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FFT_律する者たちの剣_EP:5-2

EP5-2:モーグリ型ロボットの兄

古代の時空干渉装置が残る遺跡。広大なメインホールから奥へ通じるラボ区画で、ウィーグラフAIがモーグリ型ロボットとして活動を再開して数日が経過した。
かつて革命家として剣を振るっていたウィーグラフは、今や愛らしいモーグリの姿――白く丸っこい胴体と、頭の上にぽんぽんのついたアンテナ、そして小さな尻尾を持つメカニカルボディ――を使い、今度は“戦術解析”というかたちで妹のミルウーダを支援している。

本来、剣を握る戦士として生き抜いてきた彼が、知の力でサポートを行うなど想像もつかなかった。しかしルカヴィ化で肉体を失い、AIとして再構築された今では、それが最適な役割だと悟るほかない。
小柄なモーグリロボは、ラボのコンソールや端末にアクセスしながら、己の演算力を発揮している。何らかの投影映像が空中に浮かび、点在するゲージや数値、地図らしきものがせわしなく切り替わる。

「くっ……思いのほか操作が難しいな。この耳と手足じゃ……キーを押しづらい。」

ウィーグラフAI――モーグリ姿であるがゆえに、細かいボタン操作に戸惑いを見せる。彼は短い前肢(まるで両手のようなパーツ)で端末をタップし、時々うまくいかずに耳がピコッと跳ねるたび、金属的なかすれ音がする。
それでも革命軍時代の“戦術頭脳”は健在であり、システム化された解析機能が加わったことで、高度な情報処理をこなす力を得ているのだ。

「兄さん、無理しないで……その姿に慣れていないんだから……」

ミルウーダが傍で声をかける。彼女は肩の怪我も遺跡の治療システムでだいぶ良くなり、動きやすくなっている。とはいえ、自分で兄を殺し、こうして機械の身体で再会するという異常な状況にはまだ戸惑いがある。
ウィーグラフAIは舌打ちめいた唸り声をあげ、「ちっ……」と金属音の混じる声で言葉を返す。

「わかってるさ。だが、いつまでもこの姿を嘆いてばかりはいられない……。ルカヴィの力に溺れた俺が、今度はこうして知で助けるとはな……苦笑ものだな。」

皮肉げなトーンがこぼれ出るが、その言葉は彼の心情を端的に表している。以前は剣を振り、革命の先頭に立ち、“力”こそが道を切り開くと信じていた。しかしルカヴィ化によって破滅し、今はモーグリロボになってもなお、妹を助ける道を選んでいるのだ。


しばらく端末を操作した後、ウィーグラフAIは細かい戦術データを画面に投影する。そこには現在のイヴァリース各地の勢力マップや、ゴルターナ派とラーグ派の配置、教会が抱える兵力の推測などが一覧表示されている。
各地域における食糧事情や兵站ルート、地形的な防衛ラインなどが線で結ばれ、様々な数値とパラメータが次々に計算されていく。

「ふむ……このまま行けば、ゴルターナ派とラーグ派の衝突が本格化するのは時間の問題だな。平民が再び徴兵され、大きな犠牲を強いられるだろう……。革命の道は、否が応でも混沌に巻き込まれる形になる。」

彼は機械的な声色で淡々と語るが、その中に“憤り”の色が混じる。かつて革命を志した時と同様、平民を犠牲にする貴族の争いを許せない思いは健在だ。
ミルウーダはアドバイスを受けながら、端末に投影された地図を見つめる。いつもなら自分で足を使って情報を集め、判断していたが、こうしてAIの戦術解析を一瞬で得られるとなると、まるで革命軍の作戦会議がグレードアップしたような気もする。

「兄さん……。本当に戻ってきてくれて、嬉しい。剣を振るうのではなく、あなたの知恵を借りるなんて、昔の私なら考えもしなかったけれど……。でも、もう一度……一緒に革命を考え直そう。」

眼差しに込められたその思いは純粋だ。ミルウーダ自身、無理に殺しを伴う革命を推し進める時代ではないと悟り始めている。しかし、兄と共に新しい形の戦い方ができるなら、平民を守りながら進める道があるかもしれない――そう期待しているのだ。
ウィーグラフAIは一瞬言葉を失い、モーグリのボディをぎこちなく揺らす。短い耳や尻尾がピクピク動くたびにサーボ音が響き、口元のマイク部分が点滅する。

「……まあ、いいだろう。俺も……この姿で再び剣を握るのは難しそうだ。ならば頭脳を武器に、お前をサポートしてやる。革命の理想を捨てたわけではない。今度こそ、お前が目指す“殺さない革命”とやらに協力してみよう……」

その言葉に、ミルウーダは嬉しさと切なさを同時に味わう。兄が受け入れてくれた――けれど、人間としての彼はもういない。尻尾を揺らすモーグリロボが自分の兄だなんて、不思議すぎる現実だ。
それでも、再び一緒に歩める光が見えたのは確かだ。


セラフィーナは適切に判断し、2人にテストミッションを提案する。遺跡周辺にゴーグ機工都市の小規模な探索部隊が出没しているらしく、情報収集が必要だというのだ。
そこで、ウィーグラフの戦術解析能力をテストするため、ミルウーダがひそかに偵察に向かい、ウィーグラフが遠隔支援を行う形をとってみてはどうか――というプランが練られる。

「実戦形式の方が、ウィーグラフ様のデータ安定に良い影響を与えます。メモリアルパターンの再構築も促され、人間時代の記憶が円滑に呼び戻されるでしょう。」

セラフィーナがそう説明すると、ウィーグラフAIは小さく唸り声を上げ、前足を振る。

「俺を……実験台扱いするのか……? まあいい。革命家に戻るための一歩だと思えば……悪くはないだろう……」

すかさず、ミルウーダが笑みを浮かべる。「じゃあ、兄さん、私をサポートしてくれる?」
ウィーグラフAIは表面上不服そうだが、耳をぴょこんと上下させ、しぶしぶ承諾の姿勢を見せる。明らかに、少し恥ずかしそうな反応にも見える。


翌日、ミルウーダは遺跡を出て、近隣の山道に向かった。そこでゴーグ機工都市の探索部隊が貴族の依頼を受け、古代遺跡の部品を収集しているという情報がある。もしそれを放置すれば、平民地域に影響が出るかもしれない――そう判断したミルウーダは、偵察および妨害を行おうと考えた。
本来なら自分が突撃して戦うだけかもしれないが、今回はウィーグラフが遠隔通信で戦術指示を送ってくれる。モーグリ型ロボットの彼は、遺跡のメインコンソールを利用し、ミルウーダの魔銃や携行端末を通じてリアルタイムでデータを解析するのだ。

「ミルウーダ、聞こえるか? 今、こちらで相手の通信用周波数を傍受している。どうやら5人ほどの機工士部隊が、崖下に設営しているらしい。火器が充実しているから注意しろ。」

ヘルメットに装着したイヤーピースから兄の声が聞こえる。機械的なノイズはあるが、確かにウィーグラフ特有の口調だ。ミルウーダは魔銃を握りしめ、茂みに身を潜めながら低く応じる。

「了解……ありがとう。兄さんがそう言うなら、慎重にやるわ。チャフグレネードも2個しかないし、正面から撃ち合うのは不利ね……」

遠くには機工士たちが小型の火器や火薬箱を積みながら、岩場を探索している姿が見える。体格のいい男や眼鏡をかけた技師がいる。彼らは貴族の雇い兵かもしれない――短い雑談が聞こえるが、今のところミルウーダの存在に気づいていない。
ここでウィーグラフが手早く戦術プランを計算する。遺跡の端末を介して取得した地形データと、機工士部隊の会話内容から、一瞬で最適な奇襲ルートを提示する。

「見取り図によれば、崖の上に回り込めば相手の視界に入りにくい。まず背後からチャフを投げ込んで敵の銃を無効化、そのあとスタングレネードで混乱させて魔銃で一点突破……。同時に、崖下を封鎖すれば逃げ道はない。」

(なるほど……さすが兄さん……)

かつてはウィーグラフ自身が先頭に立って剣を振るい、部下を率いていた。しかし、今はAIの頭脳として迅速に最良のプランを提示できるのが強みだ。
ミルウーダはその提案に従い、静かに崖沿いの岩肌を回り込む。スニーク行動を得意とする彼女は、足音を殺し、風のタイミングに合わせて移動。やがて崖の上から、相手部隊を俯瞰できる位置に到達した。


ミルウーダはまず、狙い済ませてチャフグレネードを投げ落とす。機工士たちは唐突な投下物に気づくが、反応が遅れ、そのまま煙幕状のチャフ粉が噴き出て火器や機械が誤動作を起こし始める。
「な、なんだ!? 弾が……暴発しそうだぞ……!」
と、混乱が発生。

続けざまにスタングレネードを投じ、閃光と爆音で敵が一時的に目と耳を奪われる。視覚を奪われた機工士たちは「うああっ!」と悲鳴を上げて崖下をのたうつ。
ミルウーダは崖からロープを垂らし、素早く滑り降りながら魔銃を構える。
ウィーグラフの通信が耳に入る。「今だ、奴らは混乱状態。右手奥に火薬箱がある……誤爆に注意しろ!」

視界を取り戻しかけた機工士が慌てて武器を構えるが、チャフの効果が残り、銃がジャムを起こしたり弾が発射不良を起こす。そこへミルウーダが魔銃の光弾を一発放ち、銃を弾き飛ばす。衝撃で機工士が転倒。
「くっ……なんだ、あの武器は……!」
残る数名もナイフや工具を手に応戦しようとするが、スタングレネードの後遺症で動きが鈍い。ミルウーダは素早く二人を蹴り飛ばし、別の一人は魔銃のグリップで殴る形で制圧する。

戦闘中、ウィーグラフは「そちらに一名逃げ出している……後方へ回り込み……」などと逐一アドバイスを送る。ミルウーダはイヤーピースでそれを聞き、まるで背後に実在する指揮官のように指示を得ながら動く。
結果、5人の機工士部隊はあっという間に無力化され、戦闘はミルウーダの完全勝利。殺さずに制圧できたのも、ウィーグラフの正確な戦術解析があったからこそだ。


小競り合いが終わり、機工士たちは全員が縛り上げられるか逃走するかで、結果的に大きな被害なく事態が収束した。
ミルウーダは大きく息を吐き、「ありがとう、兄さん。あなたのおかげで犠牲者を出さずに終わった……」と耳の通信機へ言葉をかける。

「……ふん、当然だ。俺が指示を間違えるはずがない。……それに……お前の動きも悪くないな。斬り合いを避けて敵を制圧するという方針、悪くはない……。」

ウィーグラフの声には、どこか照れ隠しの響きがある。かつてなら自分が前に出て斬りかかっていたが、今は妹が前線に立ち、自分は後方支援という形。しかし、結果的にこれが“殺さずに制圧する革命”の一歩なのかもしれないと感じ始めている。
ミルウーダは微笑みながら、機工士の武器を回収しつつ、やわらかくつぶやく。

「兄さん……ほんとに助かった。ありがとう。」

ふと、その言葉を口にした瞬間、心が温かくなっている自分に気づく。モーグリの姿であっても、兄がそばにいてくれる――その事実が、これまで失ったと思っていた希望を取り戻すかのようだ。


偵察兼妨害ミッションが無事成功し、ミルウーダは戦利品の一部(機工士の情報端末など)を持ち帰って遺跡へ戻る。そこでセラフィーナが待ち受けており、端末を確認して嬉しそうに微笑む。

「おかえりなさい。どうやら、戦闘解析も問題なく行えたようですね。ウィーグラフ様の精神は安定してきたようで何よりです。」

ミルウーダは血と汗にまみれていたが、ケガらしいケガはなく、出血もない。やはり遠隔サポートの効果が大きかったと実感し、セラフィーナに微笑み返す。

「ええ、兄さんが適切な指示を出してくれたおかげで、誰も死なせずに済んだ。革命軍の頃は、いつもこうだったらよかったのに……ね、兄さん。」

そう言って、通信端末越しにモーグリ型ロボットの姿を確認する。実際には、ウィーグラフが動いている場所はラボのコンソール前で、己の身体を持ち上げたり降ろしたりと試験運用を続けている。
ウィーグラフは「ふん……」と小さく呟くと、短い耳がピクッと動く。視線をそらすように動かすのは、照れているのかもしれない。

「お前が昔から、もう少し柔軟に戦っていれば……こんな悲惨な道は歩まずに済んだかもな……。まあ、俺も剣にこだわり過ぎたが。」

自嘲めいた言葉の中に、わずかながら心の通い合いを感じさせるやり取り。兄妹として、これまでの過ちや悲劇を思い出しながら、今は“別の形”でやり直そうとしている姿がある。
セラフィーナが頷き、「これならば、さらに高度な解析も可能ですね。モーグリ型の身体は魔力依存で動いているため、充電さえ怠らなければ、長時間の作戦支援も行えますよ。」と補足する。


この一連の小規模テストを通じ、ミルウーダは痛感した。
「兄さんは剣を失ったけれど、知の力で私をサポートしてくれる」――それがどれほど心強いことか。
かつて革命軍は力で貴族を倒そうとし、多くの血を流した。その末にウィーグラフはルカヴィ化して自滅。今、同じ過ちを繰り返さないためにも、ミルウーダは“殺し合いではない革命”の可能性を信じたい。
兄がモーグリロボとなったのは、皮肉に満ちた結末かもしれない。しかし、これもまた新たな希望を生む一歩なのだ――そう確信する瞬間が、彼女の胸を支えている。

そこで、改めてウィーグラフに向けて言葉をかける。

「兄さん……これからは、剣じゃなくて、あなたの頭脳で私を助けてほしい。もう一度……一緒に革命を考え直そう。今度は誰もが救われる世界を……」

その言葉に、モーグリ型の耳がぴんと立ち、ひどくぎこちない動作で顎を引くロボット。「……ああ、わかった」と短く返事をし、少し尾を振る。
彼はまだ戸惑いと違和感の渦中にある。しかし同時に、妹を救えなかった後悔や、ルカヴィに溺れた罪悪感が、こうして“ロボットの体で再起”する道を支えている。もしこの先、2人が再び革命に挑むのなら、自分の新しい役割を全うしよう――そう心中で決めていたのだった。

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