ソラナちゃんのいちにち-8
ブザーが鳴る。
イーサとJunoがボールに向かって泳ぐ。
まるでイルカの様に周囲の水の流れを味方につけて、流れる様に進むイーサ
ボールまで、あと少しと距離を詰めた。
(いける)
取れる確信があった。
しかし、シャチを思わせる鋭利な体捌きで突進してきたJunoにキャプチャーしたボールを取られてしまった。
(なんて鋭さ!)
そのまま速さを殺さずにソラナ陣営のゴールへと突進する。
しかし、それを許すイーサではない。
すぐさま引き返し、Junoの前方に回り込む。
(なるほど、素早いな)
(ゴールまで一気に行かせてはくれないか)
Junoがそう考えた刹那、イーサの拳がJunoのキャプチャーしたボールを捉える。
ボールに十全な運動エネルギーを拳を通し伝え、回転が加わったボールがキャプチャーから外れJunoの目前へと迫る。
(なんだ、と!)
至近距離から迫るボールをJunoはその動体視力を持って躱す。
躱したボールを回収する為にJunoは高速で旋回し、ボールへと向かおうとするが。
(旋回している!トランザクションか!)
Junoが躱したボールは、再度、Junoへと向かって回転を強め向かって来た。
それも彼女が振り向いたタイミングで目前に迫る勢いで。
(ならば、迎撃するだけだ)
Junoは、上半身のバネを使いストレートを繰り出す。
Junoの攻撃は、ボールの中心を捉え遥か彼方へと吹き飛ばす。
(思ったよりいい一撃が入ってしまった)
弾き飛ばされたボールを追うJunoとイーサ
だが、ボールは水流を巧みにコントロールし自らのもとに引き寄せたオズモに回収された。
「ナイスだ!オズモ」
Junoが叫ぶ
綺麗にスフィア上のシールドで捉えられたボール
それを狙いイーサが距離を詰める
Junoは、イーサの前に回り込み進路を妨害する。
タックルになるかならないかのギリギリの工房
攻撃はしてはいけないが、体が触れてはいけないルールはないのだ。
(くっ、なかなか進ませてくれないわね)
(さすが、Junoさん)
(ならば)
そう考え、トランザクションを放とうとしたところをボールが高速で横切っていく。
余りの速さに反応すら出来ず、棒立ちするイーサ
ボールは、更に加速すると、ソラナ陣営のゴールへと突き刺さった。
その瞬間すら意識することが出来ない程のスピードだった。
「ちょっと!お姉さま。何をされたのですか!」
「そんなこと教えるわけないじゃない。ソラナちゃーん」
朗らかに笑いソラナの非難をかわすオズモ
「これは、どういうことなのでしょうか?ポルカドット解説員?」
「乗り気だねー、アス太くん」
「そうそう、それだよそれ。そのフリ。大切だな。こーいうときの為に、俺たちがいるわけよ」
「観客のみなさんも、何しているのかわからないと楽しくないからな」
会場を見渡すようにジェスチャーしながら、ポルカドットは話しはじめた。
「で、どういうことなんです?ポルカドット解説員」
「ふふん。教えてやるよ」
「まずな、オズモ選手はだ。トランザクションを使ったんだわ」
「で、ボールを加速させてそのままシュート!ってな。かんたんだろ?」
「ぜんっぜんわからないですよそれ。クソ解説ですね。ポル兄ぃパイセン」
「あおっているのか?アス太」
「ええ、ポル兄ぃパイセンが解説の仕事をきっちりしないから、僕と会場の皆さんは激おこです」
「僕は、彼らの分まで代弁しました」
「それに、そんないい加減な姿、アバランチさんが見たら呆れてしまいますね」
「アバランチさんは、かんけーねーだろ!」
「ったく、言うんじゃないぞ」
「しっかり、解説して頂ければ」
「わかったわかった」
「細かく説明すりゃ―、あれはな、レールガンだ」
「レールガン?」
「そうだレールガン」
「そんなものどこにもないですけど?」
「目に見えるものだけ見ようとするんじゃねえ」
「スピリチュアルですか?」
「ちげーよ」
「ったく、おい。オズモ選手の周りを観測装置で測定してみろ」
「?」
何を言っているいるのかわからないが、こういうときのポルカドットのいう事は大抵、本質に迫っている。
だから、疑問には思ったものの観測をしてみるアス太
僅かな素粒子の乱れから、いくつもの次元構造が浮かび上がってきた。
「ちょっと、これ!なんですか。この空間の歪みは」
「それだよそれ」
「しかも、ただのレールガンじゃない」
「亜空間から、現実世界に干渉できる特別仕様の逸品」
「それをトランザクション一つで仕上げたのさ」
「正確には試合開始前からずっと練り上げたものを展開しただけなんだが」
「いや、それでも十分すぎるほど凄いじゃないですか!」
「なんですか!そんな戦略級の兵器を導入しているとか」
「正気ですか!?」
「正気だよ。あれがオズモ選手」
「勝つためには全力を尽くす」
「いや、全力とかそういう問題じゃないでしょ?」
「まぁ、天才科学者なんだ。そのくらいの奇行は想定無いだろ?」
「何、自分慣れてます!みたいな感じで納得しちゃっているんですか」
「俺だって、納得できないところはあるが、ツッコんだら負けだと思っている」
「でだ。これこそがオズモ選手の特徴なわけさ」
「何がなんですか」
「どんなに難しいトランザクションでも、高速で実現させる演算能力だ」
「フィジカルで、他の三人にどうしても劣る分、彼女が持っている技。それがこういう事なのさ)
「っと、この分析結果をそれぞれの選手に転送してだな」
「何故、転送するんですか?」
「あぁ、必殺の一撃で試合がワンサイドゲームで終わったらつまんねぇだろ?」
「だったら、一度さらした手の内は丁寧に説明して使えなくしてやった方が、盛り上がるってもんだ」
「いじわるの極みですね」
「いじわるじゃねぇよ!」
「そうした方が、盛り上がるだろ」
「だいたい、解説されて対応されるなら、それはそこまでだったってことだ」
「これ、対策できるものなんですか?」
「さぁ?」
「ただ、出来なければ負けるだけだな」
「無責任な」
「解説だからな」
「どちらかに肩入れする義理はねぇ」
「うん?何か情報が頭に流れてって」
「これは、そういうことだったのですね」
「お姉さま、やりますわね!」
「あーあ、ばれちゃったみたいね」
「でも、ばれたからって対策できるものじゃないでしょ?」
「ガンガン、これで攻めていくわよ」
そういって、余裕の笑みを崩さないオズモ
「いえ、二度と使わせないわ」
センターラインでのボール奪取を終え、ボールをキャプチャーしたイーサが言う。
奪取したボールを即座にソラナに渡す。
パスをカットするべく、ボールの軌道上に体を滑り込ませようとして、Junoが弾かれる。
「何をした!」
「ちょっとトンネルをつくらせてもらったわ」
ボールは、ソラナへと渡ると太陽の様に輝き始める。
青白い炎がソラナから発せられると、そのすべてがボールへと集約させられていく。
集約したエネルギーが臨界点を超えたのか、ボールは黒く硬質なものへと変質した。
「いきますわよ!これで、吹き飛びなさいな!」
そういって、ソラナのキックをスターターとしてスピードを得たボールは、オズモ陣営のゴールめがけて飛んでいく。
余りの力場にイーサもJunoも近づけないでいた。
「ソラナちゃん、本気出しすぎ!」
「勝負ですからね。お姉さま」
「それに、最初に本気を出されたのはお姉さまの方じゃなくて?」
「だったら、それに応えるというのが良い妹だと思いますわ」
(妹って、そんな物騒な概念だったのか?)
Junoの頭をまっとうな意見がよぎる。
そうしている間にもボールは、ゴールへと進み、オズモが亜空間に設置したレールガンを破壊しつくした。
至る所で、水の流れが急激に変わり、同時に光が生じる。
それは、まるで星々が水面に映ったときに放つ光の様に幻想的なものだった。
「私のレールガン!」
「ソラナちゃん、よくも破壊してくれたわね!」
「えぇ、やらせて頂きました」
水の流れを味方につけて加速したボールは、ゴールへと吸い込まれていった。
「これは、どういうことなんですかね。ポル兄ぃパイセン?」
「おめー、その呼び方改めないのな」
「ええ、Junoさんのお尻ばかり別カメで撮影するパイセンには、これで十分かと」
「なおしてもいいですよ?でも、Junoさんとアバランチさんにいいますけど」
「わーったよ。パイセンでええわ」
「わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて。ポル兄ぃパイセン、これはどういうことですか?」
「それはだ。重力球だ」
「ソラナちゃんが持つ莫大なエネルギーを一気にボールに吸収させて一点に集約」
「それ自体が破壊を引き起こす質量兵器にしちまったんだわ」
「でも、その割には、他の選手が無事だったような」
「それにソラナちゃんって、あんた、ロリコンだったんですか?」
「14才は、ロリコンじゃないからね。アス太くん!」
「他の選手が無事だったのは、彼女の兵器が亜空間にトランザクションで建造したレールガンのみを破壊するよう攻撃の方向性を持たせたものだったからな」
「簡単にいうなら、レールガンがある亜空間にブラックホールを送り込んだみたいなもんさ」
「で、その余波が水面の光や水の流れの変化として観測されたわけ」
「すっすごい!」
「だな。力技もあそこまで行けば立派な技だわな」
「でも、なんで、ポル兄ぃパイセンはわかるのですか?」
「ポルカドットスキャンがあるから、わかるに決まっているだろ?」
「って、なんでそんなことも忘れているの?アス太くん」
「急にまじめになった!」
「俺はいつでもまじめだぞ」
「そういいながら、ソラナちゃんの胸を拡大して撮影するのやめてもらえますか?」
「ばれたか」
「ポルカドット!何をわたくしの胸をジロジロ見ているのですか!」
「見たいのならば、堂々と言ったらどうなんですの?」
「ちょっとちょっと、アス太くん!なんでばれているのよ?」
「そりゃー、情報渡すときに僕が今のやり取りを付与したので」
「なんてことしちゃっているのかな!アス太くん!」
「いやーさすがに、ソラナちゃんは保護対象枠なので無断撮影NGかなーっておもって」
「おもって?」
「通報しました」
「誰に?」
「Junoさんに」
「おいーーー!」
「ポルカドット、貴様、後で話がある
「Junoさん、キレてますね」
「ますね!じゃねーよ。お前がキレさせたんだろ」
「さて、ポルカドットには後で制裁を加えるとして」
「今は、試合だ」
ソラナペアも、オズモペアも一点ずつとり、その後も激しい攻防が繰り広げられた。
しかし、どちらも高火力アタッカー、優れたディフェンダーのペアの為、決めようとすると防がれる。
その繰り返しだった。
(残り時間も僅か。でも、決めてに欠ける。使った技は悉く暴かれ、使えなくなってしまった。なら、最後は一番信頼できるものに戻るまで)
センターラインのボールを奪いに行く合図のブザーが鳴る。
Junoは、高速でボールを奪いに泳ぐがイーサはそのまま動かない。
その腕には、いくつもの光の文字が浮かび上がっていた。
Junoは、イーサを警戒し遠巻きにゴールを目指したが、水の流れにあおられ、軌道が強制的に変更される。
まるで吸い寄せられるようにイーサの方へと向かっていく。
(まずい)
だが、オズモにパスを出し、イーサにパスカットをされるわけにもいかない。
アイコンタクトで、イーサのトランザクションを妨害するようにオズモに指示を促す。
オズモからは、もうやっているとの返答が返ってきた。
(だったら、このちからはなんだというのだ)
吸い寄せられたJunoがイーサの前へと現れる。
しかし、イーサはJunoのボールを奪おうと攻撃しようともしない。
ただ、構えをとっているだけだった。
左手を天高く掲げ、右手を下に構え、重心を体の中心に置いた構えだった。
(何をするつもりだ?)
暫く、様子を見るも動きが無い
どちらかが仕掛けなければ、はじまらない。
そんな沈黙を破る為、オズモはトランザクションを発動させる。
Junoの身体能力が強化される。
スピードやパワーといった身体能力が飛躍的に引き延ばされる。
(イーサ、何を考えているかわからないが。抜かせてもらうぞ!)
Junoは、イーサの横を大きく抜けようとして彼女が降り下ろした手により引き起こされた衝撃波で吹き飛ばされてしまった。
瞬時にボールに全力を乗せたストレートを当て、イーサを狙い撃ち攻勢に出る。
イーサに一度ぶつけ、跳ね返ったボールを回収しようと放ったそれは、イーサの右手が横に薙ぎ払われることで宙へと投げ出された。
直進するエネルギーを全て失い真上に向かうボールは、丁度、イーサが次の動作へと移った右手と重なる。
イーサは、腕に纏ったトランザクションを全開放し、右手でスパイクを放った。
それは、ボールへとあたり、全ての運動エネルギーを注ぎ込んだ。
得たエネルギーにより、ボールは細く引き伸ばされた様ないびつな形に見えるほどの加速を得た。
異常な加速を得たボールは、水流を変化させる。
それらは、まるで渦潮の様にあたりの水を巻き込んでいった。
巻き込まれた水は、ボールに更なる加速を与える。
Junoがボールへと迫るも、水流により弾かれる。
まるで、巨大な怪獣に尾びれであしらわれるかのように。
水流は、ところどころボールから発せられる光を乱反射し光り輝く。
その様子はまるで。
(リヴァイアサンじゅあないか!)
彼女の一撃は、リヴァイアサンを生み出したのだ。
その顎がゴールをかみ砕き、その向こうの壁を破り、球状のプールを突破した。
大きな風が会場を揺らし、ボールは天へと昇って行った。