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天蓋の欠片EP13-3
Episode 13-3:プライベートと絆
冬の名残がようやく消え、春の兆しが訪れつつある早朝。ユキノはカーテン越しに差し込む暖かな光を受けながら目を覚ました。
「ん……もう朝か……」
軽くあくびをして布団を抜け出すと、窓の外には澄んだ青空が広がっている。観測者・蒔苗の消滅以来、街に重苦しい空気は漂わなくなった。過激な戦闘が起きる予感も薄れ、真理追求の徒の残党が潜んでいる可能性は否定できないが、タスクフォースの監視が効いているのか、大きな事件はほとんど聞かれない。
ユキノは胸の包帯を触ってみる。痛みはまだあるが、以前ほど鋭くはない。リハビリを兼ねた毎日の散歩や、通学再開で動き回っているうちに、身体が少しずつ元に戻ってきたと実感する。戦闘が続いていた頃は「普通に起きて普通に学校に行く」ことすら遠い夢だったが、今は違う。
「さて……今日も学校行って、放課後はカエデさんたちと映画を観る予定……」
スケジュールを頭の中で組み立てると、自然と笑みがこぼれる。久々に「予定」という言葉が楽しく感じられる――それこそが、観測者に翻弄された日々とは真逆の安堵だ。
朝食を済ませ、ユキノは制服姿で家を出る。通学路には同じ学校の生徒がちらほら、挨拶を交わすと「おはよう、ユキノ!」と元気な声が返ってくる。戦闘が常態化していたころを思うと、それだけで幸せを感じる瞬間だ。
「おはよう、カエデさん!」
数分歩いた先でカエデと合流する。カエデも少し照れたように手を振り、「あ、ユキノ。今日は放課後、ほんとに行けるんだよね? 映画館、ちょうど新作がかかってるからチケット取ったよ」と笑顔を見せる。
ユキノは頷き、「うん、絶対行く! 最近はタスクフォースの用事で呼び出されることも減ったし、過激派も動きがないみたいだし」と返す。カエデはホッとした表情。「そっか……よかった。昔なら映画どころじゃなかったもんね。急に呼び出されて戦闘とか、ほんと嫌だったよ」と溜め息をつく。
二人で並んで歩く朝の道には、優しい日差しとほのかな桜のつぼみの香り。何気ない下校後の予定が、すでに彼女たちにとってはかけがえのない“プライベート”という証しなのだ。
同じ日、放課後になるとユキノはカエデと映画館へ行く予定だが、その前にタスクフォースの研究施設へ立ち寄ることになっていた。かつて観測者対策に使われていたラボは縮小され、今は医療研究やリハビリ支援を中心とした用途で使われている。ユキノは定期的に検診を受けるため、足を運ぶ必要があるのだ。
「こんにちは。あ、柴山アカリさん」
受付で顔を合わせたのは、最近“監視者部門”の一員となった柴山アカリ。彼女は丁寧に頭を下げ、「ユキノさん、お疲れさまです。今日は定期検診ですよね。先生が待ってますよ」と案内する。
ユキノが案内される診察室は、かつてのような物々しさが消え、白を基調とした落ち着いた雰囲気に変わっている。担当医は聴診器でユキノの胸の具合を調べ、「うん、問題ないね。痛みはもうほとんど大丈夫でしょう。無理せずに過ごせばさらに良くなる」と暖かい口調で伝える。ユキノはほっと笑みを浮かべ、「ありがとうございます。映画も観に行けそう」と心の声を漏らす。医師は「映画! いいね、若いって素晴らしい」と冗談めかす。
検診を終えて外へ出ると、アカリが待っていて、「ユキノさん、調子良さそうですね。映画って……楽しんできてください」と笑顔で送り出す。ユキノは「うん、ありがとう。アカリさんもお仕事頑張って」と返す。戦闘から解放された平穏の中で、こうした何気ないやりとりが増えたことがとても嬉しい。
夕方、ユキノとカエデは約束通り映画館へ向かう。ポップコーンとジュースを手にしながら、「こうして普通にデートみたいに過ごせるの、実は初めてじゃない?」とカエデが照れるように言う。ユキノも顔を赤らめ、「そうかも……。ずっと戦闘や陰謀で余裕なかったからね」と笑う。
ところが、チケットをもぎる直前に、突然人込みの中から声が上がる。「おい、そこの子たち、ちょっと待て!」と荒々しい口調で男が近づいてきた。カエデが瞬時に警戒態勢をとるが、男はただの一般人のように見える。しかし、その目には狂気が宿っているかもしれない。
「あなたたち、タスクフォースの実験体だったんじゃないか? 観測者に関係してたんだろう? テレビで見たぞ……!」と詰め寄ってくる。周囲の客がざわつき、不審そうに振り向く。ユキノは困惑しつつ、「す、すみません……。わたしたちはもう普通の学生ですよ。実験体というのは誤解です」と言葉を選ぶ。
男は興奮気味に「嘘をつくな! 観測者が消えたって本当なのか? お前らが何か隠してるんじゃないか?」と質問をぶつける。カエデはつい拳を握りそうになるが、ぐっとこらえ、「落ち着いてください。確かにわたしたちは以前、戦闘に関わってましたけど、今は何も隠してません。映画を観に来ただけです」と冷静に答える。
周囲はさらにざわめき、スタッフが駆け寄る。男は激しく肩を上下させながら、最後まで「騙されるなよ、観測者はいなくても奴らが世界を支配するんだ……」と声を上げる。しかしスタッフが説得し、男をなだめる形で引き離したため、大きな混乱にはならなかった。
ユキノは胸を押さえて安堵の息を吐き、「あー、びっくりした……。観測者が消えたのに、まだ疑心暗鬼になる人もいるんだね。わたしたちに恨みがあるわけじゃないかもしれないけど……」と沈む。カエデはそっと背中をなで、「大丈夫。こういう小さなトラブルも、そのうち消えていくよ。だって、あたしたちはもう普通に暮らしてる。観測者なんていないんだから」と微笑む。
結局、チケットは無事で、二人は映画館の中へ入り、お目当ての作品を楽しむことができた。戦闘シーンの多いアクション大作を観ながら、ユキノは「あー、あたしもこんな派手に戦ったことあったっけ……」と苦笑する。カエデは「もうコリゴリだよ……」と小声で笑い合う。二人の絆は、こうしたプライベートな時間でますます深まっている。
一方、タスクフォースの隊員として日々奔走していたアヤカと、探偵業を再開し始めたエリスにも、穏やかな休日が訪れることが増えた。以前は“観測者対策”に追われ、プライベートな時間など皆無だった二人だが、いまは大きな事件が減り、スパイの逮捕もほぼ完了し、降伏派との交渉が安定している。
ある日の午後、エリスはアヤカを誘ってカフェに入り、ゆっくりと紅茶をすすっていた。窓辺に差し込む日差しが柔らかく、店内は落ち着いた音楽が流れている。
「こうしてのんびりティータイムを過ごせるの、いつぶりかしらね」
エリスがティーカップを持ち上げながら言うと、アヤカは苦笑いする。「ええ、本当に。前までは緊急呼び出しや、大規模戦闘の後始末ばかり。夜もまともに眠れなくて……。いまは平和ね。もちろん小さな事件は起きるけど、すぐに対処できるレベルだし」
エリスは瞳を細め、「あのころはユキノやカエデが命を削って戦って、蒔苗を拒絶して……すべてが激流のようだった。いまや観測者が去って、タスクフォースも正常化して、少しは普通の公務員らしくなったんじゃない?」と茶化す。アヤカは照れ隠しのように咳払いし、「まあ、なんだかんだ言ってまだ忙しいけど、確かにあのころに比べれば天国よ。あなたも探偵として忙しいんでしょ? スパイの逮捕に大きく貢献したとか」と返す。
二人はぷっと吹き出すように笑い合う。戦闘や観測者の話題が中心だった頃とは違い、くだらない冗談やプライベートな話で盛り上がる時間が嬉しかった。
ある夜、ユキノは学校行事を終えてからカエデを自宅に招待した。夕食後に二人で屋上へ上がり、星空を眺めるのが彼女たちのささやかな楽しみだ。屋上にはいまだ痛みを抱えるユキノのために椅子を用意してある。
「今日はちょっと曇りがちだけど、星が少しは見えるかな……」
ユキノは夜風に髪を揺らされながら見上げるが、雲の切れ間からいくつか星が覗いている程度。カエデは隣で頬杖をつき、「こうやって夜景を見ると、蒔苗のいたころが嘘みたい。あの子がよく夜空に浮かんでたり、視線を感じたり……」としみじみ語る。
ユキノは「ああ、確かに。夜になるとあたしを観測してるような気配を感じて、落ち着かなかったよね。でももう、いないんだよね。……ちょっとだけ、寂しい気もするけど」と遠くを見つめる。カエデは苦笑し、「わたしは寂しさより、解放感が大きいかな。でも、ユキノがそう感じるなら、それはそれでいいんじゃない? 拒絶して消えたとはいえ、いろいろあったし……」とそっと手を重ねる。
夜風が吹き抜け、少し肌寒くなる。カエデが「風邪ひくよ」とユキノの肩に上着をかける。二人は言葉少なに夜景を眺める。その静かな時間こそ、彼女たちが何よりも大切にしている“プライベート”な瞬間だ。痛みや悲しみを共に乗り越えたからこそ、今はただ側にいるだけで心が満たされる。
平穏が続くとはいえ、真理追求の徒の過激派が完全に消えたわけではない。ある日の放課後、ユキノがカエデと一緒に繁華街で買い物をしていると、ビルの一角から煙が上がり、警報が鳴り響く。
「なに……?」
ユキノが驚いて駆け寄ろうとすると、タスクフォースの隊員が慌ただしく走り回る姿が見える。「過激派の小グループが爆発物を仕掛けたらしい! まだ現場にいるかもしれない。避難して!」
カエデは即座に「わたしたちも手伝うよ!」と前に出るが、隊員は「あなたたちは下がって! ユキノさん、カエデさんも護衛対象には変わりありません!」と制止。しかし、ユキノは唇を噛んで「でも、逃げる人たちを助けられるかもしれない……」と飛び出してしまう。
結果的に、現場は大きな爆発には至らず、タスクフォースが速やかに処理を進める。過激派数名が姿を現し、激しいオーラの火花を散らすが、以前のような強大な力はない。ユキノが短い射撃(弓による一射)で牽制し、カエデが動きを封じる形で隊員が拘束に成功する。
周囲の避難民にも大きな被害は出なかった。
「はぁ……やっぱりまだこんな形で戦闘があるのか。痛いけど、逃げるのは嫌だったんだ」
ユキノは胸を押さえて息を切らせる。カエデも軽く肩を痛めたが、「ユキノが的確にオーラを撃ち抜いてくれたから、スムーズに抑えられたよ」と笑う。隊員が駆け寄り、「すみません、危ないところを助かりました。あなたたちがいなくても私たちで何とかできたかもしれないけど、早期に制圧できたのは大きい」と恐縮する。ユキノは「いえ、気にしないで……」と苦笑し、もう観測者の力はないが、自分たちがまだ“戦える”と再確認して、少し複雑な気持ちになる。
事件後、タスクフォースの一室で簡易的な聞き取りを終えたユキノとカエデは、エリスやアヤカと顔を合わせる。エリスが「いやはや、お疲れさま。軽傷で済んでよかったわね」と笑い、ユキノは首を振り、「正直、映画の後もこんなことあって、やっと落ち着いたと思った矢先だから……もう少し平穏が続いてほしいな」と嘆く。
アヤカは事情を聞いて書類にメモを取りながら、「とはいえ、大規模化せずに済んだのは大成功よ。あの規模の爆発物を止められたのは、あなたたちがすぐに対応してくれたおかげだし。さっき指揮本部でも感謝の言葉が出てたわ」と伝える。カエデは恥ずかしそうに「そっか……。まあ、痛い思いをしたくはないけど、誰かを守れるなら頑張ってよかったかな」と返す。
ユキノは少し複雑そうに思案しながら、「こうやって戦闘が終わればまた普通にプライベートな時間に戻れるんだよね。昔は戦いの後もずっと戦闘モードが続いてたから……それに比べれば、いまは本当に恵まれてる」と遠くを見つめる。エリスは笑顔で「人間はね、観測者なんかいなくても、一度平和を味わえば、それを守ろうとする強さを持てるのよ。あなたたちがそれを証明してくれた」と言葉を添える。
やがて、時は流れ、ユキノやカエデ、そしてクラスメイトたちが企画する「プライベート合宿」が話題に上がる。学校行事ではなく、友人同士で温泉地に一泊して勉強会や観光を楽しもうという企画だ。
かつてならタスクフォースの護衛が必要で、観測者や過激派がいつ襲ってくるか分からなかったため、実現しなかっただろう。しかし今は大丈夫だ。タスクフォースの許可を得つつ、過激派が大規模に動く可能性も低い。この平和なときだからこそ、ユキノたちは青春を謳歌できる。
「わたし、行ってもいいのかな。痛みが出ても困るし、みんなに迷惑かけちゃうかも……」とユキノが不安げに言うと、クラスメイトは口々に「大丈夫だよ! 無理しない程度に楽しもうよ」と後押しする。カエデも「わたしがついてるから安心して。なんなら温泉で療養になるじゃん」と冗談めかす。ユキノは思わずくすっと笑い、「そうだね。せっかくだから楽しもう」と胸を弾ませる。
そして週末、ユキノたちはバスに乗って温泉地へ向かう。緑豊かな山間を走り、澄んだ空気が窓から流れ込む。到着した旅館は小規模ながら温かみのある木造りで、女将が笑顔で迎えてくれる。クラスメイトたちは「わあ、素敵な場所!」と歓声を上げ、ユキノも「落ち着く……」と癒される。
夕食前、さっそく温泉に入り、部屋で雑談をするプライベートな時間を堪能する。ユキノとカエデは畳の上にごろりと寝転び、「こんなに落ち着いて温泉に入れるなんて……感無量だよね」と笑い合う。他の友人もSNSに写真を上げながら「ユキノとカエデさん、ほんといい笑顔!」と微笑ましく眺める。
ところが、夜になると少しトラブルが。旅館の裏山で不審者が目撃されたとの噂が立つ。オーナーが「森のほうで変な光が見えた……怖いわ」と言い、クラスメイトたちが不安がっている。ユキノは嫌な予感を覚え、「もしかして、過激派の残党……?」と警戒モードを入れる。カエデは懐中電灯を握り、「ここまで追ってくるか分からないけど、一応確認してみようか」と提案する。
二人が外へ出ると、月明かりに照らされた裏山が静けさを湛えている。しばらく歩き回ってみても、不審者の気配はない。ところが、茂みの奥で青白いオーラのようなものが揺れているのを目撃し、「やっぱり……」と身構える。
しかし近づいてみると、そこにいたのはタスクフォースの隠密隊員――旅館周辺を巡回していた味方であり、決して敵ではなかった。隊員も驚いたように「あ、ユキノさん、カエデさん、すみません、脅かしてしまって……。ここ数日、不審者が出たという噂を受けて警備をしてまして」と事情を説明。二人は拍子抜けしたように笑って「もう、本当にビックリしたよ」と胸を撫で下ろす。
こうして小競り合いもなく、一種の勘違い騒動で終わる。旅館の人々やクラスメイトたちも安心し、「観測者がいなくなっても、タスクフォースがちゃんと見守ってくれてるんだね」と感謝の声を上げる。ユキノとカエデは照れくさそうに「わたしたちは何もしてないけど、みんなが安全ならそれでいいや」と笑みを浮かべる。
合宿2日目、ユキノたちは勉強会という名目で集まるが、実際にはほとんど遊んでばかり。畳敷きの部屋でトランプ大会が始まり、カエデや他の友人とトランプの切り札を突き合う。ユキノは「ああっ、負けた……!」と大声を上げて笑い転げるが、こうして無邪気にはしゃぐ姿は、戦闘に追われていた頃には見せられなかったものだろう。
夜には焚き火のようなライトアップを利用して、宿の人々が「夜の散歩」を提案。月明かりの下、ユキノとカエデが並んで森の小道を進むと、少し先ではクラスメイトが笑いながら写真を撮り合っている。ユキノは胸の痛みを意識しつつも、満ち足りた気持ちでいっぱいになる。誰かが狙ってくる恐怖から解放され、ただ楽しい時間に身を委ねられる幸せ……それを噛みしめるほどに、「観測者がいなくなった世界はこんなに温かいんだ」と思える。
ある地点でカエデが立ち止まり、星空を指さす。「わあ、見て。街灯が少ないから、星がすごくきれい……」
ユキノは顔を上げ、「本当……綺麗……」と感嘆の声を漏らす。かつては蒔苗を意識して夜空を見上げるたび、不安や恐怖を感じていたが、いまは単純にその美しさを楽しめる。カエデと見つめ合い、微笑み合う。日常の何気ない時間がこんなにも尊い――それが二人の胸に染みる。
合宿を終え、バスで帰路に着くユキノたちは、バスの窓から流れる景色に目を細める。行きは気が張っていたが、帰りは満足感でいっぱいだ。クラスメイトが「ユキノ、また一緒に遊ぼうね」「カエデさんも、ほんと頼れるよ!」と口々に称賛と親しみを表す。二人は照れくさそうに笑い、「ありがとう。またね!」と手を振る。
バスを降りると、夕暮れの街に戻っている。ここはいつも見慣れた通りだが、合宿後の高揚感も相まって、ユキノの目に新鮮な風景として映る。カエデが「荷物、重くない?」と気遣いながら歩幅を合わせてくれる。ユキノは首を振り、「全然大丈夫。むしろ楽しかった疲れが心地いいよ」と笑う。
そしてふと、二人は視線を交わし合う。観測者を拒絶し、過激派を鎮圧し、自ら痛みと向き合い続けてきた日々。
いま、彼女たちは勝ち取った日常を過ごし、仲間との絆を深める日々を手に入れている。 それは決して大げさな幸せではないが、ほんのささやかな日常が何よりも大切だと知っているからこそ尊い。
「ねえ、カエデさん。あたしたち、これから先もずっとこういう時間を守りたいね」
「うん。戦闘が必要なら戦うけど、そればかりじゃもう嫌だ。プライベートと絆……わたしたちはそのために頑張ってきたんだから」
周囲には街の灯りがともり始め、家路を急ぐ人々が笑い声を上げながら通り過ぎていく。過激派が仕掛ける小さな騒動はあるかもしれないが、タスクフォースと人間同士の意思で対処できる自信がある。観測者の消滅で開けた未来に、彼女たちは改めて希望を感じるのだ。
「明日も学校だね。痛くない?」
「うん、もう慣れたよ。もしまた映画とか行きたくなったら誘って」
「ふふ、もちろん」
仲間と過ごす穏やかな時間、アクション映画のような大暴れではなく、小さな衝突と小さな解決――それらを繰り返して人々が成長していく。
日常と絆を優先できる世界こそ、蒔苗が去ったあとに残された“本当の人間らしさ”なのかもしれない。
観測者・蒔苗がいなくなった世界では、ユキノやカエデ、エリス、アヤカ、そして新たに“監視者”として動くアカリらが、普通の日常と小さな戦闘の両方を行き来する日々を送っている。過激派の小さな暴走はまだ残るものの、大規模崩壊の危機は去り、タスクフォースの“監視”も必要最低限にとどめられている。
ユキノは痛みを抱えつつも“プライベート”な時間をしっかり味わい、学園生活や友人との合宿、映画デートを満喫している。かつては観測者に脅かされ、常に戦闘に追われていた彼女が今、こうして笑い合えるのは、仲間との“絆”を深め合ったからこそだろう。
観測者が消えた穴を埋めるように、人間が“監視”し合う社会を作ることへの葛藤は残るが、タスクフォースは適切な運用を目指し、降伏派や元敵との和解も進めている。エリスやアヤカも公務や探偵業に専念し、彼女たちが奪い返した平和を守るべく奔走中だ。
もはや蒔苗の干渉や世界終了の危機に怯えなくていい――それが、彼女たちの“プライベート”を充実させ、友人との“絆”を再確認する最高のチャンスでもある。傷はまだ癒えていないが、その痛みさえも共有し、乗り越えられると信じるから。大きな戦争ではなく、小さな衝突と小さな和解を重ねる日常こそ、人間らしい成長の舞台なのだ。
こうして、ユキノたちは改めて自分の人生を取り戻した。
激動の時期が終わり、やがて彼女たちは未来に向かって新たな夢を描き始める――観測者なしでも、人間の世界はちゃんと回り続けるのだ。
痛みをも共有し合える絆がある限り、彼女たちの笑顔は失われない。
これが、蒔苗が去ったあとの世界で見いだした、本物の自由と友情なのであった。