそう呟いたとき、アリスがディスプレイにかすかな波形を映し出す。「待って。奥の部屋から微弱な信号が……観測光がまだ残留してる。何かの制御装置かも」

アーサーが少し警戒を強め、「分かった。最深部だけ確認しよう。深追いはしない」と言い、ふわふわと機体を進める。壁に吸いつくように浮遊している残骸を避けながら、二人は中央ホールらしき空間へ出た。そこで見るもの――半壊れの金属パイプ、床に広がる液体のようなもの、そして何か大きなコンソールが倒れ込んでいる。

「これが信号の発生源か? 動いてるようには見えないけど……」
カインは訝しむ。コンソールにはThe Order文字と思しき刻印があり、右隅が割れて火花を散らしている。だが、微妙に光っているボタンがいくつかあり、まだ通電しているらしい。
アリスは静かにデータをとり、「観測光が漏れているみたい。おそらく内部のバッテリーがギリギリ稼働中。触れれば何か起動するかも……」

「触れれば……危険じゃないか?」
するとアーサーが「あまり時間もない。だが何か重要な手がかりかもしれない」と判断し、エクスカリバーを後方に待機させ、カインが銀の小手を前進させる。スラスタを微小噴射しながら、コンソールへ距離を詰め、アリスが機体から小さな干渉コードを伸ばして接続しようとする。

その時、突如としてコンソールから煙が噴き、バチンという火花が飛び出す。短い唸り声のようなノイズが辺りに広がり、廃墟の壁面がビリビリと震え出すかのように見える。
「何だ……っ?」
カインが驚く。アーサーもエクスカリバーのビームをいつでも撃てるよう構えを取る。しかし、次の瞬間、音が一気に止み、コンソールの光が消えた。室内は闇に包まれる。

「あら……何も起きない?」
アリスが戸惑いを含んだ声を漏らした。どうやらコンソールは本当に壊れきってしまったらしい。何かが起動することなく、そのまま沈黙へ帰したようだ。
アーサーは「ここもやはり廃棄されて久しいのか。使い物になりそうにない」と嘆息する。カインも少し肩を落とし、「気になるが、時間を食う余裕ないし、一度戻ろうか。ガウェインたちも待ってるし」と提案した。

二人は機体を反転させ、来た道を戻る。通路に宙ぶらりんで浮いていた残骸をかき分けながら、外へ出ると、ガウェインが通信で「どうだった?」と尋ねる。
「ただの壊れた設備だったよ。信号が微弱に残ってたから期待したけど、結局起動しなかった」とカインは答える。トリスタンが「残念だね。でも危険じゃなくてよかった」と冷静に返す。


外へ出た頃、先ほどとは別のドローンが2、3機だけでふわふわと漂っていたが、円卓騎士団が姿を見せるとすぐに逃げるように散った。「気味が悪いな」とガウェインが言い、アーサーは「この空間をさらに奥へ進めば、もっと大きな脅威がいるかもしれん」と警戒する。
アリスが重力センサーをチェックしながら、「この先、さらに重力の逆転が複雑になるみたい。渦があちこちに発生しているわ。もし立ち往生すれば、要塞のドローンに囲まれるかも」と告げる。

「なら、今はもう十分調べたし、一度拠点へ戻ろうか」とカインが提案すると、みんな賛同する。アーサーも「俺たちしかいない状況では危険すぎる。最低限の情報は得たし、無理は禁物だ。撤退しよう」とまとめる。
こうして、彼らは再度隊列を組み、星海の仮設拠点へと帰還を開始する。重力反転の影響が薄れるエリアへ移った瞬間、機体がフッと安定するのを感じ、ガウェインが大きく息を吐いた。

「まったく、あのまま動き回ると操縦士が脳みそごとひっくり返りそうだぜ」
トリスタンはどこか乾いた笑いで「でも、あそこを通らないと要塞裏手に近づけない可能性が高い。いずれ大部隊で進まなきゃならないなら、対策を練らないとね」と釘を刺す。
アリスは疲れた笑顔で「干渉力や観測制御装置を活かせば、重力反転をある程度和らげられるかもしれないけど、どうしても大きな負担になるから……」と呟き、カインが「まあ、最初から完璧にやれとは言わないさ。少しずつノウハウを積めば突破できるって」と励ました。


星海の拠点へ戻ると、先述の通り艦隊のメンバーやモルガンが出迎えた。アーサーたちは簡単に状況を報告し、「重力反転領域は広範囲かもしれない。ドローンも潜んでいる。何か大規模な仕掛けがあるかも」と口を揃える。モルガンはそれを聞いて深刻そうに頷く。
「やはり、あの要塞を回り込むにはその領域を通る必要があるのね。大艦隊で移動するには重大なリスク。……でも、ここを使えば意外な脆い部分が狙えるかもしれない」

アリスはモニター越しにデータを表示し、「要塞とこの領域がどう繋がっているかは不明。ただ、重力反転を乗り越えれば、裏側の外壁に到達しやすい可能性は高いわ」と見解を述べる。彼女が指差した地図では、要塞の背面に抜ける航路らしき点線が示されていた。
アーサーは口を引き結び、「つまり、ここを攻略して背面を突けば、バリアが薄い区画を狙えるかもしれない。――ただし、大艦隊で一斉に突っ込むのは難しいから、先に観測制御装置と干渉力を使って道を安定化させるとか、何らかの特別対策が要る」

ガウェインは盾を抱きしめるようにして、「また手間がかかりそうだな。けど、あの要塞を正面から砲撃するよりはましかもしれん」と吐き捨てるように笑う。
トリスタンが少し首を傾げる。「どちらにせよ、二正面作戦が理想だ。要塞正面へ大火力を集中し、背面から円卓騎士団や少数の精鋭が侵入する。重力反転領域をうまく安全化できれば、奇襲的に要塞中枢を狙える……という筋書きだね」

そこへモルガンが鋭い眼差しで付け加える。「問題は、どうやって重力反転を“安全化”するか。アリスが一人で干渉を維持しながら大艦隊を通すのは無理がある。大掛かりな装置を用意して、領域そのものを制御するか……? 何かしら発想の転換が必要かもしれない」

アリスは苦い表情で黙り込み、カインが「お前にばっかり負担をかけられない」と肩に手を置く(厳密にはホログラムだが、そういう仕草をする)。ガウェインやトリスタンも考え込むように視線を伏せ、アーサーは落ち着いた声で「いずれ、今回の情報をまとめ、大艦隊に報告して対応策を練ろう。無理に突破しようとして全滅したら元も子もない」と言って会議を終わらせる。


こうして“重力反転領域”の存在は円卓騎士団と王国艦隊にとって新たな課題となった。次に要塞へ大規模攻撃を仕掛ける際、この領域をどう扱うか――単なる障害として排除するのか、逆に利用して背面に回り込むのか。
ともかく、いまは準備が必要だ。観測制御装置をさらに改造し、星海の奥で練り直しの時間を作る。ドローンが攻撃してきても対処できるだけの護衛がいる。艦隊全体が忙しなく動き始め、誰もが重力反転の話題で持ちきりとなる。

カインは仮設ラウンジで冷たい飲み物を口にしながら、アリスと雑談していた。ドリンク自体は人工甘味料で作られた簡易なものだが、戦場で味わうには十分ありがたい存在だ。彼女のホログラムを前に、「結局、この先、要塞背面に回りこむのが得策かもしれないな。正面は火力がエグいし……」とつぶやく。

「そうだね……私も、あの重力反転領域をうまく渡れさえすれば、一気に背面へ行ける気がする。問題は大艦隊が動きにくいこと。それにドローン部隊も潜んでるだろうし……」
アリスの声には微妙な憂いが宿る。自分がまた過剰に干渉力を使いすぎることを恐れているのかもしれない。カインは彼女のホログラムを見つめ、「お前一人の責任じゃないさ。みんなで方法を考えよう」と肩を叩く(という仕草をする)。

そこへガウェインが現れ、盾を背負ったまま豪快に笑う。「おい、お前ら。話してるところ悪いが、さっき整備班が新しい“重力安定デバイス”を開発中とか言ってたぞ。試作段階らしいが、もし成功すれば例の反転領域でもそこそこ動けるかもしれないってな!」

アリスが目を丸くして喜ぶ。「本当? それがあれば干渉力の負担を軽くできるかもしれない。ぜひ試してみたいわ」
「試すって言っても、人柱になりそうだな、俺らが」とガウェインは面倒くさそうに笑う。カインも「でも挑戦する価値はある。あっちが完成すれば、きっと背面突入も実現可能になるだろう」と期待を込めてうなずいた。


翌日、重力反転領域を突破するための“重力安定デバイス”が急ピッチで組み上げられ、ガウェインとトリスタンが簡易的にテストを行った。結果はまだ安定しないが、観測光を駆使した制御がうまくいけば重力のベクトルをある程度補正できるらしい。
アリスが噂を聞きつけて整備ハンガーへやってきた。「どう、成果は?」と問うと、整備士たちが「まだ不安定だけど、ある程度は“上下逆転”を遮断できそう」と報告する。カインも横でそれを聞き、「そいつは心強いな」と笑顔を見せた。

アーサーとモルガンは、そのデバイスが実用化し次第、大艦隊の一部に配備する案を検討している。要塞の背面からの奇襲――それが今回の作戦で新たに浮上したプランだ。
もちろん、要塞は正面を固めるだけでなく、背面にも防衛網を巡らせている可能性が高い。だが、前回の大規模攻撃で正面砲台をいくらか削れた今、もう一度強襲すれば混乱は避けられない。そこへ重力反転を突破した別働隊が内部に侵入できれば、一気に中心部へ切り込めるかもしれないのだ。

アリスは内心で、「次こそ本当に要塞内部へ……もしかしたらユグドラシル・モデルのすべてを思い出す瞬間が来るかもしれない」と考えているようだった。だが同時に、不安も残る。干渉力を大量に行使したら再び身体(意識)が危うくなるのではないかという恐れだ。
カインはそこを察して、「俺たちが補うから、気にすんな」と何度も励ます。ガウェインも「ド派手にやろうぜ」と拳を突き上げて笑い、トリスタンは「まあ、あと何回か死線を越えるだけだろうね」と飄々としている。アーサーは王としての威厳を保ち、「万全の構えで挑む」と短く答える。


数日後、再度の作戦準備が整った報が届く。星海から要塞近辺へ向けて艦隊が出陣の構えを取り、重力反転領域へ潜る小隊には新たに装備された“重力安定デバイス”が搭載されている。
作戦の要点はこうだ。まずは正面から艦隊が要塞を牽制し、火力を集める。外壁に傷をつけた箇所を再度狙い、バリアを揺さぶる。そこへ重力反転側から円卓騎士団が裏手へ回り込んで攻め込めれば、要塞は二面作戦を強いられる――という狙いである。ユグドラシル・モデルに関わる中枢も、この機に突き止めたい。
モルガンが号令を発し、艦隊全体が一斉に動き出す。カインたちは銀の小手に乗り込みながら、アリスと最後の確認を行う。アリスはほっとした笑顔で、「みんなとなら、乗り越えられるもの……そう信じてる」と心から言い、カインも「今度こそ勝ちに行こう」と意気込む。

渦巻く闇と星の流れの宙域を抜け、再び彼らは最前線へ向かう。どこか神秘的な光が流れ、重力がまとわりつくかのように上下が入れ替わる場所。そこを通れば、巨大要塞の裏手に出られるはず。
最終的には、大艦隊の砲火が正面を乱し、円卓騎士団が裏から核心へと突撃――本格的な決着へ向けた大いなる戦いの幕が上がろうとしていた。

宙域を行く小隊の姿が印象的だ。まるで、深い海底を潜水艦がすすむかのごとく、暗黒の渦に小さな光を携えて飛び込んでいく。アーサーのエクスカリバーが先行し、ガウェインが盾を抱えて後衛を守り、トリスタンが狙撃位置をキープして両翼をカバー、そしてカインとアリスが中心で干渉力や観測制御を行使する。
その先には、まだ見ぬ闇がただよう。だが、皆の瞳には不退転の意志があった。要塞がどれほど強大でも、仲間と協力すれば乗り越えられるはず。アリスの言葉が自然と脳裏に蘇り、カインは操縦桿を握りしめる。

「行くか。今回こそ、本当に要塞の奥へ踏み込むんだ」
機体がエンジンを噴かし、闇の渦へゆっくりと姿を溶かし込んでいく。星々の流れが背後を流れ去り、重力の上下が怪しく歪む。その先にあるものは、果たして希望か、さらなる絶望か。彼らはまだ知らない。だが、進まずに立ち止まる道はもはや用意されていないのだ。

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