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再観測:星を継ぐもの:Episode12-3
Episode12-3:エピローグ
王都に差し込む光が、ようやく荒廃の街並みに柔らかな彩りを戻し始めた。幾度にもわたる死闘と崩壊、そして復興への試行錯誤を経て、円卓騎士団と人々は自分たちのペースを掴みつつある。かつて誇り高き城壁も、今は瓦礫を寄せ集めて間に合わせの柵をつくり、そこここに市場や仮設テントが並び出した。王都の顔は一変したが、その奥に宿るのは人々の「これからを生きていく」強い意志だった。
ある日の黄昏、アリスは城壁跡の高台に立ち、街の風景を眺めていた。上空の雲に切れ間が生まれ、茜色の光が廃墟を染めている。崩れた石壁や傾いた塔の影が道を二分し、小さな商隊がそろそろ撤収しようと荷車を押していた。
「みんな、少しずつだけど、笑顔を取り戻してるね……」アリスがそっと呟く。その声には、覚醒寸前の不安や自己犠牲の苦しみが薄れて、柔らかい落ち着きが感じられる。
「お前の力と、この街の人たちの頑張りのおかげだよ。どちらが欠けても無理だった」。
そう言ってアリスの隣に立つのはカインだ。気が張り詰めた顔ではなく、ほっと安堵の色を帯びている。
アリスは静かに目を閉じ、「私……ほんの小さな干渉しかしていないのに、みんなが『助かった』って言ってくれる。こんな形でも……世界と私、両方を壊さずに済むんだね……」と唇に笑みを刻む。
背後からアーサーが歩み寄る。片腕を失ったままのエクスカリバー機は修理が進まず、地上では徒歩で活動しているが、王としての存在感に陰りはない。彼は小さな巻物を広げて、カインとアリスの前で言葉を綴る。
「王都内に暫定政府を樹立する目処が立った。軍残党や衛兵、各都市国家の代理人、そして市民代表が協力し合い、復興と秩序の維持にあたる組織を作るんだ。いわば新しい政治体制だよ。旧王城が使い物にならないから、別の大きなホールを集会所とするらしい」
彼は少し照れくさそうに笑みを浮かた。
「……本来なら私が王として引っ張るべきだったが、すでに王都は崩れ去り、民も激動の中で生きている。私ひとりの独断では動かせない状況だ。けれど、皆が手を携えて一緒に進めるなら、それが理想の形かもしれない」と視線を落とす。
「いいんじゃないかな、それが。民衆も騎士団も、自分たちの街をつくっていくわけでしょ」
アリスは嬉しそうに微笑み、「アーサー卿は、その中心でみんなをまとめてほしい。あなたがいると安心感が違うから」と素直に言葉をかける。アーサーは軽く頷きつつも、「妹エリザベスの捜索はまだ続いてる……ただ、暫定政府が軌道に乗れば、彼女を探す人的余裕も出るかもしれない」と、少し胸を痛める表情を浮かべた。
暫定政府の準備とはいえ、廃墟から立ち直すには多くの摩擦も生まれる。ガウェインが盾代わりのプレートを抱えて戻ってくると、苦笑いで「さっきも農地の利権をめぐって小競り合いがあってさ、アリスを呼ぶか迷ったけど、とりあえずオレらで収めといたぜ」と報告する。
カインが心配そうに「無茶しなかったか?」と問うと、ガウェインは肩をすくめ、「少し拳を交えたけど、誰も死ぬわけじゃない。アリスの干渉に頼らなくても、人間同士、話し合えば解決できるって証拠だよ」と笑う。
アリスは微かな安堵の息をつき、「ありがとう……みんながそうしてくれるから、私が無理をしなくて済む……。本当に感謝してる」と微笑む。ガウェインは「おう、俺らは騎士だしな。お前を安易に酷使させねえよ」と照れ隠しするように目をそらす。
深夜、守備の合間にトリスタンが医務所の屋上で星空を仰ぐ。瓦礫と灰にまみれた街にも、夜の帳が静かに降りている。かつての大通りも今は廃墟だが、ところどころ小さな篝火が焚かれ、復興に向けた人々の努力が灯りとなって瞬いていた。
カインが隣に立ち、黙って夜空を眺める。
しばらくしてトリスタンが言葉を落とす。
「アリスはだいぶ安定してきたね。体力も戻り、小規模干渉をうまく使ってる。けど……俺はまだ一抹の不安を拭えない」
「覚醒の危険、か?」カインが問いかけると、トリスタンは頷く。
「ああ、こんな風に平穏が続けばいいが、人間同士の争いや自然災害、あるいはThe Orderの残滓が完全に根絶していない可能性もある。そんな新たな危機が起きたら、彼女はまた限界を超えて力を使おうとするかもしれない」
カインはそれを聞いて黙り込む。
「そうだな……俺もその日が来ないことを祈るよ。もし来たら、どうにか止めてみせる。絶対にアリスを壊させない」
トリスタンは優しく肩を叩き、「そこはお前に任せる。王都もそうだけど、世界が続く限り人は生きていかなきゃならない。アリスが完全覚醒に踏み込まず、このまま生きてくれれば……俺はそれでいい」と静かに微笑んだ。
翌朝、アリスはベッドからすっと起き出す。完璧ではないが、以前よりは表情が良く、神官や医師も「随分と安定しているようですね」と口々に驚く。
アリスは毛布をたたみながら、「うん、なんだか身体が軽い気がする。夢でうなされることも減ったし、世界が壊れるって声もかすれて聞こえなくなってきた……」。
すると神官が嬉しそうに、「それはいい兆候です。中途の覚醒を保ちつつ、あなた自身が覚醒を制御している状態が板についたのかもしれません。多くの人が助けられてるし、いい方向に行ってるんじゃないでしょうか」と励ます。
アリスは微笑みつつ、心にぽっと灯がともる感覚を得る。「そっか……私、こんな形でも役に立てるんだ……。以前みたいに苦しむだけじゃなく、人を守れている……」
その言葉に看護師もニコッと笑い、「ええ、とっても。あなたを壊さず、街も少しずつ甦ってる。これがあなたの希望になればいいわね」と返す。アリスは小さく頷いた。
医務所から外に出たアリスをカインが出迎え、通りを一緒に歩く。道端には夜の火の残り香と、朝の光が混ざり合い、不思議な清々しさが漂う。
「ねえ、カイン」
「私、このままずっと中途の覚醒を続けるのかな?」
「いつか完全に眠るとか、逆に完全に目覚めてしまうとか、そうなる日は来るのかな……」
アリスが問いかける。
カインは足を止め
「わからない」
「でも」
「オレは今のままでいいと思う。お前が世界を保ってくれるなら、無理に眠る必要もないし、目覚める危険も冒さないほうがいいだろ?」と答える。
アリスは少し困ったように微笑む。
「うん、私もそう思う。でも、いつか本体との接触が深まるかもしれないし……また何かに巻き込まれたら、結局“アリスか世界か”になっちゃうのかなって、不安もあるんだ……」
カインはその手を握って、「もしそうなっても、俺が止めるし、みんなで一緒に考える。お前は一人じゃない。覚えておけ、アリス」と強く言い切る。
アリスは瞳を潤ませつつ
「ありがとう……みんながいるから、私もここで生きていたいと思えるの」と深く頷いた。
しばらく時が経ち、王都中央の広場には仮設市場がより大きく展開し、商人たちの笑い声や交渉の声が鳴り始めた。以前の壮麗な姿とは違うが、活気が息づいている。
アリスが仲間たちと市場を巡回すると、店主が「ほら、見てよ。このあたりの道、君のおかげで片付いたんだろ? これでお客さんが通りやすくなったんだ。ありがとうね!」と挨拶してくれる。
アリスは頬を赤らめつつ、「私だけじゃなくて、みんなが手伝ってくれたから……」と返す。
けれど店主は「いやいや、あなたの干渉が大きいさ! それに仲間を巻き込まないようにって気を遣ってくれて、感謝してるよ」と親指を立てて笑う。
トリスタンは遠巻きにそれを見て「いい光景だね。人間同士の理解が進んで、アリスも受け入れられてる」と微笑ましい。ガウェインも「ちょっと前までは“世界を壊すかもしれない”とビクビクされてたのに、こうも変わるもんか」と感慨深い表情をする。
カインは「いや、そう簡単じゃないって。アリスが必死に我慢してるのをみんな知らないだけだ。それを救えるのは、やはり俺たち騎士団だよ」と口にする。アリスは「……ありがとう。でも、こうやって笑顔で“ありがとう”って言われると、私も嬉しくなるんだ」としみじみと呟く。
夕方になり、アーサーは仮設政府の一角にアリスを呼び寄せる。そこは以前の王城とは比べものにならない簡素な建物だが、議論が飛び交い、新たな法整備や住宅再建計画などを進める要人たちが行き交っている。
「アリス……今度、もし力に余裕が出てきたら、王都中心の公的施設を少しだけ助けてほしい。市民が集う場所や病院、学校、そういうものの再建に、君の干渉が役立てばいいと思うんだ」
アーサーが慎重な表情でそう提案する。彼は「もちろん無理はさせない。限度内で、だ。これから王都が落ち着けば、周辺の都市との連携もスムーズになる。そのときに、みんなで開拓や農地拡充も考えたいんだ」と話を続ける。
アリスは少し考え込む。「……分かった。私もお役に立てるなら嬉しい。大掛かりなことはできないけど、重要な施設を部分的に支えるなら……」と前向きに応じる。
カインは心配そうに「いいのか?」と問う。アリスは微笑み、「うん。もう少し慣れてきたから。私、世界を壊す力を全部使わなくても、人を救うことができるってわかったの」と答える。アーサーも力強く頷き、「ありがとう、アリス」と感謝を表す。
その日の夕暮れ、街のあちこちから小さな灯がともり、賑わいとは言えないが、人々が食事や会話をする姿が見えた。夜闇に包まれる前に、アリスは城壁跡で一息つく。
ガウェインとトリスタンがそばにいて、「これが“エピローグ”なのかねぇ。大戦争が終わって、残骸を立て直して、俺たちは新しい時代を迎えようとしてる」と呟く。
トリスタンは「エピローグっていうより、新たな序章じゃないかな。ここからが本番だよ」と苦い笑みを浮かべる。
アリスは静かに目を閉じ、「エピローグも大事だけど、その先にまた物語が続くってこと……私、楽しみにしてる」とつぶやき、微笑む。
夜になり、カインが医務所までアリスを送ってくれる。
星空は深く、隕石痕の大きなクレーターも遠くに見え隠れする。
王都は傷つき、未来への試練も多い。しかし、人々の目にはもう絶望だけではなく、前向きな光がある。円卓騎士団やアリスと協力し、街を立て直そうという気概が芽生えているのだ。
アリスは途中で足を止め、薄暗い道の先を見つめる。「あの頃は覚醒が進んで、世界が消えてしまうかと怯えてた。今も恐怖はあるけど、私、こうやって生きていられるんだね……」としみじみ呟く。
カインはその手を取って、「お前はもう一人じゃない。王都のみんなも、騎士団も、お前を大事に思ってる。辛い決断は皆で背負えばいいさ。お前が無理に頑張らなくても、今こうして街が動き出してるんだから」と優しく励ます。
アリスはその言葉にほっと目を細め、「うん……ありがとう。私もこの街で、一緒に生きていけると思う」と言い、医務所の扉を開ける。そこで看護師が温かいスープを準備して待っていた。「おかえりなさい、アリスさん。ゆっくり休んでね」と笑いかける。
アリスは「ただいま」と微笑み返し、カインに小さく手を振ってベッドへ向かう。彼女の背中に、騎士団や街の人々の想いがそっと寄り添っているようだった。
こうして、彼らの物語は幕を下ろした。
要塞との最終決戦や崩壊の波紋を克服し、中途の覚醒状態で人々を救い続けるアリスの姿が王都に安らぎを取り戻していく。
カインたち騎士団は負傷を抱えながらも、街の治安や復興の要となり、一歩ずつ秩序を築く。
アリスは大技を封印しつつ、小規模の干渉で街を手伝い
人々から感謝と尊敬を受けつつも無理のないペースを覚える。
世界を壊す危険も下げつつ、実際に多くの命を救えている現状に、ほんの小さな希望を見出している。
アーサーは片腕のないまま、暫定政府をまとめ、妹の捜索や連合の交渉を続ける。
王都の再興を自らの使命とし、数多の責務を背負いながらも、騎士団とともに立ち続ける。
王都の市民もまた、崩壊を経験したことで団結力を増しており、
過度にアリスに依存することなく、自ら働き始めている。
騎士団や魔法・科学の力があるにせよ、
基本は「人が生きる舞台は自分たちで作る」という自覚が芽生えだした。
そして、街角であの子供が笑っている。「お姉ちゃん、すごいよね!」と母親に話しかけ、楽しそうに遊び場を探している。廃墟とは言え、そんな子供の姿を見てアリスはほんの少しだけ泣きそうになるが、笑顔で応える。「うん、また今度会おうね」と手を振る。
闇夜に浮かぶ星は以前と変わらないが、世界に漂っていた絶望の気配は消えつつある。ほんの小さな光のかけらが、人々の胸を温める。
“アリスか世界か”と問われる苦難の日々を越え、すべては両方が生き延びる道を選び、実現しつつある。これから先、どんな困難が訪れようとも、アリスと騎士団、そして地上の人々が手を取り合い、再び奇跡を起こすだろう。エピローグを迎えた今こそ、新たな物語の始まりが見え隠れする。王都を照らす夜明けが近い証かもしれない。
——こうして、闘いの日々は幕を下ろした。
王都には確かな再生の息吹が芽生え、アリスの儚げな安定が街の人々を救い、騎士団は再び歩み出す。
世界が壊れず、アリスも生きるという奇跡を携えた。
そして、彼らの物語は続いていくのだ。