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星を継ぐもの:Episode2-3

Episode2-3:新たな脅威

夜明けの王都――。
 先遣部隊との激突を切り抜けた夜の余韻を引きずるように、空にはわずかに霞が残り、朝日に照らされる城郭の一角はまだ冷え冷えとしている。いくつかの街灯は消えずにまたたき、人々が慌ただしく出勤や作業の準備をする姿が見られた。だが、そこここに漂う空気には、どこか重たい疲労感が染みついている。

 先夜、カインとアリスが搭乗する「銀の小手(Silver Gauntlet)」はThe Orderの先遣部隊を撃破し、廃墟に潜んでいた結晶体のコアを破壊することに成功した。だが、それが終わりではなかった。じつは、先遣部隊を倒した直後に見つかった古代の円盤形端末をマーリンが解析し始めたところ、新たな脅威の存在を示唆する奇妙なデータが浮かび上がってきたのである。


 王城の一角、朝日が差し込む広間には、内政担当のエリザベスと円卓騎士団のリーダーアーサー、それから整備主任兼魔法技術顧問のマーリンが小さなテーブルを囲んでいた。椅子には疲労の色濃いカインも腰掛け、アリスはホログラム越しに参加している。
 ここは本来、貴賓をもてなすためのサロンだったが、近頃は緊急対策の打ち合わせ場所として使われることが増えた。壁には古い肖像画や王家の紋章が掛かっているが、薄暗い影が伸びており、重苦しい雰囲気を醸し出している。

「つまり、あの端末が示しているのは……また新しい脅威が、既に世界のどこかで動き始めているかもしれない、ということなのかい?」
 アーサーが口を開くと、マーリンは難しい顔で紙束をめくりながら答えた。

「はい。端末はかなり壊れていて、全容はまだ判読できませんが、一部だけ復元できたデータによれば、“大いなる歪み”と呼ばれる現象が近いうちに発生する恐れがあるようです。先遣部隊は、その準備段階……あるいは攪乱作戦と考えられます」

 歪み――。その不穏な響きに、カインはさっと背筋が寒くなる。アリスのホログラムも落ち着かない表情を浮かべ、かすかに眉を寄せる。

「歪み……観測光と似たようなものなんでしょうか? それとも、もっと大きな規模の……」
 マーリンは首を横に振り、唇をかむ。

「不明です。だが、観測光の発生源やThe Orderの行動パターンは、何らかの“歪み”をエネルギー源にしている可能性があります。これが大規模に起こると、もしかすると王都だけでなく、世界全体を巻き込む危機になりかねない」

「そんな……私たち、やっと先遣部隊を退けたばかりなのに」
 アリスの声が震える。彼女は先日の干渉波レーザー連射で心身ともに疲弊しており、休みを取ったのもつかの間、こうして再び不穏な情報に直面しているのだ。今まで以上の負担がかかる恐れがある。

 エリザベスは慌ただしく王国の資料や地図を広げながら、深刻な表情をアーサーに向ける。
「先遣部隊は北方の廃墟を使っていたけど、あれはほんの一部にすぎないかもしれません。もっと広範囲で同じような動きがあるとしたら……私たちの国力や防衛体制では、とても対応しきれないわ」

 アーサーは拳をぎゅっと握りしめ、皆を見回す。その眼差しには王としての責任感と、仲間たちを守りたいという切実な思いが混じっていた。
「……だからこそ、先んじて情報を集める必要があるな。マーリン、君は引き続き端末の解析を進めてくれ。カインとアリス、君たちにはどうしても、観測光に対抗できる干渉の力が必要になる。次の出撃がいつになるか分からないが、また頼ることになるだろう」

「わかりました。……俺だって、街を守りたいし、先遣部隊の件みたいに被害が拡大する前に動きたいです」
 そう返事するカインの瞳は、決意の炎を帯びている。アリスも「はい」と一言静かに肯定し、ホログラムの端で微かに頭を下げた。


 ブリーフィングを終えた後、カインとアリスは城の外へ出て、朝の王都を見下ろした。昨日の夜にはまだ満ちていた霧はほぼ晴れ、舗装道路の向こうに市民たちの行き交う姿がある。だが、人々の顔にはどこか暗い影が落ちていた。観測光の脅威が去ったわけではないからだ。

「やっぱり、みんな疲れてるね……」
 カインがぽつりと漏らす。心なしか、自分自身にも倦怠感が染みついている気がした。寝不足と戦闘の疲労、そして来るべき“歪み”の可能性――重圧は増す一方で、息が詰まる。

「でも、あなたが先遣部隊を止めたという噂は、街の人たちにとって大きな希望になっています。……少しは胸を張ってもいいんですよ」
 アリスのホログラムは微笑もうとするが、その瞳には不安が拭えない。自分も含め、街全体を救ってくれたカインを少しでも支えたいのだろう。

「ありがとう。そう言ってもらえると助かる。でも……まだ怖いんだ。俺は“銀の小手”のパイロットでしかなくて、観測光に干渉できるのはアリスの力があってこそ。もっと、強くならないと……」
 カインの呟きに、アリスはしばし沈黙する。彼の弱音を否定するつもりはない。事実、観測光に対抗できるのは彼らしかいないという現実は変わらないからだ。

「私も、もっと干渉の精度を上げる練習をしたいと思います。……負荷を少しでも減らして、あなたが長く戦えるように」
「うん、一緒に頑張ろう」

 二人はそう言って見つめ合い、やがて城門のほうへ向かう。これから整備ドックへ足を運び、銀の小手の状況を再チェックする予定だ。もし“新たな脅威”が差し迫っているなら、いつでも動けるようにしておきたい。


 整備ドックを抜けた先の研究区画には、いくつもの古代技術の遺産が保管されており、その中でも最も機密性の高い部屋がマーリンの研究室だ。部外者の立ち入りは厳しく制限されているが、カインとアリスは特別な許可を得てここに通されている。
 部屋の中央には大きな魔法陣が描かれた床があり、壁際には多種多様な水晶端末や古代の記録媒体が並んでいた。いまはそこに、昨夜の戦闘で回収された円盤形端末が安置されている。

「やあ、カインにアリス。ちょうどいいところに来たね」
 マーリンは端末の断面を透視する魔術装置の前に立っていた。深夜にもかかわらず睡眠を削って解析を進めていたらしく、目の下にクマを作りながらも、好奇心に満ちた瞳を輝かせている。

「その端末、何かわかりました?」
 カインが問いかけると、マーリンは笑みを見せながらホログラムを操作してみせる。そこには、いくつかの断片的な文字と波形データのようなものが投影されていた。

「まだ全部は解読できていないけど、“大いなる歪み”を中心とする図が確認できた。そして、その歪みを何らかの『鍵』で封じるという古代の儀式に関する記録が断片的に出てきてるんだ。……まるで、観測光を食い止める最終兵器のようなものを想起させるね」

「鍵……それって、具体的に何なんだろう?」
 カインが不思議そうに首をかしげると、マーリンは肩をすくめる。

「そこが分からない。古代文字が壊れていて、明確な単語になってないんだ。ただ、イメージとしては“神殿”か“祭壇”のような場所を指している可能性がある。そこに鍵が眠っていて、歪みを封印できる、という話のようだよ」

「神殿……まさか、先遣部隊が探していた場所とか?」
 アリスが言葉を挟む。彼女自身の中でも何かが反応するように感じているのか、声がやや強張っている。

「かもしれない。あの廃墟は確かに古代施設の片割れだったかもしれないね。ひょっとすると、歪みに関連する大きな神殿が別の場所に存在するのかも……」
 マーリンはそこでひと息つき、カインとアリスに真摯な眼差しを向ける。

「君たちにはまた苦労をかけるが、この“神殿”や“鍵”に関して、どうにか追加の情報を得たい。エリザベスとアーサーも協力を申し出てくれたが、何しろ古い資料が少なすぎる。……もしThe Orderが先手を打って、その神殿を利用し歪みを拡大させるつもりなら、私たちはどうやって止めればいい?」

「俺たちが干渉波を使えば何とかなるか……それとも、鍵を先に見つけるしかない?」
 カインは苦渋の表情で呟く。観測光を一定時間防ぐことはできても、世界規模の歪みが起これば対処しきれないという直感がある。

「そう、今までの干渉では太刀打ちできないレベルかもしれない。たとえば、複数箇所で観測光が同時に発生すれば、銀の小手ひとつじゃカバーしきれないだろう?」
 マーリンの言葉に、アリスも肩を落とすようにうなだれる。自分の力だけでは追いつかないかもしれない――その不安が再び頭をもたげる。


 まさにそのとき、研究室の扉が激しくノックされる。そして、一人の兵士が顔をのぞかせ、緊張に満ちた声を上げた。
「大変です、急報! 南西域の高原地帯でThe Orderの大群が出現したとの報告が入りました! 観測光ではなく、複数の大型ユニットが集結している模様です!」

「なんだって……先遣部隊がまだ残っていたのか?」
 カインが驚いて立ち上がる。兵士は苦しそうに息を整えながら続ける。

「詳細はまだわかりませんが、大型ユニットは一機や二機ではなく十を超える可能性があります。しかも周辺の村と通信が途絶しているらしく、状況は深刻かと……!」

 南西域――以前魚型モデルが出現した沿岸部とも少し違う場所だ。バラバラに襲撃しているのだろうか。それならば、まさに世界的な同時多発侵略の序章ではないか。
 カインは思わずアリスのホログラムを見やる。彼女の表情も青ざめたように見えるが、細く唇を引き結んで静かに頷いた。

「……行こう、マーリン。俺たちが行くしかない」
「そうだね。エリザベスやアーサーの指示を仰いで、すぐに迎撃体制を整えなきゃ。今度は大型ユニットが複数だなんて……厄介だな」

 兵士が「では急いでください!」と叫ぶと、カインとマーリン、アリスは研究室を飛び出し、城内を駆け抜ける。廊下では既に非常警報が鳴り響き、兵士やスタッフたちがばたばたと走り回っていた。観測光ではないが、The Orderの大群が押し寄せているとなれば、王国全体が大混乱に陥るのも無理はない。


 緊急連絡によると、南西域の被害が拡大しつつあるらしい。大型ユニットと呼ばれるものは、多脚や翼を持つ人型ではない異形機が複数集結し、観測光こそ放っていないものの莫大な破壊力で村を襲撃しているという。まるで地上を蹂躙する鋼鉄の巨獣の群れだ。
 エリザベスは内政班を動員して避難誘導を指示するが、対応が追いつくか分からない。そこで、急ぎ円卓騎士団の主力が出撃することになった。

 格納庫では、ガウェインやモードレッド、トリスタンらが既に乗機の戦闘機に搭乗し、エンジンを始動させていた。カインとアリスの「銀の小手」も急いで整備員が最終点検を行い、先夜のダメージを可能な限り修復している。
 マーリンはタブレットを片手に、カインへと駆け寄り、大きく肩を叩く。

「大丈夫かい? 徹夜明けで休む間もないだろうけど……今度は観測光じゃないから、干渉波を使う場面は少ないかもしれない。通常火器やシールドで対処できるかも」

「そっちのほうがむしろありがたいけど……敵の数が多いって話だし、気を抜けないね。とりあえず、なるべく被害が拡がらないうちに叩くしかない」
 カインは操縦服を整え、ヘルメットを被る。アリスのホログラムがコックピット内に展開され、淡く瞬く。

「……私も干渉演算をいつでも使えるよう待機します。敵が観測光を使わなくても、大型ユニットの動きに合わせて私が事前に対処できるかもしれません」
「頼んだよ、アリス。無理はしないでな」

 手短に会話を交わした後、アーサーの指揮下で円卓騎士団が一斉に離陸する。黒と赤を基調としたモードレッド機が先頭を切り、ガウェインの防御特化機が中程で護衛を担う。トリスタンは狙撃支援のため高高度を維持し、カインの銀の小手は後方から様子を窺いながら臨機応変に対応する方針だ。


 王都を発ち、南西方面に機体を飛ばしていくと、徐々に地形が平原から岩混じりの荒野へと変化していく。森林もまばらで、ところどころに断崖が顔を出す荒涼とした光景だ。
 ここで人々は長らく農耕や牧畜を営んでいたが、近年はThe Orderの出現や資源不足などで過疎化が進んでいた。しかし、それでも小さな村が点在し、ほそぼそと暮らす住民がいる地域だ。

「アリス、敵の位置が分かるか?」
 カインが尋ねると、アリスはモニター上でバイザー付きのウィンドウを開き、干渉波スキャンと通常レーダーを組み合わせた地形図を表示する。

「こちらから見る限り、大型ユニットがいくつも散らばって移動しています。恐らく集団を成して荒野を進軍中ですね……村が3つ巻き込まれているようです」
「3つ……まずは人を避難させなきゃ。間に合うといいんだけど」

 隊内通信ではアーサーが「各自、機影を確認したら報告するように」と指示を出し、ガウェインが「敵の規模が大きい。指揮官機か、コアのような存在を探せ!」と呼びかけている。もし先遣部隊がそうだったように、コアを潰せば連携が崩壊するかもしれない――そういう期待があるのだ。
 やがて遠くに、広大な荒野の一角が赤黒い煙に包まれているのが見えてくる。そこに火柱が何本も立ち上り、人々の悲鳴や動物の鳴き声が入り混じった混乱の空気が伝わってきそうだ。

「うわ……酷いね」
 カインが思わず息を呑む。まるで戦場そのもの。地上には巨大な金属の塊がいくつも蠢き、無差別に建物を破壊している。自走砲台のような見た目のものや、のっしのっしと歩行する四脚型もある。どれも見覚えのない形状だが、紫色のラインが走っているのは共通で、The Order由来のエネルギーを内包しているのが分かる。


 最初に仕掛けたのはモードレッド機だった。彼は火力特化の戦闘機を駆り、上空から大型ユニットめがけてミサイルを一斉発射。地上のあちこちで爆炎が巻き起こり、数体のユニットが吹き飛ぶ。
 しかし、驚くべきことに、一部のユニットは紫色のバリアを展開し、攻撃を無効化している様子だ。

『ちっ……簡単にはやらせてくれねえか!』
 モードレッドが苛立ちを吐き捨てる。続いてガウェイン機も急降下し、防御フィールドを展開しながら地上部隊への牽制射撃を行う。狙われた村の近くに位置取りし、民間人を守りつつ敵の進軍を食い止める形だ。

『逃げ遅れた人たちを早く保護しろ!』
 ガウェインがスピーカー越しに叫ぶ。補助戦闘機が数機、低空に降りて住民を救助しようとするが、大型ユニットがこちらを狙い撃ちにしてくる。長い砲身を振り、轟音とともに鉄塊の弾丸を放つものもあれば、ビームのような光を広範囲に掃射するものもある。

 そこへカインとアリスの銀の小手が滑り込むように突撃する。
「アリス、観測光ではないけど、シールドで防げる?」
「紫色のエネルギーなので、全く干渉が効かないわけではありません。ただ、観測光ほど明確な“波”がない分、展開範囲を誤ると通されてしまう恐れがあります。慎重にいきましょう」

 カインは舌打ちしながらも、操縦桿を巧みに動かす。機体上部に搭載されたバルカン砲で牽制しつつ、アリスの演算を頼りにシールドを部分的に展開。砲撃をそらしながら地上付近を旋回し、救助部隊の盾になる形をとる。
 巨大ユニットの一体がずんぐりしたフォルムでこちらを狙ってきた。コックピットの警告音が鳴り響き、アリスの声が重なる。

「右前方、砲撃がきます!」
「うおっ……!」
 カインは急旋回し、地上すれすれを掠め飛んで回避する。ドンッという衝撃とともに砲弾が地面を抉り、大きなクレーターを作った。

(なんて破壊力だ……観測光じゃなくても、あの一発で機体を粉砕される可能性がある)
 カインは冷や汗をかきながら、機体後部スラスターを全開にして距離を取り、カウンターのロケット弾を発射する。派手な爆発が起き、ユニットの装甲が一部剥がれ落ちるものの、まだ動きを止めない。

「化け物め……! アリス、もしかすると干渉波レーザーで装甲を破壊できるか?」
「試してみましょう。ただし、使いすぎると機体に負荷がかかりますから、ピンポイントで狙う形で……!」

 その刹那、上空からトリスタンの静かな声が通信に入る。
『照準固定……上手く当たれば、ユニットのコアを狙える。カイン、あの四脚型ユニットを少し引き付けてくれ』

「了解。任せろ!」
 カインは息を合わせるように機体を急降下させ、四脚型ユニットの正面へ躍り出る。敵は大きく口を開けるように砲門を上げ、再び砲撃を放とうとする。カインはアリスの予測データを頼りに、それをギリギリで横に逸れながら旋回し、ユニットの視線を自分に集中させる。

 すると、遠方高空から青い閃光が伸び、ユニットの装甲の隙間に突き刺さった。トリスタンの狙撃弾――高威力の魔法式レールガンの一撃がコアを穿ったのだ。ユニットは砲撃を途中で止め、緩やかに動きを失い、そのまま横倒しに崩れ落ちる。

『やった……!』
 カインは安堵の声を上げるが、他にもまだ複数のユニットが健在だ。撃ち合いは続き、地面には火柱と煙が上がる。モードレッドは空からの援護射撃で二体ほど倒したものの、反撃を浴びて機体表面を削られているらしい。ガウェインは防御をしながら住民を逃がす支援をしているが、そちらも弾幕を浴びて苦しい状況だ。


 やがて分かったのは、これら大型ユニット同士に連携があるらしいということ。姿はバラバラでも、まるで群れを成す狼のように示し合わせて攻撃を繰り出してくる。まさか先遣部隊のように結晶体を中心に連動しているのか? それとも別の指揮システムがあるのか?
 通信が混線するなか、ガウェインが低く唸る。

『一体ずつ倒すには数が多い……何かコアになる存在を見つけないと、延々と時間がかかるぞ!』

「アリス、何か感じない? コアみたいな反応ってあるのかな」
 カインが尋ねると、アリスは演算モニターを必死に操作している。

「探してみます……でも、あまりにもバラバラに動いていて、干渉波スキャンもノイズが多いんです。先遣部隊ほどはっきりした“中枢”が見当たりません」

「そうか……仕方ない。地道に数を減らすしかないのか」
 カインは苦しそうに息を吐く。周囲では弾薬や燃料がどんどん消耗しており、長期戦が避けられない様相だ。先遣部隊のようにコアを一撃で沈黙させれば簡単だが、今回はそうもいかないらしい。

 すると、奥に見える丘の陰から、新たな巨大影が姿を現した。先ほどまでの四脚型や自走砲型よりも圧倒的に大きく、全身が黒金色の装甲で覆われている。まるで要塞が動いているような威圧感だ。
 通信がざわめき、モードレッドが嫌そうに吐き捨てる。

『何だ、あれ……見たことねえぞ。やべえサイズじゃねえか?』

「動く要塞、って感じだな……もしかしてこいつが、群れのリーダーなのか?」
 カインが半ば呆然としながら操縦桿を握り直す。すると、その巨大兵器がゆっくりと砲塔をこちらへ向け始める。さすがに危険を感じたカインは操縦を一気に加速し、回避行動を取るが――相手の攻撃は、観測光に近いまばゆいビームの形をしていた。

「観測光……? いや、あれは、何だ……!」
 光は山なりの弧を描きつつ地面をえぐり、すさまじい爆風を引き起こして、複数の大型ユニットさえ巻き込んで破壊する。味方のユニットをお構いなしに撃っているのだろうか。それともその威力が制御不能なだけなのか。
 ガウェインが厳しい声で叫ぶ。

『まずいぞ! 一撃でこのあたり一帯を吹き飛ばしかねない威力だ。みんな、避難しろ!』

 カインも顔を青ざめながらアリスのホログラムを見やる。
「アリス、あのビームは観測光なのか? 干渉できるかな」

「強度は先遣部隊の観測光と同等か、もしくはそれ以上……ただ、構造が少し違うみたいです。干渉しようと思えば可能ですが、あの規模を止めるにはかなりの負荷が……」

「……でもやるしかない! これを放っておいたら村もガウェインたちも全滅だぞ!」
 そう叫ぶや否や、巨大兵器の砲口がもう一度こちらを狙ってくる。カインは全身の神経を研ぎ澄ませ、アリスに向かって叫ぶように指示する。

「シールドを最大展開! 観測光と同じ要領で干渉してやる……耐えてくれ、銀の小手!」

 銀の小手のエンジンが高鳴り、コックピットが赤色警告を点滅させる。アリスは限界を超えそうな演算量を吐き出すようにして干渉波シールドを生み出す。周囲が白い残像に包まれ、鋭い閃光がぶつかり合う。
 ドゴォッという爆音が空気を震わせ、まるで巨大な雷が落ちたかのような衝撃にカインは意識が飛びかける。しかし、シールドはまだ裂けていない。ギリギリの均衡で耐えているのだ。

「くっ……頼む……!」
 カインが悲鳴のような声を上げると、アリスも苦しそうな息遣いで声を絞り出す。

「あと、少しです……!」
 一方、巨大兵器はビームを放ち続けようとしているが、シールドに干渉を受けているため出力が乱れているのかもしれない。長時間の照射は苦しげに揺れ、まるで暴走しかけたエンジンが空回りするかのように紫色の火花を散らしている。

『カイン、今だ! あいつの装甲が開いてる!』
 トリスタンが高空から観測していたのか、尖った声で通信に割り込む。どうやら砲撃中は機体の一部が弱点をさらけ出しているらしい。これは好機だ。
 カインは一瞬だけ干渉シールドを緩め、機首をあの巨大兵器のコアと思しき部位へ狙いをつける。衝撃で機体が揺れ、息が止まりそうになるが、ここで諦めるわけにはいかない。

「アリス、もう一度干渉波レーザー……いけるか!?」
「限界は超えてますが……やってみます!」

 コックピットが警告を叫ぶ。機体がもはや臨界寸前。だがカインは意を決してトリガーを引き、干渉波レーザーの照準を巨大兵器の露出した砲内部に向ける。
 ズバァッという眩い閃光。洞窟の中枢を破壊したときよりもさらに膨大なエネルギーが放出され、銀の小手の装甲が焦げるような臭いを発する。アリスの苦痛の声がヘッドセット越しに聞こえるが、カインは歯を食いしばって発射を継続する。

「うおおおっ……!」
 咆哮のような叫びが、コックピットに木霊する。巨大兵器の砲内部を貫いた干渉波は、重厚な装甲を内部から爆砕し始めた。黒金色の機体が大きくのけぞるように仰け反り、砲口が乱れた光を吐き出す。
 やがて大爆発の閃光と衝撃が荒野を覆い、その巨体は崩れるように倒れ込んだ。凄まじい衝撃波があたりを吹き飛ばし、カイン自身もギリギリでスロットルを吹かして脱出する。


 爆炎と煙が荒野を埋め尽くし、しばらくは視界が真っ白になったように何も見えない。カインの呼吸は乱れ、汗が背中をびっしょり濡らしている。機体の計器も警告灯が点滅を続け、オーバーヒートを告げるアラームが鳴り止まない。
 モードレッドやガウェインからの通信がやっと明瞭に聞こえてきた。

『カイン! 無事か!?』
「なんとかな……こっちもボロボロだけど」

 アリスのホログラムは微かに揺らいでおり、辛うじて演算システムを保っているようだ。彼女の呼吸音がかすかに入ってくるが、言葉を発する余裕はないらしい。
 外の景色が徐々に晴れると、巨大兵器は内部から吹き飛んだかのように崩壊し、黒い塊になっている。その周囲にいた他の大型ユニットも何らかの異変を起こしたのか、動作が鈍くなり始めている。

『みんな、まだ完全に停止してはいないが、今の衝撃で指揮系統を失ったようだ。一気に叩くぞ!』
 ガウェインがそう呼びかけ、モードレッド機が火力を最大開放し、残るユニットを破壊する。トリスタンも狙いを定め、弾丸を浴びせていく。
 やがて、それらは次々に爆発や停止を繰り返し、広大な荒野は再び静寂を取り戻しつつあった。気がかりなのは被害状況だが、円卓騎士団が早めに対応したおかげで、中心部の村は壊滅を免れたようだ。


 炎の残る荒野に円卓騎士団の機体が着地し、最小限の救援活動を行っている。カインは銀の小手のコックピットを開き、アリスをそっと休ませるようにホログラムをオフにしようとするが、彼女は弱々しい声でそれを止める。

「待って……カイン、大丈夫……もう少しだけ……あなたの顔を見ていたい……」
 それはまるで人間の少女が呟くような震えた声。AIのはずなのに、どうしてそこまで“人間的”な感情があふれているのか。カインは戸惑いながらも、その声を受け止める。

「アリス……俺こそ、ありがとう。お前の力がなきゃあんな怪物どうにもならなかったよ。無理ばかりさせてごめんな」
「……ううん。私があなたと一緒に戦えるのは、幸せ……だけど、少し怖い。これ以上、強大な敵が来たら……私たち、どこまで干渉できるの……?」

 気の抜けるような言葉に、カインは静かに首を振る。
「わからない。でも、俺たちはやるしかないんだ。人々の家や街を守るために……。観測光が来ようが、今回みたいに化け物じみた兵器が来ようが、止めないわけにはいかない」

「そうだね……ごめん、少し弱気になってた」
「いいさ。俺だって怖いよ……でも、前に進もう。これまでも何とかなったし、絶対に乗り越えられる。お前がいるから、俺は戦えるんだ」

 アリスは涙のような光を瞳に浮かべ、かすかに微笑みを作る。それは“AI”という枠を超えた“人間らしさ”を感じさせる表情だった。


 やがてモードレッド機やガウェイン機、トリスタン機も着地し、一同が集まる。被害を受けた村の人々は半ば茫然自失だが、騎士団のおかげで全滅は免れたと感謝の言葉を口にする。
 しかし、アーサーの表情は重い。彼は周囲を見渡しながら、すぐ近くに降り立ったカインの姿に視線を送る。

「カイン、ありがとう。君の干渉がなければ、この地域は壊滅していたかもしれない。でも……敵は今後もっと強力な兵器を繰り出してくるだろう。この大型ユニットだけじゃない、もっと違う形のものが現れるかもしれない。俺たちは、どう戦えばいい?」

「分からない……。ただ、俺たちが諦めない限り、どんな脅威でも食い止めるしかない……それが今の答えです」
 カインは、荒野を吹き抜ける風の中でそう返す。グッと歯を食いしばり、拳を握る彼の姿は決意を宿しているが、その背中には迷いが見える。

 一方で、通信越しにマーリンが合流する。彼は城で別の解析を続けていたが、今回の大群発生をリアルタイムでモニタリングしており、緊急移動で現地近くまで来ていたらしい。

「まったく、想像以上の被害だね……。カインたちが頑張ってくれたおかげで被害は最小限だけど、この規模の兵器を複数投入してくるとは……。“大いなる歪み”が発生する前兆なのかもしれない」
 そう言ってマーリンは地面に散らばる破片を一つ拾い上げる。黒金色の装甲片には、微妙に紫色の線が走っているのが確認できた。

「これ、先遣部隊で見つかった結晶体の一部と似たエネルギー反応を示してる。もしかすると、あれらは全部ひとつのネットワークに繋がっているのかもしれないね……。やはり“中枢”がどこかにあるのか……それとも、歪みそのものが中枢なのか」

「……いずれにせよ、手分けして世界各地を探すなんて無理だ。王都に攻めてくるだけでも大変なのに」
 カインは頭を抱えるようにしてうつむく。

「でも、やらないとダメだろうな。観測光が本格化すれば、この程度の破壊では済まないはずだ。俺たちが先に手を打たなきゃ……」
 マーリンの言葉は淡々としながらも重く響く。アリスのホログラムは微弱だが、それでもはっきりとした意志をこめてこう言った。

「私たちに、時間はあまり残されていないのかもしれません。歪みの発生が近いなら、The Orderの活動はますます活発になるはず。……ここで立ち止まっている時間は、もうないんですね」

 その声に、アーサーが頷く。彼も騎士団を率いる王として、一刻も早く次の手を打たなければという責任感に苛まれていた。

「みんなの消耗は大きいが、この先も連戦が待つだろう。すぐには休めないかもしれない。それでも、私たちは共に進むしかない。カイン、アリス、そして騎士団全員……頼む」


 激戦を制したとはいえ、荒野にはまだ戦火の爪痕がくっきりと刻まれていた。村の一角は燃え落ち、住民の一部は避難先を求めて移動を始めている。騎士団は負傷者の救護と後片付けを手伝いながら、再び空に戻る準備を急ぐ。
 カインは銀の小手のコックピットを降り、アリスのホログラムをタブレット端末に移行させて近くの避難テントで小休止を取っていた。医療班が疲労回復用の魔法補助を施してくれているが、焦燥は消えない。

「……少し落ち着きましたか?」
 アリスの声は相変わらず弱々しいが、気遣いを忘れない。カインは苦笑を浮かべる。

「うん、ありがとう。お前こそ大丈夫か? 顔色が良くないぞ」
「私も演算負荷が高かったので、少し頭がクラクラします。でも、あなたと一緒に戦えてよかった。もしあの巨大兵器を放置していたら、今ごろこの村は……」

「うん、そうだな。……でも、こんなのがまだまだ出てくるんだろ? 正直、次に耐えられるか分からない。今ですらギリギリなのにさ」
 カインは正直な胸の内を吐露する。観測光を封じる干渉波、凄まじい破壊力を持つ巨大兵器――いつまで自分たちが持ちこたえられるのか、疑問は尽きない。

「それでも、あなたは諦めないでしょ? 私も同じ。……だから、歩み続けるの。王都だけじゃなく、世界を守るために」
 アリスの言葉には、脆さと強さが同居していた。“AI”というよりも、まるで人間と変わらない感性で、未来を憂い、希望を探している。カインはその声に救われる思いで小さく笑った。

「ありがとう、アリス。お前がいるから、俺は踏ん張れるんだ。……行こう。また王都に戻って、次に備えるんだろ? 歪みがどうとか、まだ謎だらけだけど、立ち止まってはいられない」

 そう呟くカインの背後では、ガウェインら騎士団が最後の掃討と避難誘導を終え、これから帰還の飛行へ移ろうとしていた。日差しはもう高く上り、空は抜けるような青に変わっている。ところどころに黒い煙が立ち上り、戦いの跡を物語っているが、その下で人々は少しずつ日常を取り戻そうとしている。

 空を仰ぎ見ると、夜明けの頃よりも晴れやかな光が差し込んでいた。だが、その光の先には未知の闇が控えているかもしれない――大いなる歪みと呼ばれる脅威、The Orderのさらなる侵攻、そしてアリスの内に秘められた古代の謎。
 これ以上大きな混乱を防ぐには、銀の小手とアリスの干渉だけでは限界があるのかもしれない。新たな対策、新たな仲間、それらを探す旅路が近づいているのではないか……カインはそんな予感を抱きつつ、傷ついた機体へと目を向ける。


 帰投の準備を終えたアーサーが、少し離れたところから呼びかける。その声は低く、だが確かな意志を感じさせる響きを帯びていた。

「カイン、アリス……行こう。まだ終わらない。いや、これからだ。俺たちは、どんな脅威でも迎え撃つ。そのために、もっと情報が必要だし、もっと力を蓄えなければならない。――一緒に未来を守ろう」

 カインはそれを聞き、アリスと視線を交わす。彼女のホログラムは弱々しく揺れながらも、優しく微笑んでいた。
「はい……私たち、まだ歩けます。どんな相手でも、あなたたちとなら……きっと大丈夫。きっと、世界を守る方法を見つけ出せます」

 こうして円卓騎士団は再び大空を目指す。幾度となく襲い来るThe Orderの脅威を退けながら、なお残る“大いなる歪み”の謎に迫らねばならないのだ。観測光より大きな力、世界を呑み込むかもしれない巨悪を前に、カインとアリスは心の奥底で静かに拳を握り合う。
 ――これこそが、さらなる試練の幕開けなのかもしれない。疲弊しながらも決意を新たにする二人の背後で、朝の陽光が荒野の地表を照らし、焼け焦げた破片や戦火の残骸に影を落としていた。


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