Symphony No. 9 :EP4-3
エピソード4-3:剣の継承
前夜の試練――ヴァンアーブルが求めた“信念”を示すための最終的な問いかけ。ヌヴィエムとユリウスは、彼それぞれの意志を語り、ギュスターヴの剣を継ぐにふさわしい覚悟と心を示した。
しかし、それは正式に剣を受け取ったわけではない。ヴァンアーブルは「まだ証明が終わったわけではない」と言い残し、翌朝に再び集まるよう告げた。彼は夕刻から夜にかけて屋敷の奥で何やら準備をしており、ヌヴィエムたちは一晩だけ宿を借りて眠りについている。
ヴァンアーブルの屋敷:かつてギュスターヴの意志を受け継いだ者たちが集った場所と言われる。長い廊下と幾重もの書庫があり、古いタペストリーに「剣に込められた想い」が記されている。
客間:古風な造りの広い部屋。寝台は簡素だが清潔で、キャンドルと机が備え付けられている。ヌヴィエムとユリウス、それぞれ別室で夜を過ごすことに。
夜が明けたころ、ヌヴィエムは外の空気を吸おうと足を動かし、建物を出て広い中庭へ向かう。昨夜の試練で神経を使い果たしたはずだが、不思議と眠れず、何度も目を覚ましてしまった。
空にはまだ薄曇りの朝焼けがかすかに伸びている。鳥たちのさえずりが微かに聞こえ、これまでの荒れ果てた戦場とは全く異なる静謐さに包まれていた。
そんな思考に浸りながら歩いていると、背後で足音がして、ユリウスが中庭に現れた。彼も同じくよく眠れず、うっすら目の下にクマを作っているが、表情は少しだけ晴れやかだ。
小鳥の鳴き声に耳を傾けながら、二人は顔を見合わせる。ギュスターヴの剣――それはかつて無数の戦場を駆け、術を無力化する伝説的な力を持つ大剣。だが、それだけでなく多くの想いや犠牲が詰まっている重い存在だ。
ユリウスは肩に手をあて、「もし本当に剣を預かるとなったら、僕……ちゃんと扱えるかな」と不安げにつぶやく。剣の重量だけでなく、ギュスターヴの遺志や歴史の重みを担うことになるからだ。
ユリウスは浅く笑い、こくりと頷く。「ありがとう、姉上。それに……あなたも“復讐”だけでなく“守るための戦い”を選んできたから、僕も自分の道を信じられる。」
そう言葉を交わしながら、二人は屋敷の回廊を練り歩く。
これがギュスターヴの剣の正式な継承へ向けた静かな前奏だと感じ取っていた。
朝食を軽くとった後、ヴァンアーブルの従者が二人を呼びに来る。「ヴァンアーブル様がお待ちです。奥の“剣の聖堂”へどうぞ。」という案内に従い、ヌヴィエム、ユリウス、エレノア、そして数名の仲間が一緒に奥深い廊下を進む。
廊下の先にある扉は重厚な鉄製で、普段は厳重に施錠されているらしい。従者が鍵を差し込み、ギリギリと錆びた音が響く。扉が開くと、そこは円形の小さな聖堂のような空間で、中央に円台が設けられ、まるで神殿めいた厳かな空気が漂っている。
石造りの壁には、古代の紋様やギュスターヴの功績を暗示するようなレリーフが彫られ、幾つもの蝋燭が灯されている。光と影のコントラストが厳粛な雰囲気を醸し出し、まるで時が止まったかのような静寂が広がる。
中央にはヴァンアーブルが立ち、白い衣を身にまとい、背筋を伸ばして二人を迎える。彼の背後にある台座には、布で覆われた大きな剣が置かれているのが見える。あれこそ、ギュスターヴの剣に違いない。
ヴァンアーブルは小さく頷き、「試練は昨夜でおおむね合格だ。だが、剣そのものが、お前たちを受け入れるかどうかはまだ分からん」と口にする。“剣が受け入れる”――まるで意志を持つような言い方だ。
そう言って、彼は台座の布を静かに取り除く。その下に現れた大剣は、陽光を受けて鈍い青銀色の光を放ち、背筋が震えるような壮厳さを感じさせる。刃幅が広く、柄から鍔にかけてはギュスターヴの紋様が刻まれ、見る者を圧倒する存在感だ。
ヴァンアーブルの合図で、ユリウスとヌヴィエムが一歩ずつ台座に近づいていく。エレノアや仲間たちが背後から静かに見守り、空気が張り詰める。剣の鋒先に映り込む光が揺れ、まるで剣自身が呼吸しているかのようだ。
ユリウスが最初に手を伸ばす。震える右手を柄にかけると、何か熱を帯びるような感覚が伝わり、心臓が高鳴る。まるで剣が意志を持ち、彼を試しているような錯覚――あるいは現実かもしれない。
ギュスターヴの剣は激しく揺れるでもなく、ただ無言でユリウスを受け止めているかのようだ。ユリウスは深く息をし、剣を持ち上げようとするが、圧倒的な重量と精神的な圧に耐えられず、思わず膝をつきかける。
しかし、ユリウスは歯を食いしばり、少しずつ剣を持ち上げることに成功する。刃先が陽の光を反射し、銀青色の閃光が聖堂を照らす。その光はまるで周囲の空気を震わせ、エレノアや仲間が息を呑むほどの神聖さを醸し出す。
一方で、その閃光と共にユリウスの頭に鋭い痛みが走り、脳裏に無数の映像が駆け抜ける。――ギュスターヴが剣を鍛えた情景、過去の戦場、そして無数の死……。まるで剣が記憶を宿しているかのようだ。
ユリウスは思わず叫ぶが、やがて剣の刃に映る自分の姿を見つめ、呼吸を整える。数瞬後、剣が静かに収まったように光を和らげ、重みが少しだけ軽減する。「受け入れられた……?」と呟くユリウスに、ヴァンアーブルは微笑む。
その呼びかけにヌヴィエムは驚き、「あたしも?」と自問する。自分は剣を振るう者ではなく、音術を使う立場。だが、ヴァンアーブルは頷き、「お前の音術が、この剣と合わされば新たな可能性が生まれるかもしれない」と暗示する。
ヌヴィエムが恐る恐るユリウスの隣に立ち、剣の柄に手を添える。すると、微かな振動が彼女の腕を這い上がり、一瞬だけ呼吸が止まりそうなほどの圧迫感が襲う。彼女もまた剣の記憶を垣間見る――無数の血と悲しみ、そしてギュスターヴの意志。
その瞬間、剣先がかすかに光を放ち、ユリウスの手とヌヴィエムの手が同時にその柄を握り込む。二人の呼吸がシンクロし、かつてヌヴィエムが音術で感じた“心の調和”が微かに蘇る。装置は壊れたが、**音術の根源である“共鳴”**は失われたわけではないのだ。
――ギュスターヴの剣が二人を受け入れた。ヴァンアーブルは深く息をつき、静かな声で宣言する。
ヴァンアーブルは台座の周囲に幾つかの蝋燭を配置し、古い言葉で祝詞のようなものを唱え始める。それは剣の継承の儀式と呼ばれるもので、かつてギュスターヴが自分の後継者に剣を託す際に行ったと言われる習わしを真似たものらしい。
エレノアや仲間たちが聖堂の周囲で見守る中、ヴァンアーブルが両手を挙げ、剣の周囲に円陣を描く。光の輪が薄く広がり、剣を中心に緩やかな風が渦を巻く。
ヌヴィエムとユリウスは並んで膝をつき、頭を垂れる。剣が微かに振動し、周囲の光が剣の鍔へと集まっていく。見守る人々が神秘的な光景に息を呑み、剣の刃に刻まれた紋様が淡く輝き出す。
やがて、光がゆっくりと消え、ヴァンアーブルは両手を下ろした。聖堂に静寂が戻り、蝋燭の炎が揺れる音だけが響く。**“剣の継承”**は完遂されたようだ。
ユリウスは深く息を吐きながら答え、ヌヴィエムも頷く。「あたしは、音術を使いながらも、この剣の力を否定しない。もし必要なら、迷わず握る……。」
聖堂に拍手や喝采はなく、むしろ厳かな沈黙が場を包む。エレノアがほっとしたように微笑み、「よかったね……」と小声で囁き、仲間たちも安堵の表情を浮かべる。一方、ヌヴィエムとユリウスは心に決意と重圧を同時に抱えたままだ。
儀式が終わると、ヴァンアーブルは一息ついて皆を促す。「外で少し休むといい。まだ、話すべきことがあるのだ」と。二人が聖堂を出ると、彼も続いて小さな中庭へ移動する。
石畳を踏みしめる足音が響き、朝の光が降り注ぐ中、ヴァンアーブルは振り返って言葉を継ぐ。
その事実にユリウスは驚愕する。
「でも、ギュスターヴの剣は術を無力化する最強の存在では……?」という思いがあったからだ。
ヴァンアーブルは首を横に振り、「あくまでギュスターヴが生きた時代の術において、ほぼ無敵だったというだけだ。エッグの進化は想定外かもしれない」と語る。
ヌヴィエムは深く頷き、拳を握りしめる。音術と剣の融合――自分とユリウスが手を取り合えば、エッグをも打ち破れるかもしれない。だが逆に、分断されれば剣の力だけでは足りないのだと知る。
ユリウスも少し神妙な顔で、「わかりました。剣は力だけを振るう武器じゃない。僕と姉上、そして仲間たちの想いで初めて本領を発揮できるんですね……」と呟く。
風が吹き抜け、庭の木々が葉擦れの音を奏でる。まるで、剣に込められた歴史の囁きが自然の響きと調和しているようにも感じられた。ここで得られた知識と決意が、今後の戦いを左右するのは間違いない。
剣の継承を終えたヌヴィエムたちは、ヴァンアーブルの屋敷を出ようと廊下を戻っていると、急に廊下の奥から従者が慌てた様子で走ってくる。「至急、外へ……敵襲の可能性がある」と息を切らしている。
どうやら、ヤーデ伯の手下と思しき追跡者が屋敷周辺に現れ、ヴァンアーブルを抹殺なり、ギュスターヴの剣の奪還を狙っているらしいという。これを聞いたヌヴィエムは顔色を変え、「また……戦いが……」と呟く。ユリウスも剣を握り、「さっそく使うことになるのか……」と緊張を滲ませる。
一行が外へ出ると、周囲の木立の間に複数の人影が見え、魔術を駆使するような光がちらつく。遠巻きに屋敷を囲むように配置されており、完全に奇襲を仕掛けるつもりらしい。
従者や屋敷の守衛が急いで弓や槍を手に取り、簡易の防衛線を築く。屋敷の周囲には石垣や庭園の木々があるが、それだけで大軍を止められるほど堅固ではない。**“少数の精鋭”**が攻めてくるなら、短期決戦の恐れが高い。
ヴァンアーブルが「私も戦うぞ」と立ち上がり、屋敷の中から古い槍を取り出す。「かつてギュスターヴに仕えた者の末裔として、こういうときに逃げるわけにはいかん」と意気込む。エレノアも魔術師としてサポートを名乗り出る。
そして、その数分後――屋敷の外から荒々しい叫び声とともに攻撃が始まる。火の玉が庭木を焼き、矢が壁に突き刺さり、ヤーデ伯の刺客が一気に迫ってくるのが見て取れる。
庭園の正面口から複数の刺客が押し寄せ、守衛が懸命に矢を放つが、相手も火術や風術を使いながら進軍する。樹々が炎に包まれ、煙が視界を奪う。
ヌヴィエムは咄嗟に音術――と思ったが、装置は壊れたままだ。仕方なく自分の声で「落ち着いて!」と叫ぶ。ユリウスが剣を抜き、「僕が前に出る……!」と庭園へ駆け出すが、その足取りは完璧ではない。
煙と火の中、ヤーデ伯の術師が「ギュスターヴの剣はここにある……奪え!」と煽り、数名の刺客がユリウスに狙いを定める。槍と短剣が交錯し、ユリウスは辛うじて剣で受け流すが、やはり重く、まだ振るい方に慣れない。
刺客が横合いから風の刃を飛ばすが、ギュスターヴの剣を掲げた瞬間、その刃は半分ほど失速する。ユリウスは体をひねって何とか避けるが、肩にかすり傷を負い、血が滲む。痛みで顔を歪めつつ「まだ……行ける!」と気合を入れる。
ヌヴィエムは後方で、短剣を持ち構える数名の刺客に囲まれかけ、「うっ……!」と焦る。エレノアが幻術を飛ばし、相手の視界を乱す間にヌヴィエムは剣を掲げる。慣れないまま、横薙ぎに振るが空振り。敵が舌打ちして反撃の踏み込みをしてくる。
刺客の刀がヌヴィエムの頬を掠め、薄く血が流れる。激しい痛みに悲鳴を上げそうになるが、「ここで倒れたらユリウスが一人に」という思いで必死に耐え、剣を突き出す。衝撃が腕を走り、刺客の動きが鈍る。もう一人の刺客が横から迫るが、エレノアが火術で牽制し、何とか踏み止まる。
燃え上がる炎と煙が庭を覆い、一見すると数人の刺客にさえ押され気味だが、ユリウスが少しずつ慣れてきたのか、剣を本能で扱い始める。術の盾を無効化できる剣の特性を活かし、相手の結界を破り、斬撃を深く叩き込む場面が増えてきた。
相手が呪文を詠唱しようとしたところで、剣がそれをかき消す。術師は悲鳴を上げて倒れ、仲間が動揺する。ヌヴィエムにも少し余裕が生まれ、エレノアの魔術と合わせて敵の連携を崩すことに成功しつつある。
やがて、庭に散乱する刺客の死体や血で足の踏み場が悪くなり、残った数名が「退け、退け!」と叫びながら逃げ出す。ユリウスは息を荒らげ、剣を振り下ろした姿勢のまま動けなくなる。ヌヴィエムも膝を突き、剣を杖代わりに立ち尽くす。
荒い息の中で、ユリウスとヌヴィエムは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。まだぎこちないが、ギュスターヴの剣が少なくとも**“二人を拒まなかった”**こと、それを確認できた一戦だった。
屋敷の守衛たちが安堵し、ヴァンアーブルも「無事でなによりだ」と駆け寄る。エレノアが周囲を警戒する中、「敵は一旦退いたようだが、別の襲撃がない保証はない」と言う。
ヌヴィエムは剣を見つめながら、腕の震えを必死に止めようとしていた。人を斬った感触がまだ残り、その重みと恐怖が心を混乱させる。だが、同時に「守るための剣」として手ごたえを掴んだのも事実だ。
ユリウスは、まだ肩で息をしているが、穏やかな微笑みを浮かべる。「姉上、すごいよ。すごく勇敢だった……」と言葉をかける。ヌヴィエムは「そ、そうかな……」と照れながらも、「怖かった」と正直に打ち明ける。
その言葉に、ヌヴィエムは涙を浮かべながら微笑み、「ありがとう」と口にする。彼女が音術を失ったわけではない。装置は壊れたが、音術の心はまだここにある――ユリウスと剣に支えられながら、そう気づき始めていた。
襲撃を退けた後、ヴァンアーブルの屋敷に長居はできないと判断したヌヴィエムたちは、早急に帰路に就くことを決める。ギュスターヴの剣を正式に受け取り、ヤーデ伯の動向が活発化しているなら、一刻も早く仲間たちのもとへ戻らねばならないからだ。
ヴァンアーブルは名残惜しそうに「もっと剣の扱いを教えたかったが、事情が事情だ。いつでも戻って来るといい」と言い、従者に食料と小さな薬を渡すよう指示を出す。ユリウスは体力的に厳しいが、ここで休んでいても刺客に狙われるだけかもしれない。
ヌヴィエムとユリウスは深くお辞儀をし、「あなたの教えに感謝します。絶対にこの剣を無駄にしません」と誓う。エレノアや仲間たちも、礼を言って屋敷を後にする。
屋敷の門が重く閉じる音とともに、ギュスターヴの剣を携えた新たな旅が始まった。**“剣の継承”**によって、兄妹の決意はさらに固まり、ヤーデ伯との決戦へ向けての意志が形となっていく。
屋敷を出て数日、ヌヴィエムとユリウスは荒野を進んでいた。遠くまで続く乾いた大地には、時折荒れ果てた集落や崩れかけた砦の跡が点在する。エレノアや仲間たちが護衛を兼ねて同行しつつ、食料の補給や安全な宿営地を探しながらの道のり。
移動の合間、ユリウスは少しずつギュスターヴの剣を振る練習をし、ヌヴィエムは横でその動きを観察する。音術装置がない分、彼女は歌や簡単なメロディを口ずさみ、リズムを与える形で支援を試みる。
エレノアが楽しそうに微笑む。「でも、その分、剣と音術の連携が今後面白くなるかもしれないわよ。斬り込むと同時に姉弟の息を合わせ、音のリズムで攻撃のタイミングを図る……ギュスターヴの剣との相性もあるかも。」
ユリウスも「確かに、音術の拍子に合わせて剣を振れば、術師の隙を突けるかもしれない」と前向きに語る。暗い戦乱の中にも新たな戦闘スタイルの可能性が見え、少しだけ希望が膨らむ。
荒野を進み、次の目的地へ向かう途中、一行は思わぬ邪魔を受ける。山賊崩れの集団が辺境の道を占拠し、通行料と称して武装した襲撃を繰り返しているというのだ。戦乱によって職を失ったならず者たちが一部地域で暴れているらしい。
ヌヴィエムたちは小休止を取ろうとした際、茂みから飛び出す十数名の男たちに囲まれ、一人が刀を振り回しながら脅す。
だが、山賊たちはユリウスとヌヴィエムの姿を見て、「おやおや、剣を持つ姫様か。面白そうだな」とニヤつく。エレノアが眉をひそめ、魔術で警戒を高めるが、数が多くて面倒な気配。
ユリウスが剣に手をかけ、ヌヴィエムは一瞬迷うが、ここで戦いを避ける選択肢はないと悟る。山賊というより、この混沌の時代の荒くれ者たちは交渉に応じる余地が低い。
その挑発に、ユリウスの怒りが湧くが、抑え込みつつ剣を抜く。ギュスターヴの剣が陽光を反射して青銀色の光を放ち、山賊たちが「何だ、この剣……?」と戸惑う。しかし、数の優位を信じてか、一斉に刀や棍棒を構え、襲いかかってくる。
山賊たちは統率がなく、力任せに突進してくるが、数が多いため侮れない。ヌヴィエムは横合いに回り、ユリウスと声を合わせるように小さく歌を口ずさむ。音術装置がなくても、**“リズム”**を共有するだけでユリウスの剣捌きをサポートできるかもしれないと期待しているのだ。
ユリウスは剣を構え、前に一歩出ると、唱和するようにヌヴィエムが「1、2、3……」と微かに拍を刻む。これでユリウスは切り込みのタイミングを取りやすくし、山賊の隙を狙う。実際、何度かの斬り込みで、相手の武器を弾き飛ばし、急所を突くことに成功する。
ヌヴィエム自身も剣を抜き(ギュスターヴの剣ではなく軽い剣)、左右から迫る山賊を迎撃する。エレノアが幻術で一部を攪乱し、仲間たちがカバーする形で乱戦を制していく。荒野の地面が砂煙と血で乱れ、悲鳴や金属音が交錯する激しい戦闘が展開される。
しかし、山賊のリーダー格らしき男が、風術の術符を使い、不意に大きな竜巻を起こす。ヌヴィエムたちがバランスを崩し、エレノアの幻術も掻き消されかけるが、ユリウスが前に出てギュスターヴの剣で術を部分的に遮断し、被害を最小限に抑える。
ヌヴィエムは果敢に突っ込むが、まだ剣術に自信はない。だが、背後からユリウスが音のリズムを感じてくれているのがわかり、体が自然と動く。斜め上から振り下ろす斬撃――リーダーが躱そうとするが、横からユリウスが牽制の突きを入れる。逃げ場を奪われたリーダーは驚愕に目を見開き、ヌヴィエムの剣をまともに受けて倒れる。
血を吐き、リーダーが地面に倒れこむと、他の山賊は総崩れとなり、散り散りに逃げ出す。無残な死体と負傷者が荒野に散乱し、風が不気味に鳴っている。
ヌヴィエムは剣先から滴る血を見つめ、胸を押さえて呼吸を整える。ユリウスが「大丈夫……? 傷はない?」と心配するが、彼女は頭を振り、「ありがとう」とだけ答える。
ユリウスは満足げに微笑み、「そうだね。僕も姉上がいてこそ、背中を預けられる」と力強く答える。エレノアが「よかったわ、でも油断しないで。術を遮断する力があっても、数で押されたら危ないから」と釘を刺す。
こうして、一行は荒野の山賊を撃退し、少しだけ剣の連携に手ごたえを感じた。だが、ヤーデ伯との大規模な戦闘はこの比ではない――そう思うと、胸に不安が渦巻く。
山賊撃退後、ヌヴィエムたちは短い休息を取り、エレノアと相談の上、この地を早々に立ち去ることに決める。再び道を急ぐなか、ユリウスがふと呟く。「ギュスターヴの剣が、本当に僕らを助けてくれたんだろうか……」と。
ヌヴィエムは少し考えてから答える。「助けてくれた、と思う。剣がなかったら、あの竜巻の術は破れなかったし、あたしもあのリーダーを倒せなかった。」
しかしその顔には一抹の苦悩が見え隠れする。「でも、剣の力を頼るほど、人を斬ることになる。あたし、どこかで自分が“戦わずに済む未来”を目指すって言ったのに、矛盾してる……」と口を噤む。
その言葉にヌヴィエムははっとして目を見開く。**“まずは現実を切り拓き、次に理想を”**というユリウスの姿勢――かつては自分が音術で示そうとしたことだが、いつしか戦乱の中で見失いかけていた。
彼の言葉に救われるように、ヌヴィエムは小さく微笑み、「ありがとう……ユリウス。あなたがいてくれて、あたしは立ち止まらずにいられるよ」と返す。
道中、立ち寄った小さな宿場町で、ヤーデ伯の動向に関する新たな噂を耳にする。どうやら、ヤーデ伯軍がまた怪物を増産しているという説が浮上し、「エッグの力がさらに強まっている」という不穏な話も囁かれていた。
宿の主人が怯えた声で語る。「いまや術師たちはエッグのかけらを使い、もっと大きな儀式を計画しているらしい。もし成功すれば、世界が闇に沈むとも……」。
ヌヴィエムの胸は、ますます重くなる。ギュスターヴの剣があっても、エッグが完全に覚醒すればどれほど対抗できるか不明。だが、道は一つしかない――止めるしかない。
一行は宿場町を後にし、次の拠点へ急ぐ。「エッグの儀式を探り、ヤーデ伯と対決する準備を進めなくてはならない……」とユリウスが呟くが、体はまだ万全でなく、道中で何度も休憩を要する。それでも、二人は剣を諦めずに握り続ける。**“剣の継承”**とは文字通り、重荷を背負いながらも前進することと実感する。
旅を進める最中、夕闇が訪れる度に空には不吉な稲光が走る。まるでエッグの影響下で天候が狂っているかのようだ。エレノアや仲間たちが不安を口にするが、ヌヴィエムとユリウスはその度に剣に手を当て、「大丈夫、やれる」と自分を鼓舞する。
ある黄昏の丘で、テントを張り休息を取ることになった際、ヌヴィエムは丘の上でギュスターヴの剣を月光にかざし、静かに目を閉じる。音術装置がない今、自分の声や呼吸こそがリズムであり、剣の力を導く術と信じている。
思わず空に向かって唇を動かし、かすかな旋律を紡ぐ。風にかき消されそうなほど小さな歌だが、その調べは剣の金属が小さく鳴るように共鳴し、ユリウスが「姉上……綺麗な声だね」と微笑む。
そして、二人は剣を前に掲げ、かつてギュスターヴが遺した想いを噛み締める。「術に溺れず、人の意志で未来を拓く」――この剣が示す理想と、ヌヴィエムの音術が描く理想は、実は同じ方向を向いているのかもしれない。
そうして、黄昏に溶け込むように誓いを立てる。
月光が剣の刃を静かに照らし、二人の輪郭を浮かび上がらせる。その姿は、まだ不器用だが確かな意志を宿した“継承者”の姿だった。エッグの脅威が迫るほどに、彼らの決意は揺らがない――それこそが、**“剣の継承”**の真の意味なのだろう。
ヴァンアーブルの試練を経て、ヌヴィエムとユリウスは正式にギュスターヴの剣を受け継いだ。
術を拒む刃が、彼らの手に託されたのは、ただ単に“武器の力”を得るということではなく、人間の意志が術を超える可能性を身をもって示す旅の始まりでもある。
音術の要である装置を失ったヌヴィエムだが、ユリウスとの“心のリズム”で補い、剣の力を活かす戦い方を模索し始める。
道中の山賊との戦いや、屋敷での刺客撃退を通じて、少しずつ“剣と音”の連携を実感し、かつて味わった恐怖と決意を同時に抱えながら前に進む。
しかし、ヤーデ伯やエッグの脅威は日に日に大きくなり、怪物の量産や術師の暗躍が止まらない。ベルトランの内通がもたらす不和、兵士たちの疲弊、そして何よりもこれから訪れるであろう大決戦――ギュスターヴの剣を手にしたところで、すべてが解決するわけではない。
それでも、二人は進む。
血と涙の旅が続く中、彼らはいつかエッグとの対決に立ち向かうだろう。剣が示す道は、術に溺れず、人間の意志を貫くという光――それがどれほど険しくても、彼らはもう引き返せない。
次なる物語では、ヤーデ伯やエッグとの決戦に向け、剣と音の連携をどう磨いていくのか、ベルトランの内通問題や兵士たちの不安をいかに解消するのか――さらなる試練が待ち受けるだろう。
剣の継承は、あくまで始まりに過ぎないという実感が、彼らの胸に重く刻まれている。